フラルーク公爵の新年
主人公パパの視点です。
「おっ、『ぶる』ったな」
基本的に我のところに来る『めーる』は文官たちが精査してから転送されるから頻繁に来ることはない。
珍しいなと思って見たら騎士団長からだった。
「リュドヴィック兄様が各地へ早馬を出したか」
恐らくディミトリ兄様の派閥が崩壊したのを聞いて、自派閥に注意するようにとの早馬であろう。
一応こっちも注意を促しておくか。
第一王子が早馬を出したこと。
こちらの動きをさとられぬようにすることなどを書いて、各領主などに『めーる』を送る。
「これで、各領地に潜入しているものも引き上げることができよう」
なんとも『めーる』というものは便利だな。
「あやつの、世界の果ての国とも戦えるとはよく言ったものだ」
こちらからの指示も報告も瞬時にしかも必要な者全員に伝わる。
それに対して向こうは早馬がせいぜいで、必要な人間全てに伝わるにはまだ幾分時間がかかるであろう。
その時間差を利用してこちらは様々な手を使える。
『ちーと』とか言ってたかな。
つまりズルだ。
まあ、手元にあるものを利用するのがズルなら、兄上たちが生まれながらの巨大な派閥を使うのもズルといえよう。
こっちはこれまで爪に火をともすように努力してようやくここまでこれたのだ。
使えるものを使って何が悪い。
これはズルでもなんでも無い。
ズルというのであれば息子の力を借りているということか。
本来成人してもいない息子を関わらせるべきではないのだが今更か。
デビュー前からあやつには世話になっているからな。
「まだ五歳のときに領地改革案なるものを持ってきたときは何事かと思ったぞ」
あれからまだたった三年か。
あの頃はもういつ破綻してもおかしくないくらい追い詰められていた。
どうしたらいいのかさえわからず、頼るべき後ろ盾ははるか遠くにいる。
何度領地を返上しようと思ったことか。
しかし領地返上となればこの領は特別管理領となり、領民のただでさえ苦しい生活がさらに苦しくなるであろう。
選定の儀に選ばれる土地など、元々特別管理領にする予定の領で、それを選定の義にかこつけて、延命できれば良し。出来なくとも金を溜め込んだ派閥の領主や商人から金を巻き上げられればなおよし。
そんな目的で選ばれるようなところだ。
いかに長く延命させるかでその領主の力量と後ろ盾の力を測る。
公爵位が得られればいいと思っている王子や派閥の者は、規定年数だけ統治して早々に領地返上している。
我の場合、できるだけ長く統治すればそれだけ力のある領主として良い土地に封ぜられる可能性がある。
三男だとそういった面でも不利だからな。
王になれずとも二番手に成れれば、将来は一番良い直轄地を任される可能性がある。
なにより後ろ盾に手を引かれれば、まともな土地すら与えられないことにもなりかねない。
我はこのレースに参加する他無かった。
貧乏領地にまでついてきてくれたルミナリエに苦労はかけたくないからな。
第一夫人と第二夫人は役目を果たし、息子のデビューとともに早々に王都に居を移した。
息子達が小さいうちも年の半分は王都におったし。
まあそれが貴族の常とは言え、なんとも薄情なものよ。
ルミナリエはそんな我を支えてくれた。
息子はちょっとあれだがポンコツかわいいし、娘はまさに天使の可愛らしさ。
二人のためにも少しでもいい領地を賜らねば。
「まあ、ディミトリ兄様は選定の儀から脱落したからこれ以上無理する必要はないのだが」
そうはいっても我の意向ではやめられないのが派閥の辛いところ。
互角に戦える派閥を得た以上、王位をと望む言葉はより大きくなった。
その声に逆らえば、せっかく得た後ろ盾もあっさり瓦解するであろう。
派閥の長といってもまあこんなもんだ。
もしそれを抑え込むことが出きる者があるとすれば。
「アルカイトしかおらんだろうな」
やつはわかっておるのかおらぬのか。
広域『ねっとわーく』網を停止すると脅かされただけで、派閥の者は従わざるを得ないであろう。
それほど派閥内に浸透してしまい、もうそれなしの運営は不可能な状態になってしまっている。
特許とは自分だけが売る権利であり、今現在『らいせんす』生産を許しているとは言え、それを一方的に取り上げる権利も有する。
もし自分の領地から『らいせんす』生産も広域『ねっとわーく』網も停止させられれば、血液を止められるようなものだ。
『じどうしゃ』は動かず、馬車と荷車の世界に戻ろうにも馬の多くが処分された以上すぐには戻れない。
『ひょうけいさん』が動かなくなれば『ざいむしょひょう』を作る為に多くの人手と時間がかかり、効率的な運用ができるとはいい難くなる。
『めーる』や『でんわ』で済ませたことが、伝令や早馬を必要とする。
ここでも馬が必要になるが多くが処分されたわけだし。
瞬時に連絡が取れるのに早馬や伝令などもはや不要と考えるのも無理はない。
『ぎんこう』はなお致命的だな。
誰がいくら持っているかは『さーば』の中にしか無い。
一応紙にも出せるがそんなことをしているところはあるまい。
『ぎんこう』を止められるだけで領地は息の根を止められる。
金が今手持ちの現金しかなくなり、その現金だって誰のものかわからなくなる。
しかも『ぎんこう』は手持ちの金を何倍にもしてしまう『しんようそうぞう』なる現象を引き起こすという。
貸し借り預金を繰り返すことにより実際の金貨より多い資産を持てるのだ。
手持ちの金貨を分配したって足りるはずがない。
あやつは最大十倍と言ってたからな。
うまく金貨を分配できたって、資産は十分の一になる可能性が高い。
こんな状態でアルカイトに逆らえるか?
我はもう逆らえんな。
逆らえば税収は見込めず、資産もどうなるかわからん。
こんな状態で領地が運営できるか?
我には無理だ。
このままやつの思惑通り『僕の考えた最強の反撃案改訂版』を粛々と実行していく他無い。
だがこれを実行した先のことをアルカイトは考えておるのだろうか?
「うむ、絶対に考えておらんな」
その辺がアルカイトのポンコツかわいいところなのだが。
代わりに我が考えておくべきことであろうな。
何もかも息子に任せっぱなしでは、親の名がすたる。
「さて、もうひと仕事するか」
新年の貴族が集まる時期に結束を固めておかないとな。
まあ、すでにアルカイトの術中にハマっている奴らだ。
現実を見せれば逆らいようがないことはわかるし、それ以上にメリットを与えている。
これで裏切ったり離脱しようなんて領主は気が狂ってるか、領の利益を優先出来ないくらい恨みに思ってるやつくらいであろう。
我はそんなやつが紛れ込んでいないか注意しておけばいいか。
王都は闇が深すぎる。
早く領地に戻ってルミナリエやマリエッタに会って癒やされたいものだ。
これでアルカイトが大人しくしていてくれればいいのだが。
我は儚い希望にすがりながら公務に励むのだった。
独裁者が好き勝手できるのはその独裁者を支える者たちがいるからともいえます。
もちろんそれによって美味しい思いをするから支えているわけですけど、美味しい蜜にはライバルも多い。
美味しい蜜を独り占めしようとする輩は絶えず、互いに排除しようと動き始めます。
その状態になるともう抜けられません。
裏切るまで行かないにしても、独裁者を諌めようとして機嫌を損ねると利益の独占を狙う奴らにとって絶好の機会とばかりに排除される事となります。
そしてそれは独裁者自身にも当てはまります。
支援者に対し、利益を与えられなくなると頭の挿げ替えや反逆といったリスクが高まってきますので、絶えず利益を与え続けなければなりません。
互いに利益と疑心暗鬼で結びつく集団ですので、このバランスが崩れるとあっという間に崩壊することとなります。
またエスカレートする利益享受により、特権に預かれない人々に不満がたまり、反乱や反逆、革命が起こり、政府が崩壊するというのが独裁国家の最後によく見られるパターンでしょうか。
他にも勝手にやりすぎて外国と揉めた上、戦争で負けてというのもあるでしょう。
強すぎる権力者による独裁体制は長くは続きません。
少なくとも日本に比べればw
日本の貴族および天皇家は平安時代を最盛期として、その後権力を失っていきました。
そのため逆に完全に排除されることもなく、神話の時代から数えるとなんと2600年以上続く世界一歴史の長い国家となりました。
国家を長持ちさせるには割とゆるい感じの支配がちょうどいいと言えるのではないでしょうか。




