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第21話 異質な感覚

 慌ただしい。何故かと聞かれると明確な理由は分からないが、とにかくそんな雰囲気の朝であった。

 鳥や木々が騒がしいといった印象だろうか? 不可視の存在、悪霊などが動く時に起きる現象の1つでもある。だが時刻はまだまだ早朝で、悪霊達はまだ到底活動できる状態ではない。


 かといって魔物のような雰囲気もない。本当にただの胸騒ぎ……優人は少しそんな謎の違和感を覚えながら登校していた。


「零人君、今日は来れないのかな?」


 いつもであればここら辺の道で零人と合流し、一緒に学校へ向かうのだが今日はまだ現れない。

 零人はよく大罪の仕事で出掛けることが多々あるため、そのことはあまり気にとめなかった。


 しかし再び時間が経つと、今度はは少し違う音が近付いてくる。とても低く規則的な音、優人はぼうっとしていたため、音に対する反応が鈍くなっていた。

 それは木々や鳥たちのざわつきとは異なり、明らかに急速に優人の背後へと向かってくる何かが。


「危ねぇ!!」


「え──わあぁっ!」


 聞き覚えのない少年の声とともに、大きな音と衝撃が優人の体を襲った。

 優人は後ろから誰かに押されたような感触ではない。全身を丸ごと動かされたような感覚。ポルターガイストなどよりもっと内側までも伝わってくる衝撃だった。それにも関わらず、優人に怪我は一切なかった。

 その勢いの強さで優人の体は道路の反対まで飛ばされて転倒したようだ。


 優人には何が起きたのか理解が追いつかなかったがここでようやく状況を把握することができた。


 大きな音は軽トラがたった今、優人のいた場所に突っでんできたのだ。一方、運転手は電柱にぶつかったのに今気がついたようだ。反応から察するに、居眠り運転をしていたのだろう。

 優人は危うく轢かれていたことを知り戦慄して腰を抜かす。


「ひ、ひゃぁぁ……」


「あんた、怪我ないか!?」


「ふぇ? あぅ、うん……」


 少年は近づいてくると心配そうに優人を見てきて、腰の抜けた優人が立ち上がれるように手を差し伸べてきた。


 少年の背は優人より少し低く耳にピアスを付け、染めたであろう赤い髪が印象的だった。年齢はおそらく中学生ぐらい。

 不良少年感はあるものの、先ほどの行動からもそうだが彼が優しい人間であることには間違いない。


 だが普通の人とは少し違う、また少し変わった雰囲気だ。不良だとか良い人だとかそういった話ではない。別の雰囲気だが、言葉にするのは難しい感覚……優人は以前にも味わっているこの感覚を思い出せずにむず痒がった。


「はぁ、怪我がなさそうで良かった。すまん、悪いが急いでいるから失礼するっス! お兄さん気をつけて下さいね」


「うん、あっ……行っちゃった」


 十分に礼も言えないまま、少年はどこかへ走り去ってしまった。呆然としていた優人だったが、ふと思ったことがあった。


「あれ、でもあの時……」


 優人は先ほどの少年がこちらに走ってきた時の映像を思い出した。そして不審な点に気が向いた。

 少年がいた位置から優人を助けるために突き飛ばすことは不可能だということを。


「どうやって……」


「おい優崎! 大丈夫か!?」


「あっ零人君! うん、軽トラに轢かれそうになっちゃった。けどなんともないから安心して」


「それで安心はできねぇよ」


 零人はそう言いつつも、優人が何とも無さそうで安堵の表情を浮かべた。だがゆっくりと話す間もなく零人は真剣な表情で優人にあることを伝えた。


「会った途端に悪いんだが今日は学校行けねぇ。ちっと不味いことになっちまってな」


 いつもと明らかに様子がおかしい、珍しく零人は少し焦っているようだった。優人が何かを言う間もなく零人は要件を教えた。


「細かいことは西源寺に聞いてくれ。委員会の方で指名手配されてる術士がこの街にいるらしいから、俺はそいつを今捜索してる」


「し、指名手配されてる、術士!?」


「霊能力を悪用する輩は結構いるんだ。特に今回のは街の能力者を狙った反抗らしい。だから今日は西源寺と離れるな! いいか?」


「うん分かった、零人君も気をつけてね!!」


「おう、じゃあなっ!」


 零人は本当に要件だけを伝えると急いで魔法陣を出してその中へ飛び込むようにして消えた。


「霊能力者は悪霊だけじゃなくて、人とも戦わなくちゃいけないんだ……」



 ──優人は警戒しながら足早に学校へ向かうと校門のところで1人だけ心配そうに香菜が待っていた。香菜は優人に気がつくとホッとした様子で肩の力を落とした。


「あー良かった〜。委員会と零人君からいきなり連絡来た時はどうしようかと思った。指名手配犯が能力者狙いの人物だったから不安だったよ」


「でもなんでその人はそんなことを?」


「私利私欲の為が殆どだけど、今回の術士は能力や霊力の強奪が目的かも。力を得るために人を襲う術士は一定数いるの」


「そんなことする人がいるんだ……」


 優人は彼女から伝えられた内容以上に恐怖していた。優人は日々霊能力を使っているが、大罪以外の霊能力者の実力が分からない。高度な術が使えない優人には危険がある。

 その上、まだ彼は人間と相手をしたことが1度もない。戦闘時で攻撃するにしろ防御するにしろ、全く経験がないということは命を懸ける場において非常に危険。


 何が起きるか不安で苛まれていた。だがその優人の心境も見越して香菜は安心させる言葉をかける。


「まぁ零人君が結界張りながら探してるし、私もいるから安心して」


「うん、そうだね!」


 香菜の言葉で優人が必要以上に怯えている雰囲気は無くなった。

 だが、香菜はそんな優人の無邪気さで心を平穏に保とうとするがどうしても心配ごとがあった。


(もし今回聞かされた作戦で『あの状況』になっちゃったら、優人を──うん、私はどうなってもいいけど優人だけは何がなんでも!)



 ──この日は結局、学校にいる間は何も起こらなかった。零人がいないこと以外、何も変わらない1日でどこか拍子抜けしてしまった。

 しかし優人には不安が心の中に残留していた。その不安感を抑える為にも優人は隣のクラスの香菜の元に駆けた。


「香菜ちゃん、今日一緒に帰ってくれる?」


「うん、もちろんっ!」


 香菜が2つ返事で了承してくれることも優人にとっての安心材料だった。帰宅準備を済ませて早々に2人は帰路につく。

 歩きながら優人はふと、昼間のことを思い出した。軽トラに轢かれそうになった所を助けてくれた少年のことを。



「今日の朝ね、トラックに撥ねられそうになったんだ」


「え!? 優人、それ大丈夫だったの?怪我は?」


「大丈夫だよ、髪の赤い男の子が僕を助けてくれたんだ。多分中学生くらいだと思うけど……」


 香菜はその人物を耳にすると足を止めて驚愕した。声がひっくり返り、彼女の眉が上に釣り上がって弧を描いた。


「優人、それって──」



 ──次の瞬間、優人は信じ難い光景を目の当たりにした。その刹那の内に、香菜の体の半分が何もない空間に吸い込まれていたのだ。香菜を飲み込むと空間が水面のように波紋を打った。

 何が起こっているのかは本人にすら分からない。魔法陣もなければ誰の別の霊力も一切感じなかった。突如現れたその空間の狭間にゆっくり吸い込まれていく。


「香菜ちゃん!!」


 香菜がその中に飲み込まれる中、優人は咄嗟に手を伸ばす。しかし香菜の体は侵食するように引きずり込まれていき、止めることは叶わなかった。


「待ってゆ──」


 香菜は優人の手を掴むことなく飲み込まれた。そして何かを言い残して空間の隙間に沈んでいった。

 しかし香菜の横にいた優人も例外ではなく、巻き込まれるようにして黒い渦の中へと彼は飲み込まれていった。


「まっ────」



 空がまだ赤く染まっている中、2人の声は木霊となって次第に静寂に上塗りされていった。

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