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3.ネイェドリー

  



 昨夜と同じ蝋燭の点された部屋。今日、明るい時間に確認できたおかげで辺境伯のこの部屋が城の東端の門側にある円塔だということは判った。もう一本、尾根側にも同じ形の円塔があり、そこにも扉が有ったがそこは今は使っていないらしく、夕方城に戻ってから内部の案内をしてくれたパヴェルは、何も言わずに通り過ぎただけだった。


 夕食はパヴェルとアンナと三人だけで摂った。辺境伯は別の場所で夕食を摂る習慣なのだということだった。一家の主が家族と共に食事をしないのは私の常識では考えられないことだったが、その家によって余人が驚くような習慣が案外当たり前になっていることもあるので、私はそれには何も触れなかった。

 

 そして夕食後、改めて執事に案内されて昨夜と同じ部屋に通される。辺境伯は昨夜と同じ場所に座り、微かに笑みを浮かべて私を出迎えた。



「この話を知らない人間に語れるのは嬉しいことだ。昨日はほんのさわりだけだったな、そう、ネイェドリーがこの地を見つけた時、すでに先住の民がいた、ということだけだ」

「昼間、パヴェル様からもアンナ様からもそれ以上のことは伺えませんでした」

「あの二人は私の楽しみを邪魔しないように気を遣ってくれたのだよ。さあ、では話の続きをしよう。


 ネイェドリーがこの地にやってきた時、当然のことながら、今のように緩やかな道は作られていなかった。彼らは馬を宥め引き、馬車を人の手で押し、御しながらゆっくりと森を下っていった。しかしなにしろ中には女子供がいる。否、数からいえば成人した男よりもそちらの方が多かったらしい。谷へ降りる途中で日が暮れたので野営をした。その時、幾人かが明りがともったのを見たといったが、ネイェドリー自身はそれを見なかったし、明りなど見えなかったという人間も居た。


 翌朝皆が谷にたどり着くと、そこには古い城が一つあった。


 当然人が住んでいるものと思い、ネイェドリーは門扉につけられた鐘を叩いた。しかし城から誰かが出てくる気配はない。それならばすでに人のいない廃墟かとも思ったが、それにしては城や石垣に崩れた所がなく、なにより住む人の居ない家が持つ空虚な雰囲気がなかった。

 これだけの人間が来ているのに何の反応もないことを不思議に思ったが、この谷は明るく日が差し込み、畑を作るにはちょうどよさそうだった。それに硬く門を閉ざしたままの城を除けば、一面の野原は誰かの手が入っているようには見えない。

 ネイェドリーは城の持ち主と交渉し、この地に安住したいと考えたので、城から少し離れた場所に一族の者たちを集め、主だった者と谷の探索に回った。谷の土は想像以上に肥えていて、農夫達を喜ばせた。

 男達は森に狩に出かけ、女達は焚き木や木の実を集めた。皆、今度こそ安住できる地を見つけたという希望に顔を輝かせていた。


 そうこうしているうちに日が落ちた。



 不思議なことに、日が落ちると暫くして、城の門が開いた。


 ネイェドリーは、さては城の中に住むのは悪しきモノかと身構え、女や老人、子供を中心にして周りを男達で囲うように指示した。そうして自身は数人の供を引き連れて城へ向かった。

 城の門は彼らを出迎えるように大きく開き、正面に円塔が二つ見えた。……そう、昔は、この塔の向こうが正門だったのだ。

 門の前で、ネイェドリーについてきた騎士達は留められた。何故か足が竦んで一歩も動かなくなったのだ。騎士たちが口々にネイェドリーを制止し、危険を訴える中、ただネイェドリー一人だけが招かれるように城の中に足を踏み入れることができた。踏み入れざるを、得なかったというのが正しいのかもしれない。彼には一族を守る義務があり、この土地に住みたいという欲があった。たとえ悪魔であっても自分の剣で討伐できるという自負心もあった。

 

 今は騎士の間と呼ばれている広間があるだろう。今は壁に塗り込められているが、昔は扉があったという。その、大きく開かれた扉から広間に入ったネイェドリーは雷に撃たれたような衝撃を受けた。

 広間に集っていた十数人の人々。彼らは今までネイェドリーが見たこともないほど優雅で、途方もないほど美しかったのだ。

 白い肌、赤い唇、暗色の髪。


 見た瞬間、人間ではないと分かった。しかし彼らには、それでも惹かれずにはおられない魅力があった。


「ようこそ、人間の殿」


 中でも長と思しき男が集団から抜け、ネイェドリーに話しかけた。その声は気品に満ち、響きの良い弦楽器のように空気を震わせた。


「闇に住まう方々とお見受けいたします。私の名はエドゥアルト・ネイェドリー。故郷を失い、一族を率いて安住の地を探し求めております。この地こそ我らの住まう土地であればと望んでおりますが、この土地がすでにあなた方のものだと言うのなら我らは夜明けとともにここを去りましょう。ですから、我が一族に危害を与えることのないよう、お願い申しあげる」」


 

 辺境伯は言葉を切り、乾いた喉を潤すようにぶどう酒を口に含んだ。釣られて私も一口飲む。話を聞いているだけだというのに、まるで自分がネイェドリーその人であるかのように緊張して喉が乾いていたのだ。


 辺境伯は頭の中で話の筋を追うように暫く口を閉ざした。蝋燭の炎がわずかに揺らぎ、芯の燃えるじじ、という微かな音が聞こえた。

 贅沢に蝋燭を使い明るいはずなのに、なぜだか部屋は奇妙に暗く感じた。ネイェドリーも、明るく灯された広間をそれでも暗いと感じただろう。人ではない者たちが集う場所にただ一人足を踏み入れたのだ。それがどれほど美しかろうと、否、美しいほど、恐ろしかったに違いない。

 


「男は言った。


「ネイェドリー殿。あなた方さえ良ければこの地に住まい、好きに治めると良い。我らは夜にのみ生きる種族。耕すことも紡ぐこともない故、あなた方の邪魔はしない」

「夜の種族の殿。私には一族のものを守る義務があります。あなた方が人間を害する種族ならば私は一族を守るため、あなた方と争わねばなりません」

「我らは生き物を糧とすることではあなた方となんら違いはない。そして我らはむやみに殺して糧を得ることもない。我らはただ願うのみだ。

 この城の半分は我らのものであること。一日の半分は我らの時であること。そして月に一度、我ら一人につき一人の人間が糧となってくれること。

 無論殺しはせぬ。数日弱ることはあってもそれ以上の害はないことを約しよう。これらの願いをはねのけたとてあなた方がこの地に住まうことを拒みはせぬ。我らは同族しかみない暮らしに些か飽いている」


 ネイェドリーは夜の種族の望みをかなえると約束した。約束をせずとも移住を拒まぬと彼は言ったが、それは彼らの場所に無作法に入り込み、彼らと敵対することを意味していたし、はっきりとした取り決めのあったほうが一族のもの達が怯えることなく日々を送れると思ったからだ。


 一族の者達の意見は割れた。そのような犠牲を払うのなら出ていくべきだという意見も当然ながら出たし、害がないという言葉を信じられないという者も大勢いた。

 ネイェドリーは年少のものや女達の言うこともないがしろにせずよく耳を貸し、それでも、と三日に渡って説得を繰り返した。

 

 やがてほとんどのものはネイェドリーの説得に応じた。

 何故ならば、彼らは長い放浪に疲れていたのだ。放浪の途中で死んだ者も少なくなかったし、生まれた時から放浪の暮らししか知らぬ者もいた。

 たとえ犠牲を払おうとも安住の地を希求するほど、彼らは疲れきっていたのだ。


 

 ところで何故ネイェドリーはそれほど熱心に説得したのだろうか。長い旅をしてきたとはいえ、谷からもう一度上らなくてはいけないとはいえ、人ならざる者と約してまでこの土地に拘る理由などあったのだろうか、と君は不思議に思っているだろう。

 理由はあった。


 彼は、城に住む娘に恋をしたのだ。

 名をエミーリア。夜を染めた黒髪に、月の光を集めた金色の目をした女だった。細い柳の肢体と猫のしなやかな足を持つ女だった。この城で話をしたのは長の男だけ。ネイェドリーは一言も交わさなかったエミーリアと再会するために、彼女の声を聞くために、一族に安住の地を与え、一族を贄にすることを選んだ」



 ふう、と辺境伯が息をついた。否、それは私のため息だったかもしれない。辺境伯が私を見て微笑んだからだ。じわりと夜に溶けそうな笑みだった。不思議なことに、藁束のような力強い髪色と青空のような目と日に焼けた浅黒い肌を持ちながら尚、朝執務室で見る彼よりも、夜見る彼のほうがしっくりと馴染んでいるように私には感じられた。


「今夜はこれで終わろう。君も聞き疲れただろうし、私も少し話し疲れた。そうだ、部屋に資料は届いていたか?」

「はい。大切なものをお貸し頂きました」

「私は大概執務室にいる。何か疑念があれば遠慮なくきなさい。明日も午前中はパヴェルが領内を案内しよう」

「ありがとうございます。ああ、閣下。あの、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」

「なんだろう」


 辺境伯は笑みを湛えた表情のまま促した。


「夜の領主は……今の、話にでてきた彼らはまだこの地に在る、のですか?」


 ふぅ、と辺境伯の笑みが深くなった。それはまるでいとおしいものを思うような甘い笑みだった。そうして辺境伯は、一言答えた。


「居る」



 私はそれ以上続ける言葉を持たずに、ただ深く頭を下げて辺境伯の部屋を辞すしかなかった。


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