33話【死体製造】
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異世界の神でさえ、『彼』がどうして転移してきたのか分かっていない。
どうやって転移してきたか、それはあの不思議なカプセルの効果であること、というのは分かるのだが。
今までにも、他の世界からやって来た者は居たが、その全てが偶然ではなく、自分の意思でやった来た者だけなのである。そんな奴等はイレギュラーとは言えないのだ。
これは神以外に知るものは居ないが、神は未来を見ることができる。
そして、世界が魔王によって支配されることは既に予知してあって──それでも、今までたったの一度も外れたことのない予知の結果を覆そうと、それなりに対策をしてきたつもりだった。
それでも見える未来は変わらない。
神が諦めかけたとき。
希望は現れた。
それは完全なイレギュラー。
時間的にはおおよそ千年後まで見通せ、居るかも分からないように微生物、そこらに転がる無機物の行方すらも見通す未来視。敵である悪魔の動向すら見える力。
世界に存在する全てを把握する力でさえ、『彼』の介入を感知することはできなかった。
感知できなかったはずなのに、『彼』に気付いた理由は、変わるはずのない未来が変わっていたこと。
すぐに死ぬはずだった女の子が別の要因で死ぬことになっていたり。
やがて近くの街をも支配するはずだった小さな村の支配者が殺されたり。
幸せな家庭を持って、幸せに暮らし、幸せなままで一生を終えるはずだった女の子が、森でモンスターに食われたり。
割と先の話だが、正義のために働くようになる盗賊団が壊滅したり。
感知できない何かが全てを変えていった。
結果、天使達の調べによって『彼』を見つけ、イレギュラーである『彼』なら、魔王が世界を支配する未来を変えられるかも────とは思わなかった。
神は、『彼』と、世界を渡るためのキーアイテムと思われるカプセル型の道具。
これを利用すれば、他の世界に渡り、新たな世界で神となれるのではなかろうかと──考えた。
仲間達を捨て、守るべき人間を捨て、自分だけ助かろうと。
だが、そんな真実は神以外に知るものは居ない。
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四時間後。
商人街の端の方。
端とは言え人はたくさんで、商談や交渉がヒートアップして罵声が飛びあったりもしている。
なのに誰一人としてそこに寄っている者は居なかった。
移動販売車のように馬車が改造されていて目立ちそうな飾りが付いて、割と美味しそうな食材を取り扱っているし、値段の表記も他より低い(現代基準で言うとどのくらいなのかは分からないが)のに。
多分、人を寄せ付けない理由は、馬車の中でせっせと作業している男性だろう。
見た感じは穏やかな好青年という風なのだけれど、放つ雰囲気は、オーラは、威圧感が──穏やかな好青年のそれではなかった。
……僕は横のひまわりと顔を合わせて頷き合う。
ちなみにリリィは中々起きないので、ひまわり式隔離魔法を使って宿の中に置いてきた。外部からの干渉は八割ほどカットできるらしい。
──そして、僕はその店の前に行く。
すると、店の主である青年が気付いたようで、作業をやめて話しかけてくれる。
「やあ、おはよう! ……じゃなくて、もうこんにちはの方がいいのかな。君はお昼ご飯の食材を買いに来たのかい? お母さんのおつかいかな?」
「僕ってそんな子供に見える?」
ストレートにムカついた。
「ご、ごめんごめん」
「まあ、そんなことよりも」
「ん、そうだね。何がほし──」
僕は、何か言いかけた青年の首根っこを掴み、改造馬車から一気に引きずりだして、地面にねじ伏せてやった。
「ぐあっ! な、何をするんだい!」
とても驚いているような声を出す青年。
そんな彼に、僕は言う。
「どうも、約四時間ぶりだね。バレバレの変装はやめて、堂々としたらどうだい?」
「あちゃー、バレてたかー」
青年の声が女の子らしい高い声に変わった。同時に穏やかな好青年のイメージである容姿も、粘土のようにぐにゃにゃとなって変化を遂げていく。
「確かにひまわりちゃんが居るし分かるよねー」
好青年の形は、日溜毬草の形に成った。
「逃げられてから大変だったんだよー、探しても探しても見つからないしー。お陰でこんなところで暇することになったんだからー!」
草が周りにはっきりと聞こえるような大きな声で言った。
辺りの視線がこちらに集まる。奇異の目で見られているというか……確かにそりゃ当たり前だ。
客の男が露店の内から女の商人を引きずり出すなんてシーンは滅多にないことだし。もし殴り合いなんてなろうものなら…………。考えたくもない。
「今の状況だと危ないのはそっちだよ? 危害を加えたくないんだよー、だから落ち着いて? ね?」
草が首を傾げて笑顔を見せる。
「君の危害ってのは死亡レベルの話だろ? 死ぬ寸前くらいには、躊躇いなく遠慮なく抵抗なく即決で実力行使してくるだろ」
「まーねー。だって死ななきゃいくらでも怪我を治してあげられるしー……でも必要なのは君だけだよ! ひまわりちゃんは、きちんと後腐れなーくぶっ殺すから」
「……妹を殺したいとは思わないんじゃなかったのか?」
「そんなこと言ったかなー?」
「…………」
何となく、今更ながらキャラが掴めてきた気がする。
……ていうか──、
「二人はどこだ?」
「居ないよ、ここには」
「教えろ」
死体とは言え……。
それでも……。
「へへーん、教えないよー!」
「…………」
「わかったわかりましたー! 教えるからそんな顔しないでよー」
「日輪おねーちゃんの護衛に就かせています!」
ビシッ、と敬礼する草。
僕は横目でひまわりを見ながら、
「ひまわり、行けるか?」
「大丈夫……ですけれど、そちらこそ一人で大丈夫なんですか?」
「全然いけるさ。君に教えてもらったアドバイスがあればね」
四時間の間、休んでいただけじゃない。
宿にて、日輪や草の魔法や戦闘技術、戦闘スタイルなどしっかりとコーチしてもらったのだ。
「すぐに倒して戻ってきます」
ひまわりは懐からステッキを取りだし、それに乗って飛んでいく。
あっという間に見えなくなるほどのスピードだった。
すると、草が急に大声で笑いだした。
「アハハハハハ! アハハハ! ホントにおねーちゃんの言ってたとーりだー!」
非常に不愉快な笑い。僕は彼女に問う。
「なんだよ、急に。何がおかしいんだ」
実際に腹を抱えているわけではないが、まさにその表現が合うような笑いを見せながら、草は答える。
「あのねー、こうゆう風にして死体の場所を教えれば、必ず別れてくれるだろうって。言ってたのー。まさにそのとーりだったねー! 元々二人で私を殺すつもりだったんでしょ?」
確かにそうだ。二人で片方を倒し、もう片方も二人で一気に畳みかける手筈だったのだが。
「おねーちゃんは事がゆるりと上手く行く方法を見抜ける人だからねー」
ゆるりと……、二人で倒すと決めていたのに、あっさりとそれを破られた。まるで当たり前かのようにツーマンセルを解消してしまった。僕達はバカか?
そういう風にゆるりとするりと事を運ばせるのが日輪の魔法? けれど、そんなのはひまわりから聞いていない。いや、ひまわりだって姉の全てを知っているというわけではないだろうけれど。
まっ、どっちでもいいことだ。
僕が今すぐこいつを殺せば!
「どうやら話している暇はないようだ」
僕は神器を彼女に突き付ける。
「君のあの魔法。見えるものなら何でも掴むという『手癖悪しき腕装甲』も、ゼロ距離ならどうということもない」
随分と教えてもらったようじゃん──と草。
「『からくり仕掛けの氷牢』も『滑稽な美』も攻略法は教えてもらった。強いていうなら死者を操る『死んだ人間人形』が怖いけれど、見たところ死体はないようだし。すぐにでも君を殺せる」
僕は引き金を引こうとするが、僅かに浮かんだ草の笑みに、思わずその指を緩めた。
「ふふふ、やはり知らないみたいだね。私の魔法の全容を」
「全……容?」
ここで、「何をやっている!」と兵士がやって来た。
どうやらこの騒ぎを見た人が呼んだみたいだ。
草はニヤッ、と笑って────精神強い人には効かないけれど──と言って、叫んだ。
「『仮死性の豪雨』!」
そして、空から赤い雨が降り注いだ。
「死体なんて簡単に作れるんだよー!」
赤い雨がヤバいものであることは、すぐに理解できたので、僕は即座に近くの露店に飛び込む。簡素な屋根が雨を凌いでくれる。
ホースで水を一瞬だけばらまいたみたいに、すぐに雨はやんだ。
これは──と、僕がどういう効果なのかを考察しようとした瞬間。
辺りの人間が──雨を浴びた人間の八割、いや九割が僕に一斉に視線を向ける。
僕に顔を見せる全員が全員。その瞳に、表情に、挙動に、生を感じられなかった。
結論。
行き急いだ結論だが。
これは──即死性の猛毒を持った雨を降らす魔法。
僕はそんな風に考えた。
「出られない……」
屋根の下から出られない。
「『死んだ人間人形』〜」
ゆるい言い方で、どや顔で、顎を上げて、見下すようなポーズで、彼女は言った。
魔法名は……ノリで決めました。
インスタントキリングは割と本気で考えました。




