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ナジフ荒野大会戦 1

 魔人族軍が動き出したのは日没後だった。

 大きな焚火を囲んで戦士の舞で盛んに気勢を上げた後、暗闇に沈んだ荒野を進軍し始めた。


 夜陰の進軍。これは予想していた。

 だから俺達がこうして見張っていた。


 全軍の9割近くを占める魔物の軍勢を先頭に、その上空を数百の有翼兵が魔笛を響かせて進む。

 横に大きく広がり、中央をボア系、次列をベア系、その両端に火鹿、後列に複数種の魔物を配し、全軍両翼と背後を黒狼が囲む陣形となっている。


 魔人族の本隊はその1キロル後方に距離を空けて大きな部隊が5つ、かなり大ざっぱではあるけどほぼ横一列に展開している。

 ただ、なんかまとまりが悪い。列から飛び出たり引っ込んだり、ちゃんとしろよな!と言いたくなる軍列だ。


 敵将バハムは軍の中央最後尾でフェンリルに跨ってゆったりと進んでいた。

 大軍は気負うことなくゆっくりと前進してゆく。


 そんな敵情を確認して、俺達は帰還した。



 6時間後、残り1キロルという所まで敵軍は距離を詰めてきた。


 戦場となるその荒野は、複数の極大光球で明るく照らし出されている。

 夜目の利かない人族に暗闇の戦闘は不利だ。だから事前に戦場となる場所を明るく照らしておいた。

 その戦場荒野を魔笛の不気味な音色が支配し、魔物の怪しくも荒々しい気配が満ちた。

 人族連合軍はひっそりと固唾を飲んでその進軍を見守っている。



 人族連合軍の布陣は中央ジルバリア軍、左翼ノエリア軍、右翼シャーリア聖騎士団が緩い弧を描く様にして相対している。

 前衛軍と後衛軍に分れ、数百メトルを空けて布陣している様相だ。


 前衛軍は最前列に従来の砲筒兵が、次列に破音砲=パオン砲なる新兵器の部隊が居並んでいる。

 それぞれ土魔法士が築いた土塊を防壁にして、その周囲を3万の歩兵と冒険者が守る。

 幾つも立つ物見櫓に指揮官、魔法士や弓兵が配されている。


 後衛軍は開発されたばかりの大型の大砲・通称キャノンが据え付けられている。

 後衛軍の更に後方、岩と茨の防壁に囲まれた簡易砦が3つある。そこが各軍の司令部だ。

 前面に主力歩兵部隊、両翼に騎馬部隊を配して傭兵団を含む予備兵力を最後方に置く陣形となっている。


 砲筒が最長飛距離300メトル燃焼範囲40メトルに対し、キャノンは最長飛距離で2キロル燃焼範囲60メトルになる。

 そしてパオン砲は対空迎撃用に開発された武器になる。伏せた平皿形の砲弾を射出すると、上空に向けて歪な音波を発するというものだ。

 リステル公使邸を制圧した際に、アガシ一族が使った怪音の魔道具を元に開発されたそうな。


 突如、魔笛の音が大きくなった。

 呼応するように、連合軍の前衛部隊からは開戦合図の火魔法が打ちあがった。


 と同時に俺とリファの2人は敵前の荒野に舞い降りた。

 連合軍前衛部隊から100メトルの地点。

 リファが事前に茨蔦と鋼蔦を絡ませて作った、全長2キロルにも及ぶ巨大な棘のバリゲードの更に手前だ。


 敵は止まる気配を見せない。

 そのまま徐々に速度を上げて、すぐに猛然と人族連合軍に向かって突撃を仕掛け始めた。

 アイアンボアを先頭に魔物の大群が土煙を上げて迫ってくる。


 その上空には数百の有翼兵がパサパサと舞っている。

 ロタでリファが仕留めたという小型猿顔の種族だ。魔笛はこいつらが吹いている。


「じゃ始めよっか」

 俺の指示で、リファが魔力入りの風を戦場全体に吹かせた。

 すると、先日バラまいた呪縛草の種が一斉に発芽して一面が緑色の葉で覆われた。

 これがリファの仕掛けだ。

 発芽寸前まで魔力を吸わせた種をばら撒いておくことで、突進してくる敵の足元に突如呪縛草を出現させたのだ。


 当然、強制的に地面に足を取られた魔物はそこで動きを止める。

 後ろから迫る後続が躓き倒れて大渋滞とパニックが起きた。踏み越え飛び越したとしても、その着地した先で足を取られて同じように転倒する。


 その瞬間を待っていた各国の部隊から「放てーっ!」と声が上がった。

 120門のキャノンが一斉に火炎玉を放ち、爆裂音と共に火炎旋風が吹き荒れる。


 GYAAaa!!!

 断末魔を残して魔物が蒸発した。


 パオン砲部隊からバヒューンと空気を裂いて皿弾が射出されると、前方上空でギュギュギュギュイィーンと不快な騒音が響き渡った。

 そして、ヒラヒラと有翼兵が堕ちてゆく。

 俺とリファはそんな光景をその場所から眺めていた。


「上手く行ってるみたいだね」

「あぁ、さすがリファだ。さて、俺も行ってくる」

「キース、死なないでね」とリファが俺の手を握って来た。

「あぁ、リファもな!」


 少し心配そうに俺を見つめるリファに無理やりな笑顔でもう一度「行ってくる」と告げた。



 上空から見れば、魔物の軍勢はとんでもない目に遭っていた。

 それでも、呪縛草の地帯を抜けてきた魔物がもう現れ始めた。そこを砲筒部隊が盲撃ちする。燃焼範囲が広いだけに、そこでも十分戦果が出ている。

 数匹の火鹿が軽くバリゲードを飛び越えて連合軍に突っ込んで行くのが見えた。

 それはそれで騎士歩兵が取り囲んで対処することになっている。


 これが基本的な人族連合軍の戦術だった。

 そして今のところは十二分に戦果が出ているように見える。


 俺は安心して遥か上空へと眼を向けた。



 魔物の集団から遅れる事1キロル、横に大きく広がって屍オーガが、その後ろを魔人族兵が歩く。

 バハムとバシュラ一門、魔法士らしきローブの一団は中央後方辺りに陣取っていた。

 その布陣を遥か上空から見下ろしている。


 ふと魔力の塊が見えて南に眼を向けた。二角バイコーンの騎馬兵だ。


「ハロハロ、敵騎馬兵凡そ一千騎が南に潜んでいます。対応を願います」

 とサルファス司令に情報を流した。

 俺のハンディフォンはサルファス司令に貸してあるから、これはリファのを借りてる。


 そして一度大きく息を吐いた。


 作戦通り俺は一人、遥か上空から急襲を掛ける。

 この作戦の成否が間違いなく勝利を左右する。そう考えると、ちょっと緊張して来た。


「竜式5000倍!」

 心を落ち着けて、増幅と圧縮の魔法陣を3つ現出させた。

 その魔法陣に3つの火球を嵌めこむ。


 実は俺には1万倍は作れなかった。俺の力量では5千倍がせいぜいだったのだ。

 ファスローグはそこまで見越して、最初に5千倍の魔法陣を現出させたのだと思う。


 1万倍が放てたらどんなに楽だったか、とそんな事を考えつつ超高速で急降下を始めた。

 5千倍の火球を生成すると、バハムのいる中央後方に向けて狙いを定めた。


 何故その場で撃たずにわざわざ近づくのか、それは命中精度の問題だ。

 上空彼方から見下ろせば、的はとても小さい。確実に当てるためには近づく必要があるし、意表を突く意味でも急降下で反撃の余地を減らしたかった。


 突然これだけの魔力が膨れ上がれば誰でも気づく。

 でも、気づいたからと言ってそうそう対応できるわけがない。


 それでも、ローブを纏う一族が数人、両手を上空に掲げて黒い魔力玉を打ち出してきた。

 以前、アビスが俺の極大火球を消滅させた闇魔法だ。だけどそんな程度の反撃でどうにかなるものか!

 黒いドームシールドの様なもので自身を覆う者達を視界にとらえた。

 抗えばいいさ、全部まとめて吹き飛ばしてやる!


 漆黒のフェンリルが一瞬にして視界から掻き消えた。無論バハムを乗せたままに。

 あのフェンリルはこの威力を正確に読み取ったらしい。


 それでもこの技は辺り一面を超高火力で焼き払う殲滅級の威力を持つ。

 少しばかり抵抗されようとも移動しようとも、もはや逃げ場はない筈だ。

 その直前、アビスの一族というかアビス顔の有翼兵が一斉にこっちに飛び上がって来た。


 俺は3つ同時に火球を射出し急ターンをかます。

 2つをバハムの居た場所へ。もう一つを傍の一軍に向けた。


 火球は5千倍の速度を以て一瞬にして大地に到達すると辺り一面を焼き払った。

 ちょっとしたきのこ雲が噴きあがり、その足元を火焔の大津波が土砂を吹き飛ばして全方向に広がって行く。


 飛び上がって来た有翼兵の翼が発火し、ボトボトと燃える大地に落ちていった。


 更に火球を3つ、高速で移動しながらその先に広がる魔人族の部隊に向けて投げる。

 今ここで削れるだけ削っておきたい。


 更に3つ。今度は聖光弾にして屍オーガの群れに向けて全弾投げ込んだ。

 殆どの兵は火焔に飲み込まれた。

 幾ら魔人族でも無事では済まない筈だ。


 ワラワラと有翼兵がまだ無事な部隊から飛び上がってくる。

 が、それは高速機動で無視する。今は殲滅が先だ。

 徹底的に殲滅してやる!

 もう3発。

 更にもう3発!もう3発!


 目につく大きな集団に一通り攻撃を終えたところで一度俯瞰する。

 9割は削れたか?いや、騎馬部隊が丸々残ってるから7、8割が良いとこだ。

 それにまとまりがなかった分生き残りも多いみたいだ。


 俺の膨大な魔力が大地に満ち渡って、敵の魔力を判別しにくい。

 が、どうやらこの攻撃を耐えきった奴がいる様だ。まだ気配がある。


 大地がぐつぐつと赤黒く燃えている。

 まるで赤竜がブレスを放った直後の様な光景が広がっていた。

 この景色は気分の良いものじゃない。敵とは言え人を好んで殺したいと俺は思わない。

 嫌な役回りだと思った。


 と、突然視界が真っ黒に染まった。

 更に身体が重くなり魔力が抜けて行く。まるで毒水の中に放り込まれて強制的に消耗させられている感じだ。


 これは・・闇魔法か!シューレイの使う魔力を奪う魔法だ!

 有翼兵が飛び上がって来てたんだった!


 俺は咄嗟に聖光気を纏った。

 それだけで体の自由を取り戻して魔力の漏出も無くなった。ただ、まだ視界が閉ざされている。

 浄化の風を吹かせてすぐに霧散させた。そして一旦上空へ逃れる。


 見下ろせば、あちこちの部隊から有翼兵が俺を追って上昇してきている。

 アビス顔の奴らだ。皆同じ擬人化したカマキリのような顔をしている。気持ち悪っ!

 黒色の魔力弾を幾つも飛ばしてきた。

 大きく旋回して躱そうとしたらそのまま追尾して来る。ホーミングされてるし。


 飛び回って引き付けてから後方に千倍聖光弾を一つ爆散仕様で弾けさせると、大半が霧散した。

 聖魔法は闇魔法に滅法強いらしい。

 威力の減った残りの黒色魔力弾は聖魔力のシールドで全部受け止め消滅させた。

 しかし、その間に有翼兵に追いつかれてしまった。

 その数3百近い。

 どんどん集まって来て退路を塞いでくる。


 3百人のアビスに取り囲まれるって、もうトラウマになりそうだ・・


「貴様何者だ!人族如きに我等精鋭部隊が・・随分とやってくれたものだ」

 一人のアビスが代表して語りかけてきた。


「竜闘気!」

 無視して俺は白の魔力を引き出して聖闘気をまとう。その聖闘気を肺に吸い込むことで得られる圧倒的な闘気を纏った。ラモンとの闘いで盗み取った闘気活用術だ。


 今更だけど、この状態を“竜闘気”と名付けた。

 内なる白い魔法陣には竜の気が混ざっているし、竜にでも立ち向かえる程の全能感があるからそう名付けた。


 対魔人族戦に備えて技の昇華を図った際に、技に名があると無いとではその発動速度が異なってくると気づいた。

 内なる白の魔力を引き出し、呼吸で肺に取り込み闘気に変える。故に手間と時間がかかるのだ。これを1秒でも縮めたいと思った。

 技名を口にすることで、手順をすっ飛ばして固まったイメージの発現状態に至る。


 増幅と圧縮の魔法陣を“竜式魔法陣”とし、竜闘気と併せて発現速度にこだわった。


 今、大勢のアビスが俺を完全に取り囲んでいる。

 威嚇のつもりか確実に当てる自信があるのか、そのアビスは両手に黒色魔力弾を生み出した。

 他のアビスたちも同様に魔力弾を生み出し、俺を睨み狙いを定める。


「これ以上はさせぬ!死ねっ!」

 その言葉を待たず、俺は全周囲に全力の威圧を振り撒いた。


 竜闘気から発せられる威圧は強力だ。

 多分白コング否、ホワイトエンペラー並みだと思う。


 ギンッと効果音が鳴り、空気が硬直したかのような独特の空間が俺を中心に半径50メトル程を支配した。


「火焔旋風!」

 気配察知で全ての敵の動きが硬直している事を確認しつつ、防御用の旋風を大きく広げて行く。

 威圧は発したままだ。

 旋風に俺の魔力をたっぷりと込めた火焔を投じると巨大な赤い渦となってアビスたちを飲み込み始めた。


 まず翼が燃え、服が燃え、髪が燃え、肌が燃える。

 威圧の縛に抗う事を許されず、為すすべなく燃されるアビスたち。

 俺を囲んでいたアビス全てが炎の塊となって堕ちていった。


「バケ・モ・・ノ」


 その男は炎に呑まれながら“バケモノ”とはっきりと呟いた。

 キモイ容姿のお前が俺をバケモノって言うな!


 若干不貞腐れつつ、周囲を探る。上空には敵の気配はない。

 が、下にはまだ生き残りがいる。

 散らばっていたし、防御した奴もいたのだろう。

 何より、バハムが消えた。無事ではないと思いたいけど、この攻撃で殺ったとも思えない。

 きっとどこかにいる筈だ。


 次の殲滅に入る前に、後方の連合軍に目を向けた。

 向こうから盛んに砲撃の音が聞こえてくる。

 数が多すぎたのか、リファの罠を突破して魔物が陣地内に侵入して暴れているようだ。


 敵の騎馬部隊の対応も未だ出来ていないっぽい。

 少し淀んだ空気が覆ってる気がする。

 何となくわかる。味方に分の悪い気配が満ちている。人族連合軍大丈夫かな、まずいかな・・

 すぐに駆けつけたい衝動を俺は抑え込んだ。


 サルファス司令から命じられた俺の任務は、魔人族の殲滅だった。

 殲滅は敵将と将官クラス、戦闘部族の殺害を優先して軍全体を削れるだけ削り倒せというものだった。


 俺1人対魔人族4千。


 無茶苦茶だよ。仲間さえも連合軍の戦力に取られちゃったんだぜ?俺の仲間なのに!!

 何万人もの兵がいて、新型の武器弾薬も豊富で、罠張って砦も作って、リファとアリアとライリーまで渡したんだから“苦戦なんてしてんじゃねえ!”と大声で叫びたい。


 だが、考えても始まらない。あっちはあっちで任せるしかないんだ。

 俺は無理やり視線を外して、再び眼下に眼を向けた。


 強い魔力がいくつもある。

 もう一度、俺は5千倍の魔法陣を眼前に描き出そうとしてこっちに近づく魔力の一団を感知した。


 バイコーン騎馬部隊だ。約一千騎がこっちに引き返してくる。

 これで1対5千。マジかよ、はぁ。

 仕方ない、そっちを先に対処するか・・


 そう考えて向きを変えた時だった。

 リーフボードの先端に大きな衝撃を受けて思い切りバランスを崩した。先端を抉って黒い魔力弾が眼前を飛び去って行った。


 と同時に、リーフボードは浮力と推力を失って落下を始めた。


 まずい!また油断した。

 慌てて風を吹かせて下から強引に押し上げる。下に向いた頭を反転してバランスを確保。


 が、またしても黒い靄が視界を覆い尽くして俺の魔力が奪われてゆく。

 しかも、強引に引き寄せられるように落下速度は早まった。


 もう一度竜闘気を纏い直して黒靄を吹き飛ばす。と同時に飛んできた魔力弾を身体を屈めて躱す。


 ホーミングの黒い矢が複数飛来して掠め、複数のシールドを張って対処している内に地面がどんどん近づいてきた。

 ヤバイぞ!地上戦は圧倒的に不利になる。


 でも、どうしようもない。予備のリーフボードを取り出す暇を見いだせない。

 地面が迫り激突の瞬間、真下に暴風を叩きつけて何とか地に降り立った。

 同時に敵のホーミング弾がズドドドっと降って来た。

 それを3つのシールドを作って直撃を回避する。

 竜式百倍シールドなら一瞬で3つまで作り出せるようになった。それが幸いした。


 全弾着弾して衝撃が過ぎ去った時、強者の気配が俺を取り囲んでいた。

 ここに灯りはない。あるのは未だ赤く焼け爛れる地面だ。

 そこに闇魔法を足元に広げて複数の、50人程のローブ姿の魔人族が立っていた。

 魔力特化の戦闘部族と思しき奴らだ。


「お前がキースとやらか?確かに年若い」としゃがれた声で男が言う。

 背が高く、黒い角がフードからのぞいている。

 人間族で言えば80か90代くらいの皺深い老人だった。


 あちこちから俺の攻撃を生き残った強者共が続々と集まってくる気配がした。

 その一つ、ひと際大きな存在が現れた。バハムだ。


 非常にまずい。これは俺の望む状況じゃない。

 俺は無言でその方向に眼を向けた。


「やはりお前だったか、我の予想を裏切る中々の実力だ。褒めてやろう」とバハムが俺の前に降り立った。

 まったくの無傷。それに大きく戦力を削られたというのに意に介さず余裕綽々の笑みさえ浮かべている。


 グルルゥとフェンリルが敵意を剥き出した。ライリーの言ってた通り、その威嚇に強烈な威圧が籠っている。


「お前に褒められても嬉しくないな」と返しながらも背中に冷たい汗が伝った。


 そこに、もう一つ大きな気配がやって来た。

 バイコーンに跨った魔人族、それもバシュラの者だ。

 背後に一千騎を引きつれてきた。


「様子を見に来た。派手に攻撃されたようだが、手を貸すか?む、我が父も無傷であったか」

「不要だ。アルバよ、お前は疾く戻り人間族の軍を蹴散らせ」


 現われたのはバハムの子、ガルハの兄らしい。

 俺の存在など気にも留めないで、敵将親子が会話している。

 その間、背の高い老人はずっと俺を睨みつけていた。


「急くこともない。我が騎馬隊ならばあの程度の軍など、捻り蹴散らしてくれる」

「ならば疾く行けと命じておる。これしきの不始末で我が命を翻し慌て戻るなど愚か者ぞ!」

「不始末故に戻ったのではない。それを為した者に興味を惹かれたまで!」


「バハムよ、この者の始末どうする気じゃ」

 親子の会話を妨げるようにその老人が尋ねた。


「無論、殺す」

「ならばその役目を我に任せよ。何やら強大な魔力を使う様じゃ。血が騒いでならぬ」と一歩進み出た。

「いやまて。その役目は我が担おう」とアルバも一歩前にでる。

 そして二人は睨み合った。

 そこにガウッ!とフェンリルも加わる。


「我が父よ、魔法士の戦いであれば魔力の多寡で勝敗が決するは必然。先程の規模からみて、この耄碌翁では不安でならぬ。いやビシャルなどに任せられぬ!ここは最強一門たる我に!」

「何を小僧如きが!我がビシャル一門こそが最強であろうがっ!」

 ガウガアウッ!!


 2人と一匹の言い合いを他所に、俺はどうやってこの場から離脱するかを考えていた。


 戦闘になればチャンスはあるだろうか・・

 似た様な状況の経験ならある。最近だと竜に囲まれた絶体絶命のピンチだった時。

 あの時は光球で目を眩ませて囲いを脱した。

 が、今この場で魔力を動かせば間違いなく気づかれ対処される。

 うーん・・と唸ってる内にも話しは進む。


「やめぬか!よもや命運を賭ける一戦にお前達は下らぬいがみ合いをしようというのか!アルバ!お前は疾く役目を果たせ!何度も言わせるなっ!」

 その剣幕にアルバは俺をひと睨みして去って行った。


「ロデム!お前の出る場面ではない!伏せておれ!」

 と言えば、フェンリルはシュンとしてその場に伏せた。


「さて、ブファルよ。この者の始末はお前に任せる。この者、小板に乗り空を飛びよる。人間族とエルフ族で同じ事を出来る者が他にもおる。更に、この者の魔術は竜族に匹敵する規模であった。たかが人間族でありながらだ。故に、その者の技の神髄を解き明かせ。解き明かしたのち確実に殺せ。ビシャル一門の名に懸けて必ず成し遂げて見せよ」


 バハムの命令に「任せよ」と、ブファルという老人は皺深い笑みを浮かべた。


「行くぞ!」

 すぐにバハムはフェンリルに跨り、手勢をまとめて進軍していった。

 残ったのはブファルとその一門の生き残り50人程。

 ブファルを先頭に、遠巻きに俺を取り囲む。


「さて、我が名はビシャル一門のブファル。お前の技を盗ませてもらおう。言っておくが逃がしはせんぞ。全力を以て立ち向かって来るがよい」

 と改めて名乗りを受けた。


「不浄縛呪」といきなり技を発して来た。

 同時に俺は再びの威圧を発する。


 ギン!と俺の威圧が周囲を支配する中、闇に乗じてブファルの魔力が俺を覆う。

 威圧が効かないのか、ブファルは平然としている。


 ブファルの魔力は重苦しい闇色だった。

 その闇色の靄が迫り俺の視界を閉ざす。

 闇の向こうでブファルはニタリと笑みを浮かべていた。


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