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マリエッタと遊ぼう

 伯父さんは僕たちと一緒に昼食を取り、その後庭に繰り出す。


「おじたま、これ、マリーのなの! びゅーんて動くの」


 マリエッタは自慢のマイカーを持ち出し、伯父さんに見せびらかす。

 ドヤ顔かわいい。


「おおすごいねぇ。さすが本場だ。うちじゃ、さすがに子供の玩具にできるくらいは入手できていないからねぇ」


 まあ、ここでの生産量では無理もないか。


「うちでも足りてませんけど、父上が甘々ですからねぇ。真っ先に買い与えてましたよ」


 売れば飛ぶように売れる自動車だ。

 本来なら子供の玩具にしている余裕はないはずなのだが。


「おとーたまがかってくれたの! いまのるからみててなの!」


 マリエッタは早速車に乗り込み起動させ、右見て左見て、後ろも確認して、サイドブレーキを外す。


「はっしん、なの」


 偉いぞ。

 ちゃんとウィンカーも点けて、ゆっくりと走り出す。

 子供は覚えるのが早いよね。

 小さい頃から慣れ親しんでると大人になってからもちゃんとできるかな?

 今度子供向けの車も考えてみるかな?

 買える人どれだけいるかわからないけど。

 公園みたいなところでレンタルするような商売が生まれるかもしれないし、車体を小さく、使う魔石も下級のさらに下級を使えばコストも抑えられないかな?


 まあ、僕のアプリが入っている時点で、そんなに安くはならないんだけど。

 そんな事を考えながら、マリーの後をついていく僕たち。

 時速四キロくらいは出るので、実のところ僕はついていくのが苦しいのだけどね。


「マリー、ちょっとまってよ」

「おにーたま、おそいの。しかたないから、うしろにのるの!」

「ありがとうマリー。助かるよ」


 僕は息も切れ切れに、マリーの後ろに乗り込む。


「ちゃんとてすりにつかまりましたか?」

「はい」

「たちあがってはだめですよ? ではしゅっぱつ」


 ごっこ遊びでもしているのか。

 安全確認は完璧だった。


「おお、マリーはすごいね。完璧だよ」

「えっへっへ。マリーはおねえたまだからこのくらいとうぜんなの」


 ああ。

 お友達のリーンシアは少しだけ年下なので、おねーさん風をびゅうびゅう吹かしてるのか。


「ちゃんとリーンシアの面倒を見てて偉いねマリーは」

「えらくないの、ふつーなの!」

「そっか、ふつーなのか」


 その普通のことを普通にするところが偉いんだけどね。

 普通の人は普通のことを普通には出来ないものだ。


「君等のところは仲が良くていいね。うちなんて、寄ると触ると喧嘩ばかりだよ。まあいつの間にやら仲直りしているから仲は悪くないんだろうけど」


 喧嘩するほど仲がいいと言うやつですか?


「そうでもないわよ。仲がいいというよりアルカイトが甘やかしすぎて、マリーが自由すぎるというか」


 確かに叱ったりしないもんね。


「どこも子育ては大変ってことか」


 僕は親じゃないから猫っかわいがりしていればいいけど、親だとそうもいかないんだろうなぁ。

 前世では親になれなかったから、親の大変さは知らないんだよね。

 今生では親に成れるかな?

 今から心配しても仕方ないけど、これまでのもう二倍も生きれば成人なので、即嫁をもらうってこともあり得るんだよなぁ。

 その前に婚約ってのもあり得るわけだし。

 うん、想像もできん。


「マリー、車はそろそろ終わりにしましょう。お母さん疲れちゃったわ」

「おかーたま、つかれたの? おくるまにのる?」

「車はまた今度ね。伯父様も疲れてしまいますし」

「そうだね。さっきまで馬車に揺られていたからちょっときつい」


 知らぬ間に結構進んでいたようだ。

 マリーと一緒なら時間がすぎるのが早いね。


「えー」


 不満そうなマリエッタ。


「じゃあ、僕がいいものを見せてあげよう」


 僕はポケットからスマホを取り出し、起動キーワードを唱える。


「『フラワーガーデン』起動、『フェアリーガーデン』起動」


 それは王都の子供会で披露した魔法だ。

 表示範囲は変わらないが、頑張って魔力の省力化を図った完成品になる。

 表示時間はなんと三〇分に伸びた。

 これならまあ、ちょっと遊ぶくらいなら十分だろう。

 場合によっては複数の魔石を使えばいいだけだし。

 流石に五分じゃいくらあっても足りないけど。


「なにこれー。きれー」


 マリエッタは車の中でキョロキョロと辺りを見回す。


「おう、おはねがある! おにーたまにも!」


 マリエッタは自分の羽を見ようと車から降りてくるくる回る。


「うちのマリーが可愛すぎて尊い!」

「うちのアルカイトは相変わらずすごいんだけどポンコツね」

「これをポンコツで済ませる君のほうがポンコツな気がするよ」


 彼の中では母上のほうがポンコツ度が上回ったようだ。

 勝ったな。


「すごいなんてもんじゃない。これが魔法か? 魔法でこんな事ができるものなのか?

 どんなシーケンスを書けばこんな事ができるのか想像もつかないよ」

 さすが魔導士爵。

 自分であればどう書くか考えたのであろう。


「君が作ったんだよね? 一体どうやってこれほどのものを作ったんだね?」

「これが『パソコン』の本当の力です。伯父様はエディタとかもう使ってますよね?」

「ああ、あれは便利だね。シーケンスを書くのに重宝している」

「今の所開発ツールを公開していないので無理ですが、公開すれば伯父様だってあのくらいすぐに作れるようになりますよ」


 コンパイラとこれまで溜め込んだライブラリがあれば、これまでとは別次元のプログラミングが可能となるのだ。


「僕には公開してくれるのかな?」

「今の所、他領の人には公開するつもりはありませんね」

「それは自領の人間になら公開してもいいということかな?」

「そうですね」


 実のところカイゼルさんやライアンさん、そして先生は僕の家臣として移籍を済ませている。

 なので彼らの報酬は僕が支払っているのだ。

 父上の家臣だと、父の引退と同時に引退かほぼ引退と同じ状態に追い込まれる。

 他家の家臣を雇ってくれるところは少ないからね。

 うちは公爵家で跡を継ぐものがいないからまだマシだけど、普通は他家に仕えたものを雇ったり移籍を許したりしない。


「でも伯父様は難しいかな。伯父様の主人はゴドウィン伯爵。伯父様のお父様ですよね?」


 カイゼルさんとライアンさんそして先生は王都の貴族。

 つまり主人が王なので、移籍が出来ないわけではない。

 王の側近でもなければ王の秘密を握っているわけではないからだ。

 王都に貴族なんて大勢いるわけだから、その中で王にお目通りできるものなどほんの少数。

 先生はちょっと微妙であったが、まあ子供の時分の教育係でうちの派閥専門なので許されたという経緯がある。

 だが領主が主人の場合、仕える貴族も少なく、重要な役割を担っている場合が多い。

 そんな者を手放すはずがなかった。

 しかも伯父は直系男子。

 場合によっては跡をついで伯爵になる可能性だって否定はできない。


「そうなんだよねぇ。王都で陛下に仕えていたら良かったと今ちょっと後悔しているところだよ」


 そうすればライアンさんみたいにおじい様から派遣されてきた可能性はある。

 いや、それも厳しいか。

 向こうでも能力があって信頼できる人を探すのは大変なのだろう。

 ライアンさんの後は、まだ紹介されていないからね。

 そして能力があって信頼できる人となると向こうだって手放したくないよね。

 若すぎると能力に不安があるだろうし、それなりに歳を取るとそれなりに地位を築いてしまうので、しがらみが多い。

 丁度いい人材というのは意外に難しい。


「開発ツールの公開は多分数年後ですね」


 それだけあればデファクトスタンダードの地位を築いているはずだ。

 そうなる前に開発ソフトを公開してしまえば、独自規格のパソコンが山のように出てしまう。

 実際昔のパソコンなんてあまりに出しすぎて、ユーザーが少なくてほとんどソフトが発売されなかったやつもあるしね。

 大量に互換性のない機種が発売されたせいで、人気のない機種はとことん人気がなかった。

 今そんな群雄割拠な時代になってしまえば、先を読むのが難しくなってしまう。

 それに敵対派閥がいる以上、もしこの技術を手に入れたら絶対敵対する環境を作ってくるだろう。

 技術移転を始めてしまったためパソコンやスマホの技術は敵に漏れたと考えるべきだ。


 今の所IDを登録しないと使えないようにしてあるが、派閥内で横流しするやつも出てくるかもしれないし、注意するに越したことはない。

 派閥の者たちだっていつまでも仲間とは限らないしね。

 チャンスが有れば裏切ることだって平気でするのが貴族だ。


「敵対派閥もあるので、公開は選定の儀で決着がついてからですかね?」

「仕方がない。できるだけ早い時期の公開を待ってるよ。まあ、この分なら決着するのも時間の問題だろうけど」

「そうだといいのですが」

「……ふむ。君には教えておこうか。どうも第二王子派閥の領地内で疫病が流行っているようだ」

「疫病、ですか。伝染性の?」

「いや、今の所伝染するという話は聞いていない、あってもそれほど高い伝染性はないと思われる。どうやら大量に買った古麦が傷んでいたらしくてね。新麦を売り、これまでほとんど食べられていない古麦を買って領民に配ったため、傷んでいるところの処理が甘かったのだという噂だ」

「あー。初夏に嫌がらせで古麦を買っていったやつですね?」


 もしその時うちにお金がなかったら詰んでたやつだね。

 相場が安くなっていた新麦を僕のお金で大量に買って難を逃れたけど。

 そう言えば調子に乗って買いすぎたな。

 今回お金の力で回避したので来年は古麦新麦どちらも買い占められるとまずいと、かなり多めに買い込んだのだ。

 なので下手をすれば次の収穫分を合わせると来年は買わずに過ごせるだけの在庫はある。

 うちは基本古麦に慣れているから、問題はないはずだしね。


「ああいうのはほとんどが蔵買いだ。在庫で蔵にある麦をまとめて買い付ける。なので中にはカビたり虫が湧いたり、ネズミが食い荒らしたりしたやつなんかが混じっている場合がある。だからこそ安く買えるんだが。これをちゃんと処理しておかないとまあ、こんなことになるわけだ」


 普段新麦が食べられているところじゃ、古麦の処理なんかわからないよね。

 慣れているうちだって、結構な頻度で農民や職人など古麦しか買えない者が病気になると聞く。

 新麦でさえ時々食中毒を起こすからね。

 そういえば今年は農民の健康被害が少ないと報告があったな。

 すべて新麦に切り替えたせいだったか。


「第二王子の派閥の者が乗り換えたいと非公式にだが打診が来たんだよ」

「もうそんな状態に?」

「ああ。新麦の多くを古麦に替えてしまったからね。冬麦どころか春麦まで替えてしまったところだと、このまま古麦を食い続けるしか無い。しかも新麦を安く売って古麦を高く買ってしまったからね。お金にも余裕がないらしい」


 新麦を放出しすぎて相場が下がった上、古麦を買いすぎて相場が上がってましたからねぇ。

 自業自得とは言え可哀想になってきた。


「その上こっちの派閥は景気が良くて、生産性も上がっているから、安くていいものを中立派閥を隠れ蓑にして流したため金が流出しているらしい」


 すでに『僕の考えた最強の反撃案改訂版』がそんなところまで影響を及ぼしていたとは。

 疫病で生産性が落ちているところに安くていいものが入ってきたら、みんなそっちを買っちゃうよね。

 で、余計領内のものは買われず、収入が落ちて、安い外の物を買わざるを得ない。

 外のものを買えば領内に金が回らず収入が落ちる。


 負のスパイラルだ。


 僕の生きていた頃の日本もおんなじような状況だった。

 周りの国の労働生産性が上がったのに、日本は労働生産性の低い会社を守った結果、国全体の生産性が下がり、海外との競争に次々負けていった。

 給料は上がらず、景気も良くならない。

 そのため安いものしか買えずに物価が下がりデフレになる。

 デフレになれば当然売上が下がるから、企業は利益を確保するために人件費や研究開発費など削減し始める。

 自己防衛としては正しい行動だが経済全体を見れば間違った行動というやつだね。

 古麦の件と合わせて踏んだり蹴ったりだ。


 まあ、かと言って労働生産性を闇雲に上げればいいというものでもない。

 百人で一日百個作っていたところを二百個作れるようにする生産性向上ならいいが、百人でやっていた作業を十人でできるようにするような生産性の向上は良くない生産性向上だ。

 同じ作業をするのに十人しか要らなくなるわけだから、残りの九十人は仕事がなくなる。

 さほど需要がない製品を作ろうとすれば、いずれこうなる。


 なにせ一日百個しか需要がないところに二百個は売れない。売れたとしても需要と供給の関係で値段が下がってしまい、結局労働生産性は下がってしまうわけだから、生産量を百個に抑え、その代わり人を減らすしか無い。

 もちろん価格が低下すれば需要も増えるかもしれないが、それも一通り一巡してしまえば、需要は落ち込む。

 生産性を上げるにはまず需要の大きい物品を選ぶ必要があるのだ。

 なのでいわゆる多品種少量生産となりそうなものは避けなければならない。


 あとは嵩張るもの重いものかな。物流が発達していないから、運び辛いものを他領に持っていこうとすると高コストになり、いくら作る側で労働生産性を上げても、運搬ですべて吹き飛んでしまう。

 かと言って領内だけでは需要に限界があり、良くない労働生産性の向上を始めてしまうだろう。


 これが敵対領にうまく起こせればいいが、こちらの領内で起これば貧富の差が広がり、民の不満が高まり治安が悪化する。

 今はこちらもパソコンや車の製造で吸収できているが、それも一巡したら今のような伸びは期待できない。

 仕事を失った人に他の仕事を斡旋するハローワークや、一時的に収入を補填したりする失業保険のようなものが必要になってくるだろう。

 まだ先の話だが、今のうち備えておかないといざ必要となった時に間に合わない可能性もある。

 検討だけはしておこう。


「という状況らしいので、第二王子派閥は近いうちに瓦解するね」

「貴重な情報ありがとうございます。第二王子派閥の引き抜きは十分注意してくださいね。逆に情報を取られたり、最初から裏切るつもりかもしれませんし」

「もちろん十分気をつけて対応しているよ。父上と兄上がだけど。私は文官じゃないから気楽なものさ」


 今のところ割りを食っているのは第二王子派閥領だけのようだから、今後こちら並みに労働生産性を上げていかないと、金の流出は止まらない。

 しかし疫病で働ける人が少なくなっている現状、労働生産性がかえって下がっているような状況だ。

 溺れる者は藁をもつかむか、窮鼠猫を噛むか。

 藁をつかんでくれる分には問題ないが、噛みつかれたらたまらない。

 慎重に事を運ぶ必要があるだろう。


「アドバイスというわけでもないのですが、引き抜きするなら第二王子やその中核派閥の者には悟られないようにこっそりしたほうがいいですよ。そして、ある程度第二王子の派閥がこちらについた時、一斉に派閥を移籍させたらいいのではないかと思います。少しずつ切り崩されたらあっちだって対抗手段を取ってきますからね」

「……うちの甥っ子は怖いな。『僕の考えた最強の反撃案改訂版』なる怪文書が派閥領地に送られてきたのだが、あれも君の仕業だね」


 怪文書はひどいなぁ。

 一生懸命作ったのに。


「お恥ずかしながら、原案は僕が、改訂版はみんなのお力をお借りして作りました。僕が全部やったわけではありませんよ?」

「それでも面白いように、いや恐ろしいほど見事に嵌っていく様は、もう神か悪魔が書いた文書じゃないかと思ったくらいだよ」

「僕は神でも悪魔でもありません」

「そうだね。どちらかと言えば天使に近い可愛らしさで、その頭脳。一体神はどれだけの才能を君に与えたんだろうね」


 まあ、神がいたとしたらえこひいきはされているんでしょうねぇ。

 記憶を保ったまま異世界に転生させてくださったんですから。

 まあ、悪魔が世界を混乱させようと僕を送り込んできたかもしれませんが。


「それは神か悪魔にでも聞いてください」

「できればそうしたいところだが、さすがに神や悪魔にコネはなくてね。君、紹介してくれないかな?」

「今の所、神や悪魔の知り合いはいませんね。もし友だちになれたらご紹介しますよ」

「そうしてくれ。さて、私はそろそろお暇しないとね。客間の様子も確認しておかないといけないし。君のアドバイスは父にも伝えておくよ。ではこれで」


 伯父様は母とマリエッタに挨拶して本宮へと戻っていった。


 麦の病気といえば麦角中毒が有名ですが、中世ヨーロッパでは時々騒ぎになっていたようです。

 麦角中毒は現代でも時々起きているようで、ここナーロッパ世界w でも度々発生しています。

 現代でも保存の悪い小麦粉なんかにはダニが発生し、それがダニアレルギーの人にアナフィラキシーを発生させたり、何らかの病原菌が付着していたりして食中毒を起こすこともあるようです。

 衛生管理や冷蔵施設など十分に発達していないこのナーロッパ世界。

 保存期間が長くなれば長くなるほど、食中毒になる可能性が高まります。

 原因の追求も難しく、病原菌による食中毒の場合、無防備に看病して伝染るなんてこともしばし。

 人の出入りが少ないため、伝染性の病気でもそれほど爆発的に感染者が増えるわけではありませんが、今回のように感染した食品が広範囲にばらまかれると、一気に感染者が増えることとなります。


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