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お金を使おう

「反撃開始だ!」


 昨晩反撃開始だ、なんてかっこいいことをいいながら撃沈した素振りなど見せず、再度決意表明を繰り返す。

 ぽこん。


「どうしましたアンジェリカ? 『ハリセン』に勢いがないですよ?」

「……頭痛が痛いので……できれば静かに……絶叫してください」


 こころなしか手に持つハリセンが煤けている。


「うううう……きもぢわるい……です」


 ああ、あれね。

 昨日は成人の儀でお酒も出ただろうし、主役の一人である僕が途中退場しちゃったからね。

 過激な歓迎がアンジェリカ一人に集中したのであろう。


「アンジェリカ、もしかして二日酔い?」

「? ああ……これが噂に聞く……二日酔いなのですね……うえっぷ」


 おいおい、いきなりマーライオンは勘弁でござる。


「今日は休んだらどうです?」

「そういうわけにも……今日は成人後の初仕事ですから……」

「ならなおさら、失敗するわけにはいかないでしょ? これまでは見習いだからと許されてきたことも、成人なら許されなくなりますからね。立派な成人なら体調の悪いときはしっかり休むべきです」

「……そう……ですね。申し訳ありませんが……今日は下がらせていただきます」

「うん、お大事に」

「侍女長に……代わりの者を……手配していただきますので」


 アンジェリカは部屋付きのメイドに伝言を頼む。

 しばらくして侍女長がやってきた。


「アンジェリカ、具合が悪いとのことでしたけど」

「ご足労をおかけして……申し訳ありません。どうやら……二日酔いのようです。こんなことで……ご迷惑をおかけするのは心苦しいのですが……今日は下がらせていただきたいのです」

「ああ、なるほど。ごめんなさいね。こちらの配慮が足りませんでした。成人の儀など久しくやっていませんでしたし、あれほど盛り上がった儀もこの領地に来てからはありませんでしたからね」


 ここは田舎だからデビューしてもお披露目ひとつ出来ない。

 そのため子供たちは王都でデビューし、その後も王都の自派閥のところに出仕に出る。

 でないとデビューしたかどうかも全く知られないことになるからね。

 デビュー? なにそれ美味しいの? な感じだ。

 僕の場合はデビューしたと言ってもまだ八歳だし、電話でオンラインデビュー――なんと世界初w――したからね。

 顔はともかく名前は知られたはずだ。

 顔見せはぼちぼちでいいとのことで、まだ領地から出る予定はない。

 まあ、うっかり領地から出たら、殺されそうだし。


「さあ、ここはいいからお休みなさい」

「はい、ありがとうございます」


 アンジェリカが下がり、侍女長が残る。


「もうひとりかふたり見習い侍女を入れたほうがいいかもしれませんね。これまであまりに良く仕えてくれるので甘えすぎたかもしれません。どう思います? アルカイト様」

「それは僕もそう思いますが、来てくださる人はいるのですか?」

「……はぁ」


 侍女長は深い溜め息を漏らす。

 あー、僕が過去やらかしたせいだね。


「なんかすみません」

「アルカイト様が謝ることではありません。いじめて追い出したわけではありませんよね?」

「それはそうですが」

「人は未知なるもの、理解できないものを本能的に恐れるのです。それが子供ならなおのこと。かと言って成人した侍女侍従はすでに主人持ちですからねぇ」


 侍女や侍従は主人のプライベートな部分に関わるため、まずその主人を替えることはない。

 自分の性癖w を知っている使用人が他に移られたらたまったものじゃないだろうし。

 移られたほうだって前の主人に情報が流されるんじゃないかと疑心暗鬼にとらわれるわけだから、下働きの者ならともかく、侍女や侍従など身の回りの世話をする者のやり取りは普通しない。

 せいぜい主人が死んだ時、身内の者が引き取るとかそんなくらいだ。

 つまり身内で不幸でもない限り、成人した侍女侍従の移動はありえないことになる。

 見習いなら元の主人はいないか、いても短期間で、それほどプライベートに関わることもないのである程度移動はあるとは言うものの、基本的に派閥内だけの移動がせいぜい。


「派閥が増えたので、僕の悪名が広がってないところから紹介していただけませんかね?」

「……何も知らせず、だまして連れてくるのもおかわいそうな気がしますが、それしかありませんね」


 おい、騙すとは人聞きが悪い。


「別にウソを付くわけではないのですから、騙すことにはなりませんよ? ただ、余計なことは黙っているだけですから」

「相手が知らないことを利用してこちらの思う通りに誘導するのも騙しているのと代わりありませんよ?」


 悪徳商人がよくやる、無知を利用してぼったくるなんてのも、まあ詐欺の一種と言えなくもないか。

 携帯電話のプランやサービスを複雑にして、お得ですよと言って損をさせるのも詐欺だよね!


「話して先入観を持たれるよりいいのでは?」

「まあ、アンジェリカという掘り出し物が見つかったのですから、他にも掘り出し物があるかもしれませんね」

「そうです。試してみて損はありませんよ。それに今なら集め放題だと思いますよ? 昨日は激烈なデビューを飾りましたからね。『電話』を通してとは言え派閥の者ほぼ全てが揃っている中でのデビューで、しかも『電話』や広域『ネットワーク』網の開発者としてのご紹介ですからねぇ。その名声に騙されてのこのこやってくる子女は枚挙にいとまがないでしょう」

「はあ……それは思っていても口に出さないように。……そうですね。悪名が広まる前に、相性の良さそうな子を何人か見繕っていただきましょう」


 侍女長はため息を付き諌めながらも僕に同意します。


「もちろんわかってますって」

「本日の報告のときにでも公爵様にお話しておきます」

「よろしくね」

「引き継ぎもままならなかったので、本日の予定をまずは確認しておきましょう」


 といっても宴会の次の日なので、メイドや従僕たちは後片付けにてんてこ舞いで、それを監督する侍女や侍従も忙しいはずだ。


「あれ、このまま侍女長が僕につくの?」

「はい。奥様も自分の娘が成人したみたいだとたいそうお喜びになり、少しお酒が過ぎたようで、床に臥せっておりまして」


 あー、母上も昨日はもらい泣きしてたからなぁ。

 アンジェリカを自分の娘のように扱っているし。


「じゃあ、今日一日よろしくね」


 といっても、特に予定は入っていない。

 使用人たちが後片付けで手が回らないことはわかっていたので、勉強も訓練もない。

 騎士たちもできるだけ参加できるように、最低限の当番を残して昨日の宴会に参加していたはずだ。

 なので今日は護衛の騎士たちが少なく、あまり出歩かないようにとの通達が出ていた。


「まあ、予定と言っても、第一第二王子たちの派閥をどうやって追い落とそうかって考えるだけなんだけどね」

「はぁ、それはもはや八歳の子供の考えることではないですね」


 侍女長が頭を抱える。


「えー、でもこのままじゃ、僕は一生王都にはいけませんよ?」

「そうかもしれませんが、普通は当主様がお考えになることで、子供が考えることではありません」

「ちょっとしたお遊びですよ。『僕の考えた最強の反撃案』を父上に披露するだけですから」

「お遊びで反撃される方々が可愛そうになってきました。……よくアンジェリカは毎日これに付き合って平気でしたね。アンジェリカのありがたみが身にしみますね」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味です。なんだか頭痛がしてきました。まだ一刻もたっていないのに、もう気が変になりそうです。これはアンジェリカの代わりを見つけるのは大変そうですね。いえいえ、代わりは無理でも多少でも耐えてくれればアンジェリカも気の休まる時間が持てるでしょう。何人かでローテーションを組めばなんとかなるかもしれませんね」

「侍女長も飲みすぎですか?」

「違いますが、まあ今日一日だと思えば耐えられます」

「別に無理しなくてもいいですよ? 僕は一人でも平気ですし」

「そうはいきません。何かあった時に責任をとるのは私です。お許しがあったからといって持ち場を離れていいわけがありません」


 まあ、許されたからっていういいわけが許されないのがこの社会。

 侍女長は僕の臣下じゃないからね。

 僕が命令する権限はない。


「じゃあ頑張って耐えるか気が変になる前に交代してくださいね」

「自重される気はないのですね?」

「自重? 母上のお腹の中に忘れてきた気がします」

「存じております。今更取りに行けとは申しません」

「……侍女長も冗談を言うのですね」

「冗談ではございません。生まれたときからこの子は自重をどこかに置き忘れたと思っておりましたから。奥様のお腹の中だったのですね」

「がーん。そんなに昔から自重がありませんでした?」

「ありませんでした。生まれた当初は泣くはわめくは暴れるわで、話し始めると今度はわけのわからないことはいい出すわどこにでも潜り込むわ、毎日が戦争のようでした。今はこうして見かけ上は静かなのが信じられないくらいです。中身は余り変わっていないと言うか、変な方向に進化? 退化? しているような気がしますが」


 こうして僕の過去を知る人と話すとなんか申し訳なくなってくる。


「なるほど。僕が自重無しなのは生まれつきだったわけですね。では遠慮なく行きますか」

「少しは遠慮願います」

「遠慮も忘れてきました」

「知っております」

「では、遠慮も自重もせず思いっきりいきますか」

「はあ、で、何をなさるつもりですか?」

「相手をどうやって破滅させるかです。なにかいい方法はありませんか」

「殿方の戦い方は存じません」

「女性としてなら?」

「まあ、根も葉もない噂を流すとか、味方のフリして近づいて、弱みを握ったり裏でこっそり罠にかけるとかでしょうか?」


 こわ。

 女の人怖すぎる。


「まあ、似たような手段は男でも取りますけどね」


 スパイなんかはその最たるものだね。

 諜報員とも言うけど、彼らは情報を得るだけじゃない。

 暗殺やら破壊工作も仕事のうちだ。


「あとはまあ、財力や伝があれば豪華な物珍しいものを手に入れて見せびらかすとか」


 力やコネを見せつけることでマウントを取るってやつね。


「それで相手が無理に同等以上のものを手に入れさせ財政を傾かせるとか」


 羨ましがらせて、金やコネを無理やり使わさせるわけですね。

 うちじゃ無理か。

 まあ、最終的にはパソコンとか見せびらかしてマウント取りに行くんですけどw


「流石に今はお金や力やコネではまだ負けているかな」

「非合法な手段だとお茶会の時に少しずつ気が付かれない程度の毒を入れるとかは聞いたことがございます」

「毒を盛るのは流石に無理だね。僕がお茶会開いても敵対派閥の人は来ないでしょ?」

「来ませんね」

「なら、別の方法を考えましょう」

「すでになにかお考えが?」

「ええ、前から考えていることはありますが実現性に乏しかったので、お蔵入りになっていたやつですね」

「今は実現できるのですか」

「はい。前に比べれば使えるお金も人材もコネも増えましたからね。おまけに使える道具も出来た。まあ、それでもうちはまだまだ規模が小さいですからね。慎重に進めていく必要があります」

「一体何をなさるおつもりなのですか?」

「そうですねぇ。最初はまず情報収集ですね。敵味方中立含めて様々な、特に商売に役立ちそうな情報を集めます」


 正確で使える情報がまずは何より優先される。


「それから敵対派閥を無視した交易を始めます」


 金と物を流すことで経済は発展する。

 金も物も流れないところは淀んでいく。


「しかも敵対派閥が取り扱っている商品を安くて早くお届けする」


 Amaz○nなんかはこれでのし上がった口だろう。


「また、公共投資も積極的に行います。街道の整備、広域『ネットワーク』網の整備、水路や溜池の整備などなど」


 公共事業というやつは一時的に金を回すには優れた手法だ。

 借金しすぎると財政が破綻するけど、幸いなことに電話と広域ネットワーク網で使う基地局サーバが大量に売れたので僕の懐はホッカほかだ。

 領地の利益より取り分が大きいんだから領地の財政より巨大な金が僕に集まっている。

 これを一気に散財するつもりだ。


 この一気にというのがポイント。

 同じ金額でもちびちび使ってたのでは効果が薄い。

 バブルかってくらい使い好景気になれば、みんなが釣られてお金を使うようになる。

 群集心理ってやつだ。

 景気の気は気の所為の気ってね。

 好景気で後からいくらでも金が入ってくるとわかれば人は油断してお金を使い始める。

 日本は好景気がずっとは続かないと知ってしまったため、ちょっと景気が上向いても、慎重な姿勢を崩さず、結局盛り上がらないまま潰れていくを何十年も繰り返して来た。

 ちょっとお金が入ると企業も個人も貯蓄に走るのだ。

 お金が回るはずもない。

 しかしこの世界はまだその経験がない。

 いい意味でも悪い意味でもスレていない。

 そこに溜め込んだお金を一気に流すとどうなるか?

 一気にバブルが膨れ上がる可能性が高い。

 とはいっても金本位制なので、管理通貨制度のようにお金がほぼ無限に湧き出る世界ではないのでバブルの大きさも限定的にならざるを得ないだろうけど。


「まあ、そんな感じで今日は大枠とそれに対する効果や副作用などを考えようかと思います」

「よくわかりませんが、やりすぎないようにお気をつけください」

「いえいえ、中途半端はいけません。相手が泣いて許しを請おうが、反撃する力を残しておいたら必ず反撃してきます」

「必ずですか?」

「必ずです。殴ったら殴り返されたからって悪い事をしたと反省するようなやつは最初っから殴りかかってはきませんよ。殴り返されて、かなわないと思ったら必ず次はもっと力をつけてから殴りかかってきます。殴り殴られ友情が芽生えるなんて『少年漫画』の世界だけです」

「やるのであれば徹底的にですか」

「はい。絶対に立ち上がれなくなるまで叩きまくります」


 絶対的有利の時に能書き垂れて思わぬ反撃を食らうのは、悪役の定番だからね。

 って、誰が悪役だよ。

 まあ、少なくとも正義のミカタじゃないか。

 僕は頭を抱える侍女長を相手に反撃案を策定していくのだった。


 お金を貯めるのはいいことだと思っている方も多いでしょうが経済から見れば貯蓄は悪です。

 溜め込まれた財はそこにあるだけでなにも仕事をしていません。

 人間で言えばニートですw

 最近じゃ銀行の厄介者になっていて、保管料を取ろうという動きも。

 今ですらATMでお金を引き出すだけで利子以上の手数料を取られています。

 しかしこれって銀行に預ける意味がないから口座の解約が進み、タンス預金が激増しそうな気がします。

 なんでも去年タンス預金が100兆円を超えたそうです。

 現金・預金総額は1000兆円を超えていますので、タンス預金の割合は10%くらいですが保管料が導入されたらまだまだ増えるでしょう。

 とはいえタンス預金はまだ害が少ない方です。

 問題は対外純資産です。

 21年末で過去最大の411兆円に達したそうです。なんと日本は31年連続で世界最大の純債権国になりました!

 単純にすごいと思われる方もいらっしゃるでしょうが、これは非常にまずい事態なのです。

 なにしろ日本人のお金が海外に400兆円以上も流出しているということなのですから。

 日本人のお金で外国の景気が良くなっていると言われたら、モヤっとするものがありませんでしょうか?

 日本の2021年のGDPは、約588兆円くらいとか。

 つまり日本のGDPと遜色ないお金が海外に流出しているわけです。

 対外純資産で更に問題なのは直接投資による資産が増えているってことですね。

 直接投資というのは、企業を買収したり、生産設備などに投資することですがこれを海外に対して行うってことは、日本のお金だけでなく技術やノウハウが他国に渡り、日本のライバルが増えてしまうということです。

 市場というのは独占するほど儲けが出ます。

 強力なライバルが増えればそれだけ競争が激しくなり、売上も利益も落ちていきます。

 この流れは民主党時代の超円高から始まりました。

 円高に耐えられなくなった企業たちはこぞって海外に進出し、産業の空洞化現象が加速。

 その金と技術で海外が発展し、日本にとって強力なライバルたちを育ててしまいました。

 このところの円安で企業が戻ってくれればいいのですが、内需が盛り上がらない限り難しいかもしれません。

 電気やガスも不足しているのでうっかり工場も建てられません。

 政府の責任においてなんとかする事案でしょう。


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