第10章、迷いと決意④
前回書き忘れましたが、この「魔女の敵」は、水曜日の15時に更新したいと思います。そして、毎週更新を目指します。
「何してんのよ、リリ…。」
ヌヌとルージが天を仰いだ。
「ぁ~…。ごめん、イーラ。」
変わらないテンションで謝るリリに、イーラはため息を吐いた。
「まったく…。」
呆れつつも、イーラは怒らない。リリに少し抜けているところがあるのは、すでに理解している。
「ふふ。」
アリシアーレンは、荷物を確認していたが、やはり絵本は入っていない。
「あ、アリシアさん、欠片石が完成したから、それも入ってるよ。」
「これのことね。」
そう言って小袋を持ち上げるアリシアーレン。ヌヌとルージが頷く。
「届けてくれてありがとう。では、おやつにしましょう。」
「「「わーい!」」」「わーい。」
喜ぶ動物たちを連れ、アリシアーレンはキッチンへと向かった。
「それじゃあ、ヌヌたちは帰るねー。」
おやつを楽しんだ後、ヌヌとルージが帰る支度を始めた。
「そこまで送るよ。」
イーラがそう申し出、四匹はアリシアーレンの家を出た。
「ねぇ…、アリシア様にギアを見てもらえるいい方法ってないかな?」
イーラがそう切り出すと、三匹は頭を傾げた。
「どういうこと?」
「アリシアさまは昔から、ギアのこと見てるよね…?」
「えーと…ほら、ギアはアリシア様のことが好きでしょ?でも、アリシア様はギアのことをまともに取り合ってくれなくて…。あたし、もどかしくってっ!」
ルージとヌヌが、納得した様子で頷いた。リリはぼーっとしている。
「ああ、そういうことか。」
「なるほどねー…。」
二匹は考える仕草を見せる。
「アリシアさんは魔女だからなー。旦那さんのことがずっと好きだって聞くし…。」
「無理じゃない?アリシアさま、ギアのこと弟子とか息子とかしか見てないでしょ?」
「そうなんだけど…。」
イーラは、んーっとうなる。
「いくら好きだからって、亡くなって何百年も経つのに、どうして頑なに自分のことが好きな男を、新しい相手として見てくれないのかなって…。ギアだって、何回フラれても一途に想い続けているくらいアリシア様のことが好きなのに…。」
「確かにねー。いつまでも悲しむくらいなら、別な相手と一緒になった方が幸せだと思うんだけどなぁ。」
ルージはイーラの意見に賛同した。
しかし、ヌヌは首を横に振った。
「ヌヌは、アリシアさまの気持ちが分かるな。ヌヌも、もし好きな男がいて、夫婦になったのにその男が死んだら、ずっとその男だけを好きでいるもん…。」
「えー?どうして?」
ルージは無邪気に話の詳細を求めた。
「えー、言葉にするのむずかしいな…。何と言うか…やっぱり、ずっと好きだから…。」
「え、でも別に、亡くなった相手を好きなままで、新しい相手も好きになれない?」
「いやー…、ムリかな…。だって、夫婦に選んだのはその男だけじゃん?」
「好きになれば、新しい相手とも夫婦になれるじゃん。」
「いやいやいや、そうじゃなくて…。うーん、やっぱり説明がむずかしいよー!」
ヌヌが頭を抱え始めた時、それまで話に参加していなかったリリが声を上げた。
「ダニエル。」
「へ?」
何の脈絡のない言葉に、一同はリリを見る。
「ダニエル、来た。」
リリは短い腕である方向を示した。
三匹がそちらに目を向けると、こちらに猛ダッシュしてくる狼がいた。目つきが鋭く、今にも小動物を狩りそうだ。
「「「ひいいいいい!!!」」」
リリ以外の三匹が悲鳴を上げた。ルージは、大きな身体をできるだけ丸めて頭を手で覆っている。
「くおぉぉぉぉぉら!!!」
四匹の目の前で急ブレーキをかけて止まったダニエルは、勢いよくリリを怒鳴りつける。
「リリ、テメェ!肝心な物を忘れて行ったら、わざわざ頼んだ意味がねーだろうがっ!!」
「ごめん。」
「ほんとーに反省してるんだろうなっ?!」
ダニエルは息を整え、イーラに向き合う。
「悪かったな、これ、ロッドからあんたへのプレゼントらしい。リリに頼んだんだが、こいつが忘れて行きやがった。」
「聞いたわ、絵本だって。わざわざ届けてくれてありがとう!」
「いや、喜んでもらえて何よりだぜ。」
ダニエルは背中の風呂敷をイーラの前にどっかり下ろした。
「あんたがこいつに触れて小さくなるよう念じれば、あんたが運びやすい大きさになるぜ。」
「分かった。ありがとう。」
イーラがお礼を言った。ダニエルは頷き、ヌヌたちへ向き直る。
「帰るところだったのか?」
「うん。でもその前にちょっと話をね…。そうだ、ダニエルにも聞こう!」
ヌヌがこれまでの話をダニエルに語る。
「―――でね、ダニエルとしてはどう思う?」
ダニエルは真面目な顔で答える。
「オレは、アリシアさんやヌヌに共感するな。」
「ふーん、どうして?」
「まず、オレたちの間で、夫婦に対する価値観が違うな。」
ダニエルは淡々と説明する。
「狼や狸は、魔女と感覚が近いんだろうな。唯一無二と思える存在を、そいつと一生を添い遂げる覚悟で相手に選ぶ、という思考だ。唯一無二だから、そいつの代わりなどいないし、亡くなったから新しい相手と幸せに、なんて考えることもない。」
「じゃあ、ずっと悲しいままでいいの?」
「何も、悲しみが悲しみだけで構成されているわけじゃない。亡くなったことは確かにとても悲しいが、相手との幸福な思い出もある。悲しみもまた、幸福の証なのさ。」
「ふむむ…。」
「何を幸せと考え、感じるかは、各々違うだろう?そっとしておいてやるのが一番だと思うぜ。少なくとも、オレがアリシアさんだったら、そう思う。」
「ヌヌも…かな。」
「そっか…。」
(考え方がこんなに違うのか…難しいな…。)
ダニエルらの話を聞いてもなお、イーラは、ギアとアリシアーレンが結ばれて欲しいという思いは変わらなかった。
「じゃあさ、もしも…もしもだよ?自分の好きな相手が死にたがっていて、自分はそれを止めたい時、みんなはどうする?どうやってとめる?」
イーラの問いに三匹は顔を見合わせ、ウンウンと考え込む。
「その好きな相手って…夫婦じゃないってことでしょ?」
ヌヌが質問する。口にせずとも、誰の話か察しているようだ。
「そう…。」
「…う~ん…。」
ヌヌとルージが頭を抱える。そんな中、ダニエルが難しそうな顔をしながら言葉を発する。
「その場合、相手が死にたがっている明確な理由が分からないと、何とも言えないな。」
「死にたがる…理由?」
イーラは不意を突かれたような衝撃を受けた。
「ああ。その死にたがっている相手っていうのが、アリシアさんのことを言っているなら、どうしてアリシアさんが死にたがっているか、あんたは…あんたらは、知っているか?」
「そ、それは……亡くなった旦那さんが好きだから…。」
「“好き”がどうして“死にたい”に繋がると思う?」
ダニエルが畳みかけ、イーラはまごつく。
「ええと…悲しいから?」
「なぜ悲しい?」
「好きだから?」
「堂々巡りしているぞ。“死んで悲しい”以外に、何か考えられないか?」
イーラが悩む中、リリが口を開いた。
「……好きな相手、会えないと、さみしい。」
イーラはリリを見た。リリは相変わらずぼーっとした顔をしていたが、イーラと目が合い、首を傾げた。
「リリ、あってる?」
ダニエルは頷いた。
「恐らくそうだろうな。…魔女は長生きな分、寂しい時間がとてつもなく長い。そして死ぬまでの間、寂しい思いはどんどん膨らむ。」
「…。」
「死ねない、というのは恐怖でもあるだろう。一体いつまで苦しめばいいのか、考えるんじゃないか?」
「そぅ、だね…。」
「まぁ、他にも色々あるだろうが…。ともかく、そんな強い思いを抱える中、まず、アリシアさんから旦那さんのことを忘れさせるのは無理だ。」
ダニエルはきっぱり結論を告げた。イーラは分かりきっていたことに落ち込む。
「…だけどよ、死にたいという気持ちを忘れさせることはできると思うぜ。」
「えっ。」
「あ~…、忘れさせる、というより、薄れさせる、の方が正しいか…?」
ダニエルは丁寧に語る。
「アリシアさんが旦那さんのことを好きで忘れられなくて自分を見てもらえないっていうなら、自分でその思いを上書きしてやるんだ。過去ではなく、今に目を向けてもらえるように。」
「どういうこと…?」
「つまり、“自分と過ごす時間は、旦那さんと過ごした時間くらい、楽しいだろう?”っていうのを、アリシアさんに感じてもらって、旦那さんじゃなくギアに目を向けてもらうんだ。」
「…!!」
イーラは瞬時に納得した。ルージとヌヌも理解したようで、手を叩いてダニエルを褒める。
「なるほど~!」
「すごいね、ダニエル!」
ヌヌがイーラに振り向く。
「ヌヌも、ダニエルが言ったことに賛成だよ! 猛アピールしたり説得したりするのもいいけど、それより、こっちの方が、アリシアさまが辛くないだろうし、ギアにとっても幸せなはずだよ!」
イーラは大きく首を縦に振る。
「そうね!あたしもそう思うわ!ありがとう、ダニエル、ヌヌ、ルージ、リリも!」
ダニエルはニカッと笑った。尻尾がブンブンと勢いよく振られている。
「役に立てたようで何よりだぜ。」
「ほんとうにありがとう!おかげですっきりしたわ!あとは、あたしが何とかする!」
「がんばれー!」
「がんばれー?」
やる気に満ちたイーラに、ヌヌとリリが激励を送る。
「それじゃ、おれっちたちは帰るかー。」
「相談に乗ってくれてありがとう。気を付けて帰ってね!」
「「またねー!」」「じゃあな!」「ばいばい。」
四匹を見送った後、イーラは天に拳を突き上げた。
「絶対にギアとアリシア様を夫婦にしてみせるわー!」
綺麗な青空には、大きな雲が、ただ穏やかに流れていた。
かつてないほど長くなりました。どうしてもここでこの章は終わらせたいと思ったので…。




