第7章、迷子の使い③
今回も「古の魔法書と白ノ魔女」はお休みです。
「リシア…!!」
レンが墜落するリシアを空中で捕まえた。
ギアはリシアの落とした荷物を慌てて回収する。
「リシア!!」
悲痛な呼び掛けに、リシアは唸った。
リシアは身体のあちこちから血を流し、ぐったりとレンのぬいぐるみに抱かれている。腕や足が不自然に曲がっているため、折れているのだろう。
「…赤い、蝶…。」
苦しそうに息をしながら、それでもリシアは呟いた。
「……分かった。確認するから待って。」
レンは何とも言えない声音でリシアにそう告げると、ぬいぐるみを崖に近付けた。
リシアが衝突したところは、大きくえぐられて土肌しか見えなかったが、近くに赤いものがひらひらと漂っているのが見えた。
「リシア、これは花だよ…。」
レンはシャボン玉を吐き出す不思議な花を手折ると、リシアの手に握らせた。
よく見ると、その花弁は薄く透けていて、一枚一枚が大きい。風で揺れるその様は、遠くから見れば“赤い光の蝶”にも見える。
「―――。」
リシアはがっかりしたように顔を歪ませ、もらった花を胸に目を閉じた。そして、浅い息を繰り返しながら、静かに目を閉じた。
「リシアちゃん…?!」
ギアはぎょっとした。
「大丈夫。リシアはいつもこうなんです。」
レンはリシアのフードを直すと、ギアに向き合った。
「アリシアーレン様のところへ早く行きたいです。きっとアリシアーレン様ならリシアを楽にできますよね?」
確かに、アリシアーレンなら治癒を早める方法を知っているはずだ。そう考えたギアはリシアの荷物を抱え直し、箒を進めた。
「アリシア!今帰りました!」
玄関先で叫ぶギア。アリシアーレンの返事が奥から聞こえた。
「さあ、こっちに。」
リシアを抱きかかえ、家の中に入るギア。その後ろを、両手にぬいぐるみと人形を抱えたレンが付いて行く。
「アリシア!!ちょっと来てもらえますか!」
リビングルームに運んだところで、アリシアーレンが顔を見せた。
「まあ!どうしたの!?」
血塗れの幼い少女を見て、アリシアーレンが駆け寄った。
レインコートを脱がし、星が浮かぶ瞳を見ると、怪我の状態を見ようとしていた手を止めた。
「魔女なのね。」
「はい。崖に突っ込んで怪我を…。」
ギアが簡潔に説明をした。
「分かったわ。大丈夫、すぐに治る薬を持ってくるわ。」
リシアとレンに安心させるように声を掛け、アリシアーレンは作業部屋へ行った。
その間、ギアはレンにレインコートを脱ぐよう言うと、自分のレインコートと一緒に洗濯場へと持って行った。
そして、ギアを入れ違いで戻って来たアリシアーレン。リシアに青色の液体を飲ませ、頭を撫でた。苦味で顔をしかめるリシアと悲し気な顔のレンにキャンディーを差し出す。
「ありがとうございます、アリシアーレン様。」
レンは深々と頭を下げた。
「ぼくはレン。こっちはリシア。クレアルナの弟子です。」
「ああ、あなたたちがクレアルナの弟子なのね。」
アリシアーレンは数日前に届いた手紙の送り主―――自分の弟子の一人の顔を思い浮かべた。
手紙には、クレアルナが世話をしている子供たちのうち二人をアリシアーレンの元へおつかいに出したと書いてあったはずだ。
「わたしのことはアリシアと呼んで。弟子の弟子ならばわたしの家族も同然。クレアルナと同じように接してくれればいいからね。」
レンはこくりと頷いた。
「…レン、リシアはなぜ怪我を?」
目線を合わせ、優しく尋ねるアリシアーレン。じわりと涙を浮かべるレン。
「リシアはいつもこうなんです。“赤い光の蝶”をいつも探してて、それっぽいものを見るとそれしか目に入らなくなる。“赤い光の蝶”はなくなったんだって皆言っても、絶対に聞かないんです。それでいつもケガをして痛いし、食べたらお腹壊すし…ぼくはやめなよって言うけどやめないし…。」
(話に聞いてた通り、リシアは少し問題があるわね…。)
めそめそと泣き始めたレンを、アリシアーレンは優しく抱きしめた。
「頑張ってきたのね、レン。偉いわ。」
レンは僅かに涙を零したが、すぐに泣き止んだ。
「……。」
傷が治ったリシアが静かに起き上がった。
「リシア。」
「…アリシア様…ありがとうございます。」
アリシアーレンは何も言わずに頭を撫でた。
「アリシア様、リシアちゃんの様子はどうですか?」
ちょうどその時、ギアが戻って来た。
「ギアさん、ありが―――あっ…。」
レンがお礼を言いながらギアを見た。四つの小さな星の瞳がギアの顔―――厳密にいえば目から、視線を外さない。
「「人、間…。」」
次の瞬間、二人の子供は対照的な表情を浮かべた。
一人は怒りと憎しみ。一人は怯えと悲しみ。
「人間…っ!!」
「だめだ、リシア!!」
急にギアに向かって手をかざし、魔法を放とうとしたリシア。
そんなリシアを止めようと彼女にしがみつくレン。
(いきなり何だ?!)
剥き出しの敵意に、思わず杖を構えるギア。
「おやめなさい、リシア!」
アリシアーレンが強い口調で言葉を発した。このようなアリシアーレンは滅多に見ない。
「…っ!」
リシアはびくりと肩を震わせてアリシアーレンを見た。厳しいその表情を見ると、大人しく手を下ろした。
ギアも僅かに緊張を残しながら杖を下ろした。
「この子は私の弟子よ、リシア。私の家族である彼に無闇に手を出すことは許さないわ。」
リシアは多少ひるんだが、堂々と自分の素直な気持ちを口にする。
「人間を弟子にするなんてありえない!!人間は魔女をいじめるんだよ!?そんなやつなんていらない、いなくなればいい!こいつらのせいで魔女は死ねないんだもん!皆を不幸にした人間なんて大嫌いだ!!」
それは強い憎悪の言葉だった。
ギアは幼い子供から向けられるその激しい感情に面食らった。
「この子はまだ18歳よ。赤い光の蝶を奪った犯人ではないわ。」
「そいつは人間だもん、いつか絶対に魔女をいじめるよ!!今やっつけないと!!」
「落ち着きなさい、リシア。人間だからと言って悪い者ばかりじゃないわ、良い人間もいるのよ。ギアはもちろん、良い子よ。」
「ウソだ!!信じない!!」
じたばたと暴れながら「人間は悪だ」と主張を繰り返すリシア。「暴れないで…」とリシアを必死になだめるレン。
「…ギア、あなたはご飯の準備に行ってくれるかしら?」
やんわりとギアをこの場から立ち去るよう指示を出すアリシアーレン。
「はい…。」
ギアは呆けた声で返事をすると、キッチンへと向かった。
そして、人間が幼い魔女に強く憎まれていることに半ば茫然としながら、ギアは料理を作った。
しかし、リシアは夕飯の席に現れず、ギアの用意した食事を味わうことはなかった。




