第3章、神殿魔女の手伝い②
今回は「古の魔法書と白ノ魔女」はお休みです。
「お姉さま!」
愛らしい少女がアリシアーレンの元へ駆け寄った。
「お待ちしておりました、お姉さま。今年もよろしくお願いします。」
真っ白な衣装の裾をつまみ、恭しくお辞儀をした。長い白髪がふわりと肩から落ちた。足元をよく見ると、なぜか裸足だ。
「よろしくね、ルウシャ。」
アリシアーレンの言葉に、少女は顔を上げた。開かれた赤い目の隙間から、黄色い星の瞳が瞬くのが見える。
「ルウシャ様、靴をお履きになってください。」
少女の後ろから、白いハイヒールを持った女の神官がやって来た。
「そうね。」
少女は床に置かれた靴を履いた。
「いつも履かないから、忘れちゃうのよね。」
そんなことを言って。
「ほっほっほ。ルウシャ様は普段、浮いて移動されますからな。」
ウィスカルが笑った。
「この子が神殿魔女?」
イーラはギアに尋ねた。
「そうだよ。……でも、“子供”じゃないよ。」
少女はふとイーラを見て微笑んだ。と言っても、目を閉じているかのごとく細い目では、常に笑っているように見えるのだが。
「かわいい子ね、ギア。あなたの魔獣?」
「ええ、そうです。イーラと言います。」
「初めまして。」
イーラは両手を差し出した。少女はその手にそっと指を乗せる。
「初めまして、わたくしはルウシャ・スクラース。神殿魔女としてこの街に70年住む者よ。」
神殿魔女ルウシャは、威厳あふれる礼を取った。
「えっ、じゃあギアよりも年上なの?」
街の神殿にて崇め奉られているこの魔女は、ギアよりも若く見えるが、実際はウィスカルよりもずっとずっと長く生きている。
「ルウシャ様はわたしが子供の頃にここへ来られたのですが、お二人はその頃から全くお変わりない姿ですな。」
「お姉さまにこの街を紹介された時のことも、ウィスカルがわたくし付きの神官になった時のことも、昨日のように覚えているわ。あんなに小さな子供が、いつの間にかお爺さんになって…、街も、ずいぶん賑やかになって…、時がたつのは早いわよね……。」
可憐な少女の見た目で年よりくさいことを言ったルウシャは、アリシアーレンにおでこを突かれた。
「言うようになったわね。」
アリシアーレンとルウシャは笑った。
その様子を見つつ、イーラはおずおずと切り出した。
「ところで……神殿魔女ってなあに?」
アリシアーレンは微笑んで答えた。
「人間を助けるために、人里に住み込んで力を貸す魔女のことよ。土地の発展のお礼にって、人間たちが立派な住処と世話係を用意してくれることが多いから、神殿魔女と呼ばれているの。」
「アリシア様は?アリシア様はこの街に住んでいるわけじゃないけど、よく手伝っているんでしょ?」
「私は神殿魔女じゃないわ。基本的に、若い魔女が神殿にいるわね。500歳にもなれば、他の土地に移るか…神殿魔女をやめるか…。まあ、どうするかは個人によるけれど。」
「お姉さまは、力の弱いわたくしをサポートしてくださっているの。わたくしは、わたくしの前の神殿魔女が豊かにしたこの街を維持していくのに手一杯で…。祭りの時は、どうしても力が足りないの。」
申し訳なさそうに笑うルウシャの頭を、アリシアーレンは優しくなでた。
「私はあなたを見守る責任があるの。手伝うのは当然よ。」
ルウシャは生まれつき魔力が弱い。およそ100年前、旅立つには十分な年齢となり親元を離れたものの、一人で生きていくにはあまりにも心許ない魔法しか使えなかった。
居場所を求めてあちらこちらを旅し、酷く惨めな気持ちでとある森をさまよっていたところ、アリシアーレンに拾われたのだ。共に過ごし始めてしばらくした頃、アリシアーレンは、この街の神殿魔女になることを勧めた。賑やかなところの方がルウシャに合うからと言って。
ルウシャは初め、あまり乗り気ではなかった。神殿魔女は、人間にとって神様のような存在だ。ルウシャは己の力の弱さを自覚していたため、がっかりされることが怖かったのだ。言いよどむルウシャを見て、アリシアーレンは祭りへと引っ張り出した。仕事の手伝いをしなさいと言って。
ルウシャは常々、アリシアーレンは千里眼を持っていると思っている。
温かな街の様子に魅入られたルウシャは、まんまとアリシアーレンの思惑にはまり神殿魔女となった。必死に街のため働くルウシャに、街の人々は優しかった。それに安堵を覚え、ルウシャは自分を誇れるようになった。……きっとそんな気持ちすら、アリシアーレンは見越していたのだろうと。
そんなわけで、ルウシャはアリシアーレンに感謝と尊敬の念を込めて「お姉さま」と呼んでおり、アリシアーレンもルウシャを弟子同様に見守っている。
「神殿魔女は、環境を安定させる仕事をしているんだ。雨が降らない日が続けば雨を降らして、作物が実らなければ成長を促す薬を作って…。野生動物が街に来ないよう、バリアも常に張ってる。そうした人間には難しいことを日常的にこなしているんだ。」
「この街の場合、魔法使いたちの力が大きいわ。」
「しかし、その魔法使いに力を与えているのはルウシャ様ではありませんか。」
「あら、それはお姉さまのお力添えがあってのことよ。」
イーラは会話についていけない様子で首を傾げた。
「どういうこと?」
ウィスカルはイーラのために説明を始める。
「魔法使いが人間であることはご存じかな?」
「ええ。魔法使いって、人間の中でも魔法が使える者だけを指すんでしょ?それに、魔女と違って、魔力のこもった道具がないと魔法が使えないって、本で読んだよ。」
「そう。それも、魔法使いは初めから魔法が使えるわけではない。魔女様が力の“道”を開けてくださらないと、魔力を持つ人間でも魔法が使えないようになっているのだ。」
「分かりやすく言うと、人間は魔力を持つ者と魔力を持たない者に分かれていて、魔力を持っていても、力を放出する“道”が最初からあるわけじゃないから、魔女の力で“道”を作ってもらう…ってこと。」
ギアは細かく説明した。
「へえ~~。どうやって“道”を作るの?」
イーラは興味を持ったようだ。話の続きを催促するように、ギアの手の上でぴょんぴょんと跳ねた。
「それは祭りの時に分かるわ。」
アリシアーレンはルウシャと目を合わせニヤリと笑う。
「この祭りは、魔法使いの素質がある子を見極めて、魔法使いを目指す子に魔法が使えるようにする儀式を行うことが目的なの。」
「魔法に興味があるなら、きっと面白いと思うわ。」
~魔女のメモ~
★神殿…魔法石がはめ込まれているため、魔力で満ちあふれている。
★神殿魔女…その土地に住み着き、人間に力を貸す魔女。魔法の修行のために若い魔女がなることが多い。場所によっては、魔女にとって幸福とは言えない扱いを受ける。
改めて:この作品では、魔女と魔法使いを明確に分けて意味付けています。




