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派閥の崩壊

ざまぁ炸裂。

第二王子ディミトリのお話です。


 「新年会の準備が整いましてございます」


 侍従が控室にやってきて、王子に退室を促す。

 この国では春分の日から五日から六日の間は新月と呼ばれ、新年のお祝いなどが行われる。

 近くの領主や貴族は警備の騎士などを残しほとんどが王都に訪れ、遠くの領主でも数年に一度は王都に訪れる重要な時期だ。

 この時期にはたいてい王子たちが派閥の者を集めて、新年会やら会合やらを開催し結束を固めることになっていた。


「わかった」


 第二王子ディミトリはゆっくりと立ち上がりその侍従の後に続き部屋を出る。

 しばらく歩くと会場へと到着。


「ディミトリ様がご入室になられます」


 侍従の先触れとともに扉が開けられ、王子が足を踏み入れた。


「なっ、誰もおらんではないか!? どこが準備が整ったというのだ!」


 見れば確かに料理や酒、カトラリーなどはきちんと並んでいるが、控えるメイドや従者の他、人影がない。

 普通身分の低い順に入室を案内されるので、身分の高い者が先に案内されることなどあってはならない失態だ。


「きさま! どういうつもりだ!?」


 王子が詰め寄るが、侍従は落ち着いた態度でそれに応える。


「いえ、皆様お揃いでございます」


 侍従が指差す方を見れば、たしかに奥の方に数名、人影がある。


「……他の者はどうした?」

「詳しくはダストレア侯爵が説明なされるとのことです」

「なに?」


 広い会場の奥に立って出迎えている数名を見渡すが、それらしい人物は見当たらない。


「おらんではないか?」


 男がひとりこちらに向かって歩いてきた。

 彼と同じくらいか少し若いか?


「失礼。この度ダストレア侯爵を襲爵いたしましたオルランドにございます」

「聞いていないぞ!」

「ええ、先程陛下より急遽襲爵の儀を行っていただいたところですので」

「馬鹿な!」


 普通侯爵クラスの襲爵となれば、大々的に行うものだ。

 派閥の主にも知らせずに行うものではない。


「前の侯爵、ラファエロはどうした?」

「父は責任をとって蟄居すると申して、襲爵の儀の後、領地へ戻りましてございます」

「責任とは?」

「この有様を見ておわかりでしょう? 派閥が崩壊したのでございます」


 王子はガランとした広間を見渡す。


「……崩壊だと。ついこの間までそんな兆しは一切なかったではないか!?」


 このような宴の準備が整っているのだ。

 皆参加するものと思われても致し方ないことであろう。


「本日一斉に脱退願いが提出され、父の説得虚しく、引き止めること相成りませんでした」

「それこそ馬鹿なだ。そんな事がありえるのか?」


 皆が示し合わせて一斉にだと。

 領地だって離れているのだから、会うとしたらこの王都でしか無い。

 しかし自分らに秘密で会合を開こうとすれば何らかの兆候が見られるはずだ。

 現にこれまで正月以外顔を見せないような領主さえ今日は出席していない。

 まともに顔を合わせる機会もなかったはずの領主同士でどうやって示し合わせたというのだ。


「どうやってかわかりませんが、彼らは総じてフラルーク殿下の傘下に入ったようです」

「フラルークだと! 兄上のところならともかく、やつのところは新麦が売れず、すでに食糧難財政難に陥ってるはずだ。交易でも締め出しているのだろう? その状態でやつに付く旨味はないはずだ」

「それが、聞いたところによると新麦を売るのではなく、我らが手放したせいで安くなった新麦を大量に買っていったそうです」

「馬鹿な! そんな金あるはずがない」

「どこからひねり出したのか、大量に買っていったのは間違いありません。なにしろ古麦の処理が悪く疫病が発生していた我が派閥に新麦を配給してくれたそうですよ。脱退願いを出した領主の一人がそんな事を言っておりました。何もしてくれないどころか害のある派閥にいる必要があるのかと」

「あれを逆手に取られたというのか?」


 うまくすれば一気にフラルークの領地を潰せる会心の一撃になるはずだった。


「それがこっちの致命傷になったのか?」

「そういうことでしょうね。新麦を買い付けるだけの金があれば、こちらの策は空振りもいいところです。そんな金があれば我が派閥の領と取引せずともやっていけるでしょう。かえって取引が制限された我らの領地が苦しくなっただけでした。現に向こうの派閥はとてつもない好景気だそうです。安くて高品質な品物が溢れ、中立領地にまで侵食してきたため、中立領地ですらフラルーク殿下の傘下に入らなければ、潰されかねない勢いだとか」

「わずか一年も経っていないのだぞ。去年あやつの息子の暗殺未遂事件があってから。あの時、謁見の間に集められた派閥の貴族はごくわずかだった。それが我が派閥だけでなく、中立派閥までも取り込んでいるというのか!?」

「はい、聞いた話が正しければ。まあ、この有様ではそれもうなずけますな」

「ああ、そうだな」

「脱退まではしなかったものの、うちの寄り子たちにも距離を置かれてしまいました」


 ここにいるのはダストレア侯爵つまり母方の当主と我が妻たちの実家の当主のみ。

 その寄り子の領主もまだ派閥に留まっているようだが、出席していないところを見るとそれも時間の問題か。

 寄り親を変えるなどということはめったに無いのだが、皆無というわけでもない。

 よほどその寄り親が頼りにならないと判断させれば移籍することもありえなくはないのだ。

 元々が親戚関係だったとしても、代を重ねるにつれて、血縁関係も薄まっていく。

 婚姻によって他領とのつながりのほうが大きくなっていくことも少なくないから、寄り親が無茶を言えば離れていくことだってある。

 寄り子とはいえ相手は独立領なのだ。


「……どうしてこうなった。何が悪かったのだ」

「おそらくあの暗殺未遂事件からですね。あれは派閥内にも動揺を与えました。我が派閥は玉体に手をかけるような派閥なのかと。陛下もおっしゃられていましたでしょう?

 未来の王に手をかけたのかもしれぬと。このままではその可能性もあるでしょう」

「確かあの子供はフラルークのところの三男で伯爵の係累だったはず。そんな可能性があるのか?」

「さて、フラルーク殿下の派閥が我らが派閥を吸収して強大化しているとはいえ、第一王子派閥にはまだまだ及んでいないはず。それでも、もしフラルーク様が王となれば、私はその可能性はあると思っています」

「なぜだ?」

「脱退届を出した領主たちにフラルーク殿下の元につくのかと尋ねたところ、その中のひとりがこうこぼしたのです。『我らが主はアルカイト様のみ』と」

「馬鹿な! なにかの聞き間違いであろう。息子に話を聞いたところによると五歳位の女児にしか見えなかったと言っておったぞ。そんな子供を主に仰ぐだと。そんな者がいてたまるか」


 生まれた当初より唾を付けているということはありえなくはないが、あくまでその親が主であって、それを飛び越して子供を主とする領主などいない。

 専属護衛騎士ならわからなくもないのであるが。


「一体何をどうすればそうなるのだ?」

「さて、我にはわかりかねます。向こうと通じるふりをして情報を流してくれる領地がひとつでもあればもっと色々なことがわかったのでしょうが」

「それほど俺は疎まれていたのか」

「上は下に恵みを与えるものですから。被害しか与えないのであればいたしかたないかと」

「……そう、だな。俺はやつを潰すことしか考えていなかった。潰してさえしまえば何もかもうまくいくと、いつしか錯覚していたのだな。やつを潰すどころかこっちが潰れたか」


 王子はそう言うと天を見上げだまりこむ。


「オルランド、残った派閥の力で我が領地は維持できるか?」

「詳しくは精査してみないとわかりませんが、おそらく持ちこたえるのは無理かと」


 どこも疫病と景気低迷で苦しんでいるのだ。

 そんな余裕のあるところはない。

 余裕があったらとっくに他の領地を支援している。


「そうか。……陛下に領地を返上してくる。そなたは特別管理領の申請を行ってくれ」

「かしこまりました」


 ディミトリ王子は最後の仕事をすべく部屋を出た。

 その後に侯爵たちも続く。

 宴会場の料理も酒も手を付けられること無く使用人達に下賜されたのであった。


 なんの前触れもなく第二王子ディミトリ失脚。

 会心の一撃のつもりではなった攻撃はカウンターを喰らい、取引から締め出していたはずが、逆に締め出されていたとか。

 そこへ言葉巧みに近づく第三王子派閥。

 電話やメールでこっそり口裏を合わせ。そして一斉に離反。

 まるで学校裏サイトでいじめの口裏合わせをしているかのような仕打ちw

 知らぬは本人ばかりなり。

 これもみな、主人公が伯父様にした一言のアドバイスのせいですねw


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