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喫茶店の上のレフュジーズ  作者: 木須柄はきわ
一章 石田みどり
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石田みどり⑤

 そんなわけで、新生活をはじめて二週間が経とうとしていた。

 決して人付き合いのうまいほうではない不愛想な私を、喫茶店の住人たちはかくも自然と受け入れた。芸は身を助けるというが、私は新しい台所番というキャラクターを確立し、実際そのようにふるまった。それは父と私の関係に似て、私自身そのロールプレイに救われていた。

 朝、アラームと同時に起きると、私はとにもかくにも台所を目指す。あまり張り切ると、輝美さんの目が光るので、朝食はいつも簡単なものだ。

 みのりはいつも私よりも先に起きていて、テレビでニュースをみたり、身だしなみを整えている。能天気に見えて、彼女の生活は誰より模範的だ。

 ついで一孝、いぶき、春美の順で住人たちがぞくぞく起きてくる(春美はそもそも起きてこない日があるが)。輝美さんは喫茶店のモーニングで忙しい。

 女子が多いため、洗面台は毎朝、渋滞が起こる。そのため朝食は起きてきた順で食べていき、揃うことはない。そして唯一の男子である一孝が、皿洗いを担当する。

 時間がある日。春美はいぶきの髪を丁寧にとくと、それをまとめて三つ編みにする。それは付き合いの長い二人にだけ許された神聖な儀式だ。三つ編み姿のいぶきは、そのただでさえ大人びた容姿に貴賓さをまとわせ、どこぞのお姫様のように美しかった。

 学校は川の北側だったので、通学時間は以前よりも少し増えた。一孝とは途中まで道が同じなので、時々一緒に家を出た。彼は家では勉強ばかりしているので、自転車を漕ぎながら、たわいない会話をする時間は貴重だ。


 学校では目立たぬように、ただ淡々と授業を受けた。何日か休んでいたことに加え、てんで授業が頭に入らない時期があったので、正直あまりついていけていない。

 退屈な授業中、私は現実逃避で今夜の献立を考える。最近脂っぽいものが続いたからさっぱりしたものがいいかしら。スマホでレシピサイトを眺めていると、授業はまたたく間に終わる。

 学校が終わるとまっすぐ帰るか、スーパーマーケットに寄った。二人暮らしの時と違って、すぐに食材がなくなってしまうのは大変だが、それはそれで豪快で気持ちよかった。お米などの重いものは通販で買った。

 6人分の食材をすっぽり収めてくれる大きな冷蔵庫が好きだった。一度調子に乗って買いすぎてあふれさせてしまったことがあるが、喫茶店の冷蔵庫を借りることで事なきを得た。


夕飯の支度の時間になると、私は台所に降りて緑色のエプロンをつける。エプロンは春美のお手製で、入居祝いと贈られたものだ。服飾の専門学校へ通う彼女の部屋からは、夜でもお構いなくよくミシンの音が聞こえる。

 はじめのうちは台所には輝美さんも一緒に立っていたが、間もなく私一人になった。それは口にはしなかったが私の望んだことでもあった。

 春美は週の半分ほど、みのりは週に二日、アルバイトがあったので、食卓に全員揃うことは少なかった。一孝もガリ勉のわりに、人並みの人付き合いがあるようで、夕食が不要だという連絡がたまに来た。

 洗い物は誰かと二人ですることが多かった。人数が多いので一苦労だ。

「洗い物くらいこっちでやるから休んでなよ」みのりの言葉に周囲もうんうんとうなづいたが、食器や調理器具が知らないところにしまわれるのが嫌で、私も完全に人任せにはしなかった。わたしがちっとも譲らないので、春美を除いた彼らは交代で私を補助した。

 これに限った話ではないが、春美は家事という家事をまったくしない。本当にまったく。そのふてぶてしさを、私は腹が立つどころか、むしろすがすがしく思った。見習いたいとさえ思う。

 料理という役割がなければ、私は自分がここにいることを許せない。ありのままでは間が持たないのだ。

 浴槽で、部屋で、一人になると心地の良い疲労を覚える。私は私に問う。私は今日もうまくやれましたか? 夜の静寂がその答えだった。

 せんべい布団に入ると、それまで身を隠していた暗闇が大挙して落ち着かなくなる。夜泣きをする子供の気持ちがわかるような気がする。私は必死で冷蔵庫の中身と明日の朝食と夕食を考える。そうすると睡魔が、それでいい、と私を許すように訪れてくれる。


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