兄上と狩人ギルドへおでかけ
クロード兄様の説得に成功した後、父上から各ギルドへの訪問許可を勝ち取った結果、様々な事前準備を行い本日念願のギルド巡り第一段にようやくこぎつけたのであった。
事前準備と言っても僕がやることは殆どなかったけどね。
主に動いたのは騎士団だ。
なにしろ僕には敵が多すぎるw
警備計画を入念に立て、本日のお出かけとなった。
用意された馬車は商人から借り受けて、僕も今日は商人のご子息っぽい格好だ。
騎士たちも商人の護衛っぽく変装し付き従う。
クロード兄上も商人ぽくしているが、あくまでぽいだから本当に商人に見えるかわからない。
何しろ普通の状態の商人なんて見たこと無いからね。
離宮にも時折商品を持ってやってくる商人はいる。
僕の服なんかを誂えるときなんかだけど、そんなときはおそらく離宮に上がっても失礼でない格好をするのであろうから、質素ではあるがかなり上質なものを着ている感じだ。
しかし普段着ているものとは別物であろうから、とりあえず騎士たちにおまかせで用意してもらった。
「クロード兄様。今日は他領から来た商人の息子がギルドの見学に来たという設定でよろしいのですよね?」
僕はギルドに向かう馬車の中で最終確認を行う。
「ああ。この領地のギルド員や商人はほとんどが顔見知りらしいからね。流石にこの領地の商人を名乗ればすぐにバレるらしい」
「あれ、兄上はギルドに入ったことはないのですか?」
「問題が起こったり要請がない限り、基本的には外の警備だけだからね。貴族がぞろぞろと中にはいったら商売上がったりだろ?」
「それもそうですね」
貴族がぞろぞろと入ってきても平気な顔して業務をこなせるような平民はいないであろう。
「こっちも確認だが本当に狩人ギルドでいいんだね? アルカイトのやっていることと全く関係が無いように思えるが」
「関係が無いわけじゃありませんよ? 動かしているのは貴族や商人かもしれませんが実際に動いているのは職人や狩人農民ですからね。手足のことを知らずして頭は動かせません」
「なるほど。騎士も下部組織の兵士を率いて動くことも有るからな。何人いてどの程度の力を持っているかもわからずに命令は出せんか」
「そういうことですね」
うまくクロード兄上を丸め込めた。
本当のことを言えば、単に興味があったからですけど。
残念なことにこの国には冒険者ギルドなるものは存在していないらしい。
まあ、現実的に考えれば冒険者は職業でも業態でもないからね。
冒険者とはいわゆる仕事ではなく趣味か生き様とかそんな感じのものだ。
冒険者の仕事のひとつによく挙げられる魔物の討伐とか素材の提出とかははっきり言って狩人の仕事であって、冒険者の仕事ではない。
低ランク冒険者が受ける仕事でよくある薬草採取だって農家の仕事だ。
いくら危険があるとしても、分類としては農業だね。
向こうの世界だってクマやマムシ等の危険生物がいるけど、だからといって冒険者が山菜採りに行ったりはしない。
ましてや町の雑用やドブさらいが冒険者の仕事か?
こっちは完全に便利屋でしか無い。
向こうの世界だって冒険者や冒険家なんて言われる人たちは、別の仕事やバイトでお金をためてそのお金で冒険にいく。
しかしそれは冒険者が冒険者として仕事やアルバイトをしているわけではなく、冒険するためにお金を稼いでいるに過ぎない。
冒険そのものがお金になることはないのだ。
冒険に付属するもの、例えば冒険家が自分の冒険の体験談を小説にすればドキュメンタリー作家と呼ばれ、新大陸を発見したりしてそこと交易することで稼ぐ冒険家は冒険商人と言われる。
その冒険に付随するものでお金が稼げるケースが有るだけと言っていいだろう。
強力な魔物や未知の魔物を討伐すること自体は冒険と言っていいかもしれないが、討伐における報奨金や素材を売ってお金を得ることは、それはもう狩人の仕事になってしまう。
というわけで、現実なギルドである狩人ギルドに突撃取材と相成りました。
モンスターのハンターなゲームは僕も好きだしね。
あっちはギルドじゃなくて集会所だけど。
ということでやってきました狩人ギルド。
本日はアンジェリカのお供は無し。
きっとあれくれ者が闊歩しているに違いないw(ものすごい偏見)から、今日はお留守番してもらってる。
ちなみに狩人ギルドにも今回の訪問については連絡していない。
生の状態を見たかったからね。
事前に連絡したらテンプレが発生しないだろうし。
まってろ、テンプレ!
いざ出陣。
僕は気合を入れて馬車を降りた。
「普通の建物ですね」
気合十分の僕に対し、拍子抜けの建物。
こう、ウエスタンドアとかあっても良くないですか?
まあ、この領地って冬は結構寒いからね。
ウエスタンドアなんかじゃ外と同じ極寒になるのはわかるけど。
「本当にここですか?」
僕たちが入ろうとしたら小さな子供を連れた家族連れがドアから出てきたのだ。
「ああ、間違いない。食事処や酒場が併設されていると聞いているからそちらの客だろう」
なるほど。
冒険者ギルドや狩人ギルドにつきものの酒場に食堂が併設されているのですね。
よく見れば二階から上は宿屋のようです。
昨晩はお楽しみでしたねと言われるあれですね。
子供が安心して入れるようなところならテンプレは無いかもしれませんね。
残念。
まあ、気を取り直して入りましょう。
騎士の一人がドアを開け中を確認する。
よく見たら王都で一緒に狼と戦ったジャック君ではないか。
元気そうで何より。
「副団長、異常ありません」
「馬鹿野郎、副団長じゃねぇ。今日は護衛隊長と呼べ」
「申し訳ありません、副団長」
だめだこいつ。早くなんとかしないと。
他の護衛の面々も駄目だこりゃのポーズ。
って、よく見たら周りの護衛はよく見知った狼仲間wだった。
万が一FCSを使わざるを得なかった時、秘密を知る者をできるだけ少なくするためだろう。
お出かけは念の為極秘に行われたので、紹介もなしにこそっと出てきたから今まで気が付かなかったよ。
商人の護衛風に変装もしているしね。
「ジャックとアンドレは表と裏を見張れ。従者共は馬車を移動させろ」
新米は外で見張りですか。
この暑いのに大変ですね。
まあ、魔術で涼しくするんでしょうけど。
僕も今日はスマホに冷風を送るシーケンスを入れて起動させているから涼しいですけど、それがなければ暑くてたまらなかったでしょう。
魔法は素晴らしい。
携帯できる冷房なんて向こうでもありませんでしたからね。
科学技術は中世程度でも、代わりに魔法が有るため貴族とその周辺限定ですが、生活レベルで言えば向こうと変わらないか場合によっては優れている面もあって面白い。
自動車や列車なんかも作れなくはないのだろうが、下級の魔石では出力がたりませんからねぇ。
かと言って中級魔石は高いし、入手が難しい上、管理も大変なので、当分は作られないでしょうけど。
まてよ。
スクーターとかなら行けるかな?
確か電動スクーターだと最大でも数キロワット程度の出力だったはず。
その程度であれば下級魔石でも十分まかなえる。
走り出しちゃえばそんなにパワーは要らないだろうし。
まあ、車体の製造技術がまだまだ発展途上な上、路面もそれほどなめらかではないから、時速三〇キロ出せるかどうかも怪しいけど。
後でちょっと考えてみるか。
今はまず狩人ギルドだ。
「私が先行します。クロード様とアルカイト様は護衛の真ん中をお歩きください」
僕らはうなずき副団長のあとに続く。
「おう」
ドアをくぐるとそこは雪国ではなく普通に廊下だった。
奥にバーカウンターみたいなものがあり廊下の壁がその直前で途切れていた。
「いらっしゃい! ここは初めてかい? 酒なら左がバーだ。食事なら右だね。右は酒の持ち込み禁止だから飲むんなら左へ行っとくれ」
カウンターの中から威勢のいいお姉さんが声をかけてきた。
なるほど。
酒場と食事処が左右で分かれているようだ。
これなら子供でも安心して入れる。
って、今日はご飯に来たわけではないのだが。
「すみません。ここが狩人ギルドだって聞いてたんですが違うんですか?」
僕はとっさに問いかけた。
「なんだ、狩人ギルドに用事かい? ここがギルドで間違いないが、ギルドの主業務はほぼ裏だからね」
「狩人ギルドに酒場や食事処と宿屋が併設されているってことですか?」
「はっははは、逆だよ逆。ここは元々食堂でそこに酒場や宿屋が作られ、それから狩人ギルドが出来たんだ。狩人ギルドはまあ、おまけだね」
なんと。
冒険者ギルドとか狩人ギルドは酒場併設が定番だと思ってたがギルドのほうがおまけだったとは。
「なんでまたそんなことに?」
「あたしもじいさまに聞いたことが有るだけだけど、昔は狩人が獲った獲物を自分で売り歩いてたらしくてね。鮮度が命だからあいつらはまずうちみたいな食堂に獲物を持って来て、肉を売って、それから毛皮やその他売れる素材を売り歩き、最後に農村に行って廃棄物を野菜なんかと交換していたんだってさ」
食事の時間からは外れていて暇なのかカウンター越しに話しかけてくれたことによると、昔の狩人は行商人よろしく、各素材を自分で売り歩いていたが、さすがにそれでは効率が悪いということで、ここのご先祖様が、狩人ギルドを始め、獲物を預かり解体し、それぞれの素材は必要な人が競りに参加して買い上げる。
それで上がった利益からギルドの手数料を引いた分をハンターに支払うというシステムを作ったということだった。
「へえ、そんな歴史があったんですね」
「ここは町ができた当初からあったらしいからね。といっても百年かそこら前らしいが。じいさまですらまだ生まれてなかった頃だ」
百年なら立派な老舗だね。
「ところでギルドの方って見ること出来ますか?」
「見るって言っても解体場と競り市しか無いわよ? なんでまたそんなもの見たいのかねぇ」
「ええ、僕たち他領の商人の息子なんですけど、他領のギルドがどのような業務を行っているか見学させていただけないかと思いまして。駄目でしょうか?」
「駄目じゃないが酔狂だねぇ。商人様ってのはこんなもの見て、商売ネタを思いつくもんなのか?」
「それは見てみないとわかりません。でも、どんな知識も無駄になりません。他の知識と組み合わせればなにかいい考えが浮かぶかもしれませんし」
「へえ、ちっさいのに立派なことだ。まだ五歳くらいだろ? 商人ってのは女の子でもこんなに勉強熱心なのかね」
「ぶはっ!」
「ぷっくくくくく」
「皆様? 遠慮せずに笑ったらいかがですか?」
「くくくく……いや、すまん。見えないかもしれませんが、こいつは俺の弟で、今年で八歳になります」
「あれまあ、とてもそうは見えないねぇ!」
思いっきり否定しやがったな。
「こんなにちっさくて可愛らしいのに男の子で八歳? てっきりうちの子と同じくらいだと思ってたよ。うちの娘のほうがよっぽど男の子っぽいわよ」
お姉さんはお母さんだったらしい。
「証拠を見せろと言われても困りますが、れっきとした男の子で、八歳です。詐称はしていませんよ?」
「そりゃあ、悪かったね。お詫びに今日は色々見せてあげるよ」
「お詫びには及びませんがせっかくですので色々見せていただきますか?」
「まかせときな。かーさーん。ちょっとお客さん案内するから、こっちお願いね」
「はいよ」
カウンターにいたもうひとりに声をかけて女性がカウンターから出てくる。
「せっかくだから一通り案内しようね。さっきも言ったけど、左の部屋がバーで、右が食堂だ」
僕はひょこっと顔をのぞかせて左右の部屋を見回す。
お客さんはどちらも数人程度ちらほらいるだけで、内装等は大して変わっていない。
変わっているのは左の部屋のバーカウンター内はお酒を中心に置いてあって、右のカウンターは奥に調理場がある程度だ。
「ここのカウンターで注文してお金と引き替えに酒や料理を受け取り、それぞれ自分で持っていくことになっている。カウンターの左右にある扉からは二階に上がれるようになっている。上は宿屋だが見ていくかい?」
「ぜひ!」
普通の宿屋すらこの世界に来てから見たこともないからね。
将来没落して、こういうところに泊まることもないとは言えないし。
なにしろ貴族なんて一度の失敗で廃爵なんてことは珍しくないからね。
この間も士爵一人が廃爵になった。
まあ、僕の暗殺未遂の件だけけどね。
彼はこういうところに泊まること無く処分されたらしいけど。
下の酒場でテンプレはなさそうなので、上に行きますか。
僕らは若女将? 後について二階へと上がっていった。
ファンタジー小説なんかによく出てくる冒険者ギルドですが、作品によっては銀行機能があってどこでもお金が下ろせたり、超国家的組織であり、ランク付けが他のギルドや他の国でも通用したり、どこでも通用する身分証になったりと、もうお前国を名乗っていいんじゃね? とか思うこともしばし。
銀行やランク付けあたりまでは通信の魔導具とかアーティファクトとかあればなんとか実現できそうですが、よくわからないのがなんで身分証を冒険者ギルドで作れるのかってとこでしょうか。
身分証というのはその名の通り身分を保証するものです。
しかし窓口に行って無料あるいは少額の登録料で即日交付されるような身分証って身分証の体をなしているのでしょうか?
例えばパスポートなどはその国の国籍を持つ人に与えられ、なにか問題が有った時にそのパスポートを発行したところが身分を証明してくれたり手助けをしてくれるためのものです。
簡単に作れるギルド証でそこまで親切に対応してくれるものでしょうか?
国が身分証を発行するのは国の利益になるからですね。
その国に暮らしているだけで何らかの税金は払っているわけで、その国民を保護することで国は利益を得ています。
どこの誰ともわからない人間、それも仕事をして税を収めたわけでもない人間に身分証を発行し保護するなんて、普通はありえないと思います。
保護するにはそれなりにお金と手間がかかりますからね。
せめてある一定金額の税や手数料を収めてからというのであればまだ納得なのですが。
まあ本来身分証なんて国が発行すべきものですけどね。
ギルドが発行した身分証なんてどこかの会員証と変わりないと思うのですが。