31話【戦線】
かなり遅くなりましたね……
何だか31話は波に乗れずに早く書けませんでした(´`)
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日溜毬日輪と日溜毬ひまわり。
この姉妹が全力で殺し合ったとき、妹であるひまわりが姉である日輪に勝てる可能性は──考えるまでもなく100パーセントだろう。
それほどまでにひまわりは強い。
天使として役目を果たしていた頃、伊達に『史上最強の天界兵器』と呼ばれていたわけではないのだ。
今のひまわりは、『史上最強の天界兵器』と畏れられていたときの力の、僅か十分の一程度と思われる。
だが、それでも、ひまわりが日輪に勝つ可能性はコンマ1パーセントも削られることはない。
そんなひまわりは、既に日輪を戦闘不能の状態まで追い込んでいた。
『彼』がマリーの影を追って、草と交戦したように──ひまわりもリリィの影を追った結果、日輪と交戦したのだ。
多くの人々が──映画の撮影でも見に来ているかのような呑気なギャラリーの視線の中、ひまわりは予想通りだと思っていた。
彼女は、一日ごとに一人ずつ殺すなんてあるはずがないと、天使なら全員を一気に殺しにかかると、予想していて、それは実際大当たりだった。
「──殺さな……くて……いいのぉ?」
もう動けそうもない天使が、今にも命が消えそうな声で言う。ひまわりは特に何も考えずに、
「仮にもお姉ちゃんですしね。どっちにしろ、そんな怪我じゃたたかえないでしょう? 私が手をかける意味がありません」
「後悔……するかもねぇ……」
「…………」
「甘いよぉ……ひまわりちゃん。ちゃんととどめ刺さないと……痛い目を見ることになるわよぉ?」
「……仮にお姉ちゃんが全快して、また襲ってきても……勝つのは私です……。後……次はありませんよ?」
「あはは……怖い怖い」
これ以上とやかく言ってるとと本当に殺されちゃうかもねぇ……、そんな風に思う日輪は、これ以上は何も言わなかった。
ひまわりはその小さな体で、気絶しているリリィを背負う。ちなみに、リリィは日輪から不意打ちを受けたせいで気絶している。
幼女が背負うと……もはや引きずっているようにしか見えない。
「お兄さんの元へ急ぐとしましょう……」
ひまわりは、ずるずるとリリィを引きずっていることに気付かないままその場を去った。
もちろん、日輪の残した言葉にも気付くことはなかった。
「──さて、次の手を打ちましょうかねぇ……」
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僕は……結局マリーを守れなかった。
一度は無慈悲、不条理な運命から抜け出すことに成功した彼女だけれど。
二度は、死の運命から抜け出すことはできなかったようで……。
本当に人生というものは……異世界でも滅茶苦茶だ。無茶苦茶に、決して平等ではない。いい人ほど損をしてしまう世の中だ。
実際、この世界にやって来たばかりの僕など気にかけずに村へと帰っていたら、天使に殺されずに済んだのではないだろうか。
関わらなかったとしても村の一件で殺されていた可能性があるが、もしかするとリリィが僕としての働きを示し、村の陰謀から彼女を救っていたというルートだってあり得たはずだ。
そうなれば、マリーが僕と出会ってしまったのは────。
……まあ、どちらにせよ……迷っている場合ではないのは確かだ。
僕はここでマリーを殺さなければいけない。
既に命を失い死体となった彼女をもう一度殺さなければならない。
……もし生まれ変わるという概念が存在するなら、マリーの次の人生は良いものであるように……僕は願いたい。
「ごめん」
僕はマリーに神器を向ける。
すると、草が意外そうな顔をしてケラケラと笑った。
「あっはははは。なんだー案外冷たい性格してるんだねー。今までの人達はあまりいい顔はしてなかったのにー、いつもいつも迷って何もできずに殺されるだけだったのにー。すっごーい」
今までも僕のように……友達を失ったり、家族を失ったり、恋人を失ったり、そんな人達が居たのか。……こいつはそれを何度も……こんな風に嘲笑うようにして……。
「……こんなところで……自暴自棄になっている場合じゃないからね。まだリリィが居るんだ。ここを切り抜けて、リリィの元へ急がないと……彼女ならまだ生きているかもしれないから。助けられるものを助けないのは……僕としては最低な行動だと思っているんだよ」
「へへへー、ご立派なことだねー」
「冷やかしはお断りだ」
僕はトリガーを引く。
今までと変わらず強大な魔弾が発射され、僕の静かな怒りを表しているかのように、空気の壁を貫き、唸りを上げて牙を剥く。
だが、その魔弾はいともたやすく止められ──。
草によって、本当に止められた。
「な、なんだ……?」
魔弾がエネルギーの球体として場に留まっていて、透けて僅かに見える草が、それをキャッチしている風である。
「中々重い攻撃だねー……腕が折れちゃうかと思った」
そんな風には見えないすかした表情で。
うるさい機械音のように魔弾は鳴き続けるが、それを意にも介さず、草は『魔弾を投げ返してきた』。
野球でピッチャーでもやってたのかと思うくらいに、綺麗なフォームで。
僕が撃ったときとは違い、体感で二倍のスピードで魔弾が襲ってくる。
即座に横に跳ぶ僕。狭い路地裏なため、壁に激突してしまう。
「いってて……」
避けるのもぎりぎりなスペースだが、なんとか躱せたな……。
後ろをチラッと見てみると、魔弾が二階建ての建物の一階を見事に破壊していた。
さすがに騒ぎがおこるだろうな……早目に切り上げないと、異世界の兵士達に捕まえられちゃうかも。
とは言え、草の『掴む』技の対策を考えないと、ダメージが与えられないぞ……。
狭いとは言いつつ、実際四、五メートルの幅はあるな……、周りの建物の高さのせいで光が入ってこれなくて、暗すぎて狭く感じるんだ……。
狭いという先入観のせいで、体が思ったよりアクティブに動いてくれないな。
まずは路地裏から出て、人に紛れて隙を窺う。できれば背後を取ってから、魔弾を撃ち込みたい。
現在位置はこのY字の路地裏の分岐点。
魔弾を撃って、ブラインドにしてどちらかに走り込もう。
僕は右肩に刺さるナイフを見やって、痛みを我慢しつつ、左手に包まれる神器のグリップを握りしめる。
気を引き締めて、神器の引き金を絞った。
魔弾が掴まれて投げ返されるのは承知の上で、目隠しに役立ってもらう。
魔弾が銃口から僕の囮として放たれた。
発砲と後方への方向転換が全く同じ動作のように、滑らかに行動のフェイズを移行する僕は、Y字の通路の右側へと走り出す。
選んだ理由は、『人は迷ったときには左に行きやすい』という説を聞いたことがあるので、その反対に行こうという単純な考えからである。
まあ…………天使とかただの亡骸を『人』としての概念で考えてしまっていいのかが分からないんだけれど。
それに簡単な計算でいってみると、二分の一で僕と同じ方向に来る……わけ……だし…………。
……ていうか、よく考えたら相手は二人だから二手に分かれて動かれると、僕が右に行こうと左に行こうと何の意味もないな。
でも時間稼ぎくらいはなるはず。
僕は道を駆け抜ける。
そして、人混みへと向かって走る僕の前方に、何者かが立ちふさがった。
こんなときに誰だ!
と、怒ることもできずに僕はその足を止めるしかなかった。
「ど、どういうことだ……隣の部屋に縛っていたはずなのに……」
かの単純バカな女盗賊、ルシア・デインズが僕の前に立ちはだかっていたのだ。
そして背景に炎が追加される。
あっちは僕を攻撃する気が満々のようだ。




