『ママ』になった
穴の出し入れをしたわけではないのだが子供が出来た。
鳥の雛のように何処にいってもついてくる。少し『可愛い』かもしれない。
……。
……。
「ラッキィ。海辺に誰か倒れている」
私が指摘するとラッキィは人影に向かって走り。
「しっかりしてください! 」と叫んだ。
壊れた小さな「フネ」が近くにあるとミザリィが言う。
「フネ? 」「水の上を移動する乗り物よ。……これは異国風ね」「……こんなに小さいのか」
ミザリィが言うには、小型のフネを大型のフネに入れておけば大型のフネが壊れたときに役立つらしい。
私が前に初めて『海』なる巨大な塩水のカタマリを見たとき、上に浮かんでいたものより遥かに小さい。
「……」「どうしたの? 」
フネの中にフネを入れる? だと?
人間達がそのような発想に至るのはもう少し『先』だと思ったが。
「……なんでもない」「……ディー。少しおかしいわよ」
私に言わせれば『おかしい』のは『この世界』なのだが。
いや、……人間に悟られるのは不味い。
「……これは? 」「ドワーフが使う、黒鉄の武器と防具だな」
黒鉄はドワーフの秘法で作られる。鉄より重いが、硬く、強い。
鋼と彼らが呼ぶものと違って、人間にも製法を知るものがいる。
「『槍』……? なの? これ? 」「……珍しい武器だな。私も見たことが無い」
「ディー。その斧をみた人もそう思うのよ」「これは、どうしようもない」
本当に、どうしようもない。身体から離せないのだ。
珍しい武器の話に戻る。
『クサリ』で留められた九連の棒。両端は鋭い刃物が飛び出す仕掛けになっている。
連結して棒にする事も、槍として使う事も出来るようだ。
製作者は恐らくドワーフだろう。信頼を最も必要とする武具にここまでの仕掛けを施すのは彼らくらいだ。
この武器の問題点は。……見た目に反して巨人の武器並に重い事実だ。
ドワーフなら持てるだろうが。……扱うには彼らの短い手足が邪魔をする。
間違いなく今倒れているこの男の武器であろう。
「……これって。『刃の鎧』? 」
……危険な鎧だ。製作者の意図が知りたい。
黒鉄で出来た、異常に重く、そして硬い鎧。
黒鉄の鎖帷子の上に更に黒鉄と鋼鉄の複合装甲で出来た装甲版。そして鋭い刃。
……数少ない布地部分に私たちの技術までも盗用されているのを見た。
『風』を如何にして織ったのか知りたいが。……いい気はしない。
「妖精の技術がいたる所に導入されている鎧だな」「えっ? 」
私は『鎧』の靴底や、装甲板の裏に目をやる。
「この、適度に硬く、適度に柔らかい素材は……ピーター……。
『グラスランナー』という我らの亜種が用いる素材だ。走行を補助し、同時に足を護る」
……誰が、如何なる目的で作ったかは知らないが。
黒鉄や鉄の装備は精霊の加護を得ることは出来ぬが。
……『星の光』が集まっているのが『見える』。人間には判らぬだろうが。
「しかし、重いぞ。人間では装備できるか怪しい。大の大人より重い」「……」
私は。思わず『タメイキ』をつきそうになって黙る。私もミザリィから『学んだ』。
すまぬ。ミザリィ。
「この男、拾って帰る」「……まぁそうするけど」
私は、彼の髪の色が『黒い』のを見た。
!!
まさか。
『緑の瞳』が私を写す。
違う。『彼ら』ではない。
「あなたの御名前は? 」ラッキィが問いかけるが。
「ア……ア……」この男は、心が壊れている。
色々問いかけるラッキィとミザリィを止める。
心が壊れている男には別の対処がある。
「……心が壊れている? 」
私は軽く解説を行う。上位の精神の精霊を呼んだ影響で、彼らが去った状態だと。
人間に判りやすく言うと強すぎる怒りや悲しみなど。
「狂っている? 」「もう少し大人しいが、概ね近い」
簡潔に述べると、子供に戻っている。いや、「アカチャン」の状態だ。
「私は、ディーヌスレイトだ」「でぃ? 」「うむ」
彼は無邪気な笑みを浮かべた。
「ふぁるこ。……あすてりお……ん」
そういって、私に抱きついてきた。
ばきぼき。べきばき。
恐ろしい怪力だった。『身体』のあちこちが砕けた。
ラッキィが癒しの奇跡を用いなければ危なかったと思う。
「『まま』……」
私のそばでしょんぼりしている男は、やりすぎに気がついたらしい。
「……気にするな」
私は人間の母親がするように、彼の黒い髪を撫でた。
明るい。明るい笑みを彼は浮かべた。




