試作車を作ろう
次の日、基本的な概念図を作成。
それを持ってカイゼルさんを呼び出す。
「今度はこんなのを作って欲しいんですけど」
「いきなりだな。なんだこれ?」
「馬のいらない馬車、なので単なる車あるいは自動で動くので自動車です」
「馬の代わりに下級魔石で動かすのか? なんか昔馬車を動かそうとした話は聞いたことが有るぞ」
「がーん。すでにあるのですか?」
「いや、実用化したって話は聞いてないな。様々な状況に対応しようとしたらシーケンスが膨れ上がって魔石とシーケンス代だけで馬の値段と維持費を大きく上回るくせに、操作が難しくまともに扱える御者を育成するのも大変だったため断念したとか。小型の馬車くらいなら引くには引けたらしいがどの程度引けたかまでは知らん。短時間しか引けなかったのかもしれんな。お前さんはどんなのを考えているんだ?」
「今のところは一人乗りでちょっとした荷物を運ぶか、後ろに小さな荷車をつけて引ければと思っています。コストの方は『スマホ』を流用するので、実質車体と車のシーケンス代だけの上乗せになりますね」
「そんな半端なもの使い物になるのか?」
「馬の代わりとしてだけに使うと割に合わないかもしれませんが、『スマホ』と兼用なら馬と維持費より安くなると思いますし、操作方法についても出来るだけ簡易化するように考えています。車体をできるだけ小型化することで、魔力の消費も抑えます。馬車を引くのは無理にしても、馬の代わりには使えないでしょうか?」
「なるほどな。それなら需要はあるか。馬の世話はけっこう大変だからな。餌に水にフンの始末。走らせた後は汗を拭いてやったり毛をすいてやったりする必要がある。特に自分の乗る馬だと自分で世話をしてやらないとなかなかいうことを訊いてくれなかったりもするからな。そうした手間を考えると欲しがるやつもいるかもしれんな」
「これならそういう手間はありませんしね」
「ちょっとその図面見せてみろ」
本格的に取り掛かる気になったのか、カイゼルさんは図面を手に取りその構造を見聞する。
「ちょっと聞いていいか?」
「なんですか?」
「なんでわざわざ車輪を回しているんだ? 直接押すなり引くなりすればいいだろ?」
「がーん。難しく考えてました。そうですよね。石だって飛ばせるんですから、車体を前後に押せばいいんですよね」
車は車輪を動かすものという固定観念に囚われ過ぎだ。
知識チートがまた邪魔をした格好になった。
「なら座席の下か『はんどる』を支える木の下側あたりに『すまほ』仕込めば、そこから足元の『あくせる』と『ぶれーき』までの距離はそんなにないから、魔導線も短くて済むし断線の危険性も下がる」
「他に問題はありそうですか?」
「そうだなぁ。台車は床板かなんかに『ねこぐるま』の車輪を三っつくっつけて、後は椅子とハンドル、アクセルとブレーキをその床板にくっつければできそうだな。問題が有るとすれば重さと耐久性のバランスだな」
ねこぐるま実用化してたんですね。
これ僕の昔書いた改革案のやつですね。
「やはりそこに行き着きますか」
「丈夫さと重さは比例するからな。軽くしようと思えば、耐久力が落ちるし、丈夫にしようと思うと重くなる」
「とりあえずカイゼルさんが上で飛び跳ねても問題ない程度の頑丈さがあればいいかと」
「お前さんを乗せるだけならそんなに頑丈でなくてもいいんだがな」
「僕が乗れる程度じゃほんとにおもちゃですよ。そんな高いおもちゃ買えるのは僕くらいですね。まてよ、マリーのために作ってあげようかな?」
数年しか使えないだろうけどどうせ一番高い部品は魔石だ。
車体だけなら大した値段にはなるまい。
シーケンス代は僕が僕に払うから実質〇円だしw
大人向けで実用性がなかったら作ってあげよう。
「妹のことはともかく、とりあえず台車の上に椅子と『すまほ』を入れられる小さいテーブルをくっつけたのを作ってくるよ。『あくせる』と『ぶれーき』はとりあえず適当な起動キーで制御できるようにしておいてくれ。何にしろ動かせるだけの力が出ないとどうにもならんからな。適当なのを作ってどの程度の重量が動かせるか確認しておこう」
「そうですね。それでお願いします。どのくらいでできそうですか?」
「まあ、車輪があれば三日もありゃできんだろ。『ねこぐるま』の修理用にいくつか在庫はあるはずだからそれより遅れるってことは無いとは思う」
そういって出ていった二日後には出来たという報告が。
僕もほぼ一日で制御プログラムを作ったから問題ないんだけどね。
カイゼルさんには試作車を持ち込んでもらえるようにメールし、今日の試乗会となった。
その場所は離宮の庭にある芝生スペース。
ひっくり返っても怪我をしないようにとの配慮だ。
まあ、怪我をするのはカイゼルさんだけどね。
「おう、来たか」
僕が芝生スペースまでいくとカイゼルさんはすでにそこに試作車を持ち込んで待っていた。
「これなら早いわけですね」
試作車を見た僕は思わずつぶやく。
すのこ下に三つの車輪がくっつけられ、板の上には木製の簡易椅子と小さなテーブルが打ち付けられているだけの本当に簡易機構。
ハンドルはないから左右には曲がれないけど、今日のテストには十分だ。
「簡単では有るが丈夫だぞ。車輪は運搬用の『ねこぐるま』のやつだし、すのこも足元に敷くやつだから俺が飛び跳ねても大丈夫だ。椅子とテーブルは工房にあった適当なやつを打ち付けただけだしな。テーブルに開けた穴に『すまほ』を差し込んだら終わりだ」
見た目はほとんど手押しタイプの台車に椅子とテーブルを乗っけただけの代物だ。
「では、この『スマホ』を使ってください。特に使用者登録はしていませんのでそのまま使えます」
「わかった」
カイゼルさんは僕の差し出したスマホを受け取りテーブルに開けた穴に差し込む。
「制御にはこのスプーンを使ってください」
「これで制御するのか?」
カイゼルさんがなんとも言えない顔でそのスプーンを見る。
うん、本当に何の変哲もないスプーンだからね。
「スプーンのすくう方を上にして握ってください。スプーンを前に傾けると前進、後ろに傾けると後退です。傾ける角度で出力を決めます。一応四五度位で最大出力になるように設定していますので、初めはゆっくり傾けてくださいね。スプーンを五センチ以内に置くと起動します。それ以上離すと停止します」
「わかった」
カイゼルさんはスプーンを受け取ると早速台車もとい試作車に乗り込んだ。
「いくぞ」
スプーンをまっすぐに立ててスマホに近づける。
そしてゆっくりそれを前に傾けた。
「おっ、動くな」
一〇度ほど傾けた時、試作車はゆっくりと動き初めた。
「こりゃあ面白れえ」
試作車が芝生の上を加速していく。
「おー、時速一〇キロは出てるか?」
少なくともレンガ舗装されている町中を走る馬車程度は出ていそうだ。
あっという間に芝生エリアの端っこまで行ったカイゼルさんが試作車を反転させて戻ってくる。
「これ最大まで傾けると結構な速度が出るぞ」
「それは良かった。なら荷物とかも運べそうですね」
「じゃあ、ちょっと荷物やってみるか?」
「はい?」
僕はカイゼルさんの膝の上に載せられ、そのままもう一度芝生コースを往復。
「おおお、い、意外と早いですね」
猫車の車輪はせいぜい三〇センチくらいなので視点が低い。
しかも周りには遮るものがないので、実際より早く感じているようだ。
車輪が駆動しているわけではないから草の上でもスリップなどしないし、非常になめらかに動いている。
「一旦走り出せば、あまり傾けなくても大丈夫そうですね」
「ああ、発進のときでも二〇度も傾ければ十分だ。走り出したら五度とか一〇度ほどでこの速度が維持できる」
「僕が乗っても十分余裕がありそうですから、もうちょっとかっこよくして、ちょっとした荷物を載せられるスペースなんかも作りましょう」
「それよりこれ、四輪にしたほうがいいんじゃないか? 三輪だとやっぱりちょっと不安定な気がする」
そうですねぇ。
芝生なのでそれなりに地面が凸凹しているので、時々車輪が跳ねるのだ。
サスペンションがないから、地面が平らじゃないとすぐに跳ねる。
その時けっこう斜め前方に傾いたりして怖かった。
「でも四輪だと『ハンドル』の構造も複雑になりそうですが大丈夫ですか?」
「部品点数は増えるだろうが、所詮平民の作業だろ? コストが跳ね上がるってことにはならないはずだ。部品ごとに分業させれば納期だって縮められる」
これも僕の領地改革案のひとつですね。
これまでは大抵一人がほとんどの工程をこなし、一つの製品として作り上げていたところを規格化し、大勢で分業した結果、ある程度の量産が可能となった。
まあ、正確な定規とかを作ったから分業ができるようになったとも言えるんだが。
「上モノと台車を別々に作って好みに従って組み合わせられるようには出来ませんでしょうか?」
「そうだな。今の馬車もそんな感じだしな。間にスライムクッションを敷けば、この振動も少しはマシになるだろうし」
台車と上モノの接続部分を共通化すれば四輪でも三輪でも好きな方が選べるし、やろうと思えば六輪だってできる!
胸熱だ。
タイレル六輪と名付けたい!
昔のF1は色んなデザインの車が走ってて見てて楽しかったんだけどなぁ。
いつの間にやら、レギュレーションで規制された結果、画一化されて、どれがどのメーカーなのかわかりゃしない。
規制が必ずしも悪いというわけではないけど、個性がなくなるのはつまらないような気がする。
細かなところでは様々な工夫が凝らされているのだろうけど、素人じゃ見てもわからんからね。
ともあれ、これで試作車でのテストは終了だ。
あとは実車を作るだけだ。
知識チートにかぎらず固定観念や思い込みというのは厄介です。
大抵の知識は暗黙の了解の上に成り立っていて、1+1=?と聞かれたら大抵の人は2と答えるかもしれませんが、プログラマなら2進数で10と答えます(偏見w)
上記例では1+1の前提条件が書かれていないため、それぞれの知識思い込みの違いで答えが違ってきます。
1+1=1.5なんかだとスーツをもう1着買うとその分を50%引きとかw
屁理屈と言われるかもしれませんが、あくまで1+1=2と言うのはある条件のときにこの式が成り立つと定義しているだけで、条件が変われば成り立たなくなる事象です。
世の中にはそんな物がたくさんあります。
所変われば品変わるとはよく言ったもので、異世界に行けば当然あらゆるものが変わってくる可能性を留意しなければなりません。
特に魔法のある世界では物理法則ですら疑ってかかるべき。
しかしそれをできないのも人間です。
人間は常識に囚われた生き物ですからね。
タイレル六輪なんかは固定観念というより、古い常識に基づいた言葉ですね。
現在はいつの間にやらティレルと呼ばれていて、古い人間としてはなんか違和感を感じます。




