表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

139/140

王子の去就

 次の日からは近隣の農奴と狩人ギルドメンバー総動員でオークの死体を処理する。

 処理するのは中級の魔物からだ。

 素材が使えるものが多いからね。

 肉もうまかったらしい。

 さすがに僕たちは拒否したので食卓には上らなかったが、特に気にしないという人のところへは大量に供されたようで、食べた感想だけは聞けた。

 使用人のところへは普段肉なんてそうそう出されないから、ここぞとばかりに食べたそうだ。

 それでも離宮にある冷凍庫や冷蔵庫には入り切らなかったので、解体した肉や毛皮は農村の地下室に運び込む。

 程度のいいやつは領内の冷凍庫や冷蔵庫持ちのところにも入れたらしいが、なにせ四千体。


 とても入りきれるものではない。

 最後には領民に好きなだけ取らせたり、町中村中から樽を集め塩漬けにしていくも、とても処理しきれなかったらしい。

 解体作業は三日間に及び、その後解体しきれないオークは踏み荒らされた畑とともに焼き払われた。

 畑の良い栄養になることであろう。

 というわけで、何とか処理を終えたと思ったら、まだ残ってたものがあったでござる。

 終わったと思った後にまだあるとわかった時の絶望感は半端ないね。


「アルカイト。王都より状況の説明と遺品の運搬。今回の責任者である第一王子と軍団長の身柄移送の指示があった」

「やっぱり僕もいかないと駄目ですか?」

「そなたがいかなくてどうする。一番の当事者であろう」

「ですよねー」


 第一王子を追い詰めたのも僕なら、オークを殲滅したのも僕のドローンとFCS。

 いかないわけにはいかないだろうね。


「我も気が進まぬが、致し方ない。兄上を断罪せねばならない陛下に比べればマシと思って粛々とこなすしかない」

「そう、ですね」


 自分の息子をいかなる罪で罰を下すのか。

 暴君なら許すのでも苛烈な罰を下すのでもできようが、皆が納得しない罰では人心が離れる。

 身内にこそ厳しく当たらねばならないが、厳しすぎれば情のない王と言われる。王などなるものではないね。

 僕らは旅の準備をして、再び王都へ向かう。


 一年ちょっとぶりか。


 おじい様から二年の時間を頂いたが蓋を開けてみれば、一年ちょっとで僕は再び王都入りすることが出来たのだ。

 すでに第一王子の派閥は沈む船から逃げ出すように瓦解し、もう危険はないだろうとのことだった。

 そりゃあ百人からの騎士と千人あまりの兵士を失ったのだ。

 ダメージは大きい。

 当然死んだ貴族や兵士の家族には見舞金や年金を払わねばならないだろうし、失われた人材の補充は急務だろうし、場合によっては領主の直系の息子を失ったところもあるかもしれない。

 うちは幸いにして被害はさほどでもなかったけど、第一王子派閥としては甚大な被害があったということであろう。


 可能な限り急いだのと、道が整備されたせいもあり、今回は四日で王都まで到達。

 騎士も自働車に乗り、馬車や荷車も自働車を複数台連結したりして完全に馬を排除したため、旅程は大幅に縮まったのだ。


「おお、良かったわ、アルカイト。無事な姿を見られてこんなに嬉しいことはないわ」


 王宮についてすぐ例のごとくおばあ様に拉致られる。

 オークに襲われたより身の危険を感じた。


「もっと顔をよく見せて。怪我などないのね? 怖かったでしょう?」


 これは僕自身が作戦司令室で中心になって戦ってたとは言えませんね。


「大丈夫ですよ、おばあ様。こうしてピンピンしています。村は少し荒らされましたが、騎士たちが頑張ってくれたので町へは一頭も侵入を許していません」

「そうは聞いてましたがいまだに信じられなくて。上級魔物が率いるオークの群れ四千頭以上なのでしょ? 王都の守備隊でも苦戦する規模だと聞いたわ。なんで生きてるのかしらこの子?」

「いやあ、それを僕に聞かれても……」


 FCSとドローン、テレビ電話、そして広域『ネットワーク』網がなかったら死んでましたね。

 うん、倒れるまで頑張ってよかった。

 こんなもんでいいやと手を抜かなかった自分、偉い。

 単にブラック体質が身に染み付いているだけとも言う。


「アルカイト様、陛下がお呼びです」


 侍女長が僕を呼びに来た。


「着いたばかりだと言うのに慌ただしいわね」

「仕方がありません、近年まれに見る大事件ですからね」

「そうね。用事が済んだらまた後宮へ帰ってくるのですよ」

「承知いたしました」


 僕は侍女長の後に続いて廊下を歩く。

 案内されたのはおじい様の私室だ。

 そこには父上と第一王子そして陛下が僕を待ち受けていた。


「お前と引き離してあれは怒っておらなかったか?」

「大丈夫ですよ、おばあ様は重大事だということをちゃんと理解なさっておりますから」


 いきなりご機嫌伺いとか、どんだけ怖いんですか、陛下。

 去年たっぷり叱られてトラウマにでもなったか?


「おっほん、当事者が揃ったようであるし、話を進めよう」


 陛下は何事も無かったように話を進める。


「二人からそれぞれ話を聞いている。そなたからも少し話を聞きたい」

「承知いたしました」

「聞きたいことというのは他でもない。今回の事件についてそなたはどのような賠償を求める?」

「賠償、ですか?」


 FCSやドローンのことを聞かれるかと思ったが、聞かれたのは意外なことであった。

 畑の一部がだめになったし、村の家もいくつか破壊された。確かに被害があったと言えるわけだけど、金額的に言えばまあそんな大したことはない。

 僕にとっての被害と言えばちょっと睡眠不足になった程度のもの。

 実際のところオークの肉や毛皮、魔石の売却代金で十分元がとれるというか儲かった。


「えっとそうですね。今回の件ではすごく儲かりましたから、特に賠償は必要ないかと」

「くっ……」

「く?」

「くっはっはっはっは。オークの集団に襲われて儲かっただと?」


 おじい様が大笑いです。


「リュドヴィックよ。そなたの会心の策。相手にダメージを与えるどころか儲けさせたようだぞ」

「はっ、我が身の愚かさ、身に染みる思いです」


 まあ、一発逆転の策が失敗した上、相手を儲けさせたのでは、愚かとしか言いようがないね。


「フラルークも同じようなことを言っておった。こちらに被害はないと」

「幸いなことに、僕たちの睡眠時間が削られた以外は特に問題なく撃退できましたからね。魔石の売却益だけで大儲けですよ。そう言えばあれはどうしました? 上級魔物のやつ」


 上級魔石は王の管理案件だからね。

 王都まで持ってきている。


「それについては今後どのように扱うか検討中だ。あれだけのものとなると買い取るにしても褒賞を与えるにしてもそれなりのものを用意しなければならないからな」

「そうですね」

「さて、賠償はいらぬと。では、他にリュドヴィックに対してやってほしいことはないか? どうやらそなたの二度目の暗殺未遂はこやつの指示だったらしい」

「多分そうかと思いましたので、派閥ごと潰しに行きました。まあ、お相子ですね」

「そうか、やはりそなたが」

「ええ、なので気にしないでください。ただ戦争をして僕が勝った。それだけのことです」

「そなたは欲がないのか。戦争をして勝ったなら賠償金などをむしり取るものであろう?」

「えっとすでにむしり取るものもありませんよね? お金が欲しいだけなら僕の作った魔導具を売ればいくらでも稼げますし。力がほしいなら僕の作った『FCS』や『ドローン』があります。殿下になにかしていただく必要がありません」


 彼自身にしてほしいことなどなにもない。

 お金や人材だって派閥があってこそ。

 その派閥もすでに瓦解し、わずかに残った支援者も失った騎士や兵士の賠償で青色吐息。

 彼自身に僕は価値を認めていない。


「そうか。私には力など何もなかったのだな。派閥の力に頼っただけの、愚か者であったか」

「自身の力で立ち向かったアルカイトと、派閥の力に頼り切ったそなたでは器が違ったな」

「はい、そのようです。陛下、このような機会を与えてくださってありがとうございます。心のどこかでは私が負けるはずがないと思っておりました。敗走したときだってオークを釣り出しフラルークの領地が潰れればいいとさえ思いました。早く王都に連絡するためにはあちらに行くのがいいと思ったのは本当ですが。あんな状態になっても巻き返しが出来るとさえ思ったのです。しかし彼と話してみてはっきりわかりました。最初から私に勝ち目はなかったと」


 殿下はなにか憑き物が落ちたかのように穏やかな顔つきになった。


「もしかしたら、あの献上の儀で、アルカイトの作った魔導具を魔導具として紹介していたら未来は違っていたかもしれないな。そのあまりに画期的な魔導具を見れば、アルカイトと対抗しようなどとは思わなかったであろう。それどころかなんとか取り込もうとさえ思ったはずだ。今更言っても詮無きことだが」

「はい、過去には戻れない以上、未来をより良くしていくしかありません」

「そなたは、これからどうしたいと思っているのだ?」

「そうですね。もし許されるのであれば、私を逃がすために死んでいった者たちを弔うため教会で祈りを捧げたいと思います」

「わかった。考慮しよう」

「兄上。我には王になるつもりなどこれっぽっちもなかった。ただ、領主としての力をつけ、少しでも条件のいい領地が欲しかっただけで」

「そうだな。だが私にはわかっていなかった。弟のディミトリもな。そなたが三年ほど前から、領地の収支を改善し始め、貴族の中から傑物だの声が出るようになり、私は焦っていたのだよ。そなたが王に名乗り出るつもりではないかと。そして行われたのが献上の儀。そなたが我らに宣戦布告してきたものと我らは捉えてしまった」


「なんかすみません。ほとんど僕のせいですね」

「なに?」

「三年前から領地の収支が改善したのは、僕が領地改革案を出したせいですね。実行したのは父ですが。献上の儀でご献上したのも宣戦布告というわけじゃなくて、僕が『パソコン』なる魔導具を作ってそれがあまりにも画期的でしたから特許を取るついでにおじい様に見ていただこうとしただけで。息子がこんなにもすごいものを作りましたと自慢するために。つまりご献上は、たんなる親ばかで、ついでだったんですよ」

「あはっ、あはははははは。本当に滑稽ですね。有りもしない妄想ですべてを失った。ただ粛々と選定の儀をこなしていればそれで良かったのに」

「僕もそう思います。世の中には王になりたい人もいればなりたくない人もいるのです。殿下の敗因は人が全部自分と同じだと思ってしまったことではないでしょうか?」

「そうかもしれませんね。もし生きていれば、祈りながらよく考えてみますよ」


 王子が退出していく。


「付き合わせて済まなかったな。一度だけでもそなたと話してみたいと言ってな」

「いえ。顔すら合わせていない人間に負かされたとなれば、ひと目拝んでおきたいと思うのも無理はないですから」

「そうか。そなたらは顔も合わせず対峙してたのか」

「まあ、ほとんど僕のせいですから、自業自得でしょう」

「そなたに悪いところなどどこにもない。疑心暗鬼に囚われたアヤツが悪いのだ」

「そう言っていただけると気が楽になります。ところで陛下はどのような裁定を下すおつもりなのですか?」


「アヤツの言葉通り、教会に入れるのが一番無難な裁定であろう。確かに勝手に上級魔物を討伐に行ったのは罪ではあるが、必ずしも悪いわけではない。オークの巣はやつの領地と隣接しておるからな。オークの勢力圏が領地に及びそうなほど拡大しておったから情状酌量の余地はある。恐らく数年後には開拓地と接触していただろう。結果として大勢の死者が出たが、あくまで自分が用意した兵力で、国や他領に迷惑をかけたわけでもなし。一番迷惑を被ったそなたらの領では被害どころか儲かったと言われては、何の罪で罰せれば良い?」

「それは困りますねぇ」

「ああ、困るのだよ」

「困るのが王の仕事みたいなものですので頑張ってください」

「そうであるな。王でいる限りこの仕事からは逃れようもないか」


 何故か僕をじっと見つめるおじい様。


「というわけですので、僕はもう戻りますね。おばあ様の機嫌が悪くならないうちに」

「ああ、そうだな。よろしく頼む」

「はい、僕に出来る範囲で」


 ちょっと逃げ道を作っておく。

 僕はおじい様と父上を残して後宮へと戻ったのだ。


 第1王子ついに退場。

 もう出てくることはありません。たぶん。

 顔を合わせることもなく対峙した二人ですが、その原因は単なる思い違いw

 王になりたかった王子と、単に好き勝手していた主人公。

 それがこじれにこじれてこんなことに。

 まあ、ほとんど主人公のせいなんですがw

 結局のところ生まれながらにしてたいして苦労もなく手に入れた力は、人心が離れてしまえばあっさり失う程度のもの。

 自らの力でのし上がっていった主人公とは、格が違います。

 会社で長年勤めた管理職は、定年で再雇用なんかされると、かつての部下が上司になって気まずくなり、周りと上手くいかなくなったり、人員管理とかしかしていないと結局実務ができなかったり、肩身が狭い思いをする等、会社の肩書だけで働いてきた人はなかなか大変なようです。

 SEとかの技術職なら、元々の業務をそのまま引き受けたりと、業務量や給与は減っていくのでしょうが、まああんまり変わらないことも多いようです。

 技術力が高い人なら他の企業からの引き抜きもあるでしょう。

 やはり持つべきものは手に職でしょうかw


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ