父上と一緒に反撃計画
反撃案がまとまって、今日は父上とのお話し合い。
「早速ですが『僕の考えた最強の反撃案』をお披露目したいと思います」
いきなり頭を抱えだす父上。
「僕何かやっちゃいましたか?」
「まずはその名称だ。もう少し何とかならなかったのか?」
「えっ? 駄目でしたか? 子供っぽくていいかと思ったのですが」
普段子供っぽくないと言われているので、こういうところで子供っぽさを演出しとかないとね。
「そこまでならまだしも内容が子供っぽくないのであろう? いくら可愛く言っても内容がえげつなかったら意味がないぞ」
まあ、子供が相手を陥れる方法を披露なんかしたらドン引きだよね。わかります。
「この表紙であればチラ見しても子供のいたずら書きにしか見えませんから『セキュリティ』対策としても万全で完璧なタイトルと思うのですが」
「……まあ、タイトルはどうでもいい。問題は内容だ」
流された!
夜もしっかり寝てようやく考えついたタイトルなのに!
嘘だけど。
気を取り直して内容を説明していく。
僕のなけなしのプレゼン能力が火を吹くぜw
全国に広がる情報収集網の整備から公共事業まで。
その対応とメリット・デメリットを説明していく。
「まあ、ざっとこんな感じですが、使えそうなものはありますでしょうか?」
僕はまだ外界をろくに知らない箱入り息子wだからね。
理想と現実のギャップがどれだけ有るかわからない。
「そうだな。まずこの道路整備等の公共事業だが基本的に農奴を使うから、よくそなたの言う『実質無料』で景気刺激策にならんぞ。農奴の賦役負担が増すだけで」
なんと、実質無料どころか実質増税にしかなっていなかったでござる。
「農民には賃金を払わないので?」
「農奴は基本この領のものだからな。衣食住どころか畑も使う農具や生活雑貨に至るまですべてを面倒見ておるのだ。更に支払う必要はあるまい」
うん、奴隷ってそんなもんだよね。
わかってたけどわかってなかった。
「たとえ賃金など払っても、使うところもないぞ? 村の中に商店など無いし、行商人も来ない。基本的に金を持っているはずがないからな。町に行って買い物でもしようとしたら、盗んだか脱走奴隷と思われてすぐに捕まる」
「農奴だと見てすぐに分かるものなのですか?」
「ああ。生まれてすぐに眉間のすぐ下、目頭辺りに入れ墨をしておる。ここを怪我をするものなどまずおらんからな。眼帯で片目は隠せても両目は隠せんし、目元をマスクで隠そうものなら、見咎められぬことなど考えられぬ」
想像以上に人権がなかったよ異世界。
「なら、褒美として酒とか肉とか振舞ったらどうでしょう? 現物支給であれば問題ありませんよね?」
「まあ、それならいいだろう。ただし基本的には農閑期だけの作業になるし、他の仕事との兼ね合いもあるからどの程度動員できるかはやってみないとわからんな」
まあ、農奴を遊ばせておく主人はいないよね。
農閑期とは言え、なにがしらの作業はさせているはずだ。
なにか別のことをさせようとすればいつもやっている作業のどれかはやめないといけない。
「そのへんの匙加減はお任せいたします。とりあえず自派閥の民衆にお金が回ればそれでいいので」
「わかった」
「他になにか気になるところはありませんか?」
「後は敵対領地への情報強化だな」
「なにか問題が?」
「一時的な滞在ならまだしも、拠点を作るとなるとほぼ不可能だ」
「そうなんですか?」
「我でもよそ者が来たら警戒する。土地はすべて領主のものだからな。そこを借りようとすれば当然領主の元に話が行くし、貸し出すときもどこの誰に貸したという報告が入る。当然よそ者ならその時にわかる」
「あれ? 住民の一覧とかは作っていないのではありませんか? よそ者がわかるのですか?」
前に調べたときそんなことを言われた記憶がある。
「知らない者に大事な家や土地を売ったり貸したりするはずがなかろう。普通は縁者か縁者の知り合いを通して貸したり買ったりするものだ。買ったり借りたりした者が面倒を起こすと、売ったり貸したりしたものにも責任が及ぶ。そのため、売り買い貸し借り報告は義務になっておる。人は勝手に増えたり減ったりしているから管理しておらんが、家と土地は管理しておるぞ」
思った以上に縁故社会だった。
紹介がなければ家も借りられないとは。
まあ、日本も保証人がいないと家を借りるのも大変だけど。
外国人だとけっこう断られるケースも有るようだし。
何かあったら紹介者にも累が及ぶとなればうかつに売ったり貸したりはできないよね。
一見さんお断りになるのもうなづける。
「一時滞在なら大丈夫ですよね?」
「まあそうだな。商売人や荷運びの人足などはそれなりに出入りしているから、これまでに取引があれば入り込むことはできよう」
「ということは取引がなかったら難しいのですか?」
「紹介してくれる者が見つかれば行けるかもしれぬが、今から新規取引を始めるのは警戒されるやもしれぬ。私も敵対領地の者と取引する場合は報告するよう義務付けておる。交易するとなると大抵は騎士団の護衛が付く。我が領に敵対派閥の騎士団が入るのだから当然警戒は必要であろう。すでに兄上たちの派閥領地からは無用なトラブルを避けるために、騎士団の派遣を控えるよう通達が出ておるし、既存の取引先も護衛の騎士団は極力減らし、領内の移動制限とその管理費用として取引税を取ると言ってきよった」
そうだった。
商人はキャラバンを組んでそれを騎士団や兵士の一団が護衛するのだ。
大量に騎士団、しかも敵対派閥のが入ってきたら警戒するよね。
しかも護衛を減らし取引税を取るとか、完全排除にきているよね。
「すでに手を打たれた後ですか」
実際の運営に僕はほとんど関わっていないからね。
どうしても後手に回るのは仕方がない。
ここから巻き返しを図らないとね。
「ではそのへんも父上におまかせします。入り込めそうなところに『スマホ』や『基地局』を持ち込んで情報収集させてください。無理そうなら中立領地で取引しているところから間接的に情報を入手してもいいですし」
「あいわかった」
常識のギャップというやつは八年程度では埋まらないらしい。
僕の場合元の世界と常識が混ざり合っているから、自分が知っていると思いこんでいることは情報収集を怠りがちだ。
国の中なんてどこにだって行けるし、どこにだって家なんて借りられると思いこんでいたからこれまで尋ねもしなかったが、何も知らなかったらどうやって行き来しているのか、どうやって家を借りるのかくらいは確認していたであろう。
知識チートも常識のギャップは埋めてくれないし、かえって足かせにもなると肝に銘じておこう。
って、前にもそう思った気がするが、人間そう簡単には改善できるものでもない。
「この際徹底的に気になるところを直していきましょう」
僕は父上と、あるときは文官や騎士、侍女やお母様まで呼び出して、『僕の考えた最強の反撃案』を補足強化していった。
僕の薄い本がますます厚くなるね。
「まあ、こんなものでしょう」
三日ほどかけて『僕の考えた最強の反撃案改訂版』を作成し、これを父上に提出したら僕の作業はとりあえず終了だ。
あとは実践し、なにか問題があればそれに対応。
改善案を策定しまた計画する。
PDCAサイクルを遅滞なくこなすだけだ。
情報収集が進めばまたやることも変わってくるだろうし。
「復讐するは我にあり!」
すぱこーん!
「いた、くないけど、いきなり何するの」
「うるさいです。あと物騒な発言を叫ぶのはおやめください。もうデビューされたのですからうかつな発言は身を滅ぼしますよ?」
「はーい」
ここは素直にうなずいておこう。
デビューして許されることも有るが許されなくなることも有る。
許されないことはそっと秘匿し、許される範囲を最大限に利用すべきだ。
貴族にとって言葉は武器であると同時に自爆スイッチでも有る。
ミサイルのボタンと自爆スイッチのボタンが安全装置もなく並んで設置されているようなものなのだから、発言には十分気をつけないとね。
しかもこれからは公の場、つまり家人以外の人と限定された中でとはいえ、会うことができる。
これまで田舎ゆえのゆるさと気楽さで、文官の仕事場に混じったり、父上と領地改善案など話し合ったりしていたが、本来なら許されないことだった。
しかしこれからは遠慮なく混ざって参加できるというわけだ。
って、これまで全く遠慮していなかったから、あんまり変わらなかったでござる。
まあ、これまでは内部は割とフリーだったからあまり変わらないけど、今後は外部の人とも遠慮なく会えることを考えれば、多少はできることが増えたとは言えるか。
「そのうち各ギルドや町の商人とかと会合なんかもしたいですね」
やはり直接話してみないとわからないことも有るだろうし。
「保護者と一緒でないと駄目ですからね?」
「わかってますとも」
アンジェリカも見習い時代は一応保護者は父上になっていたから、本来父上か父上が認めた人物と一緒でないと勝手に人に会ったり移動したりは出来ない。
王都で上級精霊使いのところまで二人でいったのは例外中の例外というわけだ。
「まずはこの領内の改革を進めるにあたって町の人達の声を聞くのは重要ですからね。何としても父上を説得して遊びに、いえ、見学にいかなくては!」
「今遊びっていいましたね?」
「ソンナコトイッテマセンヨー」
「目が泳いでますよアルカイト様。貴族たるものその態度もその場その場で適切に変えていかなければなりません。あからさまにやましい態度とか、上手に隠せるようにならないといけませんよ」
「前向きに善処します」
「はぁ。相変わらず善処する気がありませんね」
「僕だって必要があれば出来ますよ? ただアンジェリカの前では必要ないってだけで」
「私を信用していただけるのは嬉しいですけど、そういうのはちょっとした気の緩みで出てしまうものです。常に油断すべきではありません。ただでさえアルカイト様は敵が多いのですから」
敵の多い八歳児って。
みんなあのポンコツ王孫達がいけない。
二人の王子とその派閥はすべてが僕の敵だから、この国のほぼ半分は僕の敵だw
なんと僕は八歳にして国の半分と戦わないといけないなんて、笑える、笑っていいですか? 駄目ですかそうですか。
「メラメラメラー、このうらみはらさでおくべきか!!」
すぱこーん。
「だから、そういうのは心の中にしまっておいてください」
「はーい」
ちなみにメラメラメラーは効果音だからね。
まあ冗談はともかく、一度は町の人とも会っておきたいよね。
電話を始めとしたパソコン関連商品の使い心地とか聞いておきたいし、向こうとこっちの世界における違いも早めに把握しておかないと変なところで足元をすくわれる気がする。
僕と父上の認識が違ってたって思い込みでそのままスルーされる可能性がないとも言えない。
致命的なところで認識違いが生じると良かれと思ってやったことが、逆になりかねないからね。
なにか行動を起こすときは十分確認してからにしないと。
「とりあえず父上は『僕の考えた最強の反撃案改訂版』の実行で忙しいから、兄上に頼もうかな」
今二人の兄上が領地にいるから、どちらかに僕の保護者代わりを頼もう。
フレッド兄様は文官志望で、今は父上の手伝いをしている。
商人や各ギルド長なんかとも面識があるらしい。
クロード兄様は騎士で、町の見回りもしているらしいから、町には詳しいだろう。
うーん。クロード兄様がいいかな?
商人やギルドとの会合は基本離宮で開催だから、顔は知ってても、店やギルドは見たことがないかもしれない。
その点騎士なら町の見回りで店に立ち寄ったりもするはずだ。
まずはクロード兄様に頼んでみよう。
僕はいそいそとクロード兄様に面会依頼を書くのであった。
一言で常識と言ってもその時の状況立場などで変わってきたりします。
お金持ちと貧乏人では常識が違いますし、関西と関東でも常識が違い、勘違いしたまま話が進んであれっとなることもしばし。
途中で気がつけばまだいいのですが、気が付かず致命的なすれ違いを起こすこともあるのではないでしょうか。
問題はその常識の違いを気がつくのは難しいってことですね。
なにしろ「常識」ですので普段疑うこともなく常識に従って行動しています。
自分の常識を疑うようではそれは常識ではありません。
疑わないから常識なのです。
常識が違うと認識するのは常識の違う人から何らかのアクションが有ってからですね。
まあ、アクションが有ってもそのアクションが「常識」の範囲内なら気が付かないかもしれませんが。
かの有名な「ぶぶ漬けいかがどす」を知らなければそのままぶぶ漬けを食べてしまうかもしれませんが、知っていれば早く帰ってほしいの意ととらえ席を立ってしまうかもしれません。
しかし実際の京都人の間で早く帰ってほしい時に「ぶぶ漬けいかがどす」とは言わないそうですw
遠回しに嫌味を言う京都人の性質を揶揄する落語から独り歩きし始めた言葉のようで、実は常識ではありません。
常識は状況立場で変わるだけでなく間違った常識も常識として人それぞれが持っているので、絶対の常識というものが存在しないのが常識と言えるのではないでしょうか?