13話【魔法○女】
底知れない不安を呼び起こす喚き叫ぶような咆哮。
実際、鳴き声なんて可愛らしい表現ではなく、もっと身の毛のよだつ恐ろしい咆哮と言った方が正しいのは間違いないなかった。
とは言え、周りに重く響くような咆哮でなくて、鳴き声のように甲高い叫喚であったことも間違いではなく、そういう意味では可愛らしい鳴き声という表現も合うような気がする。
「──リリィ、マリー、早くここから離れた方がいいかもしれない」
「そうね、鳴き声の主が来てしまう前に急がないと」
僕は出発する前に、
「これ、役に立ちそうだし使わせてもらおうよ」
二人にそう伝えて、地面に転がっていた骨の剣を拾った。
かの量産型?モンスターである『ボーンヘッド』の武器であるけれど、量産型の使う量産型の武器の割にはナイフとマトモにぶつかっても、少しも刃が欠けることのなかった代物なので、ナイフよりも使いやすいだろうと判断したのだ。
特に良いと思ったのは、やはりナイフよりも遥かに長い刃渡り、リーチの長さという安心感である。
「モンスターの武器を拾って使うなんて……そんな人初めて見たわ」
「わ、私もです……」
と、リリィとマリーから。
「そんなに珍しいことかな?」
僕は不思議に思う。モンスターの使うものは汚らわしいとか、そういうことだろうか?
生きる為に、生き残る為に、盗賊からは奪った物資だが、モンスターからは必要な物資を取らないと言うのはいささか疑問だ。
「まあ、世間も広いってことよね」
そんな風に納得するリリィを見て、そういえば彼女等は広い世間をきっと体験したことがないんだろうな、と思った。
「マリー、これを持って。もしもの時はこれで身を守れるように」
一つは僕が蹴りで崖の底に落としてしまったので二つしかなかった骨の剣。その一つは僕に、もう一つはマリーに渡すと決めた。
「えええ、こんなの使えるかな……。私は剣なんて振り回したことないんだよ?」
「振り回すのは危ないから止めてくれ──別に持っておくだけでもいいさ。モンスター相手に通じるかは分からないけれど、人相手なら敵が剣に対して警戒してくれるだろうから威嚇程度にはなるよ」
もしもそれでもマリーが嫌と言うのなら、剣と比べて小さくて振り回しやすいナイフを渡しておくのが良いだろうか。
「マリーは私が守るからそんなものいらないわよ。て言うか、持たせたらそれはそれで危ないからね」
「リリィちゃん! わ、私は剣ぐらい振れるよ!」
「アンタの場合はその振りが予想の斜め上を行くから駄目なのよ。もし私や夏木に命中しちゃったらどうするの」
「……」
「まあ、私が守ってあげるって言ってるんだし……ね?」
今度私が魔法を少し教えてあげるから──とリリィが言うと不満気だったマリーはすぐに明るい表情へと変わり、何度も頷いた。
「それじゃあ行こう」
僕は二人にそう伝えて歩き出す。
──いや、歩き出そうとした……歩き出そうと思ったとき。
「キュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
悲鳴のような鳴き声。鳴き声のような甲高い咆哮が場に轟いた。
しかもそれは今まで以上の大音量でそこらじゅうに大反響し、更なる爆音をこの場に鳴り響かせていた。
予想以上の予測不可能の轟音は僕達の鼓膜を破るんじゃないかと思うほどのもので、実際僕もマリーもリリィも両耳を両手で全力で押さえていたから。
だがそれは、両の耳を守らんとする両の手の盾をいともたやすく貫いてきたのだった。
そして音が聞こえなくなった。
僕は耳から手を離す。
「だ、大丈夫か?」
そう言ったつもりだったけれど、二人にどう聞こえたのかは分からない。
鼓膜が破れたわけではないだろうが、爆音のショックなのか、耳にモスキート音のようなノイズがかかり音を認識できないのだ。つまり自分の喋った言葉も聞くことができない。
「────?」
マリーが何か言っているようだが、自分の声すら聞こえない状況なので当然彼女の言葉を認識することは不可能である。
ただ一つだけ分かるのは、彼女もリリィもまた僕のような状況に陥っているということだ。
無音というノイズが脳内を支配する中、僕は無音の揺れを感じる。音の無い地震。
そしてそれは突然這い出てくる。
異形の怪物。
巨大な──軽自動車くらいの大きさの蜘蛛のようなモンスターが崖の底の暗闇から出てきたのだ。仮に突進されたとしたら、本当に軽自動車に跳ねられたときと同じ衝撃はあるだろう。
蜘蛛は巨体に似合わぬ素早い移動で僕達の行く手を阻むようにして、崖道に立ちはだかった。
ここで僕の耳は少し回復したようで、自分の息づかいが少し聞こえるようになる。それならば二人もコミュニケーションがとれる程度までには回復しているだろうと思い、二人に今からのプランを訊いてみようかと思った。のだけれど、目の前にモンスターが居る以上は話している暇なんてないと思うので、僕はただちに臨戦態勢へと移る。
「リリィ、マリーをしっかり守ってくれよ」
「ち、ちょっと夏木! こいつと戦うのは危険よ! あの鳴き声の大元はこいつなのよ!?」
「だからだ。この蜘蛛から逃げられるとは思わないし、思えないだろう。僕が時間を稼ぐから早く逃げてくれ!」
もし、今眼前に迫る大蜘蛛に対する、僕やリリィの評価が正確なものならば、恐らく僕達三人がいくら頑張ったところで無駄死にしてしまうのが落ちであろう。
現時点で手に入っている一つの情報だけでも、敵の能力はかなりの脅威と分かるものなのだ。
離れた位置からでも相手の聴覚を一定時間失わせるその咆哮だが、聴覚は敵の攻撃を回避する上でも、視界の外の状況を理解する上でも重要な武器になるため、それを無効にしてくるの咆哮はこっちにとって分が悪すぎる。
それにさっきのは離れた場所からであったが、もし今の僅か数メートルの間合いであの咆哮を聞かされたら、耳を塞いだところで鼓膜の損傷は免れない可能性があるので、負けは濃厚と言っても間違いはなかった。
どうせ三人やられてしまうのなら、ここは僕一人が残って、残りの二人が逃げた方が良いと思ったのだ。僕は別に死ぬ気はないけれど。
「二人とも下がってくれ──」
──発声。同時に蜘蛛が口らしき部分から、白い糸のようなものを発した。糸と言うには太すぎるものではあったが。
「ふっ!」
僕は一歩踏み込み『ボーンヘッド』から頂いた骨の剣を振るい、飛んでくる糸を切り裂いた。
──と思ったのだが。
「嘘……だろ」
糸と交錯した骨の剣は、発泡スチロールでできた剣なんじゃないかと思うくらいに──一瞬で砕け散って壊れた。
たかが糸に剣が破壊された。
「いや……まだだ!」
僕はすぐに骨の剣の柄から手を離し、負けじとリボルバー──神器を取り出す。
しっかりと狙おうとはせず、大まかに狙いを付けた瞬間、すぐにその引き金を引くと、神器からは期待を裏切らないの高威力の魔弾が発射される。
そしてそれは僕からの視点で言うと、蜘蛛の左側三分の一を削り、蜘蛛に大きな損傷を与える。
「神器の力には勝てないか」
僕はそう呟き、これなら時間稼ぎとかじゃなくて普通に倒すことができる、と思いながら二発目を撃とうとしていた。
だがそれは断固拒否される。
「キュアアアアアアアアアア……!!」
蜘蛛は力のない悲鳴を上げながら僕に突進してきたのだ。
「ぐあっ!」
蜘蛛と接触した僕の体に今まで味わったことのない衝撃が加わる。軽自動車に轢かれたらこんな感じなのか? 激痛をその身に帯びながら、僕は地から足を離された。
「うわああああああああああ!」
突進により僕の体は崖底へと弾かれる。
崖から四、五メートルくらい飛ばされたので、当然の如く縁に掴まることなど不可能だ。
「夏木!」
「夏木さぁぁぁぁん!」
僕は二人の呼ぶ声を僅かに残るノイズと共に受けつつも、頭から底へと落下していく。
空気に掴まるとかそんな能力があるわけでもないし、そんな魔法が使えるわけでもない。僕は至って何の変鉄もない法則に従って、ひたすら重力を受け自由落下していくだけだった。
──既に二人と大蜘蛛が米粒程度の大きさに見えるまでのところまで落ちたが、一向に底が見えることはない。
僕は必死に生きる道を探す。と言っても考えることと、ポーチを探ってみることくらいしかないけれど。
「──な、何かポーチになかったかな!?」
焦りながらポーチの中に手を突っ込む僕。どう考えてもこの状況に役立つ物なんてあるはずがなかった。
落下開始から恐らく二十秒くらい。
今の時点で二人と蜘蛛は見えなくなった。
見えなくなったところでどうしようもないわけで、考えても考えても助かる道は見つからないわけで。僕は諦めようと思った。
偶然にも底には超巨大なマットがあってそれによって助かるみたいなことを妄想したりしながら、九割九分九厘助からないなと思いながら僕は十割諦めた。
──五分ほど落下したところで僕は思う。
この洞窟には本当に底があるのかと。
もしかしたら僕は永遠に暗闇に落ち続け、落下しながらの空中で餓死するという極めて稀有な死に方をするのではなかろうかと思った。
稀有な例というか、もうギネス記録にだって載れる。
『世界初の空中餓死者!』みたいな。
歴史上でパラレルワールドがあったとしても最初で最後の死に方だろうな。
これだけの時間を落下して加速すると、仮にマットがあっても、もう無理だろ。衝撃を吸収しきれないだろうから、マットを貫いて地面に突き刺さってしまいそうだ。
そう言えば異世界に来たばかりの時に貰ったマリー特製のクッキーだけれど、食べきれなかった分をポーチに入れておいたんだよな──と思い出したので、僕はクッキーをポーチから出して一口かじってみる。
「うまい……。うん、おいしいや」
この時点で僕は『世界初、空中でポーチからクッキーを取りだし食べた男』として認定されるわけだけれど、そんな称号も死ねば意味が無くなる。
僕は思い出に浸るようにして、多分上である方向へと顔を向けた。
「なんだあれ」
何か見えた、黒い何か。一体なんなのだろうか。
「何か落ちてきてる」
と考えたが、あれは尋常ではないほどの加速をしていっているようなので、落ちるというよりは目的があって下方向に向かっているように見えなくもなかった。
人なのかは分からないが。
「あれって──まさか」
その黒いものが近付いて来ていることが分かり、同時にそれが何なのか分かった。見えた。
「人?」
そしてそれは一気に加速してくる。
最後の力を振り絞ったみたいに突っ込んできて、その突っ込んできた人間が僕を掴んだ。
掴まれてから、加速は減速に変わり、徐々に自由落下は停止させられる。
完全に空中で止まったとき、僕は自分の状況を図で理解した。
辺りが暗闇の空中で、ホウキのような杖に乗った少女が僕を片手で掴んでいるという図。
その女の子は言う。
「捕まえた」
彼女は魔女のような服装だった。
黒いとんがり帽子を被っていて、黒を基調とする女の子らしく可愛い装飾のされたローブ。それらしい手袋にそれらしいブーツ。
正確に表現するなら魔法少女の方が良かったかもしれない。
にしても実にシュールな図だ。
杖に乗った小さな六歳七歳くらいに見える幼児が、片手で立派な高校生を掴んでいるのだから。
あっ、それだと魔法少女と言うよりは『魔法幼女』の方が正しい表現だったかも。と今更ながら僕は思うのだった。




