32話【戦闘前日譚】
今回は短いですが次回からの戦闘なので許してください。盗賊との戦いのときのように間延びしないようにがんばります。
目測で前方十メートルほどの距離に居るルシア。
後ろの炎が背後霊みたいで笑えてくる。いや、笑えない。あれってどちらかというと背後霊じゃなくて守護霊だし。
僕は再び振り向き、残る左のルートに進もうとしたが、その前にルシアの異変に気付いた。今の状況には精神的にもたちの悪い異変。
「君……まさか……」
よく見ると、ルシアの首元に目立つ痕があった。紐か何かで絞められたような痕。
おいおい、まさかとは思うが……ルシアまで草にやられたのか?
真偽はともかく、今はそんなことをまじまじと推理している場合じゃない。早く逃げなければ。
僕がそう意識した瞬間。
先ほどのマリーと同じように、生気の欠片も感じさせない冷たく濁った瞳。奇をてらわないありふれた言い方をするなら、まさに死んだ魚の目のような。
気持ち悪かった。
とても気持ち悪かった。
そんな目玉がくりくりと揺れ、体がからくり人形のようにかくかくと動き、人体の構造上あり得ない方向に関節部が曲がったり戻ったり。
そんな奇妙な舞いを見せて、『原子熱線』を放ってきた。
完全なる不意討ち。
僕は反応できずにやられ────はしなかった。
熱線は僕の頬を掠めていっただけで、僅かに頬の肉を抉られたが、熱で焼かれたせいか触っても血はほとんど出ていなかったし、その部分の感覚が麻痺して痛みもなかった。
本当に逃げるしかないじゃないか。
僕はY字通路、左ルートには新たな刺客が登場しないように、と賭けて駆ける。
そして分岐点に到着。
草とマリーは今どんな状況だ?
確認すると、
「おっ、きたきたー」
草が目隠し魔弾をいまだに保持していて、それを投げつけてきた。
今度はピッチャーの如く綺麗なフォームではなく、肩だけの動きによる、ノーモーションからの投球。
なのに前回よりも速いというのはどういうことだ。
咄嗟にスライディング。姿勢を低く、かつ動き続けるため。
結果、魔弾は僕の数センチくらい上を通っていく。既に壊れていた建物の一階がまた壊れた。僕は弁償しないからな。
「うっひょー! かっこいいー!」
拍手しながら褒め称える草に若干……かなり苛立つ僕。
だからといって足を止めて、ガミガミと怒れるわけじゃない。我慢だ。
少しずつ息が辛くなるけれど、死ぬのと脇腹が痛くなるのを比べるとそりゃやっぱり脇腹が痛い方を選ぶというものだ。体力を少しくらい付けておけばよかった。
僕が新たなルートを必死に開拓していると、これまた前方に見覚えのある姿が……。
「三ルート全滅だと?!」
僕は最高速度で回り続ける足にブレーキをかける。
そして記憶にあるその姿を目に留める。
その主の正体とは、果たして、
「ひまわり!」
サンタクロースのようにやって来た日溜毬ひまわりであった。ちなみに背負われているリリィが、プレゼントの袋のように持たれていたので、サンタクロースという表現を使った。
「大丈夫だったか! リリィも無事でよかった……気絶してるみたいだけれど」
「思ったより簡単な仕事で助かりました。ていうか、私は背丈がアレなんで背負いにくいんですよね。私の代わりにお兄さんが背負ってあげてください」
ひょいっと、まるで人の形をした綿を投げるように、軽々と僕に放ってきた。
リリィが女の子といえど、不意に人を投げられたらその体重以上の負荷を感じてしまうため、僕の膝がガクッと落ちる。
「ぐっ……」
「はっ、貧弱な」
「敵キャラみたいなこと言うなよ……。全力で走った直後で、膝が若干笑ってるんだから仕方ないだろう」
笑いすぎて泣いてる気がする。
と、その直後、僕の通ってきた場所が赤く照らされた。
熱線が辺りを明るく照らしながら、僕の命を突き刺そうと一直線に飛んできたが、その瞬間にひまわりが手のひらをゆらゆらと扇がせる。
目前に迫る熱線が、それを遮るように生まれた歪みによって消された。
「なんですか、またあの盗賊ですか? 縛っておいたのに抜け出してくるとは小癪な」
「抜け出したというよりは、抜け出させてもらえたって風みたいだよ。多分、殺されて操られてる」
「ああ、なるほど……。──それより、お姉さんCはどうでした?」
「マリーも……残念だけれど……」
って、お姉さん『C』ってなんだよ『C』って!
文面から理解できたけれど、そんなモブキャラ扱いするような状況でもないだろう!
「笑えないよ、それ」
「落ち込んでるお兄さんを少しでも、復調させてやろうとする心遣いからだったんですが」
「いらないから」
まあ落ち込んでる暇なんて確かにない。
「そうだなぁ……落ち込んで泣きじゃくるのは後にしよう。今はやれることをやらなきゃ」
「一旦ここから離れましょう」
ひまわりがそう言うと、懐からステッキを取り出した。
明らかに身の丈に合わないサイズのステッキ。どうやってしまっていたんだろうか。
「シヴァから拝借しました」
と、ひまわり。
彼女が「乗ってください!」と急き立て、「あ、ああ……」としどろもどろになりながら、僕は背中にリリィを背負いつつ、ステッキに跨がった。
一時撤退。
爆発的な加速で一気に飛び立つ僕達。
戦いの瞬間はすぐそこまで待ち構えている。




