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テリーヌ大河川

 やっとテリーヌ大河川の川岸についた。

 どれほど歩いても深い木々に囲まれた小道が続くばかりで一向に辿り着く気配がなかったのに、突然目の前が開けたと思ったらそこが大河川だった。


 鉛のように重い両足も服がこすれるだけで激痛の走る背中の痛みも忘れてキースは歓喜した。

「着いた!やっと着いた・・」


 川岸は少し高い崖のようになっていて見晴らしが良い。

 足元を澄んだ水が浪々と流れている。

 川から吹き上げる風が火照った体に心地いい。


 大河川と呼ばれるだけあって川幅いっぱいに満々の水が流れている。

 初めて見る大河川にキースは圧倒された。

 すごい景色だ。


 しかし、肝心の馬車が見当たらなかった。

 多分、先を急いで渡ってしまったのだとすぐに気づいた。


(きっとここで会えると信じて頑張って来たのに・・)


 先ほどの歓喜も相まってものすごい喪失感を感じて膝から崩れ落ちた。

 ふと目を向けると、焚火の痕跡があり、きっとお母様たちはここで休憩をしたのだろう。

 この場所の時間を巻き戻せればと思った。


 対岸は遠く、川の水量は多い。とてもキースに渡ることなどできない。

 見渡してみたが、船もない。

(船があれば風魔法で操って渡れたのに・・)


 向こう岸にたどり着くことが出来さえすれば、きっとお母様に会うことができる。

(でもどうやって?)


 キースは自分の知る魔法で何とかならないか考えたが、その方法を思いつくことができなかった。


「おーい!おーい!誰かぁ~!お母様ぁ~!」

 叫んでみた。が、声が届く気がしない。川音に声がかき消されているのだ。


 ならば狼煙を上げてみようか。

 枯れ木に火をつけるだけだが、煙を見て誰か助けに来てくれるかもしれない。

(それでも誰も来なければどうしよう・ここで飢え死にしてしまうんだろうか・・)


 そう言えば・・

 そう言えば、お母様達はガストール男爵に救援の騎士団を依頼すると言っていた。


(お母様は騎士団を連れて急いでここに戻ってくるはず。何日かここで待っていれば、きっとまた会えるはずだ!)

 ならば、無理して川を渡るよりも、ここで待っていた方がいい。


 希望があると分かったら、少しだけ元気が出てきた。

 心細いが、キースは此処で待つ事にした。


「とにかくお腹が空いている。何か探して食べなきゃ。真っ暗になる前に、何か果物でも探そう」

 敢えて声に出して元気を振るいだしてみた。そうでもしなければへたりこみそうになる。そうなったら立ち上がる気力はもう湧かないだろう。


 今すぐ休みたい気持ちを堪えて、キースは再び森へと分け入った。


 あちこち探すと、ディゴの木を見つけた。5種類の色と味の実を付ける変わった木だが、ディゴの実はとても甘くておいしい。昨日のパーティーにも並んでいたが、この地に住む“領民のデザート”的な果物だ。


 1粒が小指の爪ほどの果実のため、いっぱい食べないとお腹が膨れない。

 キースは夢中で頬張った。

 果実の甘味が口に中いっぱいに広がる。とても美味しい。空腹のせいもあるだろうけど、屋敷でおやつに食べるものよりもはるかにおいしく感じた。


 食べることに夢中だったこともある。

 熱と疲労で集中力が欠けていたこともある。

 まだ陽が沈む前で明るかったというのもあるが、キースは魔物除けの光球を知らないうちに消していた。


 無防備な状態で、血の匂いを漂わせて森にいれば、間違いなく魔物が襲ってくる。

 キースの背後に魔物が現れていた。


 魔物はトレント。樹木に擬態して人や他の魔物が近くに来ると、枝や蔦を振るって襲いかかる。

 普通の木と見分けがつかない分厄介だ。火魔法に滅法弱いことと、全体的な俊敏性に欠けるため種類によりE級認定されている。


 キースの足元にトレントの蔦が忍び寄っていた。

 そして、ディゴの実に夢中になっているキースの足首に絡みついた。


「うわあぁぁぁぁっ!」


 いきなり高々と宙を舞い激しく振り回された。

 木々の枝に体が激しくぶつかり、全身が痛い。

 足首がもげそうだ。


 とにかく魔法で攻撃をと、魔力を集めようとするがそれどころではない。

 頭が地面スレスレを掠める。遠心力で頭に血が上る。

 また木々の枝の茂みに背中から叩きつけられる。痛みで意識が遠のく。


(なんとか魔法を出さないと!)

 狙いを定める余裕はない。杖を取り出して構えることもできない。


(ならば!)

「ウインドカッター!」


 キースは腰に差している杖の柄を掴むとありったけの魔力込め、方向を定めずに全周囲に向けて放出した。


 咄嗟のことで意図せず込めた魔力が膨大過ぎた。

 大人の身長程に大きな風刃が無数に生まれ飛び出した。

 ズザザザザザザー

 風の刃物があちこちに放たれ、トレントどころか周囲の幹も枝も草も地面も所構わず切り裂いた。


 ブンブン振り回されている最中に足首に絡む蔦を切ればどうなるか位分かる筈なのだが、キースにはそれを考える余裕がなかった。


「うひゃぁぁ~!」

 蔦は切れ、キースは宙を舞い放物線を描いてテリーヌの大河川に落ちた。

 その時になって初めて自分の失敗の意味に気づいた。


 キースは泳げない。

(溺れ死ぬ・・)

 激しく水面に叩きつけられて体が水中に沈みこんだ。

 続いて刈取られた枝葉がメキメキ音を立てながら落下した。


 水流が激しく、上も下も分からない状況にむやみと手足を動かす。

 パニック状態で血中の酸素が大量に消費されてしまう。水が鼻から入って思わずせき込むと僅かに肺に残っていた空気がすべて泡となって体外に出て行ってしまった。

 窒息の苦しみにもうダメだと諦めて思わず天を仰ぐとそこに明るい水面が見えた。


 ほんの少し。手を伸ばせば届きそうな程近くに水面があった。

 力を振り絞って水を掻き、水面へ辿り着くと大きく息を吸い込んだ。


 ゲホッゲホッ

 何とか呼吸が出来るようになると、すぐに河岸を探した。

 勢いよく飛ばされたこともあって岸までかなり遠い。

 それに水流に削られた河岸は茶色く土が露出していてちょっとした崖状になっている。

 とてもよじ登れそうにない。

 茂る樹木の枝が勢いよく後ろへと遠ざかってゆく。


 先ほど自分が立っていた待つべき場所はもうどこかも分からない。

 どんどん流され遠ざかってゆく岸に、いや、流されてゆく自分に強い焦りと恐怖を覚えた。


(このままでははぐれてしまう!いや、その前におぼれて死ぬ?)

 慌てて流れに逆らうように泳いでみたが、元々泳げないのだ。水を飲んでしまった。

 ゲホッゲホッ

 激しく咽て咳き込んだ。


 大河川には巨大な水棲の魔物がいるはずだった。

 そいつが下から現れてバクっといつ喰われるか分からない。

 キースは先ほどのトレントの時以上に焦り慌てた。


(どうしよう、どうしよう、どうしよう!)

 なけなしの体力で手足を必死にバタつかせる。


「ゴホ、助けて!誰か!ゴホ、ゴホ」

 誰もいないと分かっているが、助けを求めずにいられなかった。


 誰かいないか!何か掴まる物は?

 そう思い視線を走らせると、少し離れたところを大きな木の枝が流れていた。


 (何とかあそこに捕まれば助かるかもしれない!)

 キースは必死で手足を動かして近づこうとしたが、中々距離が縮まらない。


 (なら魔法で引き寄せよう!)

 さっき、ありったけの魔力をトレントに向けて放出したばかりだから、もう枯渇状態に近い。それでも生き残るために残り僅かとなった魔力をかき集めて、風魔法と水魔法を駆使した。   

 水流と水の抵抗のためか、じれったい程にゆっくりと大きな枝が傍に寄って来た。

 近くで見るとかなり大きな枝だと分かる。

 水面下で見えないがもしかしたら幹から繋がっているのかもしれない。


 ひとまず何とかその枝に取りつくことができた。

 しかしよじ登ろうとすると、異常なほど体が重くて持ち上げられない。

 纏わりつくシャツが邪魔で鬱陶しい。足を掛ければ滑るし、枝葉が邪魔をしてゆく手を阻む。

 それでもじりじりとよじ登る。

 もっと上によじ登らないと滑り落ちてしまう。だから、枝が複雑に密集する場所を目指して手足を動かした。

 重い身体を力の入らない手で持ち上げ、両足で踏ん張り少しづく身体を持ち上げる。

 でもついに限界が来た。

(ダメだ。もう動けない)

 キースはそこで意識を失くした。



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