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お茶会《エレン side》

 ……なんか、わざとらしく感じる。

こちらを油断させるために、敢えて選ばせているような……。


 『さすがにちょっと勘繰りすぎか?』と思案しつつも、疑念を拭い切れず……私は顔を上げた。

と同時に、声のトーンを落として母へ話し掛ける。

警告を促すために。


「母上、念のため飲むのはやめておいた方が……」


 ────いいと思います。


 と続ける筈だった言葉を呑み込み、私は僅かに目を見開く。

というのも、メリッサ皇妃殿下とマーティンが真っ先に果実水へ口をつけていたから。

しっかりと減っているグラスの中身と上下する喉を前に、私はパチパチと瞬きを繰り返した。

『もしや、本当にただの思い違い?』と考えて。


 なら、一口くらい……。


 凄く喉が渇いていたこともあり、私はグラスを口元に持ってくる。

その横で、母は一足先に果実水を飲んでいた。


「あら、スッキリした味で凄く美味し……い」


 ぎこちない動きで口元を押さえ、母は大きく瞳を揺らす。

すると、メリッサ皇妃殿下やマーティンも同様に異変を表した。

その刹那────三人とも、急に血を吐いて倒れる。


「えっ……?」


 この場で唯一無事だった私は、地面でのたうち回る三人を見て戦慄した。

頭の中が真っ白になるような感覚を覚えつつ、手に持ったグラスを落とす。

パリンッと音を立てて割れるソレを前に、私はハッとした。

その瞬間、『呆然としている場合じゃない!』と己を叱咤する。


「早く医者をここへ……!それから、担架も持ってきて!」


 ────と、侍女達に指示を出した数時間後。

倒れた三人はそれぞれ寝室に運ばれ、診断と治療を受けていた。

その結果、メリッサ皇妃殿下とマーティンはわりと早い段階で回復。

と言っても、まだ絶対安静だが。

とにかく、命に別状はないとのこと。

ただ、母の方は……


「……申し訳ございません。かなり症状が重く、もう手の施しようがない状況です」


 宮廷医師の男性は深々と頭を下げ、己の無力を嘆いた。

かと思えば、ベッドで眠る母の姿をじっと見つめる。


「とりあえず、体調不良の原因である毒は()薬で打ち消したのですが……他二人に比べて摂取量が多かったからか、それとも耐性の問題か凄い効き目で……解毒する頃には、もう脳や心臓まで影響を受けていまして……」


 『こうなっては、どうしようもありません……』と零し、宮廷医師の男性は額に手を当てた。


「イライザ皇后陛下の体力や衰弱具合からして、恐らく今夜が峠でしょう」


 『明日(あす)を迎えられる可能性が、低い』と説明する宮廷医師の男性に、私は瞳を揺らす。

と同時に、俯いた。


 こうなったのは間違いなく、私のせいだ。

もっと、警戒するよう言っていたら……せめて、あの果実水(・・・)を飲まないよう進言していたら母上は無事だったかもしれない。


 状況からして毒が混入したのはあの飲み物しか考えられないため、己の浅慮を恥じる。

メリッサ皇妃殿下とマーティンが先に口をつけたからと言って油断するべきじゃなかった、と。

恐らく、あの行動はパフォーマンスだったから。こちらにより確実に毒を飲ませるための……。

それに自分達も中毒症状を起こして被害者になれば、自然と容疑者候補から外れられるため。

まあ、あくまで『表面上は』だが。


 あの二人はあまりにも、回復が早すぎた。

飲む量を減らしすぎたのか、その毒の耐性を付けすぎたのかは定かじゃないけど、重篤患者の母上との差が凄まじい。

故意を疑うのは、当然と言える。


 『果実水だって、あちらの用意したものだし』と思いつつ、私は一つ深呼吸した。

腹の底から、湧き上がってくる怒りを鎮めるように。


「母上、私が必ず貴方を苦しめた者達を懲らしめてみせます。ですから、どうか安らかにお眠りください」


 まだ温かい母の手をそっと握り締め、私は静かにそのときを待った。

────間もなくして母が息を引き取り、葬式を執り行う。

そして、最後のお別れを済ませると、私は一気に気持ちを切り替えた。

『悲しむのはここまで。これからは怒りを糧に、反撃していこう』と。

でも────


「えっ?実行犯が捕まって、捜査終了?」


 ────メリッサ皇妃殿下の方が一枚上手とでも言うべきか、さっさと事態を収束させてしまった。

なので、もう騎士団は動かせない。

一応、私個人で調べるという選択肢もあるが……ハッキリ言って、無謀だ。

こちらは母を……最大の後ろ盾である皇后を失い、勢力基盤が不安定になっているから。


 まあ、さすがに第一皇子派の貴族が激減したり私の権威が失墜したりはしないだろうけど……摂政と題して私を傀儡人形にする、くらいは誰かがやりそうだ。

だから、今は自分の足元を固めることに集中しないと……。


 『付け入る隙を与えたら、面倒なことになる』と確信し、私はなくなく沈黙を選んだ。

今は耐えるときだ、と自分に言い聞かせて。

『報いは必ず、いつか受けさせる』と誓う中、私は淡々とやるべきことをこなす。

そんなとき、母付きの侍女が私の部屋を訪れた。


「エレン殿下、至急ご相談したいことが……」


 私の前に立つ侍女はどこか悩ましげな表情を浮かべ、手に持った箱を見下ろす。

と同時に、蓋を開けた。


「実はイライザ様のお部屋を掃除していたら、こんなものが見つかりまして……」


「!」


 箱の中に入っていた手紙や小物を見るなり、私は目を見開いた。

何故なら────それらは全て、メリッサ皇妃殿下やマーティンに宛てたプレゼントだったから。


「肉体的にも精神的にもお辛い時期にあの二人の存在を思い出させてしまって、申し訳ございません。ただ、イライザ様の遺品である以上勝手に処分する訳にはいかず……だからと言って、そのままという訳にも……」


 母の使っていた部屋には近々メリッサ皇妃殿下が越してくる予定なので、一旦見ない振りをしてやり過ごすという選択肢は取れない。

放置すれば、いずれ彼女の所有物となってしまうため。


「ですので、エレン殿下にこれらをどうするのか判断していただきたく……」


 おずおずといった様子でこちらの反応を窺い、侍女はそっと眉尻を下げた。

『やはり、今ご相談するべきじゃなかったか……』と反省する彼女を前に、私は目の前の執務机を叩く。


「一先ず、その代物はこちらで預かるよ。どうするかはこれから、じっくり考える」

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