第1章、弟子の日常③
お待たせしました、久しぶりですね。
辺りがすっかり暗くなった頃、二人は家に着いた。
「「〈ただいま〉。」」
帰宅の声に、家に明かりが灯る。
「夕食の準備をしますね。」
「ええ、お願い。私は、すぐに依頼分の薬草を包まなきゃ。」
あたふたと作業部屋に駆けて行くアリシアーレン。ギアは箒を片付けてからキッチンに立った。
しばらくして、アリシアーレンがキッチンに顔を見せた。料理はすでに、あらかた出来上がっている。
「こっちは終わったわ。」
「こっちもです。」
「あ、そうだ。あれがあるんだった。」
そう言ってアリシアーレンはどこかへ行くと、すぐに戻ってきた。赤や緑の小さな実の入った瓶を手に。
「何です、それ…。」
昼間の出来事から、また毒のある植物ではないかとしかめっ面で瓶を凝視していたギアだったが、すぐにほっとした顔でため息をついた。
「何だ…コショウの実か…。」
「当たりよ~。」
「いつの間に?」
ギアは瓶を受け取った。よく見ると、皮がしわしわになっている。乾燥させてある証拠だ。
「もちろん昼食後よ。夢中になっていたから、私がコショウって独り言呟いたの、聞こえてなかったのね。」
アリシアーレンが毒の実を食した昼食後、気まずい雰囲気の中、一人作業に集中していたギアは、アリシアーレンがコショウのなる木を見つけたことに気付いていなかった。実はその直後、アリシアーレンはヘビに遭遇し、無言で魔法を使い、ヘビを三つに下ろしていたのだが……。心配性なギアがうるさくなるのを見越して、アリシアーレンはそのことを黙っていることにした。
「丁寧に魔法で乾燥させておいたようですが…今日はコショウの出番はないですよ。」
アリシアーレンはテーブルの上を見て頷いた。今夜のメニューはビーフシチューのようだ。
「そうみたいね。でも、料理に使うものだから、キッチンに置いておいた方が良いと思って。」
「そうですね。食べ物を物置に置きっぱなしにされるのはちょっと…。」
「失礼ね、あれから気を付けているじゃない。」
ギアがアリシアーレンに拾われてすぐの頃、何気なく入った倉庫に箱いっぱいのリンゴが腐っているのを見つけてしまったことがある。時間の流れに疎いアリシアーレンが、もらったリンゴを倉庫に置いたまま数年家を空けた挙げ句、帰ってからも全く倉庫に入らなかったがゆえに起きた惨劇だった。常時掛けられている虫よけの魔法によって虫は湧いていなかったが、とんでもない臭いを放ち、カビもすごかった。ギアは未だにあの衝撃が忘れられないのだ。
「弟子魔女のところに”ちょっと”出掛けていただけなのに、まさかあんなことになるなんて。」
リンゴ放置事件の際の掃除が大変だったことを思い出し、アリシアーレンはため息をついた。
「早々に俺のところへ持ってきてくれて良かったです。」
「そんなことより、早く食べましょ。いただきまーす。」
気持ちの切り替えの早いアリシアーレンは、さっさと席に着いて手を合わせた。ギアはその様子に呆れながら、向かいに座った。
「いただきます。」
食事を終えた後、ギアは食器を洗いながらアリシアーレンが風呂に入り終えるのを待った。
アリシアーレンからもらったコショウの瓶を見つつ、翌日の料理を考えていた時、突如悲鳴が聞こえた。
「きゃああああっ!!!」
風呂場の方からだ。
「どうしました、アリシア!」
ギアは脱衣所の外、扉に背を向けて声を掛けた。
「ない…。ないわ…。」
アリシアーレンは声を震わせながら姿を見せた。きちんと服を着ているのを確かめ、ギアはアリシアーレンに向く。
「私のネックレスが…っ」
その手には、紫水晶を下げていたはずのチェーンが。途中でぷつりと切れてしまっている。
「……いつからですか?」
「帰ってきてすぐ、着替えた時にはあった…はず。ああ、でも、チェーンだけが首に下がっていただけなのかも…、紫水晶だけ森に落としてしまったかも…っ」
ひどくうろたえるアリシアーレンの背を、ギアは落ち着かせるようになでた。
「落ち着いてください、アリシア。失せ物探しの魔法ならすぐわかります。…これ借りますね。」
ギアはアリシアーレンからチェーンを借りると、物置に急いだ。円盤をつかんですぐさまアリシアーレンの元へ。
円盤の中心のふたを開けてチェーンを中に入れると、アリシアーレンの手を取った。
「〈探せ、アリシアーレンの紫水晶〉。」
円盤はくるくると回りながら浮くと、光を放った。それはまっすぐ、脱衣所の方を指している。
「もしかして…。」
アリシアーレンは、先ほど脱いだばかりのカーディガンを持ってきた。ギアの手の上の円盤は、それに向けて光を放っている。
アリシアーレンがカーディガンをひっくり返した。
紫水晶は、そこにあった。もともとピアスだったものを無理矢理ネックレスにしていたため、突き出た金具があり、それがカーディガンに引っ掛かっていたようだ。
カーディガンのボタンが全部閉まっていたのを見て、ギアはため息をついた。
「アリシア、またボタンを外さずに服を脱ぎましたね?めんどくさがるから、こういうことが起きるんですよ。ボタンのない服みたいな脱ぎ方はやめてくださいとこの前も―――」
アリシアーレンはギアの話が聞こえていなかった。
紫水晶を両手で包み、大事そうに胸に抱いた。
「良かった……。」
この紫水晶は、ずいぶん前に亡くなったアリシアーレンの夫のものだ。夫がいつも身に付けていたピアスと白衣を、アリシアーレンはずっと大切にしている。
「ありがとう…ギア。」
アリシアーレンはギアを抱きしめ、頬にキスをした。
「あなたは最高の弟子で愛しい息子よ。」
そして自分の部屋に駆けて行った。すぐさまネックレスを修復するために。
ギアは抱きしめ返そうとした腕をだらりと下げた。しばらくその場に立っていたが、やがて寂しそうな微笑みを浮かべ、キッチンに戻って行った。
ギアはもうずっと、優しい弟子扱いのままだ。
~魔法使いのメモ~
☆報せの円盤…小さな円盤型の道具。中央にある穴に小物を入れて呪文を唱えると、その小物の持ち主や付属品がある方向へ光が放たれる。物探しだけでなく、人探しにも使用できる。




