第3章、神殿魔女の手伝い③
お待たせしました、三週間ぶりですね。
三週間も「古の魔法書と白ノ魔女」と「魔女の敵」をお休みしてしまったので、今回・次回・次々回は両方を同時投稿したいと思います。(いつもは片方だけですが…。)
ルウシャとの挨拶も済み、二人は仕事に出た。イーラは、神殿を案内すると言ったルウシャの下に留まった。
「わがままを言わないといいんですけど。あいつ、すぐに調子にのるから。」
ギアはやれやれといった様子で神殿の方を向いた。
「ふふ。」
何か微笑ましいものを見るようにアリシアーレンは笑った。ギアはじとっとアリシアーレンを見返した。
「ふふ、さあ着いたわね。」
笑い続けながら、とある店に入る。
「こんにちは、アリシアーレンよ。」
「ギアです。仕事を見に来ました。」
色とりどりの花火のサンプルが置かれた店には、人の姿が見当たらず、二人は奥へ声を掛けた。すると、すぐに店員がやって来た。
「いらっしゃいませ!お待ちしておりました!」
爽やかな笑顔で、店員のアインは二人を店の奥へ案内した。彼は接客の仕事も兼ねているだけあって、他の店員より柔和な態度であることを、二人はよく知っていた。
「親方、アリシア様とギア君が来ましたよ!」
刈上げ頭に手ぬぐいを巻いた男は、花火玉を睨みつけていた顔のまま振り向いた。
「おお、お久しぶりです!」
アリシアーレンとギアの姿を確認すると、親方と呼ばれた男はニカッと笑った。
「今年もありがとうございやす。おい、ディーンはどこだ!」
アインに背中を押されてやって来た14歳か15歳くらいの少年は、親方の隣に急いで並ぶと、頭を下げた。
「この度は、申し訳ありませんでした!」
「こいつが、炎華の注文ミスをした見習いです。面倒をお掛けして本当にすいやせんでした。」
そう言うと、親方も深々と頭を下げた。
「あら、誰にだって間違うことなんてたくさんあるわ。気にしないで。頑張ってね。」
少年は泣きそうな顔で頭を上げた。
「ありがとうございます!すみませんでした!」
親方は少年を下がらせた。
「本当にすいやせんでした。」
「いいえ、本当に気にすることはないわ。だって炎華なら家の近くで採れるもの。」
「そう言ってもらえると助かりやす。」
アリシアーレンは花火玉を魔法で浮かせた。
「今年も大きい花火を上げるのね。」
「ええ。今年は儀式に参加する子供の人数が多いので、いつもより多めでもあります。」
「楽しみにしているわね。」
そうして花火職人に花火玉を返すと、アリシアーレンはギアの方へ振り向いた。
「後は任せたわ、私は薬屋を見てから、その隣の病院を見に行くから。」
「分かりました。終わり次第、そちらに行きます。」
ギアはそこで目を吊り上げた。
「ぜっっったいに、毒を飲んだり毒を買ったり毒をもらったりしないでください。触れるのも禁止です。」
「ええー。でも、私用じゃなくても、依頼品を調合するために必要なのだけど。」
「後で俺が買います。」
「はあ、分かったわ…。行ってきまーす。」
アリシアーレンは少し残念そうに返事をして出て行った。
「お待たせしました。」
ギアは仕事モードに入った。
「ああ。いつものように、花火の魔法細工を確認してもらいたい。」
「分かりました。」
ギアは杖を取り出した。と同時に、ほとんどの職人は持ち場に戻って行った。
「あの、傍で見てもいいですか?」
ディーンが控えめな態度でギアに尋ねた。
「大丈夫だよ。」
ギアは笑って答えた。
そして隣にいるアインに準備はいいかと目で尋ねると、頷きが返ってきた。目の前の大量の花火玉を見据え、意識を集中する。
「〈浮け〉」
花火が一斉に浮き上がる。ギアは杖を振り、それを整列させる。
「〈異なるは離れよ、正しきのみが必要とされる〉」
魔法陣が正しく刻印されている花火玉は、より高く浮き、魔法陣が間違っている花火玉は、ギアが杖を振る動きに合わせてアインの手に渡っていく。アインはそれを、〈失敗〉と書かれた箱に収めていく。
「すごい…。」
感動にぼーっと立ち尽くすディーンの手に、ギアは失敗作の花火玉を落とした。
「ほら、仕事しないと怒られるよ。」
親方から見えないような位置で、ギアがこっそり注意をすると、ディーンは慌ててアインと同じ作業に入った。
「花火、楽しみにしてますね。それでは失礼します。」
ギアは花火工房を去った。
店を出たギアの後ろ姿を見て、ディーンはアインに話しかけた。
「あの魔女様のたった一人の弟子って、本当にすごいですね。見とれて何度も手が止まっちゃいました。」
工房にも魔法使いはいる。花火玉に特別な細工をしたのはその者だ。しかし、ギアとは扱える魔法の種類も、その腕の正確さも違う。そもそも魔女の元で長い間修行をしている者は少なく、まして一対一で教えてもらうことは贅沢なことである。
それを知っているディーンは、職人仲間の魔法よりもっと洗練された腕前を持つギアの魔法を見て、レベルの違いに興奮した。ちなみにディーンに魔法の素質はなく、それゆえ魔法に対する憧れも強い。
「なんか、神殿の魔法使いとも違う雰囲気ですね…。どのくらい才能があったらあんな風に魔女様付きの弟子に選ばれるんでしょうね?神殿魔女のルウシャ様は決まった弟子を取っていらっしゃらないですし。」
「あれ、知らない?ギア君はこの街の子じゃないんだよ。」
「えっ?」
「十数年前に、突然アリシアーレン様が連れて来て、弟子だって紹介されたんだ。だから、ギア君はこの街から選ばれた子じゃないんだよ。」
ディーンは少し驚いた様子だ。
「そうだったんですか…。家族と離れて大変だったでしょうね。この街なら」
「……ギア君に家族はいないよ。」
アインは声のトーンを落とした。
「村同士の戦争で孤児になったところを引き取ったって、そう聞いたよ。」
「お待たせしました、アリシア様。」
「私もちょうど終わったところよ。お大事にね、フィーニ。」
ギアは病院でアリシアーレンと合流した。
アリシアーレンは、ちょうど老女の足の治療を終えたところだった。
「痛みが引きました。ありがとうございます、魔女様。」
「いいえ。じゃあまたね。」
病院を出ると、アリシアーレンはどこかへ向かい始めた。神殿へ戻ると思っていたギアは、慌てて方向転換した。
「どこか行くんですか?今日の仕事はもうないと思ってたんですけど…。」
「薬屋にいる間に、魔女仲間から連絡が来たの。この街に良い鍛冶屋があったら、剣を頼んでおいて欲しいって。」
「なるほど。それで、ヨージュの鍛冶屋へ?」
「ええそうよ。」
鍛冶屋に着くと、アリシアーレンは、剣を一本と短剣を三本を頼んだ。
「急がなくていいわ。あの子が自分で引き取りに来るまで、時間がかかるでしょうから。」
「数十年、とかじゃないでしょうね?アリシアーレン様。」
注文を受け付けた女将が、そんな冗談を言った。
「一、二年ってところかしら。事前に私から連絡を入れるから安心なさい。」
「それは助かります。注文は計四本で間違いないですね?」
「ええ。」
そこへ、すみませんとギアが口をはさんだ。
「俺も注文いいですか?」
「はいはい、何がお望みだい?」
「短剣を一つ。動物の肉をさばく用に。」
「良かったわね、イーラがちょうど神殿に残っていて。」
「はい。家にあるやつの切れ味が悪くなってしまったので欲しいと思っていたんですが、あいつがくっついていると少し買いづらいなと感じていたので、ちょうど良かったです。」
「そうだね…すでに出来上がっているやつがあるけど、見ていくかい?」
「そうします。」
ギアは女将が持ってきた短剣を眺め、いくつか手に取ると、光に当てて刃を確認したり握った時の持ちやすさを確かめたりした。
二つに候補をしぼったが、そこから悩み始めた。
「~っ、こっちをください。」
悩みに悩んで、ようやく一つを選んだ。それは金色の刃を持つ短剣で、青い柄との組み合わせが美しい。
「こっちはいいの?」
黒色の刃に白い柄の短剣を指差し、アリシアーレンは尋ねた。選んだ短剣と違って、凝った装飾がされている。
「はい。あまり飾りが多くてもどうかなと思ったので。」
購入した短剣を鞄にしまい、店を出る。
「わ…。」
外は雪が降り始めていた。
今年は雪が降るのが早いなと思いながら、ギアは神殿に向かうアリシアーレンの後を追った。