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農業改革

 そういや商業と工業は領地改革案や反撃案でだいぶ効率化したけど、農業の方はどうなんだろうね?

 商業は父上や文官。工業はカイゼルさんなどから事情を聞くことができるが農業はどちらもあまり関わっていないようで、詳しくはわからなかったんだよね。

 なんでも、基本的には村長? みたいなのがいてそっちがほぼ一括して管理しているらしい。

 こっちは夫役について命令したり、要望を聞いたりなどの場合は村長を召喚し話をするだけで、農村まで見に行くということはめったに無いそうだ。

 そんなので大丈夫かとも思うが、公爵制度だって似たようなものだからね。

 特別管理領にでもならないと公爵の土地を査察したりはしない。

 要はきちんと上納金を収めて命じられた夫役をこなせば、過度な干渉をしないのが一般的だ。


 まあ、干渉したくても距離が離れているし治安も悪い。

 今なら電話やメールで連絡が取れそうなものだが、ひとつの村が大きいところでもせいぜい二~三百人程度。

 小さいと数十人規模だ。

 その生産力ではスマホとサーバを置いても元が取れないだろうなぁ。

 なにせ食料品というのは単価が安い。

 この世界で唯一大量生産できるものだし、生産は農奴が行っているからその人件費はとてつもなく安いからだ。

 しかもこの領では、村の大部分が開拓地で、農業生産性が低く、領主の援助で生きている。


 つまり赤字農家だ。

 そこへスマホとサーバを置く?


 無理だ。


 それで生産性が上がるならともかく、連絡するためだけで高価な魔導具は置けない。

 商家だって小さいところはスマホ一台買えないんだぞ。

 農村に貸し出すくらいなら商家や職人に貸し出したほうがずっと効率的だ。

 少なくとも赤字じゃないから、リース料なりレンタル料なりが取れるからね。

 ノーフォークやら農具の改良が進まないのもそのせいだろうなぁ。

 ノーフォーク等の輪栽式農業をやろうと思えば、まずは区画整理が必要だし、区画整理しようと思うと、現在の畑の成形が必要で、成形しようと思うと人手と農機具の改良が必要だろう。

 その農機具の改良をしようにも結局鉄が大量に必要で、ちょっとした改良程度では割が合わないだろうな。

 つまり今の農機具に使われている鉄を潰して新しい農機具を作った時、潰したもの以上の効率が出せるものでないと意味がない。

 例えば今の鍬とか、刃先しか鉄が使われていない。

 これを向こうの鍬のようにした場合、五本から一〇本の鍬を潰さないといけなくなるだろう。

 新しい鍬で五倍や一〇倍の効率が出せるか?


 無理だ。


 鍬一本で一〇人前の仕事とか出来っこない。


 詰んだ。


 いや、別の方向から考えてみよう。

 農機具を改良しなくても人手さえあれば区画整理は可能なはずだ。

 賦役で道を作らせたりしたわけだから人手が無いわけじゃない。

 農閑期なら事実余っているわけで、内職をやらせるより効率が上がれば人手の入手は可能なはずだ。

 ただ、ノーフォークには致命的な問題がある。


 家畜を入れないといけないことだ。


 大量の家畜を一箇所に集めると、必ず魔物が集まってくる。

 下手をすると騎士団で守らないといけない羽目になるくらいに。

 現在は家の周辺で小規模に飼っているだけだから問題ないが、ノーフォークをやろうと思うとそれなりの数の家畜が必要になる。

 まあ、必ずしも牧草を育て家畜を入れなくてもいいのかもしれないが。

 今だって、一回か二回麦を植えたら次の年は休耕地となるわけだし。

 ただその場合十分な収穫量や収入が見込めるかだ。

 やってみないとわからないけど、結果が出るのは数年どころか十数年後だろうなぁ。

 小規模な実験を何度もいろいろな場所で試してみないといけないからね。


 まあ、他にも問題がある。

 基本的にノーフォーク等を導入すると麦が取れるのは畑の四分の一になることだ。

 主食の麦とその他の植物を毎年入れ替え四年でループさせるからね。

 休耕と作付け交互に行う今の方式に比べても半分になる。

 しかも連作障害よけに使える作物を探し、かつそれが少なくとも麦程度には消費され高く売れないと、かえって生活は貧しくなってしまう。

 家畜の餌としてなら使えるかもしれない作物が適しているとなった場合、先の魔物の問題がでてくる。

 いくら連作障害を防ぐためと言ってもこの辺で消費されない作物を作ったって売れないからね。

 しかもそれらは麦の三倍とか生産されるのだ。

 家畜用ならともかく麦の三倍も人間が消費する作物など僕は知らない。

 輪栽式農業は小規模ならともかく大規模に導入するのは無理だろうな。

 そして小規模なら手間が増えるだけで、やる意味はないね。

 何しろ四つの違う作物を同時に作らないといけないわけだし。

 農村毎に一種類ずつ輪作すればその年は一種類でいいが、売れない作物を作った農村は生活が苦しくなる。

 家畜を導入するのであれば農村ごとに家畜も毎年移動しなければならないわけで、そんな事ができるはずもない。


 詰んだ。


 いやいや、まだ慌てる時間じゃない。

 作物の生産効率を上げればいいのだから、収穫量に対する人手を減らす方向で考えたらどうだろうか?

 実際のところ近年飢饉は起こっていない。

 国内の穀物生産量が実際の人間が必要とする量以上に生産されているからだ。

 この領は開拓地でまだまだ畑が少なく、開拓に人手が使われているから食糧生産が少ないだけで、他の領では売るほど穫れているわけだ。

 事実うちだって通常なら新麦を売って古麦を買い凌いでいたわけだし。

 それはすなわち次の年に売るほど余っているということだ。

 うちはライセンス料とかアプリ販売益とかあるから領の収入としては十分にあるんだよね。

 というかほとんど僕の収入に頼り切っているとも言えるんだけど。

 この状態はあまり健全じゃない。

 僕がこの領地を離れると、税収は激減どころかマイナスになるわけだからね。


 来年も新麦が売れなかったら間違いなく詰む。

 なんとか農民たちを自立? させる程度は稼がせないといけないのだ。

 選定の儀が終わればまた国の管理地に戻るであろうから僕がそこまで心配する必要はないのだけど。

 まあ、考えるだけならタダだ。

 さて、現在の開拓民の状況について確認しよう。

 基本的にはまず、木の伐採や草の刈り取り、利用できる植物の収穫などを行って更地を作り、使えないものをしばらく枯らし火を付ける。

 まあ、いわゆる焼き畑だね。

 その後麦を二年から三年程度作ったらまたしばらく放置し、草が適当に生えたら刈り取るかそのまま枯れたところに火を付ける。

 まあこんな感じらしい。


 耕す? なにそれ美味しいの状態だ。

 肥料も焼き畑頼り。

 まあ肥料を作るのはともかく適切に使うのは難しいからね。

 特に大陸の奥側では雨が少ないため、肥料を入れすぎるとすぐ土壌汚染を起こし、それが解消されるには長い時間がかかる。

 日本だと降水量がとんでもないので、多少やりすぎても洗い流されてしまうが、大陸じゃ洗い流されるほど雨は降らないからね。

 西の海側ならもう少し降るだろうが、それでも日本の半分以下の降水量だろう。

 その日本は代わりに痩せた土地が多く、川や海に肥料成分が流れ出してそっちを汚染するなんて問題もあるけど。


 土壌の状態が化学分析できない以上、これまでのやり方を変えるのは非常に危険だ。

 肥料づくりだって経験がいるしね。

 熟成に失敗すると変な虫や病気が大発生しかねない。

 これはどんどん周辺に広がるため、干ばつや冷害より大きなダメージとなりかねないのだ。

 焼き畑なら虫や病原菌は死んじゃうから問題は起こりにくい。

 なので小規模に実験し経験を積むしか無いのだがこれまた何十年とかかりそうな改革案だ。


「もっと即効性の手段はないものだろうか?」


 実のところ収入としてはパソコン作りに参加させてた時が一番良かったんだよね。

 一個あたりの単価が高いから、農作業や開拓をさせているよりずっと効率がいい。

 ならこのままパソコンを作らせていればいいかというと、そうもいかない事情がある。

 いわゆる人口増問題である。

 今は問題ないが今後人口が増えたときに耕作地がそれに見合っただけないと飢える人間が出てくる。

 家畜に回している穀物や、酒やその他加工品に回している穀物もあるから、そういうのを取りやめることである程度は確保できるかもしれないが、それにも限界がある。

 干ばつや冷害水害のときにも有効だ。

 干ばつや冷害水害というのはだいたい特定の地方だけという場合が多い。

 多くの地方で作物を作っていればリスクが分散され、何かあったときに被害を最小化出来るというわけだ。

 なので一〇年後二〇年後を見据えて耕作地を増やしているわけだが、本来一領地が負担することじゃないから無理が出る。


「開拓で人員が取られているのは木の伐採と畑の整備か」


 僕は開拓地の主な作業に関する資料を取り寄せ確認する。

 木を切って運んでくるだけでも大勢の人手がいるからね。

 畑も今の鍬なんかではなかなか整備が進まないだろう。

 焼き畑で作った畑の作業もあるだろうし。

 まあ、手間としてはそんなにあるわけじゃない。

 焼き畑の方は焼いた後、適当に種をパラパラっと蒔くだけ。

 うん、鳥さんのいい餌だね。

 収穫のときはさすがに手間がかかるだろうけど、それまでは基本的には放置らしい。

 まあ、手間を掛けない分、木を切ったり正規の畑の面積を広げようというのだろうがなんとも効率が悪い。

 木を切った場所を放置するよりはいいということだろうが何とかならないものか。


「ん? 焼き畑の面積が広がっている割に、正規の畑はあんまり広がってないな」


 元々、木はこの領地の主要産品のひとつだ。

 麦の収穫量が少ないため、まともに売れるのは木しか無いとも言う。

 昔は丸太をそのまま他領に運んで売っていたが、僕の改革案で、角材や板材に加工し、それに適さない木材は炭などに加工して販売するようになってだいぶ税収が上がったらしい。

 加工した分付加価値がついたし、加工することにより端材などがなくなって運ぶときに不要なものまで運ばなくていいようになった。

 炭にすることでこれまで売れなかった部分も売れるようになったしね。


「なるほど。木の伐採や加工による収入のほうが大きいから畑の方は放置されているのですね」


 効率は悪いけど焼き畑すれば、まあそれなりに収穫できるからね。

 収穫倍率、つまり一粒の麦から何粒の麦が取れるかは、手をどのくらい掛けるかで変わってくる。

 ある程度広い面積を手をかけずに使えれば収穫倍率が低くても、なんとかなるということだろうね。


「つまり手のかかる畑を広げるより、焼き畑のほうが人的効率がいいのでやめられないっと」


 これに治水工事や道路工事なんかの夫役もあるわけだから、繁忙期はできるだけ少ないほうがいいに決まっている。

 これを改善するには、人手をかけずに正規の畑を広げ、人手をかけずに畑の世話をするってことか?

 無理だね。

 人力でやっている以上、そこまで効率は上げられない。


「ん? 人力?」


 そうだよ。

 機械化だよ。

 向こうの世界の大規模農家は機械化で作業効率を上げて、少人数で収穫まで行えるようにしたからこそ食糧生産量が上がったんだ。

 この世界でもできるだろうか?

 ちょっと考えてみよう。


 農業改革というのはとにかく時間がかかります。

 ノーフォークのような輪栽式だと最低限数周は回してみないと有意な結果は得られないでしょうし、様々な組み合わせを試すとなると、その分多くの畑が必要になり、組み合わせややり方が合っていないと全滅の憂き目に合う可能性も。


 また、文中でも述べている通り、高く売れる作物とそうでない作物があり、一番条件の良い最初の年は高く売れる作物を作れますが、2年目以降はいわゆる救荒作物のように、多少条件が良くなくても収穫可能な物を植えるしかなくなります。

 そういった救荒作物は悪い条件の畑でも生育するため、たいてい安くしか売れません。

 その為、休耕と作付を繰り返しても、高く売れるものを作ったほうが収入としては良かったりします。

 輪栽式だと単価の安い作物でもそれなりに手間がかかりますが、休耕地は放置でいいわけで、十分に土地が広ければ、遊ばせておく余裕があるというわけです。


 猫の額ほどしか平地のない日本と違い、ナーロッパ世界では現実のヨーロッパと同じく平地も多く、周辺の強力な魔物さえ排除してしまえば、広大な土地が利用可能。

 そのためわざわざ単価の安い作物を育てたりはしません。


 日本の稲作を見るとなんか手間をかけないといけないような気分になりますが、日本は狭い土地を有効利用するために手間のかかる水田と稲作がベストでしたが、現実のヨーロッパをモデルにしているナーロッパ世界では、広い土地を有効活用して手間のかからない農法がベストだったということですね。


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