一時の休息
第6話 戦闘準備
「エルフの衆、そっちに行ったぞ!」
「あぁ!任せろ!」
「・・・」
俺が立ち会っているのは、亜人や獣人達の合同軍事演習の会場だ。
魔王軍の侵攻から約1年半、俺がこの世界に転生してから4年が経ち、このダンジョンもちゃんとした国の機能を持ち始めている。
神聖ハデス教国は元々、ダンジョンとして活動を始めたが亜人達の保護や教団との融合によって、30以上の亜人や獣人の部族からなる多部族連合国家として樹立した。
そして、この樹立を承認したのが人間界で最大の国となるアレマーニャ帝国だ。そのため、他のいくつかの国も追従してこの樹立を承認した。
しかし、俺達の国の樹立を真っ向から否定したのが、聖光教団が率いる神聖フィレンツェ教国である。
彼らは一神教を国教しているため、それ以外の神であるドラゴンの俺やバエル達、魔神を悪魔の手先として喧伝し、敵対意識を持っている。
一方、神聖ハデス教国と隣接しているフィレンツェ王国は樹立した当初こそ、フィレンツェ教国との深いつながりがあったが、現在ではあまり良い関係ではない。
理由まではわからないが、教国側から俺達の国を攻撃するように催促されても王国は樹立を承認してから中立の立場を取っている。
理由は単純で、俺達が持っている軍事力が桁違いに強いため、そう簡単には手出しができないからだ。
手出しをしようものなら、砲弾の雨が降ってきて鋼鉄の鳥が爆弾を落としていく。その様はまるで、戦乙女の騎行だという。
その噂が大陸に広まったきっかけは、聖光教団が大陸各地から20万の信徒と4人の勇者、皇龍と聖女の一大戦闘団として、俺達の国を攻撃した戦争の時だ。
この戦争によって20万の兵力の内、生き残ったのはたったの300人ほどで4人の勇者と皇龍、聖女を失ったばかりか、その後の魔王軍の侵攻の際には抵抗らしい抵抗ができなかった。
そのため、聖光教団の信用はがた落ちした。
民衆の宗教に対する信用は健在でも、国家として必要な時に兵力を出してもらえなかったとして国家戦略に大きな狂いが生じている国まである。
そのため、アレマーニャ帝国や俺達の国と関係を持っている組織は別にして、この大陸は大きな胎動を始めている。
もしかしたら、大規模な人間同士での戦争がこの大陸で起きるかもしれない。
その一方で、神聖ハデス教国は着実に戦力の拡充を図っている。
理由は、魔王軍の戦闘と人間同士での戦争に巻き込まれないようにするためだ。
そのために、まずは神聖ハデス教の信徒達で剣や弓に腕の覚えのあるメンバーを募って編成し、そこに現役を引退した他国の熟練兵士達を雇って教育をしている。
現在、大陸各地から聖光教団の教えに疑問を持った人や不満がある人達がこの国にやってきているため、亜人や獣人達以外の純粋な人間の人口は1万人を突破した。
対する亜人や獣人達も、大陸各地から今でも迫害を受けて避難してきているため、人数自体は着実に増えて現在では彼らだけで5千人以上にもなる。
合計すると1万5千人程になる訳だが、それを支えているのが直径300kmに及ぶ広大な土地の地中にある生産用ダンジョンである。
国を区切る壁の外はすぐに外国となっているため、いつ何時に襲撃を受けるかわからないのでダンジョンそのものを食料生産に使っている。
無論、地上にも農地やら牧畜やらの土地はあるのだがどちらかというと雇用を作り出す意図の方が強いため、基本的には自国内での地産地消がメインになる。
そして何よりも重要なのが、今日は建国記念日である。
以前、魔王軍の戦闘後にクロムから聞かれたのだがその時に「そう言えば気にしてなかったなぁ」とぼやいたのがきっかけだ。
そもそもダンジョンを作って適当に生きようとしたけど、何だかんだいって俺がいろいろとやっちゃったせいで国にまで発展してしまった。
作った当初はまさか、ここまで大きくなるとは思っていなかった。
そのため、この国の住人達は建国記念日に合わせて訓練を重ねていて、目の前の会場には亜人や獣人、そして途中から信徒達が入ってきて大規模な合同軍事演習になっている。
「しかし、銃火器とは違った迫力があるな。この軍事演習は」
「そりゃ、ハデスが亜人達の兵隊を構築し、亜人達の兵隊を教導し、亜人達の兵隊を編成し、亜人達の兵隊を運用し、亜人達の兵隊を指揮したからでしょう?」
「そうだとも、バエル。俺はどうしようもなく臆病だからね。国家の代表であり、神様だからこそ、そうせざるを得ない」
「それでも今の彼らは、一時の幸福を享受していると思いますよ~」
「そうだな、パイモン」
俺は国の代表という事で、会場の貴賓席の中央に座る事になったがその周りにはバエルやパイモン、アスモダイ達が座っている。
さらにその周りには大勢の観客が座っていて、かなりの大盛況である。
合同軍事演習を一般公開している理由は、周辺各国に対して軍事力を見せつける事によってこの国に対する攻撃意思を挫くのと同時に、亜人達をこれだけ統率しているというアピールだ。
今までの戦闘では城にこもって砲撃をしたり、ホムンクルス・ゴーレムの中に一部隊だけ組み込んでいたりしていたため、彼らは目立つ事はなかった。
そのため、何も知らない人達からは「奴隷のように扱っているんじゃないの?」とか「虐殺しまくっているんだろう」などとひどい風評被害があったため、それを払拭していく狙いがある。
しかし、亜人達から俺達は見世物じゃない!などと言われまくったので、その誤解を払拭するのにも一苦労した。
まぁ、結果的に彼らは渋々ではあるが了承してくれたために会場を開けた訳で、後で労いの宴会でも開こう。じゃないと、不満が溜まりっぱなしだし。
そして、順調に合同演習の行程を消化していき、終了した後に行われるのは各部族との面談だった。
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吸血鬼の村 吸魔の館
「ふふっ、待っていたわ」
「あんたも元気そうで何よりだな」
俺がいるのは、吸血鬼の集落の中で彼らの長がいる屋敷に来ている。
彼らの多くは夜行性のため、昼間の集落は閑散としているが夕方から明け方になるまでの時間帯は、かなりの賑わいを見せる。
理由としては、この集落にはダンジョンがないものの近くにダンジョンを中心にして出来た町があるため、彼らを一目見ようと来る人達でそれなりに集まる。
とは言え、昼間の彼らは基本的に静かな生活を送りたいため、その間は入場制限を掛けているのでどの店も閉まっている。
そんな中、俺が相対しているのは吸血鬼の長にして始祖とも言える吸血鬼の女王ヒルダである。
元々、吸血鬼は人間よりも身体能力は格段に強い上、その始祖とも言えるヒルダは吸血鬼の弱点を全て克服していると言っていい。
例を挙げるなら日光に当てても死なない、炎と水、光の耐性あり、十字架は俺が強力な魔法を使って作ったものをお気に入りにしている、ニンニクはムシャムシャ食べる、鏡に写る、不法侵入可能、銀?普通に指輪としてはめているけど?、などなど。
多分、純粋な近接戦闘になったら俺やバエル達以外に勝てる奴なんていないんじゃないか、と思うほどヒルダは強い。
そんな俺も、ヒルダは怒らせないように気を遣っている。
「それで?私が頼んで置いたものは持ってきたでしょうね?」
「あぁ、50年ものの北国産ワインをボトルにして50本だ。確認してくれ」
俺は空間魔法を使って、ワインのボトル50本を机の上に慎重に置く。
「んふふふ、確かに本物のようね。財布に大打撃じゃない?」
「このぐらい、あんたの気を損ねるよりかは軽い方さ」
彼女がぶち切れると、ダンジョンが丸ごと崩落するからそっちの方が痛手だ。
俺がそう言った意味で肩をすくねると、
「あら?だったらもっときつい注文でもしようかしら」
「お手柔らかにお願いします、ヒルダさん」
と、彼女はいたずらでもしてやろうかといった顔で言ってのけるものだから、俺は丁寧にお断りしておいた。
そんな冗談を言い合っていると、ヒルダは俺に近づいてきてこう言った。
「じゃあ、あなたの血でも飲みましょうか」
「はい、どうぞー」
始祖であっても吸血鬼の性には逆らえないらしく、血を飲まないと空腹感が腹に残り続けるというため、最近では俺の血もたまに飲むようになった。
そのため、俺は腕まくりをすると彼女に腕を差し出した。
すると彼女は勢いよく飛びかかり、俺の腕から血を吸い始めた。
「ん、くぅ・・・はぁ・・・ん・・・」
血を吸っている間、彼女は色っぽい声を出しながら飲んでいた。
本来、吸血鬼という存在は血を吸うに当たって対象に痛みで暴れないようするため、快楽を与えながら満足するまで飲み続けるのだが彼女の場合、俺が痛まないようにしているだけだった。
俺の血を吸う理由は俺の血がとてもおいしいからであり、痛みを与えないのは生で飲む方がいいらしい。
俺には到底、理解できないが彼女なりのポリシーがあるらしい。
その後、ヒルダとの吸血鬼についての話がしばらく続いた。
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ラミアの巣窟 最奥部
「野郎のあんたがここに来るなんて珍しいじゃない」
「労うつもりで来たんだがねぇ・・・」
ヒルダに散々、血を吸われた俺がいるのは蛇女の洞窟であり、多くのラミア達に囲まれてその族長と対談している。
ラミアと言うと、美女ではあるが下半身が蛇の胴体になっている怪物で人を攫って食べると言われているが、目的は子孫を残すためである。
彼女達は何故か、女子ばかりを産むために圧倒的な男性不足が常に起きている。
それでも時折、男子も生まれるのだが一定以上の年齢になると子供がほしいという女性が多いため、常に乱交状態になって早死にしてしまうらしい。
そのため、早死にするという噂が一人歩きして冒険者でも、よほどの物好きでないと彼女達の巣窟になってしまった。
以前、そんな噂を耳にした俺は彼女達の巣窟に足を踏み入れたのだが、結果は乱交パーティーになってしまった。
当時は、バエル達との乱交にも付き合わされた後にだったので苦労することはなかったが、それ以前に入っていたら間違いなく途中でギブアップしていただろう。
その経験から彼女達、ラミアからは数少ない物好き男性として認識されるようになった。
そのため、俺がたまに行くと彼女達が色気を出しながらすり寄って来るのだが、それを危うい所で回避している。
その上、今日はヒルダの所と同様に労いの意味で来ている。
その事をラミアの族長であるミレイに伝えると、
「労うんじゃったら乱交でもして行ったらいいじゃない」
「そしたらバエル達に半殺しにされるから勘弁してくれ」
どうやら、ミレイも含めてここの女性達は男に飢えているらしい。帰り道で、襲われないようにしないといけないな。
「なぁに?私達だと満足できないって言うの?」
「そうじゃねぇよ。今日はバエル達との先約があるからつまみ食いは出来ないってだけさ」
俺が、ミレイの誘いを断ると彼女は口を尖らせて拗ねたため、ちゃんと説明しておく。こうでもしないと後が怖いし、不満を溜めてしまう結果になる。
一方、バエル達は自分達が満足できれば他の女性と一晩、寝てもいいといった対応をしているため、ある程度の気楽さはあるがそれでも気が抜けない。
なにせ、女性の心の内は複雑怪奇。男である俺にとっては迷宮そのものであり、その迷宮も女性1人1人違うもんだからそれを攻略するのは至難の業だ。
まぁ、それでも攻略できない迷路でもないからかなり気楽にやっているがな。
そんな訳で、ミレイや他のラミア達との雑談を含めてのんびりとした時間が流れていった。
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合同軍事演習から1週間後
「やはり動きがあるのか」
「はい。現在、教団の方でも色んな場所に間諜を放っていますのでほぼ間違いないかと」
「偵察機からの写真でも、国境線近くに大量の物資が流れているのを確認できるからどんな遅くても2,3年後になるし、早ければ今夏になるかも」
「・・・」
俺達が会議をしている場所は、ダンジョン本部の3階部分にある会議室だ。
そこには俺の他に教皇クロム、ホムンクルス・ゴーレム・キングのヴィクター、魔神のリーダーであるバエルと知恵袋のパイモンがいる。
そこで協議しているのは、魔王軍の本格的な侵攻についてであり、情報によるとかなりの量の食料や消耗品などの物資が人間界との境界線に持ってきているらしい。
その量は膨大なもので、1キロ四方に渡って物資が積み上げられているらしい。
「この事について商業と冒険者ギルドはなんと言っている?」
「まず、商業ギルドは可能な限りの支援を行うと言ってきています。一方、冒険者ギルドの方はあまり良い反応を示さず、侵攻が本格的になった場合は職員全員を国外に脱出させてもらうと言っています」
「だろうな」
今回の魔族侵攻は、まさに一大決戦になってしまう可能性が高く、交渉の場を設けようと仕向けているが無視されている感じがある。
理由としては、魔王軍は指揮系統がなんとかまとまっているような形であり、軍内部で派閥争いが絶えないらしい。
その派閥は、魔王の下にいる七大悪魔を中心に出来ているため、一旦こうすると決めたら闘牛のように己の利権を求めて突き進んでしまう。
そのため、なかなか小回りが利かない欠点があるが今回の場合、その小回りの利かなさが長所になり得る。
理由としてはまず、魔族の膨大な数。
現在は550万程度だと思われるが、それでもその数がいっぺんに押し寄せてきたらアレマーニャ帝国であろうと国として崩壊するだろう。
ならばどうするか。
魔王軍が人間界の方角に動き始めた時点で、魔核弾頭搭載のミサイルを発射するのがベストだ。
そうすれば人間界には最小限の被害で済むし、敵も壊滅してくれるからその分、万々歳ではある。
2つ目には、魔族の強靱さが上げられる。
マサル達、召喚された勇者は数少ない勇者の中でも屈指の強さを持っているが、それでも魔族から見た彼らの強さは普通にみて上の下から上の中辺りだと思われる。
これは、捕虜としてとらえた魔族からの情報を元に考察してみたのだが、予測の範囲では七大悪魔の1人に対して4人がかりで戦いを挑んでも勝率は半々である。
そのため、バエル達でようやく対等に戦えるレベルであり、その魔族を従えている魔王は俺でないと戦いにすらならないと思う。
つまり、被害を最小限にするには俺も最前線に出て近接戦闘で、魔王を倒さないと行けないかもしれないと言うことだ。
今まで、現代兵器を使いまくって敵を薙ぎ払ってきたから、近接戦闘の経験は全くないんだよなぁ。
あるとするならば、勇者達や皇龍、その他多数の雑魚達と戦ってきた程度か。
何はともあれ、やれることをやっていこうと思う。




