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ジュダーグの森 3

 ビビアがガストール男爵の屋敷で長時間待たされていた頃。

 キースはまだ生きていた。

 深い森の中の一本道を、母と妹を乗せた馬車を追ってふらふらと歩き続けていた。


(きっとみんな死んだと勘違いしていると思うけど、僕はまだ生きてるんだ。早くお母様のところに戻りたい。絶対に戻るんだ!)


 昼間だというのに、身体の周りに光球を周回させながら、キースは懸命に歩いていた。

 その背中は幾筋もの爪痕でシャツが破け真っ赤に染まっていた。



 あの時、光球に照らし出された5匹のブラックウルフはキースに牙を剥いていた。

 背後の木に逃げ場を失くした時、1匹が躍りかかってきた。咄嗟に光球をぶつけたらキャウンキャウンと魔獣らしからぬ鳴き方で大きく飛び下がった。


 光球なんて熱くも痛くもない。ただの光の玉だ。

 光が消えて暗くなったからすぐにもう一つ光球を作り出す。

 そこに映し出されたブラックウルフは見るからに慎重になっていた。

 遠巻きに囲むように低いうなり声で威嚇してくる。

 赤い目で睨みながら牙を剝かれると恐ろしすぎて泣くこともできなかった。

 ただ、奴らは唸るばかりで中々攻撃をしてこない。


(なんで襲ってこないんだろう?)

 その疑問が少しだけ冷静さを取り戻す切っ掛けになった。

 魔法の練習では風や火、土や水魔法を練習していた。

 光球をぶつける練習などしていない。


(そうだ、魔法があった。魔法で攻撃すれば助かるかもしれない!)


 とりあえず腰に差していた魔法杖を取り出して風魔法のウインドカッターをぶつけてみた。

 “キャウン”

 大して威力もない風が舞い、1匹の魔物を傷つけた。足を切り落としたわけでもない。

 皮膚を切り裂いただけだ。

(威力が全然ない!)

 それでも、ブラックウルフの反応はかなり怯んだように見えた。

(練習の時はもう少しマシな威力が出ていたはずなのになんで?)

 ブラックウルフには他の攻撃魔法の方が効くのかと思い色々と試してみた。


「ファイヤーアロー!」

「ウォーターボール!」

「ストーンバレット!」


 続けざまに放出すると、かなり向こうへ追いやることができた。

 威力はどれも似たようなもので少し傷をつける程度だった。それでも警戒を強めたのか距離を取れたことが何よりもほっとした。

(いまだ!)


 キースは背を向けて走り出した。

 でも、すぐに追いつかれそうになる。

 また慌てて攻撃を放つ。そして逃げる。幾度も、幾度も繰り返し、何とか引き離そうとするが、全く諦めてくれる気配がない。


 ハァハァハァハァ

 息が切れて体力がもう限界に来ていた。

 それでも諦める訳にはいかない。


 ブラックウルフにばかり気を取られていたのがいけなかった。

 足元に張り出していた根っこに足を取られてつまずいてしまった。

 ザザザーと枯草の上を転がった。

(しまった!)

 すぐに起き上がって走り出す。


 数歩走り出したところで、後ろから飛びかかってきたブラックウルフの鉤爪が背中を裂いた。

「ぐあっ」

 鋭く強烈な痛みが背中に走った。

 前のめりに転んだ背の上にそいつの前足が置かれ身動きできない。鉤爪が背中に食い込むのが分かった。あまりの痛みに声も出せない。


 “ガオォーン”


 勝利の雄たけびとも思える咆哮を頭上で上げている。

 周りに他の4匹が集まってくる気配を感じた。

 背に足をかけている奴が、キースの頭を噛み砕こうとしたその牙が届く前に、右手に光球を浮かべた。ほとんど無意識に。


 攻撃魔法でもない恐れる必要のない光球。ところが、一瞬でそいつはキースから飛び離れた。そして警戒するかのように低く唸っている。


 キースはよろめく足取りで何とか立ち上がった。

 背中にできた4本の裂傷から血が流れだしている。

 キースは光球に魔力を込め、真ん中にいるブラックウルフに最速の一撃を放った。


 その一発は見事に飛びのこうとしたブラックウルフの胴体に着弾して爆ぜた。

 光球が弾け散り、周りの仲間にもその光が飛び散った。

 見た目だけは先ほど放ったウインドカッターなど比べ物にならない威力があった。ただし熱くも痛くもないはずなのだが。実際傷一つ負わせることができていない。


 それでもその光を避けるように慌てて飛びのくブラックウルフたち。

 ”キャウンキャウン“

 その姿は明らかに怯んでパニックを起こしているように見える。


 背中の痛みが意識を朦朧(もうろう)とさせる。

 (すごく疲れてるし、今すぐぐっすり眠りたい・・)

 命を奪われるかという時にぼんやりとそんなことを考えていた。

 (今倒れて眠ってしまったら、きっとすぐに殺されてしまうんだろうな。そしたらお母様をすごく悲しませてしまう。それはダメだ・・。やっぱりこんなところで死にたくない。あいつらのエサになるなんて絶対に嫌だ!)


 意識が飛びそうになる。気を抜くと膝の力が抜けて倒れそうになる。

(まずは何とかしてこいつらを追い払わないと!)


 普通の攻撃魔法も効くけど、光球でも十分に嫌がっている。

 ならば、魔力喪失の少ない光球のほうがいい。

 もう体力は底をつき魔力も残り僅かしかない。

 キースは自分の周辺に3つの光球を浮かべた。


 キースはウインドカッターとさっきの光球の威力の違いにやっと気づいた。

 最速のイメージと威力のイメージを忘れていたのだ。

(イメージに合わせた魔力を込めれば練習通りの魔法が放てるはず)

 3つの光球を次々と狙いを定め、イメージに魔力を乗せて撃ち放った。

 そしてすぐにまた3つの光球を作り出し放つ。


 あちこちで光の粒子が弾け飛び散り、ブラックウルフの体躯に執拗に降りかかる。

 よほど嫌なのだろう、キャウンキャウン泣きながら逃げまどい始めた。


 そしてついに、一斉に森の奥へ逃げて行った。


 キースは一人ぽつんと森に立っている。

 虫の鳴き声が聞こえてきた。

(結構夜の森ってうるさいんだな・・)


 力が抜けて膝をつくと、衝撃で背中の傷がやたら痛い。

(ここで眠ったら奴らまた戻ってくるかもしれない。そしたら今度こそ殺されてしまう。でも、もう動けない・・)

 キースは土魔法で自分を覆うようにドーム状の土壁を作りだすとそのまま倒れてしまった。



 どれほどの時間が経っただろうか。

 暗闇の中で目を覚ました。

(ここどこ?)


 光球を作るとそこは土壁に囲まれていた。

 そして寒い。

 少し考えて、自分が馬車から落ちてブラックウルフと戦ったことを思い出した。


 身体を起こそうとして背中に激痛が走った。

 背中を見ることはできないが相当大きな傷を負っていることが分かる。

 身体中が痛くて、寒くて、力が入らない。


(怪我のせいで熱が出たんだ)

 自分の体調をそう判断した。けど、ここでゆっくり休んでる訳にもいかない。


 土壁を壊して外に出ると明るかった。昼間だ。

 魔物さえいなかったらこの森はすごく美しい。

 木漏れ日が降り注ぎ、鳥のさえずりが聞こえる。土と緑の匂いが心地よかった。

 それは、夜の暗く恐ろしい森とは別世界だった。


(なんてきれいな森なんだろう)

 少々感動していたが、背中の痛みがそれどころではないと訴えかけてくる。


(早くお母様を探さないと!)


 戦いの痕跡を辿りつつ馬車から落ちた場所を目指そうとしてゆっくり歩き始めた。

 しばらく進むと、前方からゴブリンが3匹歩いてくるのに気付いた。3匹とも武器を持っている。


 ゴブリンはE級の魔物だ。緑色の人型で知能が低く、背は低く筋肉質で多少の知性を持っている。少人数で行動することが多く、人族に対しては極めて攻撃的だ。

 大人であればゴブリンなど然程の脅威ではない。しかし5歳のキースには十分に恐ろしい相手だった。


 今は、ギャーギャー言いながら鼻をひくひくさせて、何かの匂いを辿っているようだ。

 向こうはまだこちらに気づいていない。


 キースは傍の茂みにそっと身を潜めた。

(こっちに来るな!こっちに来るな!)

 息を殺し一生懸命祈った。

 しかし、運悪く風上に位置したため、ゴブリンが近づいてきた。


 キースは魔物図鑑を読み込んでいるため、その生態をよく知っている。

 鼻が利くから血の匂いを辿っていつまでも追ってくるだろう。

 近くに来るとその緑の肌も醜悪な顔も気持ちが悪い。


 逃げて体力を消耗するよりも戦うことに決めた。


 茂みに潜み、相手の動きを窺う。

 十分な魔力を練り込めると、砂塵(さじん)を作り風にまとわせ両手に2つの風の刃を作る。砂塵を混ぜたのは殺傷力を上げるためだ。


「サンドカッター!」

 茂みごと切り裂き、両端2体の首に向かって放出した。

 2体は首から青い血を噴き出して即死した。二つの首がころころと枯草の上を転がった。

 キースが生まれて初めて魔物を殺した瞬間だった。

 残る一体はギャーギャー言いながら錆びた槍を構えている。


 再びサンドカッターを作り魔力を込める。しっかりとゴブリンの目を睨み返すとそのゴブリンは突然背中を向けて逃げだした。

 一瞬何が起きたのか分からなかった。キースの感覚ではゴブリンの方が圧倒的に強者であるのだが、逃げたゴブリンからすれば仲間を瞬殺したキースは恐ろしく思えたのだろう。

 だがキースはそれに気づかない。


(跡を付けられて不意打ちで襲ってくるかもしれない)

 逃げる緑色の背中にサンドカッターを叩きつけた。

 ゴブリンの上半身は中ほどで二つに分かれ血を噴き出して崩れ落ちた。


 ゴブリンとは言え人型の魔物を始めて殺したが罪悪感などはなかった。

 生きることに必死だったのと背中の傷の痛みでそれどころではなかった。それよりも早くお母様の下に辿り着くことで頭も気持ちもいっぱいだった。


 死体をそのままに、キースはまた道を探してゆっくりと歩き始めた。


 そしてついに道は見つかった。

 一本道が確かに目の前を横切っている。新しい轍もある。

 左へ続く道が馬車の向かった方向のはずだ。


 そして、光球を周囲にまとわせながら、ふらふらと歩き始めた。

 汗が滝のように流れて傷に沁みる


 光球をまとうのは魔物除けだ。なぜか、魔物は光球を嫌がっているように思えたからだ。


(この先にテリーヌの大河川があるはずだ。そこまで行けば、きっとお母様は待ってくれている)


 そう信じてキースはひたすら歩き続けた。

 ふらふらしていても、歩みが遅くても足を前に出し続けていれば必ずそこに辿り着ける。

 絶対に辿り着いて見せると強く決意して身体を引きずって一歩一歩進んでいった。


 この時キースは知らなかったが、光球には竜の魔力が働いていた。竜人族のフラミュージュ・エクリオンは赤子だったキースに“竜の恩恵”を授けており、キースの魔力に竜の魔力が溶け込んでいた。アッシュはキースが誕生した際瘴気に(まと)われていたことについて何も話していなかった為、キースがその事実に気づくことはなかった。ただ何も威力の無いはずの光球になぜ魔物除けの効果があるのか不思議に思いはしたが、深く考えることを放棄した。背中の傷も失った体力も“竜の恩恵”の効果によって徐々に回復をしているのだがそれすらも気づかない。

 ただひたすら足を動かしテリーヌの大河川を目指し歩き続けた。


 そしてついに、日暮れ前に川岸に辿り着くことができた。


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