驚愕の狩人ギルド
「そう言えば蒸し風呂が有るっていってましたね? あの奥ですか?」
僕は、解体場の奥にある扉を指し示す。
「ああ、そうだよ。あいつらは狩りの後そのまま来るからね。血の匂いだけじゃない。土やドロ、草の汁の匂いに今の季節だと汗の匂いと体中に塗ったスライムゼリーの匂いとでものすごいことになってるから、みんな蒸し風呂に入ってからここで飯を食ったり酒を飲んだりするって寸法さ。もちろん金は取るよ? ハンターだけでなく宿の客や町の住人も使えるからハンター専用のサービスってわけじゃないからね」
なるほど、合理的だ。
食事処や飲み屋の他、風呂も用意し、金を落とさせることで、少しでも払った金を回収しようというのだろう。
「蒸し風呂にしているのはなにか訳が? 湯船はないのですか?」
「わっはっはっは。さすが大店のお坊ちゃんだね。お貴族様や大店の商人でもなけりゃ、湯の貼った風呂なんざ入れっこないよ! うちみたいな食堂やパン屋ならでかい窯があるからね。その裏っ側に小部屋を作って窯の熱で温めるんだよ。今の季節だとそこに入って汗をかいたら外の井戸で水をかぶる。冬なら桶に水を汲んで一緒に入るんだ。窯の近くに置いておけばある程度ぬるくなるからね。後は外でそれを浴びて汗を流すって寸法だ」
食堂にある窯は一度火を着けたらその後は完全に火を落とすということはほとんど無いらしい。
落とすとしたら煤が大量について掃除が必要になったときくらいだそうだ。
使わないときは薪の一部に灰をかけて火力は調整するが、基本的にはつけっぱなしとのこと。
大きな窯はあたたまるのに時間がかかるからね。
料理に使わないときも火は点けっぱなしにして、その熱を蒸し風呂に利用する。
これもまた合理的だ。
しかもこの町の周辺は開拓地が多い。
開拓地というのは基本的に木や草を刈って畑を作るため、薪の材料が大量に出る。
草は乾燥させて焚付に。
打ち払った枝なんかは薪になる。
丸太そのものを売るより角材や板材に加工したほうが高く売れるため、そこで出た廃材なんかも薪として利用されるから、この町の薪の値段はかなり安いのだ。
ちょっとの薪を節約しようとして朝早く起きて窯に火を入れるより、一日中保温程度で燃やしておくほうが効率が良いのだろう。
クーラーだって点けたり消したりするより、一日中つけっぱなしのほうが電気代が節約できるケースが有るらしいし、窯も同じような性質なのかもしれない。
その土地その土地に合わせて庶民は色々工夫をこらして生きているってことだね。
僕も見習わねば。
「中を見たいんなら入り口でお金払えば入れてくれるけどどうする?」
一分だろうが一時間だろうが、入ってから出るまでが一回の料金なので、見学だろうが、我慢大会だろうが同じ料金とのこと。
「いえ、やめておきます。周りが裸なのに服着て入るのは場違いですし」
「まあそうだね。大店の子供が入るようなところじゃないしね」
「じゃあ、次は保存庫ですね」
「ここはうちでも自慢の施設だよ。大店では珍しくはないかもしれないがね」
若女将がドアを開けると途端に吹き出す冷気。
「冷凍室ですか?」
「そうだよ。向こうのドアは冷蔵室で、もう一つ向こうは常温の保管室だね」
「こんな物よく設置できましたね」
魔導具は魔導士爵以外は作れない。
魔導士爵の特権とも言える。
なので買おうと思えば金よりも貴族に伝がなければならないのだ。
まあ、結構金額もするけどね。
家庭用の冷凍庫ならともかく、ギルドに有るような部屋レベルの大きさだと魔導具が何個も必要になる。
魔石も魔導具も用意するのは貴族なので、気分を害すると売らないと言い出す者も少なくないとか。
「二年位前に領主様のお使い様が『ぶんかつ』で買わないかとおっしゃってくださってね。一族みんなで協議して、結局買うことにしたんだよ。最長一〇年で払いきれるようにってお使い様が色々試算してくださって、その通りにしたら、一〇年どころか来年には支払いが終わりそうな勢いで儲かったんだよ!」
聞けばそれまでは素焼きの壺を二重にしてその隙間に砂を詰め、水をたっぷり染み込ませたもので冷やしていたらしい。
いわゆる気化熱を利用した冷蔵庫だね。
向こうじゃジーアポットなんて呼ばれているらしいけど。
条件が良ければ四度くらいまで下がるとか聞いたことが有る。
この国は日本と違って夏は湿度が低いから、それなりに冷えるらしい。
それでも、雨が降ったり風がなかったりすると、温度が上がり保存に問題が出ることが度々あったとか。
腐ってしまったら当然売れないので廃棄せざるを得ないし、廃棄イコール損失なので、売上高は落ちて手数料収入も下がる。
腐らないまでも高温下に肉を置いておくと品質が下がるから高くは売れない。
それが冷蔵庫や冷凍庫を導入することで廃棄ロスはほぼなくなり、獲物が獲れすぎた場合でも冷凍することで長期保存し、肉が足りない時期に放出すれば有り余っていた時期に放出するよりずっと高値で売れた。
また、商人の方も買った肉を預けて、必要なときに取り出すことで新鮮な肉を売ることができると評判は上々だそうだ。
ギルドは肉の保管料を取ることで利益を得ることができる。
狩人、ギルド、商人全てに利益のある買い物だったらしい。
これって僕が提案した領地の改革案のひとつだね。
他人を信用しないこの世界では分割払いの習慣はなく、基本いつもニコニコ現金払いだ。
食堂の食事だって都度お金を払ってから受け取る。
獲物の売却は競りのシステム上、後払いになるが、肉の量や毛皮の状態は確認するし、翌日に行われる競りにも立会人が来るとのことだった。
そんな商習慣の中で、分割払いとは画期的というより無謀とも取れる愚かな行為だ。
金を払わずに逃げ出すことだってできるからね。
一度逃げられちゃったらもう捕まえるのは難しい。
全国指名手配なんてシステムはこの世界に存在しないのだから。
今回の場合は魔導具が建物に固定できる上、無理に外そうとすればセキュリティシステムが作動し、破壊するシステムが組み込めるので、分割でも取りはぐれることはないだろうということで、実行されたのだろうけど。
僕は分割払いの利点と欠点運用方法なんかをまとめただけで具体的な例は示さなかったけど、きちんと運用しているところを見ると、うちの文官は結構優秀らしい。
「冷蔵庫はうちの食事処や酒場でも使えるしね。今の季節だと冷えたエールが飛ぶように売れてるよ」
基本この世界だとお酒は常温で飲むのが当たり前だからね。
しかし今の季節の常温は二〇度前後で、エールを飲むには少しぬるすぎる。
キンキンとはいわないが少しばかり冷やしたほうが美味しく感じるはずだ。
「つまみだっていつでも新鮮な肉が食えると評判なんだ。おかげでかきいれ時には席がなくて立ち呑立ち食いで済ますやつが何人も出るくらいだね」
分割払いってのは一種の借金だからね。
未来に稼ぐお金を前借りして使ってしまうから、その分現在の金回りが良くなる。
短期的に経済を回したいときには良い手ではある。
まあ、これでうまく回らないと借金だけが膨らんで、お金がなくなり何も買えなくなり経済的に破綻するんだけどね。
今のところはいい方に回っているようでなによりだ。
「そう言えば狩人ギルドへの登録とかはどうなっているんですか? 狩人って名乗れば僕でも登録できます?」
「えっ? はっはっは、面白いこと言うねぇ。登録なんかないよ。獲物を持ってくれば解体して競りに出す。依頼があれば肉や金を預かる。聞かれりゃ最近の相場を話す。うちがやってるのはこれだけで、特に登録とかはないよ」
「じゃあ、僕でも狩人に成れるってことですか?」
「まあ、そのちっさいなりじゃうさぎ一匹獲れやしないだろうし、お勧めはしないね」
「なぜですか?」
「そりゃあ、魔物のいる森へ入り込むんだ。親がいたら絶対止めるだろ?」
「まあそうですね」
「しかも狩場はある程度縄張りが有るみたいだよ。うかつに踏み込むと大変なことになるらしい」
「襲われるとか?」
「ちょっと、そんなことするわけないでしょ!」
おっと、話に割り込んできた子がいる。
さっきまで解体場にいたビキニアーマー娘の一人で、一二歳位の一番小さい子だ。
「お気に触ったのでしたら申し訳ありません。何しろ狩人のことは全く知りませんので、縄張りと聞き、動物だったらふつう襲いかかって追い出すだろうなと思っただけです」
「あたしたちは動物じゃないからね! 狩場にはいくつも罠を仕掛けるから、うかつに踏み込むとその罠に引っかかって大変なことになるのよ。大型獣用のものだとうっかり引っかかると命に関わるからね。こっそり近づいて弓を射ることも有るから、人間と獲物を見間違えることも有るしね」
「なるほど」
「だから一族の代表が時々集まって狩場の割当をするの。誤射はともかく、他のところに入り込んで罠を壊したりうっかり引っかかったりしないようにね」
「ということはその代表会議に出席できる人の伝がないと狩人にはなれないと」
「狩りをするだけなら勝手にすればいいわ。死んでも知らないけど。だいたい森の中にちゃんとした道なんか無いわよ? せいぜい獣道が僅かにあるだけで。いきなり中に踏み込んだら出てこれなくなっちゃうからね。私だって今年から森に連れていってもらえるようになったけど、まだ全然道が覚えられなくて置き去りにされたら絶対帰ってこれないわね」
「それは確かに僕では無理そうですね。家の中でも時々迷いますので」
「家の中で迷うってどんだけ広いのよあんたの家」
ここの離宮だって結構な広さだし、使っていない部屋や施設もかなりある。
うっかり馴染みのないところに踏み込めば、迷子になること請け合いだ。
ましてや王宮なんかほとんど迷路だ。
不埒者などに王族などの暮らすエリアに侵入されないように、わかりにくくなっているのだ。
「まあ、そこそこに」
「確かにいいもの着てるわね。そのいいとこのお子様がギルドに何の用なの?」
これはテンプレと言っていいのでしょうか?
普通はいかつい野郎に絡まれるのを想像するけど、こっちのパターンも有りか?
この場合チートで倒してしまうわけにはいかないから対応が難しいですねぇ。
「狩人ギルドはまだ見たことがないので、いわば物見遊山? でしょうか。兄上には見学と言ってますけど」
「おいおい、私を騙して連れ出したのかい?」
「騙してはいませんよ? ちゃんと見学もしているじゃありませんか。ただ興味の方向が物見遊山方向に向かっているだけで……」
「あなたがお兄さん? こんな素晴らしい子のお供が出来て幸せね!」
「いやぁ、それほどでも……」
「なんであんたが照れるのよ! 嫌味よ嫌味! 可愛い顔しているくせにおバカなの!? そんなんじゃ嫁に行っても舐められるわよ!」
「ぶははははは! よ、よめ!」
「お・に・い・さ・ま。何がそんなにおかしいのですか?」
「ぷくくくくく、す、済まない、わ、笑うつもりはなかったのだが、くはははは!」
「はぁ。もういいです。僕は嫁には行きませんから問題ありません。婿にはいくかもしれませんが」
「む、婿? あんた男の子だったの!!」
「正真正銘の男の子です。このやり取りは本日二度めなので、これ以上の追求は勘弁してください」
「そ、そうなんだ。それは失礼したわ」
「おい、リズ、何をしている。解体が終わったから風呂に行くぞ」
「あ、おとっつあん。この子があんまり馬鹿なこと言うから、狩人の常識を教えていたのよ」
「こりゃあ、どこの旦那か存じ上げませんがうちの娘が失礼しやした」
「いえいえ、元気で楽しい娘さんで、退屈はしませんでしたよ」
「いやぁ、元気が有り余ってまして。家で大人しくしてくれねぇもんですから仕方なく狩りに連れ出してるしだいで。普通なら後二年は留守番なんですが」
「では、普通だと一四、五歳位からですか?」
真ん中の子がそのくらいだから、彼女も今年からかな。
「いえ、一二歳位ですかね」
「えっ。じゃあこの子、まだ一〇歳!?」
僕と二歳しか違わないの!?
「一〇歳で悪いか!」
「こら。もう図体ばっかでかくなりまして。この通り、落ち着きがないわ誰にでも噛み付くわで、家でも持て余しまして」
「うちと反対ですね。これでも八歳なんですがぜんぜん大きくならないくせに、大人顔負け、いや、大人以上に肝が座っていると評判なんですよ。まあ、家でも持て余すというのは同じなんですが」
やっぱり持て余されてたか、僕。
「えっ? あんた八歳なの!?」
「不本意ながらこれでも八歳です」
「うそぉ! 五歳位かと思ってた」
「みんなそういいます」
「そうよね。あたしが勘違いしたって悪くないわよね?」
「悪くはありませんが、八歳の男の子として扱っていただければ幸いです」
「わかったわ!」
「で、何を絡んでいたんだ?」
「この子が、他人が狩場に入ったら襲われるとか言うから、訂正していたのよ!」
「まあ、我らは立場が弱いですからねぇ。誤解があれば訂正しとかねぇといけねぇと常々言ってるが、喧嘩腰で絡んだら逆効果じゃねぇか」
「だって、腹が立ったんだもの」
「だからって喧嘩腰じゃ余計誤解が広がるってもんだ」
「うううう、わかった」
「すんませんねぇ。教育が行き届いて無くて」
「いえ、こちらもうかつな発言でした。ごめんなさい」
「謝ってもらうほどのことじゃねぇです。確かにうちらの祖先は町から追い出された半端モンですが、今はもうだれも生きちゃいねぇ。追い出した者も追い出された者もな。長いこと町の外にいたせいで今更町には戻れませんが、別に恨みに思ってるわけじゃねぇですから」
「そんな歴史が。寡聞にして存じませんでした。やはり実際に見て聞いてみないとわからないことがありますね。今日はギルドに来てみてよかったです」
ゲームの中とか小説の中では凄腕の冒険者やハンターと言えばすごい人みたいな描かれ方をしている作品も多いけど、実際には町を追い出されそうするしか食べていけなかったってことなのだろう。
なにせ命の危険のある仕事だ。
容易に食べていけるのであれば、好き好んでハンターになる人はそうそういないであろう。
異世界に行ってすぐに冒険者になりたい、ハンターになりたいと突っ込んでいく主人公の多いこと。
まあ、稼ぐ手段がそれ以外無くて仕方無しにという作品もないわけじゃないけどね。
とはいえいくらチート持ちとはいっても地図も方位磁針もなしに森や草原に突っ込んでいく主人公って無謀すぎない?
敵の強さどころか自分の強さやスキルの検証もしないでいきなりバトルとか、現実じゃありえないよね。
まあ、そんな細かいことを気にしてたら、物語としてはつまらないんだろうけど。
波乱万丈あってこその物語。
僕の場合すで余生だから波風立たない平和が一番。
なのに何故かすでに波乱万丈になっているけどね。解せぬ。
チート持ちのハンターでも自分の力を確認しないうちに森に突っ込んでいくのは無謀というもの。
危険なのは魔物だけではなく、毒を持つ生物がそこら中にいたり、地面に穴があったり、いきなり崖が有ったりと、現実世界であっても危険がいっぱいです。
特に毒持ちとか小さな生物が多いので発見が難しく、植物だって見ただけでは毒持ちかはわかりません。
ちゃんとした案内人について何年もそこで過ごしてみないと、何が危険でどうすればそれを避けられるかわからないでしょう。
ましてや1日で何匹もの凶悪な魔物と遭遇してしまう森とか恐怖でしかありません。
日本なら熊一匹見かけただけで大変な騒ぎになるのに。
よく川などで釣った魚に木の枝を挿して焼いて食べるシーンなんかがありますが、あれも植物のことを知っていないと大変危険な行為です。
植物の中には触るだけでやばい毒を持つものもあり、特にキョウチクトウなんかだと、それを箸代わりにして中毒を起こしたり串焼きの串にして死亡した例もあるとか。
直接食べなくても間接的に口にしたり触ったりしただけで毒に侵される植物は世界中に有ったりします。
マラリアのように蚊などによって媒介される病気もあるでしょう。
そうでなくとも視界の悪い森の中では遭難や滑落といった物理的な危機も多く存在します。
十分な装備と経験がなければ未開の地に踏み込むのは死ににいくようなものです。
十分な装備と経験があっても死亡したり怪我をしたりする人が出るのですから。
みなさんも異世界に行った場合は気をつけましょうw
※誤字修正。過分->寡聞。
ご指摘ありがとうございます。