14話【別の道に行くべし】
魔法幼女。
その名の通り魔法少女の幼女バージョンである。
魔法少女的なコスチュームなんて僕にとっては萌えの対象でしかないのだけれど、いかんせん相手が幼女では萌えに燃え尽きることはおろか、一ミリも興味関心を抱くことができなかった。女として見る場合の興味関心のことだ。さすがにロリコン疑惑を受けたくない。
この異世界に来て主に出会った女性はマリー、リリィ、そしてこの魔法幼女なわけだが、そこそこ女好きの僕の好みにしっかりハマったのはマリーくらいだろう。
そうは言ってもリリィはリリィで普通に可愛いし、多分年下であるはずのマリーより胸は小さいけれど細身の割には大きい方で、腰の辺りのキュッとした感じとか、ムチムチしてそうな良い太もも、柔らかそうなお尻とか、要所要所が随分とチャーミングな彼女が、僕の好みの範囲にかすりもしていないというわけではない。
そうだとしても──さすがに幼女はありえないだろう。
確かに可愛い顔をしているし、将来とても素敵な女性になりそうな女の子だけれど、僕に幼女は無理だ。
八十パーセント無理だ。
──とにかく、結局言いたかったことと言うのは、異性としてみる場合どうでもいいと言ったところなのだが、あの魔法幼女の『魔法幼女』という点──特異点についてとてつもなく興味関心が湧いているということである。
「ねえ、急にこんな状況になって僕は頭が混乱しているんだけれど、もしよければ一体どういうことなのか教えてくれないかな?」
幼女という幼児に少し早口な質問を聞き取り、それを理解して応答するということはできるのか。いささか不安ではあったが、あまり小さな子供と接する機会がないので、どういう風に喋ればいいのか分からなかった。そういうわけでいつも通りとほとんど変わらない口語を僕は使った。
「…………」
「…………」
幼女は黙ったままである。
今、僕は魔法幼女に胸ぐらちょい下辺りを掴まれ、小さな細い片腕にぶら下がっているような状態だ。魔法幼女は余裕そうな表情ではあるが、実は結構疲労が溜まっていて口を動かせるような状態でないということもありえなくはない。
大体、体重が五十を軽く越えてる僕を、幼稚園に通って友達と仲良く遊んでそうな幼女の極細腕で、持ち上げるなんて普通無理だから。
「えっとー、わたしのなまえは」
──と魔法幼女が喋った。
「日溜毬ひまわりといいますー。よろしくですー!」
元気にそう言われた。
確かに名前は聞いておくべき事項だったのかもしれないけれど、そんなこと聞いていないのに自己紹介してくるとは思わなかった。幼女と言っても人間ができているということか。
でもよく考えたら……大人として考えるなら、上司にAという仕事をやれと言われているのに、Bの仕事をやって上司に仕事の完了報告をやるようなものだ。
命令ガン無視である。
「……ああ、うん、よろしく。僕の名前は亜美寺夏木。なかなかいい名前だね、君にぴったりだよひまわりちゃん」
僕も自己紹介をする。
加えてひまわりとの好感度を上げるために褒めるようなことを言ってみた。それにしても幼児にぴったりな名前だとは本当に思った。
「えへへへー、なつきおにいちゃんありがとー」
良い笑顔だ。お兄ちゃんというワードに好感を持たないことはない。だけれど決して何か思うわけではない。
幼女が笑顔で高校生の胸ぐらを掴み、不良のように持ち上げているシュールな状況で、ハートのエフェクトが付きそうな熱い気持ちが僕に生まれてくるはずがないのだ。
「あのー、もうすぐおねえちゃんがきてくれるからだいじょうぶだよー」
何が大丈夫なのかと思ったが、さっき僕のした質問に対するものなのだとすぐに理解した。
それよりも気になるのは『おねえちゃん』の存在なのだが、どっちにしろこのシチュエーションで『魔法幼女』と『おねえちゃん』対策を練ろうとしても、ひまわりに手を離されたら死亡の僕に抵抗の余地はないので、『おねえちゃん』について必死に問いただすような真似はしなかった。怪しく思われたくないから。
まあ、今一番怪しいのは僕ではなくてこのひまわり──魔法幼女だということは間違いないだろうけれど。
「うん、分かったよ」
僕は言う。
依然として宙吊り。
「おねえちゃんがくるまでわたしとおはなししよ?」
「うん、いいよ。僕とお話ししようか」
僕は即答。
トークを断って不機嫌にしてしまうと落とされるかもと思ったからである。
「そうだね、僕から一つあるんだけど、どうして僕を助けてくれたの? 教えてくれないかな?」
「おねえちゃんがたすけてあげてっていったから、おにいちゃんおちてたからたすけたの」
助けた意味っていうのは『おねえちゃん』に訊いてみないと分からないようだな。
「そう言えば、今までどこに隠れてたんだい? 全く居たことに気付かなかったんだけど、一応近くには居たんだよね?」
「うん、うえにいたの。ずっとずぅーっとうえにいたの」
その杖にまたがって天井付近を浮遊してたってことか。
確かに天井には不思議な光がなくて暗闇だからな。光ある場所から光ない場所を見通すのは難しいから、見つけられなかったのも納得がいく。
「あっ、おねえちゃんがきた」
ひまわりはそう言う。まだあんまりお話ししてないし、ほとんど僕からしか話を振っていないけれど、これでよかったのだろうか?
「『おねえちゃん』か……」
僕は、何か変なことが起きませんように──と祈りながら首を上げて見上げる。
すると上からやって来たのは、同じく魔法幼女のように魔女らしいコスチュームを身に纏い、杖にまたがって飛んできた少女であった。
僕と同い年ぐらいではないのかと思うような風貌だけれど、この暗闇において明らかに場違いな可憐なる純白のコスチュームを着ている為、子供っぽいという雰囲気が付きまとっている。子供っぽい性格だけど、見た目は大人っぽい美人さんってイメージだ。
それよりも黒の中の白を何故見つけられなかったのだろうかと、後悔でなくとも後悔に近いような感情を僕は感じていた。
「ちゃんと助けられたみたいね、ひまわり上出来よ!」
近くにやって来た『魔法幼女』ではない本当の『魔法少女』は、ひまわりのことを褒めて頭を撫でる。
「うん! もっとなでてー!」
「ええ、いいわ。もっと撫でてあげる」
僕をまずどうにかしてくれないだろうか。ひまわりが撫でられることで脱力して僕が落ちてしまったらどうするんだ。
「あの──」
と、僕が声をかけようとしたとき。
「あー、分かってるわ分かってるから言わなくていい」
魔法少女がそう言って僕の言葉を遮った。
「言わなくていいって……」
「いきなりこんな状況になって悪かったわね。まあ、私は命を助けてあげたんだし少しくらいはいいでしょ?」
正確にはあなたではなくひまわりが僕を助けてくれたんですけれどね。とは言えない。
「訊きたいことはどうせ『お前は何者だ!』とか『何の目的で助けた!』とかそんなことでしょう? 安心して、ちゃんと話してあげるわ、この先きみが必要だと思ったから助けたんだしね」
この先必要? 僕を何に使う気なんだ。
「僕に何をさせようって言うんだい?」
「それも話すから心配しないで──ひまわり! この人を後ろに乗せてあげてちょうだい」
はーい──とひまわりが返事をする。
「うわっ!」
僕はひまわりの後ろに、幼女の腕でひょいっと後ろに乗せられた。
これはきつい、バランスが取りにくい。杖にまたがりつつ飛ぶというのは実は結構な訓練が必要なんじゃないかと僕は思う。
「ここより下にある横穴へ行くわ、準備して」
「うん!」
「いや、ちょっと待て!」
僕は叫ぶように言った。
「待ってくれよ、僕を連れていくのは一向に構わないけれど──いや構うけれど……、上に仲間が居るんだ! そいつらを置いていけない!」
そう訴えかける僕に対して魔法少女が応じた。
「二人の女の子ね。蜘蛛との戦いに集中してたみたいで私達には気付かなかったみたい。気付かれないように行ったというのもあるけどね。なんにせよあっちは彼女等に任せておけばいいんじゃないかしら? 足手まといを連れていくのは面倒だし」
一瞬怒りかけたけれど、すぐに思い留まる。
僕の命は今のところこの魔女達の手中にあると言ってもいい、反論しても脅されて終わりだろう。
「分かった……」
僕は小さく呟く。
「おにいちゃんしっかりつかまっててね」
気の抜けた調子でひまわりが言う。
思わずこっちまで気が抜ける、気が緩む。
「うん、しっかり掴まっておくよ」
どこに掴まっておこうか僕は少々悩んだ。
ジェットコースターというわけでもないので手すりはなく、ひまわりに掴まるしかないわけだが、僕との体格の差を考えると首元か脇の下辺りを抱きしめないとキツい体勢になってしまう。
「おにいちゃんはやく」
急かされるけれど、これはちょっと選びにくい。
首元を抱きしめると首が絞まって大変なことになるかもしれないし、脇の下辺りを抱きしめると幼女とは言え、いくら成長がまだとは言え、胸を触るような形になってしまう。それは色んな意味で大変だ。
だけれど背に腹は代えられない。首を絞めて一大事になるよりは、幼女の胸を触っている方がまだ罪は軽いだろう。
「そ、それじゃあ失礼します」
脇の下から手を突っ込み、胸の辺りに手をやった。
「おにいちゃん……へんなとこさわらないでよ」
「……うん、ごめん」
「ここにおてておいて」
ひまわりが自分の肩をトントンと指差す。
僕は手を離し、そしてひまわりの肩に手をやった。
最初からこうすれば良かったのか、何故思い付かなかったのだ。
「それじゃあ遅れずに付いてきて、ひまわり!」
そして僕は魔法少女というものを体験した。
杖にまたがり空中を飛んだ。
肩に掴まるだけでは振り落とされそうなくらいのスピードで飛んでいたけれど、僕は最後まで肩以外の部位に触れることはなかった。
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空を旅した──と言うか地下なので宙を旅した、空気中を旅した、とか言い方は別のものに変わるだろうが──とにかく僕は宙を旅し、崖の奥底にできていた穴の中へと入った。
そこから僕は地面に押さえ付けられ、縄で両手を後ろで縛られたのである。
今は穴の中に続く道を進んでいる最中だ。
「──じゃあ説明しましょうか」
ひまわりと手を繋いで歩いている純白の魔法少女が言った。
ちなみに僕は念のための囮役と言われて前を歩かされている。それならば縄をほどいてくれと思う。
武器が使えないんじゃモンスターが出てきても応戦できないから、すぐにやられてしまうから。
「その前にきみの名前を聞かせてもらえる?」
「亜美寺夏木」
間髪入れずに答える。
「亜美寺夏木……もしかして──きみは『日の国』の出身じゃないの!?」
「日の国?」
「……知らないのね。と言うことは日の国から移民した奴等の子供ってことよね」
「いや、分からない」
「分からないって、それで正解に決まってるわ。名前の感覚が日の国って感じするもの」
ふーむ、そう言えば魔法幼女の名前は『日溜毬ひまわり』と言っていたが、良く考えたら日本人みたいな名前だよな。
そう考えるなら『日の国』って言うのは、異世界で言う日本みたいなものなのかな。
「そういう君の名前は何なんだい? 僕だけ言うのはフェアじゃないと思うな」
フェアもくそもないけれど。
とにかくそういうことで僕は名前を問う。
彼女の反応は果たして、
「まあそれもそうね。同じ日の国出身なんだし名前くらい明かしてあげといてもいいわよね」
私の名前は『黒影月夜』、よろしく──と純白の魔法少女は答えた。
日溜まりに咲くひまわりが黒いコスチュームで、月夜の影が白いコスチュームと言うのは何か意味があるのだろうか?
何にせよ純白の魔法少女コスプレは彼女には似合ってない。どう考えてもだ。
「この子の名前は日溜毬ひまわりって言うんだ。よろしくしてあげて」
名前は知ってるし、よろしくしてるつもりである。
「それじゃあ本題に移ろうか──」
「──ちょっと待って」
僕は月夜の言葉を遮る。
「その前に一つだけいいかな?」
「何?」
「その服のことなんだけれど……あんまりここらでは見ないものだから」
僕はコスチュームについて一応訊いておきたかったのだ。
「ああ、日の国で生まれたわけじゃないから分からないよね。これはね、日の国の女性の制服みたいなものと言ったらかしら。魔法を使う際の正装って感じかな……、ちなみに私とひまわりの着てるのは全部私の手作りよ」
「なるほど……」
「どう? そ、その、可愛いでしょ?」
月夜がひまわりの手を離してクルクルと回る。服全体を見せるように回った。
「あ、うん。すごく可愛いよ、見たことないくらいに」
さすがに、似合ってないよとはこの状況では言えなかった。
「えっ、ち、ちょっとやめてよね! そんな褒めるなんて……もう……別に可愛くなんてないわよ…………」
照れ臭そうに言う月夜。言葉の途中から声が小さくなり、聞き取り辛かった。自分から聞いてきたくせに。
「じゃあ月夜、本題に移ってくれよ」
「うん」
そして本題へと。
「私達の目的って言うのは簡単に言えば、この洞窟を抜けて、その先の森を抜けたところにある街に行くってことね。このグレゴリオ王国の国内でも五本の指に入る大都市『エレクトーン』を目指しているの」
「エレクトーン……」
「最近エレクトーンでは雷の魔法を使った新たな研究を始めているらしくてね。どうやら雷の力を使って灯りを作ったりするみたいよ」
すごいわよね──と言う月夜。
この世界では電気は通じてないのか……と思う僕。生まれたときから既に電気を使う製品が身近にあったために、すごいとはあまり思えなかった。
「それを私も勉強したいと思ってるの、ひまわりはただの付き添いだけど。でも、そこに行くまでが困難でね。私達の魔法じゃ撃退できないモンスターが道中の『森』に出てくるのよ」
「つまり……」
「うん、そう。きみに──夏木にそれを手伝ってほしいわけ」
可愛い子の頼みは聞いてあげたいけれど、今はマリーとリリィと合流を──と言えども、今の僕は逆らえば簡単に死ねちゃうだろう。
反対はできない。神器を使えばこの状況を脱することもできるだろうけれど。
どちらにせよ、僕らもその森を通るはずだったのだろうし、デメリットがあるわけではないので、僕は魔法少女達の頼みを受けることにした。
「うん、分かった。僕にできることならなんでも手伝うよ」
どこかで……どこかでマリーとリリィに会えるといいが。




