第46階層 世の中そうそう上手くことは運ばないもので その2
【機械神殿】からの帰り道、【巨像の眠る石窟】でスクレと出会って、一緒に冒険する運びとなったわけだけど。
今回遭遇したモンスはちょーっとばかし面倒臭そうだ。
……この階層の深度は14。僕やスクレのレベルなら、なんてことない難易度だけど、それは次の階層に向かうルート上ならってだけの話。奥に進むと意外にも手ごわいモンスが居て、なかなかどうして侮れない。
で、このモンスたちのどこが手ごわいかって言うと、その挙動にある。
どいつもこいつも動きが不規則で無軌道なのだ。
『群隊小鬼』は僕たちを見ているのかいないのか、目玉をぎょろぎょろ動かして、あっちにこっちに飛び跳ねているし。
『呼び声の主』はスクレの声でやたらめったら喚き散らしている。
見るからにカオスな状況だけど笑ってはいられない。そのカオスさが、こちらの思考を混乱させてくるからだ。
さて、距離を取って仕切り直し。
強力な魔法ですべて倒し切る……にはここはどうあっても狭すぎる。いくら広いといっても洞窟は洞窟だ。ともすれば雷撃がスクレの身に及ぶ危険性も否めない。やはり一匹ずつ確実に倒していくのがベストだろうか。『呼び声の主』は身体を左右に揺らしている。『群隊小鬼』は口を開いたり閉じたりだ。パッ○マンにでもなるつもりか。僕らはエサのアイテムじゃないんだぞと言ってやりたい。あの見た目だ聞く耳はどこにもついてなさそうだけどさ。代わりに爆弾でも食わせてやろうか。いやそんな火薬類取扱保安責任者的な免状が必要になるものなんて、持ってはいないけどさ。
スクレが『群体小鬼』と対峙する一方で、僕は好位置を探して動き出す。
岩壁を背にしつつ横に回り、『呼び声の主』の背後を取ろうと試みた。
すると、『群隊小鬼』が二体ほど釣られてきた。
僕の方に、ぴょんぴょん近付いてくる。それでも、動きはあっちにふらふらこっちにふらふらで、覚束ない感じではあるんだけど。
僕は試しに雷撃を撃ち出した。ぱちんと指を鳴らすと、僕の周囲に雷が落ちた。洞窟の天井からだ。轟音と衝撃に弾き飛ばされて転がる。だけど、思いほかダメージはない。
(やっぱ奥の深いところになると、20から25相当はあるのかもね)
次の階層が深度22だから、ある意味相応ではあるのかもしれない。
僕は高所を求めて崖の上に飛んだ。
『呼び声の主』の後方には……これだと回り込めそうもない。両横に完備した長細い触手を、鞭のようにしならせて待ち構えている。リーチも長い。あの様子だ。おそらくはゴムのように伸びるのだろう。間合いに気を付けないと、思わぬ一撃を受けることになりかねない。
途端、その触手が『群隊小鬼』の一体を攫った。
そして攫った勢いのまま、遠心力を利用して僕めがけて投げつけてくる。
かなりの速度だ。毛むくじゃらの怪物が、きりもみ状態で飛んでくる。
ならば躱すか――いや、ここは一体でも減らしておくべきだろう。
『群体小鬼』の視線は、いまもあっちこっちに浮気している。
僕を見ているのかいないのか。
にもかかわらず、食らい付こうというように口がぐばりと開いた。
瞬間、僕は魔力を爆発的に高める。
高まった魔力を右腕に集中させた。
――『魔力凝集』。
以前師匠に教えてもらった魔力操作系の技の一つだ。
右腕に凝集された膨大な魔力を、鋭利に変化させた。腕に紫電が樹枝状に放電してまとわりつく。コンセントレートリアクトの効果はいまだ続いている。到達までもう間もなく。口内は肉の味に焦がれるか。涎が溢れて糸を引いている。食いたいのなら食わせてやるまで。
だが、食わせるのはその牙よりも鋭利な技だ。右腕はすでに溜められている。
紫電を帯びた一撃が、『群隊小鬼』の口に横薙ぎに吸い込まれていった。
上あごと下あごを切り離すということは、このモンスにとって身体を真っ二つにされることと等しい。
「ヒュー! ヒュ……ッ」
短い呼吸音。それがコイツの断末魔だった。
思惑通り、口から切り離される。上方下方と分かたれた身体はその勢いを保ったまま、僕の脇をすり抜けていった。
しかし、その代償に足と肩口を牙によって切り裂かれてしまった。
だけどこれで『群隊小鬼』は残り五体。スクレは三体ほどを相手取っている。
『呼び声の主』は触手を動かしながら、スクレの声で喚き続けるばかりだ。
釣られて近付いて来た残りが、崖下、僕の足もとの方に到達する。まるでエサが落ちてくるのを待っているかのように、口を開きながら飛び跳ねている。さながらパン食い競争を俯瞰して見ているかのようだ。
そういった行動を見ると、知能はあまりないのだなと、僕は静かにそう思った。
仕舞っていた魔杖を袖から滑らせる。
一方『群体小鬼』も意外にも感覚が鋭い。
魔法を使おうとした瞬間、避けるように大きく飛んだ。
僕が魔法を準備をする。
また回避行動に移る。
無論、捉え切れないとは思わない。『雷迅軌道』を使えば、打撃攻撃を当てることは可能だからだ。
だが、ただの打擲のみでは衝撃が吸収されるような気がしてならなかった。弾力のある毛玉がそんなことを連想させるのだ。
やはりこの場は、さっきのように食いつかせるのがいいのかもしれない。
――『雷の魔法』
――『魔力爆轟』
そんな情報が、ふと頭の中で隣り合った。
ここは、試してみるべきか。
思い至ってすぐ、僕は思考を加速させた。必要魔力量。呪文。術式。それらを瞬時に計算し、組み合わせる。はっきり言って即興だ。粗はあるだろう。だけど、倒すには十分だ。そう踏んだのだ。
僕は崖から飛び降りた。『群体小鬼』は左右にいる。自分から囲まれにいった。敵はすぐにぴょんぴょんと近づいてくる。距離はそれぞれ5メートルもない。
だけど、もう少し引き付ける。動きはフラフラしているけど、飛び掛かって来るときのタイミングは難しくないからだ。
こいつらはやろうとするときには、示し合わせたように息を合わせて跳んでくる。
やがてすべての足が同時に地面から離れた。
口が開く。
「いま――魔法階梯第三位格! 雷轟よあまねく四周を吹き飛ばせ!」
僕は大きく万歳でもするようにして、魔法で生み出した雷を解き放つ。
傍から見ればどことなく自爆っぽいようにも見えるだろうけど、僕には一切ダメージはない。周囲に解き放たれた雷は、『群体小鬼』を呑み込み。一気に焼き切った。範囲が限定されているから、スクレに危害は及ばない。
『群体小鬼』から細い煙が立ちのぼり、プスプスと水分が蒸発した音が聞こえてくる。もう動かない。
ともあれ、倒し切るなら第三位格級の魔法でいいことが、これで判明した。
直後、奥の方から声が響いてくる。
「――こっち!」
スクレの声だ。違う。いまのはスクレのものじゃない。声音が同じでも、口にするタイミングが違う。反応するな。もっと意識を切り離さないとダメだ。
「こっちを見て!」
まただ。どう考えても『呼び声の主』のもの。わずらわしい。
「私はここよ!」
これも違う。口調が違う。その点、スクレはカタコトっぽいからわかりやすい。
「うるさいこのバカ! いい加減黙る!」
これはスクレのものだ。自分の声を真似されてひどくイラついているようだ。
そんな中、スクレが突然前に出た。でも、そこは危ない。『群隊小鬼』が殺到するのに、ちょうどいい距離である。
「アキラ!」
この声はスクレのものだ。モンスターは僕の名前を知らない。
この場での呼び声の意味は、なんらかの事柄を僕に任せるという意味だろう。
……なるほど。
僕が気付いたあと一拍遅れで、三体の『群隊小鬼』が一斉に飛び出す。
そいつらが、スクレの身体に食いついた。銀色と青が、一瞬で茶色い毛むくじゃらに呑み込まれてしまう。
僕はすぐにその大きな的に近付き、迷わず魔法を撃ちこんだ。
『――魔法階梯第二位格、浸透せし遠雷の顫え!』
直接打ち込むのは危険だけど、恐らくスクレは勁術で防御しているはずだ。
さっきの声はそういう意味だ。
微細な震動を伴う雷撃が、スクレに群がった『群体小鬼』に浸透する。
やがて僕が離れると、『群隊小鬼』がスクレの身体からぼとぼとと零れ落ちた。
大きなダメージはないようだけど、しびれが残ったのかひっくり返って痙攣している。
一方でスクレは健在だ。歯型に削られてもいないし、僕と違って身体のどこも切り裂かれた様子はない。
ひっくり返っていた『群体小鬼』たちは、しびれが取れて来たのか動き始める。なかなか早いご復帰だ。反動をつけて起き上がるつもりだろう。短い手足とずんぐりむっくりとした身体のせいで苦労しているらしい。
無論、それを見逃すスクレではない。僕はすぐに逃げ出した。
「翻身水体!」
突如、声が割り込んだ。ついつい僕の方がビクってなってしまう。
だけど、スクレは冷静だった。声に惑わされた様子もない。
「連掃腿……」
身を低くして片足を軸に、まるで中国拳法の後掃腿さながらに、『群隊小鬼』たちを一掃、さらに二回転目の水飛沫が走る蹴りで全周を切り裂いた。
水がさながら円月輪のように鋭利になり、『群隊小鬼』たちを一瞬で真っ二つにする。
伏せた状態から、四肢の力で跳ねるようにして立ち上がった。
そしてすぐに僕の方を向く。
「さっきのはアキラの真似をした」
「え?」
「食いつかせに行った」
「あ、さっきのかぁ。でもだからって本気で食いつかせるのは無茶し過ぎだよ。僕がギリギリ力を見極められなかったらどうするのさ?」
「アキラならやってくれるのは知ってる。でもこれで一網打尽」
そんなことを言って、残りの敵を見据える。
「あとはあいつだけ」
「さっきからうるさかったねホントさ」
そんな話をしてる間も、『呼び声の主』はまだ喚いている。取り巻きたちを倒されたことへの戸惑いの叫びとでも思えばいいのだろうか。どことなくヒステリックさが混じっているような気がしないでもない。
突然、『呼び声の主』が触手を滅茶苦茶に振り回し始めた。まるで聞き分けのない駄々っ子のようだ。先端がかすれて見えなくなってきている。このうえは専心コンセントレートリアクトのかけ直しを図る必要があるだろうか。
「魔??繧梯!」
「罘??ァ階梯!」
「バカアホまぬけ」
「うんこプー」
「こんどは僕の真似ですか……」
自分がやられると辟易するよ。すっごく気分悪くなるねこれね。っていうか最後の方の幼稚な罵倒はなんなのか。うんこプーとか久しぶりに聞いたぞ。小学生かおのれは。ってか罵倒だけ明瞭なのはなんでじゃ。
僕が変な顔をしていると、スクレが前に出た。
「スク――」
名前を呼びかける前に、スクレが『呼び声の主』の間合いに入った。
そして、
バシン!
バシン!
鞭のような触手の二撃を、両手でそれぞれ掴んだ。
「ちょぉ――!?」
「呼コ)ッ!!」
スクレが触手を力任せに引っ張る。触手が根元から引きちぎられた。
ひえー。
僕の慄いた声が上がった直後、『呼び声の主』が叫び声を上げる。ひどく耳障りだ。金切り声の不協和音はこれほどまでに、怖気を助長させるものなのか。
「あ、あのー……スクレールさん? 僕はどうしましょう?」
「見ていていい。勁気は十分練ったから」
エンジン温まったってことで理解はよろしそう。だって見るからに。オーラっぽいゆらゆらが幻視されるもの。なんとか拳じゅうべえだーになってそうなくらいには、割り増し感がある。
「勁拳絶招……」
「ほげ……」
突然の言葉を耳にしたせいで、意味をなさない言葉が禁じ得ない。
過剰な火力が想起されるそのセリフは、やっぱり奥義みたいなものらしくて、直後の変化も著しいものだった。
周囲の水気が、スクレの右手に集まって行く。どうやら苛立ち任せに全部吹き飛ばしにかかるらしい。
『呼び声の主』はスクレの気迫に怯えているのか、後退っている。いやー、気持ちはわかるよ怖いもん。消し飛ばされる未来しか見えないものね。
『流露水掌波!!』
右ストレート掌底に、大量の水が追加された。
え? 大量の水? え? え? どこから?
「スクレールさんちょっとここ洞窟内ですよぉおおおおおおおおおおお!!」
次いで、巻き起こったのは衝撃波と轟音だ。
洞窟が震えて、天井からパラパラと落ちて来て、おまけに水飛沫まで飛んでくる。
ここがダンジョンじゃなかったらきっと崩落起こしてたくらいにヤベー攻撃だった。
水煙が晴れると、スクレが仁王立ちをしていた。
「これですっきり」
「気晴らしに必殺技打ったんかい!」
腰に手を当てて誇らしげに胸を反らすスクレールさんに、ツッコミが止まらない。
「てか水もないところでこんなすごい技を使うなんてどうなってるの」
「これが加護の力。魔法使いみたいな自由さはないけど、単純な利用なら可能」
「加護が強いとそんなことできるんだね……」
すごいよ。まだまだ異世界はわからないことだらけだ。
ともあれ、『呼び声の主』のこと。
「消し飛んではいないよね?」
「大丈夫、多少加減したから」
「あれで加減あったのか……」
あれのどこに加減があったのだろうか。やっぱ手加減してないともっと規模が大きかったのかもしれない。
「怪我は大丈夫だよね?」
「大丈夫。守ったから傷はない」
「あんな噛み付かれて傷ないとかどうなってん……うぉおおんちょっとそれはマズいのではないでしょうか!?」
スクレールさん、怪我はないんだけど、衣服がかなりボロボロになっていた。
服の前側が特に顕著で、ちょっと見えちゃいけないピンクな部分まで見えそうだ。
「あ……」
スクレはすぐに下を見て、自分がどういう状況に陥っているのか気付いたようだ。
あ、見え……。
「こっち見ない!! あっち向く!」
「は、はい! そうですね! あ、先輩これ上着です! よければどうぞ!」
僕は明後日の方向を向きながら、虚空ディメンジョンバックを開く。
そこから、予備の着替えで持っておいた、前開きでフード付きのアウターを取り出した。
すぐに、アウターが僕の手から離れる。
「ありがとう」
ばさりという衣服が翻る音が聞こえたあと、スクレはアウター姿になっていた。
ちょっとぶかぶかである。袖余り可愛いか。
「すんすん」
「ちょ、匂い嗅がないで! 臭くないから! 洗ったばかりの奴だから!」
「そう」
スクレは何故か不服そうである。何故だ。
ともあれやっぱり、モンスターに食いつかせることへの弊害が気になる。
「さすがにあの戦い方はまずいよ。見てる方の精神がやられるって」
「次からは気を付ける」
「僕も、次のために攻略法を練っておくよ」
敵の情報ある程度持ってたけど、初遭遇だからね。これから修正していけばいいのだ。
ともあれ、核石を回収しなきゃいけないわけだけど。
「『呼び声の主』きもすぎぃー!」
「これは嫌悪感が抜群すぎる。正直触りたくない」
件のモンスはそこそこ奥まで流されていた。一応だけど、原型は残ってる。むしろ残って欲しくなかったまであるよ。
だって全身に大小の肉色の顔ついてんだもの。他のモンスなら腹を切り裂くグロがあるけど、人面に刃物を入れるのは、さすがに抵抗感がマシマシだ。躊躇いしかない。
僕が解体に二の足を踏んでいると、スクレが提案する。
「ディメンジョンバックに入れて持ってくのもアリかも。解体はギルドに頼む」
「それは……ギルドで出すとそれはそれでヤバくない? このビジュアルだよ?」
「解体場所は一応裏だし、向こうだって初めてじゃないはず」
「それはそうかもだけど……」
「じゃあアキラがやるしかない」
もう一度、『呼び声の主』の骸を見る。顔の部分がビクビク痙攣していた。
「…………うん。そうだね。ギルドにお任せしよっか」
「その方がいい」
僕はスクレの提案を呑んだ。ギルドの解体場で上がるだろう阿鼻叫喚の巷的な悲鳴を棚上げして、自分たちの精神衛生を守り切るという判断は、決して悪いことではないはずだ。たぶん。
「よし――勇心ブレイバーマイン!」
僕は魔法を使って無理やり勇気を引き出した。
「なんの魔法?」
「勇気の魔法だよ。ディメンジョンバックに入れるのも勇気いるよこれはさ」
「ゆうき……」
そう、勇気いるでしょ。絶望的な確率を勇気で補うのは古来からのしきたりで、最近は爆発するような奴もあるくらいだ。それだけ勇気は何にでも利用できて重要なのだ。
ともあれ、後始末は終わりである。
「今日はこの辺にしておこっか」
「同意する。今日のことをきちんと研究してからまた来るのが正義」
正直、僕もスクレも今回、戦い方が拙かった。『呼び声の主』も『群体小鬼』も、そんなに強いわけじゃないはずだけど、思った以上に手傷を負った(僕だけ)。あとはダンジョンの地形的な問題もそうだね。狭いところでの戦いが慣れてないわけじゃないけど、洞窟がどれくらいしっかりしているのかも、考慮しつつ戦う必要がある。
あとは何かしら使えそうな道具を持って臨むとかね。いろいろ戦い方はあるはずだ。
スクレと駄弁りつつ、第1ルートを引き返す。
来た道戻るだけだし、特に何か起こるようなこともない。
そのまま何事もなく、僕たち二人は迷宮深度8、【霧浮く丘陵】に到着した。
ここは霧が立ち込めたなだらかな丘陵だ。
空はだいたい曇り空でどんよりしてて、湿気も抜群。結構冷える場所だけど、ある程度レベルが高いとそこまで苦にはならないかな。そもそも厚着すればいいだけだしね。
霧さえなければ進むのも余裕なんだけど、ときどき視界が数メートルとかになるから、その辺は注意しておかないといけない。
だけど、今日は天候に恵まれたのか、霧がほとんど出ていなかった。名前負けというか大敗北で改名しろって言うくらいには、いい天気である。って言っても夕暮れ時なんだけどさ。薄暗い穴倉にいたから、夕日が眩しい限りである。
「こんな日もあるんだねー。ほげー」
「珍しいというか初めて。嫌な予感しかしない」
「いやーすぐに悪い予感に直結させるのはよくないかと思いますよ?」
「口に出せば杞憂に終わる。それはアキラがよく言っていること」
「それも内容とタイミングがかかわるからさ。今回はマズくない?」
「……かもしれない」
この階層でこんなの滅多にないし、それに周囲に冒険者の姿もない。
スクレにはああ言ったけど、マジでなんか嫌な予感がするよ。
「むしろ霧が少ないから警戒はしやすいよね」
「それはそう。ただ、丘の上に上がるときは気を付けないと」
「死角になるからね。そこはスクレール先輩の気配を察知する力にご期待します」
「アキラはできない?」
「僕はまあ……スクレほどは鋭敏じゃないから」
だって僕は現代日本の一般ピープルだからね。わかっても衣擦れの音とか、息遣いとかその程度だ。だけど、その辺スクレはすごい。気配という名の形而上概念をおそらくシックスかもしくはセブン的なセンスでビビッと察知してしまうのだ。そのうち僕もばっちり習得したいものである。漫画やアニメみたいに「そこにいるんだろ?」的なこと言ってみたいものだ。
「にしてもモンス出ないねぇ」
「ここも【石窟】と同じで、初心者に狩られ尽くしたということは?」
「いくら晴れてるからって言っても、モンスター目当てにこの階層をうろつくのはあんまりないと思うけどなぁ」
この階層も、山の天候と同じだ。いまは見晴らしいいけども、そのときの機嫌如何で、いつ霧が立ち込めてくるかわからない。山のプロが時折遭難してしまうのと同様に、雑に動けば慣れた冒険者だってやっぱり迷ってしまう階層なのだ。ここでモンスターいなくなるまで狩りに走るような冒険者はいないはずである。もちろん初心者除いてだけどさ。
そんな風に、周囲を観察していた折だ。
「――む」
スクレールさんの気配センサーに、何かが引っ掛かったらしい。
長いお耳がピコピコ動いて、緊張感を帯びた声が聞こえてくる。
「何か居そう?」
「風以外の音がした。擦れるような妙な音。あと妙な感覚」
やはり感じるのか。やっぱすげえやスクレールさんは。
「ちょっとあっちの丘に登ってみよっか」
「同意。高いところから見下ろすのが常道」
丘の上の手前で二人並んで身を伏せる。
今日は草に露とか水分が付いてないから、スニーキングをしても不快感はゼロだ。
顔を出して、辺りの様子を窺う。
ひょっこり。
ひょっこり。
すると、少し先にある丘の上に、何かしらの影がうろついているのが見えた。
人型っぽいけど、かなり大きい。
「えーっと、なんかいたね。なんだろ。あの大きさだから冒険者じゃないと思うけど……」
「でも、あんな魔物見たことない」
「うーん。あのシルエット的にここの階層のモンスじゃないと思うなぁ」
この階層、人型のモンスはいくつかいる。『岩塊腕』とか『単眼頭』とかね。だけど、いま僕たちの視線の先にいるヤツはそのどれとも合致しない。
「つまり、はぐれ?」
「だね。でもなんだろ。なんか様子おかしくない?」
「確かに。動きが変」
僕の所感に、スクレも同意してくれる。なんていうかあのモンス、かちゃついているというか、ぎこちないというか。どうも動きが覚束ないし、一貫性に欠けているような気がする。だからといって、さっきの【石窟】で戦った連中ともちょっと違う感じなんだよね。
素人が操り人形を動かしてるみたいな感じと言えばいいだろうか。
気付かれないよう、慎重に慎重に近づいていると、なんとなくどのモンスなのかわかってきた。
「アキラ、もしかしてあれ、大きな『蜥蜴皮』?」
「いや、たぶん『狩猟蜥蜴』だよ」
スクレールは爬虫類っぽい見た目でそう考えたんだろうけど、その手のモンスターはまだいくつか存在する。
その一つが、『狩猟蜥蜴』だ。【黄壁遺構】のボス級モンスターの一つで、『蜥蜴側』を大きくした……というか太らせて巨漢にしたような見た目をしている。手持ちの武器は弓矢で、鮮やかなグリーンの鱗が頑丈なのも特徴だ。基本的に複数体の『蜥蜴皮』を取り巻きにしていて、そいつらを指揮して戦うって話だけど、周囲にそれらしい姿はないから、やっぱりはぐれなのだろうね。
再度言うけど、【黄壁遺構】のボス級モンスである。
ルートが全然違うのに、どうやったらこんなとこに来れるんだろうか。
ともかく。
「やべー、深度20のボスとかこんなとこに居ちゃいけないやつだ」
「他の冒険者が、被害を受けているということは?」
「それらしいのは見当たらないけど、もしかしたら出てるかもね」
他の冒険者、初心者が襲われたということはあり得ない話じゃない。いくらいまが晴れて見通しがいいとは言えど、はぐれの怖さは、『この階層にいないモンス』の出現という不意打ちにある。準備なしの状態からの、突発的な遭遇でパニックになり、その隙をつかれて壊滅……なんてことは往々にしてあることだ。
「ちな、なんか色味薄れてないかなあいつ」
「確かに土気色。精気が希薄。不気味な空気が漂っている」
あの『狩猟蜥蜴』、動きも変だし不気味だ。色味が昔の写真を見ているみたいに、セピアな感じに色褪せている。ゾンビ化してるって言われても頷けるくらいには、不健康極まりない感じだ。
「アキラ、どうする? 聞くまでもないことだけど」
「ご想像の通り、ここは僕たちで倒しちゃいましょうか。なんか野放しは直感的にマズい気がするしね」
「『狩猟蜥蜴』と戦ったことは?」
「えっへん! まったくないね!」
「……それは自慢げに言うことじゃない」
僕が腰に手を当てて胸を張ると、スクレールさんは呆れながらにツッコミを入れる。
そんないつもの与太はともあれ、『狩猟蜥蜴』とどう戦うかだけど。
「こっちには気付いてないみたいだし、第三位格級で吹っ飛ばそう。そうしよう」
「でも魔力を出せば向こうも気付く」
「弓矢が心配だけど、僕たちなら見切れるし、第三位格級ならある程度隠すこともできるから」
ま、さすがに第三位格級で相応でしょ。一撃じゃ倒せなくても相当なダメージを与えられるはずだしね。
『――魔法階梯第三位格……打剣雷装撃ち貫けよ刃』
選んだのは、貫通力の高い魔法だ。
魔杖の先から生み出された雷が、さながら剣のような形状に変化する。
直後その切っ先の前方に、大小複数の紫の魔法陣が出現。
僕の意思によって、雷の剣が射出された。
雷の剣は魔法陣の円の中心を通過するたびに、加速していく。亜音速から音速を超え、さらに超音速と段階的に速度を上げ、最後に光速に近い速さで『狩猟蜥蜴』に衝突した。
だけど、僕の予想は大きく外れた。『狩猟蜥蜴』は、第三位格級の魔法を受けてなお、健在だったのだ。
「…………え、マジ?」
「第三位格級を受けたのに?」
「ちょ、嘘でしょいくらボス級だからって深度20のモンスだよ!? 無傷はないでしょ無傷は! 同じ階層の『黒鉄城』じゃないんだしさ!」
『狩猟蜥蜴』が気付いた。首がねじ切れそうなくらいの勢いでこっちを向くと、物凄い勢いで近づいてくる。爆走って言葉がまったくもって相応しい。なんていうか、暴走してる感じがしないでもないけどさ。
スクレが叫んだ。
「前は任せる!」
「え!? あ、お願いしまーす!」
一瞬任せるって言われて「およっ?」てなったけど、スクレの喋り方だと「任せろ」的な意味になるからこれでいい。
そんな感じで、スクレが飛び出して走り出す。『狩猟蜥蜴』の動きを止めて、僕との距離を稼ぐためだ。まあ出鼻をくじくって意味合いもあるんだけど。
……でも、なんで弓を使わないんだろあのモンス。
遠距離武器を持ってるんだから、それ使ってこっちに撃って来ればいいのに、わざわざダッシュで近づいてくるのは、自分で自分の利点を手放しているという他ない。
ともあれ僕が次の魔法を準備していると、スクレが攻撃に入った。
軽身功っていう勁術的跳躍術を用いて天高く舞い上がると、そこから等加速度直線運動を完全無視した自由落下以上の速度で、『狩猟蜥蜴』に向かって一直線に落ちていく。先陣は片足の裏側だ。加護のおかげかすごくスプラッシュしていて、渦を巻いているように見えなくもない。
だんちゃーく……いま!
強烈な破壊音と共に、周囲の地面がめくれ上がるように吹っ飛んで、すぐに水煙が舞い上がる。
「ひえー」
すんごい破壊力だ。最近yourtubeで見た、クレーンで高所から重錘を落として地盤改良する、すげー力業やってる動画に比肩するものがあるよ。ダイナミックコンパクションだ。むしろあっちよりすごくないこれ?
でもだ。
「……外された」
一撃は、外れていた。もとい、外されたという言うべきか。
スクレは手ごたえもとい、足ごたえがなかったからか、すぐに横跳びで距離を取る。
水煙の中から、その余剰を引き連れて飛び出す。
やがて水煙が晴れると、『狩猟蜥蜴』が現れる。やはり動きはどこかぎこちない。あの柔軟性を失った挙動でどうしてスクレの一撃を躱せたのかは不可解極まりないけど、事実は事実として受け取るべきだろう。偶然で片付けてはいけない。
スクレはすぐに『狩猟蜥蜴』との間合いを詰め、攻めかかった。
流露波。
裏小雷。
箭撃鉄。
即座の三連打を浴びせるものの。
「っ、効かない……」
スクレが敵の頑健さに唸る。
『狩猟蜥蜴』は強烈な打撃を受けても、びくともしていない様子だ。
こいつ、打撃が有効じゃないって話は聞いたことがない。
確かに鱗は硬そうだけど、だからってスクレの勁術を防ぎ切っているのはどういう理屈なのだろう。むしろゾンビよろしく痛覚ないとか、身体が壊れても関係ないとかそういう感じなのだろうか。今日はジャンルがよく変わる日だよ。サイ○ンからバイ○ハザードとか……むしろ攻撃手段が増えるからいいのかもしんないけどさ。
……やばい。スクレに汎用魔法かけてないや。僕もすぐに前に行こう。
『狩猟蜥蜴』が、スクレに対して腕を滅茶苦茶に振り回す。
関節の可動域もおかまいなしだ。打ったあとの体勢など顧みてはいないというように、手足を滅茶苦茶に乱舞させている。
やはり誰かに操られているかの様な動きだ。
小さな子供のケンカでも、こんなおかしな動きにはならないだろう。
弓も打撃武器として使用している。壊れようがおかまいなしだ。
しかしてそれが、スクレにやりづらさを与えている。武術はそのほとんどが、相手の動きに応じて技を繰り出すものだ。相手が取る動きを頭の中で整理することで先を読み、技を打つ。だが、この『狩猟蜥蜴』は人型をしているにもかかわらず、それに準じた動きをまるでしない。だから、混乱してしまう。【石窟】の『群体小鬼』ですら、攻撃タイミングを読めるような挙動だったが、これにはそう言った『敵の息に合わせる』ということさえ放棄していた。
僕が近くまで到達すると、気付いたスクレが僕めがけて声を放つ。
「アキラ、こいつ妙! 普通じゃない!」
「大丈夫!? ダメそうならすぐ避難だよ!?」
「もう少し打ち合ってみる!」
さすがスクレールさん勇ましい限りである。そんな彼女に、すぐさま強身、堅身、超速の三つの汎用魔法をかけた。これでまずは一安心だ。
強化を受けたスクレと『狩猟蜥蜴』との激しい乱打の応酬が始まる。
スクレもある程度の防御や回避は捨てるつもりなのか、『狩猟蜥蜴』の攻撃を受け始める。だけど、努めて爪は躱しているから、毒や菌の感染は心配なさそう。
ってか、ちょっと口元笑ってるよスクレールさん。打撃戦お好きなのね。
「…………」
僕はスクレが距離を取った折を見て、魔法で打ち落とそうと試みるけど、あの弓にさえ第二位格級の魔法が弾かれた。ならば近付いてむしり取るべきか。いや、モンスターとの力比べは悪手だろう。
で、あるのならだ。
遠距離から、信頼できる一撃でぶっ飛ばすべきか
「スクレ! 離れて!」
「……っ、わかった!」
「魔法階梯第三位格、雷迅軌道!」
スクレの了解の直後、僕は『狩猟蜥蜴』の頭にイナズマキックをぶち込んだ。首の骨が折れる不快な感触が、靴を通して足裏に伝わってくる。だが、『狩猟蜥蜴』は倒れない。あれだけ覚束ない動きをしているのに、どうして倒れず地面の上に盤石なのか。やはりゾンビなのか。
僕が反動で跳ね飛ぼうとすると、即座にスクレが動いた。
進疾肘。距離を詰めつつの一撃を入れたあと。
轟震脚。強烈な震脚で相手の足もとを崩し。
天山靠。懐の潜り込んで背中から体当たりを敢行。
奉天抜撃。浮いたところを、双手でさらに上へと打ち上げて。
中踉崩排拳。落ちて来たところを剄力を巻き込んだ中段突きでとどめとする。
勁術の連続技で、最後に水蒸気爆発にも似た衝撃が四周に広がった。僕のときは渦を巻いたけど、スクレは爆裂なのか。もしかしたらその辺は加護のせいか、勁力を操作があったのかもしれない。
にしても、すごい。この前僕が改造怪人に使ったときの数倍の威力があるぞ。
スクレが僕のところまで飛び退る。
「ふっとんだね」
「……まだ。砕けたような感触がなかった」
「げ……さすがに異常すぎでしょ」
あれだけの攻撃を受けてもなお動けるなんて、完全に生物やめてるよ。いやもともと魔物だけどさ。
水煙が晴れると、『狩猟蜥蜴』が起き上がった。
「立ち上がったよ。どうなってんのあれは……」
「でも、動きは着実に悪くなってる」
僕たちが身構えたときだ。『狩猟蜥蜴』の身体から、妙なものが立ち上る。薄い煙のような、幕のような、仄かなはいいろ。そう、灰色だ。そんな色みをしたオーラもしくは魔力を、身体から発しているのだ。
それが、突如として爆発した。
僕で言う、フォースエソテリカを彷彿とさせる。
衝撃波が僕たちを襲った。
「っ……!」
「ぐっ……」
スクレが後方へふっ飛ばされた……というよりは、その力を利用して大きく後ろに下がったというべきか。
僕はつい、堪えるように身構えてしまった。
そして、衝撃に耐えてしまった。
つまり、その場に留まったままということだ。
目の前に『狩猟蜥蜴』が現れる。
折れた首は、片側にカーブを描くようにだらりと垂れ下がっていた。
表情のない爬虫類の顔面が、僕を虚ろに見下ろして来る。
「こ、こんにちは、いいお天気ですね……」
ぎこちない笑顔の挨拶では、その場をとりなすことはできなかった。
後ろから、「アキラっ!」と焦燥に駆られた叫び声が聞こえてくる。
直後、はいいろの力に染まった手足が、僕の身体を上から押し込めるように打ち据えてきた。
頭上が乱打に晒される。
一撃が重い。
痛い。
気を抜くと骨が折れそうだ。
それよりも。
きもちわるい。
はきけがする。
なんだろう、これは。
そのうえ、あたまのなかに、かすみがかかったような――
「っ……!」
ふいに鈍くなった思考を、気力でどうにか振り払う。
そして、攻撃が一瞬途切れた合間を見計らい、転がるように『狩猟蜥蜴』の下から離脱した。
距離はほとんど作れなかった。
しかし、贅沢は言っていられない。
『魔法階梯第三位格、雷鳴よ球に変わりて鳴り渡れ! 複写展開!』
周囲に複数の雷球が発生すると、ほぼ自爆のような位置で、轟音と雷がぶちまけられる。
僕は衝撃に吹き飛ばされるようにして離脱し、『狩猟蜥蜴』は巻き込まれる。
だが――効かない。『狩猟蜥蜴』は多少身体の端が焦げただけだ。でも構わない。所詮はただの目くらましと、音響性の外傷を与えるための行為でしかないのだ。
数を増やしてもこの程度ということは、やはり痛撃を与えるには位格を上げる必要があるということだろう。
『狩猟蜥蜴』は、やはり動きが悪いままだ。
だが、それに反比例するかのように、はいいろの力は高まっている。
攻めるか退くか。僕が直後の対処を迷った折、『狩猟蜥蜴』がふらついた。先ほどの攻撃が功を奏したのかはわからないが、好機とみて間違いなかった。
そのときだ。
『狩猟蜥蜴』の頭を、僕のアウターが覆った。
スクレが脱いだアウターを投げ付けたのだ。
肩越しに見返ると、水飛沫を背後に吹き上げて疾駆するスクレの姿があった。
「アキラ! これで決める!」
スクレが僕の脇をすり抜けて前に出る。
そして、『狩猟蜥蜴』の滅茶苦茶な腕の振りに合わせて、間合いに侵入。
スクレの足もとから、熱湯がボコボコと湧き上がった。
「――勁拳絶招、波熱天泉砲!」
熱水と蒸気を伴う、強烈な突き上げだ。まるで間欠泉の爆発が如き一撃が、『狩猟蜥蜴』の垂れ下がった頭部を捉える。
しかして『狩猟蜥蜴』は、上空まで吹き飛ばされた。
どうなったかはわからない。
しかし、油断せずトドメは入れるべきだ。
「――魔法階梯第四位格、稲妻の跫音よ突き刺され!」
第四位格級の魔法だ。
僕が差し向けた魔杖のその先に、紫色の魔法陣が展開する。
強力な魔力の発露と激しい発光の影響で、周囲に明暗差が生まれると、やがて魔法陣の中心に巨大な雷球が形成される。雷球の膨張、爆裂と共に指向性の雷の束が幾条も『狩猟蜥蜴』に殺到した。
雷は外側内側両方から『狩猟蜥蜴』を焼き尽くし、やがてその身体を消し炭へと変えてしまった。
噴き出した熱水が地面に降り注ぐ。
撃破完了である。
それから少し遅れて、空から核石が落ちてきた。
それは地面に衝突すると、脆くも砕け散ってしまった。
「核石が壊れた?」
「うひー……どうなってんだろうね」
頑丈な核石が壊れるとか、わけがわからないが――ともあれ。
にしても、随分とおかしな敵だった。
動画とか撮っとけばとかあとで研究とかできるなーとかいまさらながらに思うけど、撮りながら戦うのはまず不可能だ。そのうち、安くてもいいから小型のヘッドカメラとか買っておくべきかな。
「まあ、倒せたからオーケーってことで」
「いつになく強敵だった」
「あ、ごめんちょっと待って。タイムタイム」
「……?」
僕はスクレに待ったを申し出て、後ろを向いた。
そして、
「うげぇええええええええ……」
……はい。げろげろです。アニメでは虹色に塗りつぶされる表現がなされるそれを、口から滝のように垂れ流した。うげぇ。
「アキラ!? 何か痛手をっ!?」
「げほっ、げほ…………うひー、いやあいつの雰囲気っていうか、そんなのに当てられたみたいでさ。頭にダメージが入ったとかじゃないから心配しないで。他は結構痛いけど」
「大丈夫なら、いいけど……」
「問題なし。吐き出したからすっきりですよ」
いやー、あんだろうねあれ。侵食されるっていうか不思議な感覚だったよ。はっきり言って二度とゴメンだ。ほんとマジ気持ち悪かったもの。あのはいいろの力、ヤバいね。
気分が落ち着いた僕は、何気なーくスクレの方を向く。
アウターは投げたからおじゃんになったし、あれだけ激しい戦闘だったのだ。
服が服の用をなしていなかった。
「あ」
「あ」
トップはほぼほぼ裸だった。ずり落ちて全部脱げそうまである。
超眼福であると同時に、別の危機感が襲ってくる。
僕の首が、さっきの『狩猟蜥蜴』みたくなった。
さながら油を差し忘れたブリキのおもちゃのように、ギギギと動く。
僕は明後日の方を向いた。
「えっと、予備はないので僕の上着をどうぞ」
「……ありがとう」
すぐにサファリルックの上を脱いで、スクレに手渡した。
「すんすん」
「だから嗅ぐなと言うに!」
「匂いが付いてる」
「そりゃさっきまで着てたんだものそうでしょうよ……」
スクレが僕の身体をまじまじと見つめる。
「……アキラ、怪我の具合はどう?」
「痛いけど、こっちは回復魔法使えばいいからね。致命傷じゃなければ問題なしです問題なし」
「腕とか結構腫れてる」
「いやもー久しぶりの怪我らしい怪我だよ。すっごく痛いもん」
レベル上がったおかげで、ほぼ怪我をしなくなった。切り傷とかにはある程度気を付けなきゃいけないけど、まあよほどのことがない限り無事である。つまり、今回はよほどのことだということだ。
「危なかった」
「あそこでふっ飛ばされなかったのは完全に判断ミスだったよ」
「でもこれで次からは大丈夫」
「次とかいらないなぁ……」
そんな反省会みたいな話をしつつ。
僕が胡坐をかいて、スクレに回復魔法をかけていると、ふいに彼女が気色に溢れた笑みを作った。
「むふ」
見れば、手元には証明書があった。
「もしかしてレベル?」
「うん。レベル上がった」
「おめ! ということは……いくつだっけ?」
「やっと30。大台に乗るまで結構かかった」
「やっぱ25辺りから一気に厳しくなってくるのかぁ」
「アキラもそうだったはず。むしろ魔法使いは上がりにくいからもっと大変」
「僕の場合はちょっとズルしたので19~30の間は苦労とかないんだ」
「どういうこと?」
「その辺は……まあおいおい話すよ」
「むう。特大の詐欺の匂いがしてならない。組織的犯罪規模」
「いやその辺大丈夫だよ? きちんとした取引だったので」
「取引? まさかアメイシス神がかかわってる?」
「えへへー、実はその通りなんだ」
僕が朗らかにそう言うと、スクレはドン引きしたような表情を見せる。
「神様と取引とかあまりに言葉が不穏過ぎる」
「大丈夫大丈夫。死後裁きを受けたり、魂をもらい受けたりとか悪魔的な取引じゃないから」
ちなみに師匠との取引は割と悪魔的だったということを明記しておきたい。「魔法を教える代わりに~」のあれだ。
「本当に大丈夫なの?」
結構深刻な感じで心配そうにしてくれるスクレに、再度大丈夫と言う。ほんとマジでそんなんじゃないから大丈夫だ。別の物は持っていかれたけどね。
「あ、ちょ、揺らさないでって大丈夫だから大丈夫ですってあばばばばばばばば!」
「ちゃんと答える! 誤魔化さない!」
「ぎゃー、またリバースしちゃうぅうううう! お願いだからやめてぇええええええ!」
心配性なスクレールさんをどうにかこうにか宥めながら、周囲に被害がないか確認しつつ帰路に就いた。僕たちが見た限りでは、被害に遭った冒険者とか、冒険者だったものとかはなかった。
そんで、ギルド到着後、アシュレイさんにはぐれの『狩猟蜥蜴』のことを報告したわけだけど。
「他にその『狩猟蜥蜴』に遭遇したって報告はきてないわね。あなたたちの見た限り被害者がいなさそうなら、大丈夫だとは思うけど」
「まあヤベーはぐれが出たってことだけ周知していただければ」
「でも、灰色の力をまとった『狩猟蜥蜴』ねぇ……」
「これまで報告はなかった?」
「ええ。聞いたことないわね」
アシュレイさんはあまりピンと来ていない様子だった。
「そうですかぁ……あ! あと、解体して欲しいものがあってですね」
「あらそうなの? なになに?」
「はい。こういうやつでして」
「…………アキラ」
スクレが呆れている横で、僕は虚空ディメンジョンバッグを開いて、とあるものを覗かせた。あれだ。僕たちが解体を諦めたあれだ。肉色の顔面である。
「いやぁあああああああああああああ!!」
「グワー」
無論、アシュレイさんが叫び声を上げたのは言うまでもない。
僕もついつい合いの手を入れたのも、言うまでもない。
勢いでアシュレイさんにぶん殴られたのもだ。
あとお隣の受付嬢(左)のマーヤさんもだいぶびっくりしてたし、なんだなんだと不用意に野次馬しにきた冒険者も視覚的な被害に遭った。
「『呼び声の主』を突然出すのはよくない、てきなー」
「いやー、みんなにおすそわけしたいなって思いまして」
「これほど迷惑なおすそわけもない」
お隣の受付嬢(右)のネムさんに窘められつつ、スクレには呆れられつつである。
その後、灰色の『狩猟蜥蜴』のことを、神様にも報告したんだけど。
「もちろん見ていたよ」
「あれなんなんです? いつになくヤベー奴じゃないですか?」
「そうだね。よくないものさ。説明はちょっと待ってね」
「了解です」
どうやらあれのこと、神様は知っているらしい。
そして説明があるということは、今後なんだかんだかかわりがあるということだ。
うげー。マジかぁ……。




