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喫茶店の上のレフュジーズ  作者: 木須柄はきわ
一章 石田みどり
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石田みどり④

 父の葬儀のため数日学校を休んでからというもの、私の事情はどこからかクラス中に知れ渡っており、すっかり浮いた存在になっていた。

 大人たちは私が気丈にふるまっているのだと決めつけ、もっと学校を休んでいいと言った。それはちゃんちゃらおかしな話だった。私は幼いころからあの部屋でいつも父の帰りを、料理を作りながら、待っていた。誰も帰ってこない部屋に一人でいては気が狂ってしまう。教室で淡々とカリキュラムを進めるほうがよっぽど気が楽だった。

 その日、私は教室で瑠依と向かい合いながら、手製の弁当を食べていた。瑠依は高校に入って初めてできた友人で、学級委員を務める、目つきの鋭いまじめな女だ。きっかけは覚えていないが、ぼーっとしていたら睨んでいると勘違いされた、だとかそんな生まれ持った目つきの悪さを、互いにわかち合っているうちに仲良くなった。

 昨晩の残りを詰め込んだ弁当を手早くかきこむと、私は瑠依に話があると中庭へと誘った。

 中庭のテラスは、強い日差しに晒されるせいか、人数もまばらだった。

 私は瑠依に現在の生活環境について話した。自分から誰かに話すこと自体がはじめてだった。

「シェアハウスみたいなことでいいのかな? 良く言えば」

「まあ、良く言えば」

 恋愛リアリティーショーに夢中なみのりあたりが、好みそうな言葉だ。

「本当に心配してたんだからね。いまもだけど」

 そう言って瑠依は、大きなため息をついた。

「最初はただ生気がない感じだったけど、途中からお弁当も持ってこなくなっちゃって……、本当に痩せこけて死んじゃうんじゃないかって心配した」

「気苦労かけます」本当に申し訳なかったので。私は彼女に頭を下げた。

 私が食べなくなったとき、瑠依は毎日購買で私の分のパンを買ってきてくれた。本当はその代金くらい支払いたいが、それを言ったら彼女はなんて言うだろう。

「まあいいや」と瑠依は言った。「あんたがそんなだったから、私のほうもちょっと言ってなかったことがあるんだけど……」

 と瑠依は両手を股に挟んでもぞもぞしはじめた。あたりをきょろきょろと見まわし、明らかに挙動不審な態度だった。

「なんでしょうか?」私は恐る恐るたずねた。

 ややあって瑠依は大きく深呼吸した。そして、ぐっと顔を寄せてきて、鳥のささやくような声で「彼氏できた」

 一瞬理解が追い付かなかったが、よく親父臭いといわれる私でも、そこらへんの女子高生のようにキャーとなった。

「違うの!」

 彼女は顔を真っ赤にしながら、私があれやこれやと質問するのを制し「向こうから、向こうから急に、断る理由物かったっていうか」

「モテモテじゃん」私はにやにやしながら言った。「誰? 私の知ってる人」

 瑠依はかなりじたばたしてから「学級委員長」と白状した。

「委員長ともあろう方が、随分手の早いことで」

「なんか期末テストが始まる前にはっきりさせたかったんだって」

 私が停滞している間にも世界は動いている。地球が太陽の周りをまわって、ここはもう夏のさなかだ。

「夏にどっか遊びに行こうよ」そんなことよりと彼女は言った。「あ、門限とか厳しい感じ?」

 どうだろうか。少しくらいは大丈夫な気がする。

「海は?」と瑠依は言った。

「海?」意外な提案だった。彼氏なんかができると変わるのだろうか。

「遠いし混むよ?」言いながら、一面に広がる青い海と、熱い砂のイメージがぐんと広がって、本当に行きたくなった。強い日差しの下、肩を出して、帽子をかぶって。

「眺めるだけでもきっと楽しいよ」

 うーんと、私は悩むふりをして言った。

「彼氏と一緒はいやよ」


 帰りのホームルームが終わり、背中を伸ばしているとスマホに通知が来た。夕食のリクエストだろうか。冷蔵庫の中身を思い出しながらアプリを開くと、LINEの送り主は、同じ軽音部の同級生だった。

 軽音部の存在は入学してすぐの新歓で知った。時間の関係で一曲だけだったが、自分とさして年の離れていない人間が、舞台の上でロックンロールを奏でるさまは、新入生だった私の胸をおおいに打った。

 音楽好きの父は是非はいるべきだと私の背中を押して、次の日には二人で楽器店にいた。昔から手遊びで父のアコースティックギターを弾いていたので、楽器はギターに決めた。真っ黒に光るそのエレキギターを、父はたいそう愛して、しょっちゅう勝手に弾いていた。

 入部初日からギターを担いでいくと、私はとても珍しがられた。同時に入部した新入生は少なくなかったが、経験者はごくわずかだった。

 いつから弾いているかとたずねられ「アコギですけど小4くらいから」と答えると、部室にどよめきが起こった。

「いいじゃん7月の学内ライブ間に合うんじゃない?」

 部長の鶴の一声で、私は二年生のバンドに組み込まれることになった。

 特別扱いされて同級生に疎まれるのではと心配だったが、みんなコードを覚えるのに精一杯で居心地の悪い思いをすることはなかった。


『部室にギター置きっぱなしだよ』


 LINEの文面を見てハッとした。ギターケースを背負って自転車を漕ぐのがしんどいので、父には悪いがギターを部室に置いていくのは日常茶飯事だった。

「どうかした?」

 あまりにずっと固まっていたせいだろう。瑠依が声をかけてきた。

 私は力なくスマホの画面を彼女に見せた。

「取りに行けば?」

 私は首を横に振った。あれから部室には一度も顔を見せていない、ライブの練習もさぼっている。どの面下げて行けというのだ。

「気まずいなら私とってこようか?」

 それはなんともありがたい提案だが、こんな汚れ仕事を友人にさせるわけにはいかない。

「大丈夫、自分でなんとかする」

 口ではそう言いながら、何もする気にはならなかった。

 私はスマホを輝美さんから預かった財布に持ち替え、軽く中身を確認した。

「瑠依、夕飯なにがいい?」

「何? 作ってくれるの?」

「別に、ただのアンケート」

 おなかをすかせて私の帰りを待つ人たちがいる。いまはそれでいい。

 それでいいのだ。

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