川島いぶき①
一章から読むのをおすすめします
「再婚しようと思うんだ」
お父さんの告白を聞いたのは、8月の始めだった。
私とお父さんが、輝美さんの喫茶店の窓際の席で、月に一度、近況を報告しあうようになって、もう四年になる。
お母さんは車の事故ですでに他界している。
私が四歳のころの話だ。
お父さんは私を一人で育てながらも、亡き妻への思いを忘れきれなかった。
そして、どんどん母親に似ていく私を見て、ついに私と関係を持つようになってしまった。
私の告発で、私たち親子は引き離され、私は輝美さんに引き取られた。
小学五年生の春の出来事だった。
お父さんは、その凛々しい顔に脂汗をにじませながら、まるで殺人の告白をするみたいに、重々しく言った。
彼には悪いけど、私は『はあ、そうなんだ』といった調子だった。
お母さんが死んでから10年が経つし、苦しんだし、苦労もした。
私とのことを除けば、責められるいわれはないだろう。
「それは、おめでとう」
私は言った。
他に特に言うこともなく黙っていると
「許してくれるのかい?」
とお父さんはハンカチで汗をぬぐいながら言った。
なにを大袈裟な。
「許すも許さないも、べつに三人で一緒に住もうってわけでもないんでしょ?」
「それはもちろん」身を乗り出してお父さんは言った。「そんなこと許されないよ」
私は呆れたけど、同時に哀れに思った。
この人にとって、娘との関係は、まだ昨日のことなのだ。
でも再婚か。
娘との過ちは清算できずにいるお父さんでも、お母さんとのことには少しだけ折り合いがついたのかもしれない。
再婚とはつまりそうゆうことなのだろう。
「きみが許してくれるなら、年末に式を挙げようと思うんだ」
きみ、とお父さんは私のことをいつもそう呼ぶ。私はそれを聞くたび自分たちの関係の歪さを思い起こされる。
しかし、式まで挙げるのは意外だった。
「結婚式したいって相手の人が言ったんでしょ?」
私が言うと、お父さんはは驚いた様子だった。
「ああ、そうだよ。やっぱり女の人はそうゆうことがわかるんだね」
と、お父さんは、テーブルに両手をついて頭を下げた。
「もしよければ、きみも席に参列してくれないだろうか」
いちいち大袈裟なお父さんの挙動に、私は他のお客さんから注目されていないか心配になった。
「べつに……普通に行くから大丈夫だよ」
「……いや、よく考えて決めてほしい。また来月、ここで返事を聞かせてほしい」
父は言った。
「僕たちがちゃんとした親子に戻るために必要なことだと思うんだ」
そんなこといわれましてもね。
私はみどりちゃんの作った夕食を食べながら、お父さんの言動を思い出していた。
「おいしくなかった?」
あまり箸が進んでいなかったのかもしれない。
みどりちゃんが心配して声をかけてきた。
一度エビアレルギーの私に、エビチャーハンを振舞ってしまって以来、みどりちゃんは私の食事に細心の注意を払っている。あれはかゆかった。
「おいしいよ」
みどりちゃんが捨てられた子犬のような目で見るので、私は甘辛く煮た鳥のもも肉をひょいひょいと口に運んだ。
彼女の父親は二か月に前に死んだ。
たったの二か月だ。
みどりちゃんは毎日のように料理を作ってくれるが、その傷はまだちっとも癒えていない。私は二つも年上の彼女が、時々ずぶ濡れの大型犬のようにみえて、抱きしめたくなる。
「お父さんとなにかあった?」
私が今日、お父さんと会っていたのを、どうゆうわけかみどりちゃんは知っていたみたいだった。彼女はよく店に遊びに来るので、今日もそうかもしれない。
「えーと、なんか再婚するみたい」
私が言うと
「え?」「まあ」「へー」「ええ!」「ハァ?」
などと、私を除く、食卓の五人全員がなにかしらの声を上げた。
ちなみに「ハァ?」と言ったのは輝美さんで、輝美さんは私のお父さんのことを心底嫌っている。まあ、世間の声というやつでしょう。
私は続けた。
「それで結婚式に出てほしいって言われて、私は出るって言ってるのに、一か月考えてほしいとか言われて……。べつに普通に出るのに」
「ちょっと待って!」
突然、春美ちゃんが声を上げた。
いきなりテンションの上がる人だと知っているので、私や輝美さんは驚かなかったけど、付き合いの浅い他の三人は驚いていた。
「結婚式、出るの?」
春美ちゃんは隣の席から私の両肩を掴んだ。
「の、つもりだけど、なに?」
「じゃあ、あれ? あの新郎と腕組んで、牧師だか神父だかのところに連れていくやつもやるの?」
「知らないけど、普通はやるんじゃない?」
「ドレス作らないと!」春美ちゃんはその身を震わせて言った。「式はいつ?」
「年末って言ってたけど、学校の制服でいいと思うよ」
「ダメよ! 作らなきゃ、作るから!」
春美ちゃんが一人で盛り上がっているなか
「私たちもやったね」
とみのりちゃんが一孝に話しかけていた。
「そうだっけ?」
「やったじゃん、5歳くらいのとき、施設の職員さん同士の結婚式で」
「小学校上がる前だろ? よく覚えてたな」
「制服も似合ってるけど、ドレスもみたいな」
みどりちゃんが言って
「白はマナー違反よね、何色がいい?」
春美ちゃんが言った。
輝美さんは早くも二本目のビールを冷蔵庫に取りに行った。




