お人好しの母《エレン side》
「……死骸?」
箱の中から少しはみ出している翼のような部位に、私は戦慄する。
作り物にしては精巧すぎる上、血のような赤を纏っていたから。
直感的に『あれは本物の鳥だ』と確信し、私は眉を顰めた。
お人好しの母上に限って、生き物をあんな風に殺して箱へ詰めるとは思えない。
恐らく、あれは他人からの贈り物……いや、嫌がらせだろう。
何とも趣味の悪いプレゼントを前に、私は憤りを覚える。
「またあの女の仕業ですか」
皇后たる母にこんなことをするのは、この世でただ一人……メリッサ・フィーネ・イセリアル皇妃殿下だけだ。
昔からこちらに敵意を向けてくる彼女は、こうやって嫌がらせを繰り返している。
それも、処罰対象にならないギリギリのものを。
『だからこそ、タチが悪い』と苦悩し、私は額を押さえた。
生き物にまで、手を掛けるようになったメリッサ皇妃殿下を警戒して。
『今後、更に行動はエスカレートしていくだろう』と予想する中、母は私の頬を両手で包み込んだ。
「エレン、『あの女』なんて言ってはダメよ。彼女も立派な妃なのだから」
目線を合わせるように少し屈み、母は真っ直ぐこちらを見つめる。
どこまでも澄んだ緑の瞳を前に、私は一つ息を吐いた。
「立派な妃は、このような嫌がらせをしませんよ」
「……まあ、それはそうなのだけど」
痛いところを突かれて言い淀み、母は困ったように笑う。
どう切り返そうか悩んでいる様子の彼女を前に、私は表情を硬くした。
「母上。もういい加減、見切りをつけるべきじゃないですか」
メリッサ皇妃殿下を完全に敵と見なして対抗することを提案し、私は母の手に自身の手を添える。
と同時に、頬から引き離した。
「あちらの行動には、悪意と害意しかありません。それなのに、ずっと無抵抗で居たら……」
「エレン」
母は私の話を遮るようにして名前を呼び、そっと眉尻を下げる。
ゆらゆらと瞳を揺らしながら。
「貴方の懸念は尤もだと思うわ。私もそろそろ和解を諦めるべきじゃないか、と考えている。でもね、まだ希望を捨て切れないの……だから、もう少しだけ頑張ってみてもいいかしら?」
自身の胸元を握り締め、母はエメラルドの瞳に強い意志を宿した。
「せっかく、親族になれたんですもの。仲良く出来るなら、そうしたいわ」
夢物語や理想論に過ぎないことは、母も承知の上でメリッサ皇妃殿下との良好な関係を望む。
その儚くも優しい願いに、私は小さく肩を落とした。
『まだ懲りていないのか』と、ちょっと呆れてしまって。
でも、同時に────母上らしいな、とも思った。
正直、あまり気乗りしないけど……母上も徐々に諦める方向へ考え始めているのだから、踏ん切りがつくのは時間の問題だろう。
なら、あともう少しくらい待ってもいいんじゃないかな。
『それに悔いが残る形で無理やり諦めさせたら、後々揉めそうだし』と思い、私は腹を括る。
「分かりました。母上の願いに賭けてみましょう」
────と答えた矢先、メリッサ皇妃殿下からお茶会の招待を受けた。
それも、親子揃って。
一応、建前としては『息子同士、交流させたい』とのことだが……ハッキリ言って、怪しい。
でも、あの提案を受け入れた手前反対は出来ず……なくなく参加。
まあ、母は『無理して、招待を受けなくてもいいのよ』と言っていたが。
『逆に母上だけ参加させるのが、怖いんだよ……』と思いつつ、私は中庭へ足を踏み入れた。
暑い……メリッサ皇妃殿下は何故、こんなところでお茶会しようと考えたのかな。
絶対、選択を間違っているよね。
まさか、いつもの嫌がらせのつもり?
『自分も暑い思いをするのに、よくやる』と辟易しながら、私は母を連れて奥へ進む。
そして、メリッサ皇妃殿下とマーティンの姿を発見するなり絶句した。
別に彼らの格好が奇抜だったとか、おかしな体勢を取っていたとかそういう訳じゃない。
ただ、二人の居る場所……というか、会場のセットに驚いたのだ。
てっきり、この先にあるガゼボでお茶会をするのかと思っていたけど……まさかのパラソルの下?
しかも、よりによって一番日差しの強い位置だし。
中庭にポツンと置かれたテーブルや椅子を前に、私は思わず遠い目をする。
『嗚呼、もう本当にこの人は……』と内心呆れ返っていると、母が口を開いた。
「メリッサ皇妃殿下、この度はお茶会に招待していただきありがとうございます。ところで、一つお願いが……」
「まあ、まずはお座りください。お話はそれからにしましょう」
場所変更の提案を察知したのか、メリッサ皇妃殿下は着席を促す。
と同時に、マーティンがさっさと椅子へ腰を下ろした。
「あらあら、マーティンったら。お客様より、先に座ってはダメじゃない」
「ごめんなさい、母上。でも、もう疲れちゃって」
マーティンはわざとらしく大きく息を吐き、テーブルに突っ伏した。
『もう一歩も動けない』とアピールする彼を前に、母は
「……これ以上、負担を掛けるのは可哀想よね」
と、呟く。
元来子供に弱い性質の母はあっさり騙され、いそいそと席へ着いた。
『ほら、エレンもいらっしゃい』と手招きする彼女を前に、私は内心肩を竦める。
母上は本当に人を疑うことを知らないというか、なんというか……。
『良くも悪くも善人すぎる』と感じながら、私は母の隣に腰を下ろした。
場所の変更を願い出るのは、無理そうだったので。
『下手に騒げば、一人だけ先に帰らされかねない』と警戒する中、メリッサ皇妃殿下も着席する。
「では、早速お茶会を始めましょうか」
そう言うが早いか、メリッサ皇妃殿下はパンパンッと手を叩いた。
すると、傍で待機していた侍女達が一斉に動き出し、紅茶を淹れる。
そして、私達の前にそれぞれティーカップを置くと、即座に離れた。
この炎天下に、淹れたての紅茶か……喉は渇いているけど、飲む気になれないな。
────と、思ったのは私だけじゃなかったようで……皆、紅茶に手をつけない。
ただただ、湯気立つティーカップを眺めるだけ。
『せめて、もう少し冷ましてから』と考えているのだろう。
そんなとき、
「あら、ごめんなさい。こんな時は冷たい飲み物に限るわよね」
メリッサ皇妃殿下は侍女に目配せして、果実水の入ったグラスを用意した。
かと思えば、好きなものを選ぶよう促してくる。
紅茶のときみたいに、配ればいいのに。




