第45階層 世の中そうそう上手くことは運ばないもので
「――やっぱり厳しそうだなぁ」
僕は壁際から、某ひょっこり顔を出すお笑い芸人のように顔を出して、ボス級がよく出没する部屋の中を覗き込んだ。
そんで、僕の目の前にいるのは、【暗闇回廊】のボス級モンスターの、おなじみ『四腕二足の牡山羊』である。さっきから様子を窺ってはいるんだけど、やっぱり一人で戦うのは気が引ける。
僕は魔法使いだから、距離を詰められちゃったらガチで終わりだ。
さすがにコイツ相手に魔法でバリアー張っても雀の涙だし、できることって言ったら『雷迅軌道』で即離脱するくらいしかない。奥の手を使う……ってのもあるけど、あれは身体の負担が大きいからあんまりやりたくない。あれは追い詰められたときに使うべきものであると僕の中では位置づけられているので、どうもいま一歩使用に踏み出せないんだよね。意識のスイッチもさらに切り替えないといけないしさ。
とまあ、『四腕二足の牡山羊』を魔法で倒せるかっての話。
相手の索敵範囲外から魔法を撃つっていうこともできるんだけど、一撃で仕留めるならまず第四から第五位格級の威力が必要になる。魔力を高めて詠唱してってなると相手に気付かれやすくなるし、気付かれたら真っ先に突撃してくるから、あんまし現実的じゃない。
それがダメならさらに距離を取ればいいだろって話だけど、この階層の構造上、僕の視線が切れてしまうから、それだと当てることができないのだ。
建物ごと破壊っていうのも難しいしね。威力は絶対減衰するから。あとわざとそんなことしたらギルドからおしかりを受けることは間違いない。
僕はその場にぽすんと、あぐらをかいて座り込んだ。
「うむむ……」
こうして考えてたって、一人で倒す手段が自動的に湧いてくるはずもなく、ただただ暗い回廊内に僕の唸り声が響くだけだ。むなしみ。
……正直な話、僕ってボス級モンスは結構スルーしている傾向にあるんだよね。第2ルートは深度10【灰色の無限城】のボスや、ここの前の階層の深度20【黄壁遺構】の『狩猟蜥蜴』などもそう。『甲虫柱』とか知らない知らない見たくもない。
ダンジョンって聞くと次の階層に行くにはボスを倒さなきゃいけないっていうのが、ゲーマー的に半ば常識的なものだけど、ここガンダキア迷宮はそうじゃない。モンスターはそれぞれの行動原理に基づいて動いているし、ボスって言ってもギルドがその階層の強力なモンスターを勝手に看板って感じに位置付けているだけなのだ。
行く手を阻まれるのは偶々って感じで、むしろボスを倒すって目的を持ってないと遭遇しないような存在だ。
それに、すでに他の冒険者が倒してたってこともあるから、思い立ったからって倒しに行くこともできないのがお辛いところ。この前ミゲルと潜ったときに『四腕二足の牡山羊』を倒したけど、あれはコイツが高深度階層のボスだからってだけ。そういうのは倒せるチームも限られるから、たまたま倒されてなかっただけなのだ。低階層で倒しやすいのは取り合いになったりするみたいね。
ボス級は一度倒されたら、再臨が観測されるまで待たなきゃならないのがネックなのだ。
ともあれ、いまの僕の話。
「……ちょっと潜行計画見直そうかな」
この前も思ったけど、やっぱり最近力不足なんじゃないかという気がしてならない。
経験値の溜まり具合もよくないし、もっといい狩場を模索するべきだろうか。
あとはやはりボスだろうね。何段飛ばしをするのではなく、堅実にボス級を撃破していくことで、地力をつけるべきだろう。
「でもなぁ。なんかもう少し新しい刺激というか、そんなのが欲しいよね……」
新しい魔法を作るとか、スクレに習ってる勁術の技を鍛えるとか。
あとは僕でも使えるような武器および道具を探すとかもありかもしれない。
でも、そもそもの話、フリーダには僕でも使えそうな武器っていうのがないんだよね。
「あ、そうだ! 面白そうなところがあるんだった!」
いいことを思いついた僕は、回れ右して【暗闇回廊】をあとにしたのだった。
そんな感じで、急いで正面ホールに戻って受付前に駆け込んだわけだけど。
「アシュレイさんアシュレイさーん! 僕、【機械神殿】に行きたいです!」
僕がそう言うと、アシュレイさんは首を横に振った。
「クドーくん。ダメよ。あそこに行くには申請と許可が必要なの。いくらあなたのレベルが異常に高くても、勝手に行かせられないわ」
「じゃあこれからしかるべきところに申請してください。そして通してください」
「あのね。その申請を出していいのは、300以下の超高ランクの冒険者じゃないと駄目なの。っていうかクドーくん、行ったところでどうにもならないわよ? あそこの扉開かないし」
「僕に一計ありです!」
「…………言ってみて」
「詳細は黙秘します!」
「あのねぇ……」
アシュレイさんが首をカクンと傾けた。これはとんでもなく呆れているご様子である。でも、仕方ない。説明するのはすごく時間がかかるのだ。理解できない概念とかもありそうだし、写真とかカメラとかノートパソコンとかの説明とおんなじで、なんかやっぱり憚られるのである。
「でも申請の方は難しいわよ?」
「なら結構無茶な手を使います。具体的にはこの前ギルドマスターが作った貸しを使うっていう話なんですけど。ほら、品評会の話です品評会の」
「そ、そう言えばそんな話もあったわね……」
「どうです?」
「はぁ…………わかったわ。ギルドマスターに掛け合ってみる」
「やったあアシュレイさん! ありがとうございます! 大好き!」
「私のこと大好きなら、迷宮任務とか受けて欲しんだけど?」
スン。
「あっ……やっぱ嫌いってことにしときますねー」
「あなたはほんと現金ね……」
仕方ない。僕はそういう人間なのだ。それはわかって付き合ってもらうしかないのである。
そんで数日後、アシュレイさんが僕の要望を通してくれたらしく、許可が出た。ギルドマスターの返事は「いいよー、実績あるしね」だったらしい。
あのギルドマスター結構軽いイメージある。
「――で、ここが第一の扉かぁ」
そんなこんなでやってきました。第1ルートは、階層深度38【機械神殿】。
僕の大大大大っ嫌いな階層である【街】をわき目もふらずダッシュで駆け抜けて、しつこく憑りつこうとしてくる【背後霊】や【腐幽霊】を一気に突き放し、霧の境界へ単独一位でゴール。
そして、どこかの洞窟内部に作られたと思しき10メートル級のでっかい扉に出迎えられたというわけだ。
うーん。一度ライオン丸先輩にここまで連れてきてもらったことあるけど、どうにも造りがメカメカしい。塗装もシルバーメタリックというよりはシンプルな色使いに落ち着いてるんだけど、それがすっごいSF感を助長させる。
言うなれば、地下っぽい場所にある巨大なシェルターだ。周りには岩盤が見えるし、しかも大扉の脇にはコンソールっぽいものもあるのだ。もはやファンタジー要素はどこにもない。SFに鞍替えしたのかって感じに機械的だ。この世界ってときどきファンタジー辞めたがるからね。SFとか、コズミックホラーとか、サイバーパンクとかごちゃ混ぜにして襲い掛かってくるもの。まとめてこられちゃ現代知識だけじゃ太刀打ちできない域にある。
あと、この世界ろくな機械もないのに、どうして【機械神殿】なんて名前が付いているのかというと、昔の人が名付けたのをそのまま流用しているからだそうだ。トールスって冒険家さんで、実を言うと僕もその人の著書やメモ書きを、二、三冊所持していたりする。
フリーダの古書店で二束三文で叩き売りされていたのを見つけて購入したり、迷宮で埃被って放置されていたのを拾ったりとかだね。結構有用な情報も多くて、特に路地裏を動くときなんかは重宝しているなんてのは、また別の話だ。
そしてなんとこの階層、誰もこの扉を開けた人がないらしい。
「ここを開けば、僕が第一号……! 夢がある!」
なんせ僕には現代の知識と電気パワー(魔法)があって、そのうえ神様謎翻訳までオプションで付いているのだ。機械とか書いてあるところなんて、試せることがいっぱいある。
「くくく……」
僕は意気揚々とコンソールパネルに挑みかかった。
機械は……生きてた。電気なのかはわからいけど、操作できるっぽい。
……そんで、しばらく操作したわけだけどさ。
うむ、まず結果を言おうじゃないか。
「やっぱりダメだったよ……」
はい。全然開きませんでした。僕の知識ではまったくびくともしなかった。
うん。文字は読めるんだよ? 文字はさ。読めるだけどね? 知らない文言や概念がいっぱい出て来てダメだった。その辺神様謎翻訳も上手く翻訳してくれてるんだとは思うけど、そもそも僕が機械系、情報系の知識に乏しすぎたのがいけなかった。横文字一杯羅列されても、なんのこっちゃわからんである。
そのうえよくわからない図形、グラフなどなど出て来て頭の中は大混乱、まごまごしてたらスリープモードに入ってまた一からやり直しになってしまったというわけだ。
開けるだけなら簡単そうだと思ったんだけどね。どうなってんのかまるで意味不明だ。
そんなわけで、僕の計画は早くも頓挫してしまった。
まーね。そうそう簡単にうまく行くはずもないよね。こういうのね。
横着はいかんということだろう。やっぱり地道にレベル上げしつつ、ボスを順々に倒して地力をつけていくしかないみたいだ。
「仕方ない。今日のところは他の階層でも……あっ」
そう、僕は思い出してしまった。これから、またあの階層を一人で駆け抜けなければならないということに。
お化けが蔓延る、あのホラー階層をだ。
「ちっくしょおぉおおおおおおおおおおお!!」
もう最近ないくらいの全力ダッシュだったね。全力ダッシュだ。『しかしまわりこまれてしまった!』みたいな状況には決してなってはいけないからね。
そんなこんなで、お化けたちの猛攻を、なんとかかんとかくぐり抜けて、やってきました迷宮深度14【巨像の眠る石窟】。まあ行きにも通ったから、戻ってきましたが正しいんだけどさ。
今日もここはいつも通り、ジメジメしているよ。
観光地の鍾乳洞とか、トルコはイスタンブールの地下にある貯水池とかを合体させたような感じかな。なんていうか、僕たちが一般的に考えるダンジョンのようなダンジョンかもしれない。
巨大な地下洞窟のような階層で、高さ十メートル以上にもなるデカい像が並んでいる。そういうところの例に漏れず、ここもちょっとした観光スポットのようになっていたり。そんな石像群のおまけで石像に擬態するモンスターとかもいて、ちょっぴりややこしかったりもするんだけどね。あと不意の水溜まりも気を付けないと、靴がぐちょぐちょになる案件だ。
奥に進むと無色透明な糸を張り巡らせて冒険者を捕えるモンスターもいるため、先の階層に進まず、奥深くに行く場合は油断はできない場所でもある。
階層内の光源は、先人たちがあらゆる場所に残した光る鉱石によるもので、階層内は結構明るい。第2ルートの【黄壁遺構】みたいにライトアップされてる感じかな。
階層と階層を行き来するワープ的なもの、『霧の境界』からてくてく。
モンスには……全然出会わない。行き道もそうだったけど、今日のモンスのほとんどは新人チームに狩られてしまったらしい。まあ僕としてもこの辺の階層のモンスは経験値的にも金銭的にも美味しくないからどうでもいいんだけどさ。
そんなことを考えつつ歩いていると、見覚えのある姿を見つけた。
「あれ? スクレだ――おっと」
視線の先には、青を基調とした民族衣装的な衣服に身を包んだ後ろ姿があった。
長い銀髪ポニテの先端を、さながら尻尾のようにフリフリゆらゆらさせているのが愛らしい。
勁術の構えを取っているため、おそらく臨戦態勢だ。
姿勢が一段低くなった。
気が溜まってきている。
指先から飛沫が迸った。
位置をずらして確認すると、複数体の『苔むした石獣』が列をなして迫ってきているのが見えた。
うん。列をなして、だ。
……なんだろ、あれ。順番守って倒されに来てるんだろうかあいつら。いや、たぶんというか間違いなくスクレがそうなるように位置取ったんだと思うけど、にしても「律義か!」とツッコミを入れたくなるくらいにはみょうちきりんな光景だ。
スクレが動いた。
「破ッ!」
まず正面のモンスを流露波でブチ抜く。勁気を溜めた掌底を、だいたい身体の真ん中くらいに食らったモンスはそこを起点に砕けて、二つに別れてしまった。南無。
「鋭ッ!」
次に、くるりと翻るようにして手甲の裏拳を叩き込む。裏小雷だ。
モンスの横っ面を粉砕したうえ、横に大きく弾き飛ばす。
「殺ッ!」
スクレはさらにくるりと転身し、強烈な拳打を正面からお見舞いする。箭撃鉄。モンスの上部が粉々になって消し飛んだ。ひえー。
そんな感じでモンス三体を一瞬で倒したスクレはというと、なんて言うか不服そうだ。相手が弱すぎて不満なのか、それとも自分の動きに納得がいかなかったのか。まあスクレだしどっちもだろうけどね。
でも仕方ない。『苔むした石獣』は動きも遅いし、迷宮ではかなりのよわよわに分類される。剣とかだと歯が立たないけど、倒す手段を持ち合わせていれば、核石を持ってきてくれるただの置物なのだ。
まあこいつも擬態して脅かして来るタイプだから、厄介なところはそういうとこじゃないんだろうけどさ。
僕が近付くと、スクレも気が付く。
「アキラ」
「こんにちは。お見事」
僕が称賛の言葉を口にすると、スクレは静かに首を振る。
「こんなの倒したうちに入らない。据え物を打ったようなもの」
「まー、そうだけどね」
「そう。もっと動きがないと倒した気にならない」
それはしゃーない。ここ低階層だもの。初心者だったらたとえコイツであろうとも普通に苦戦するしね。ハンマーやメイスなど打撃武器が必要になる。
「でも珍しいね。スクレがこの階層にいるなんて」
「たまには他の階層にも行こうと思って。同じ敵とばかり戦っていたら、いつもと違う状況に対応できなくなるから」
「おっしゃる通りで」
現状僕もその状況に陥っているようなものなので、耳に痛い限りだよ。
弱くなってるとは思わないけど、でも停滞している感はあるからね。
スクレがこっくり首を傾げた。
「アキラは? 霧の境界から戻ってきたみたいだけど、もしかして【街】に?」
「いや違くてさ、【機械神殿】に行ってたんだよ」
「【街】の先にある例の……それで、どうだった?」
「ダメでした」
お手上げポーズである。
「私は許可が下りてないから行ったことはないけど、扉で阻まれるという話」
「僕もそのクチです。僕ならできる! なんて新人じみた根拠のない自信に突き動かされて、現実を見せつけられた愚か者です」
「扉は壊せそうにない?」
「それは……やっちゃダメって言われてるからね」
「そう……迷宮の遺物だから壊すのはダメと」
「何があるかわからないしね。そもそもあれ壊すのはきっと骨だと思うよ」
扉結構分厚めだし、なんといってもシェルターだもの。生半可な攻撃じゃビクともしないだろうね。
「アキラ、特に目的がないなら……これから一緒に潜ってあげてもいい」
「僕もいいけど、このあとはどうする予定? この辺りはもうモンスもあんまりいないみたいだし」
「そう。今日は思ってた以上に魔物がいない。たぶん午前中に他の冒険者が倒したんだと思う」
「あるよねー」
ここに来る冒険者たちが多かったせいで、モンスターが狩り尽くされてたってこともなくはない。特に低階層は出てくるモンスの種類も少なくて、遭遇頻度も緩やかだし、あんまり強くないから初心者や中堅層に狩られて、あんまり見ない日があるってのがちょくちょくあるのだ。
「だから今日は【石窟】の奥に行こうと思って」
「なるほど、深いとこの探索ね」
「アキラは奥には行ったことある?」
「僕はほとんどないよ。低階層の本格的な攻略に乗り出す前に、魔法の修業期間に入ったから。【無限城】と同じで探索範囲は必要最低限で、そんなに広くないんだ」
「じゃあちょうどいい」
「そうだね。いろいろ探索しようか」
とまあそんな感じで、僕たちは【巨像の眠る石窟】の奥に行くことに決めた。
次の階層に向かうルートを外れたあと、「ここから先は立入禁止」って言われてるくらい晶石杭が大量に設置された場所を通って、階層の奥へ。
先に進むごとに、じめじめ感が強くなる。
主要な光源である光る鉱石の数も少なくなってきた。
なんとなく雰囲気の変化が感じられ、緊張感が出てくる。
「アキラ、奥にいる魔物の知識は?」
「まあ一応ガイドブックには目を通してるよ? ここも、他の低階層と同じで、奥に進めば進むほど強いモンスターや嫌らしいモンスターが出てくるんだってさ」
「ガイドブックに書いてあったのは、『悪臭井守』『鋼線蜘蛛』、『群隊小鬼』、『呼び声の主』、そしてボス級の『偏屈王』だったはず」
「そうだね。主なモンスはそんな感じかなぁ」
んで、この中でも、『悪臭井守』と『鋼線蜘蛛』は手前の方でも出てくる。
『悪臭井守』は、まんまイモリをでっかくしたような見た目のモンスだ。見た目も結構毒々しくて、ヴィヴィッドカラーの水玉模様がチャームポイントな憎い奴というか冒険者たちに憎まれてる奴である。よく洞窟の天井に張り付いてニンジャ行為に勤しんでいるから、油断ならない相手だ。匂いもすごし毒もあるのはご愛敬である。
『鋼線蜘蛛』。こいつは蜘蛛と名が付く通り、みんな嫌いな不快害虫系のモンスターだ。でも他の蜘蛛系モンスと違ってスタイリッシュな見た目でかっこよく、他の奴らとは一線を画しているからまだ良い方。まー、蜘蛛にかっこいいもクソもあるかって話ではあるんだけどさ。あ、能力? とんでもなく硬質な鋼線を張り巡らせて、冒険者を待ち構えたり、その糸で攻撃するね。そんな感じだ。
残りは僕も遭遇したことないので、ここでは割愛する。
で、その残りのモンスたちは、前の階層と次の階層を結ぶ通路的なルートには入って来ない。晶石杭で侵入を妨害してるのもそうなんだけど、モンスには縄張りっていう概念もあるようで、一定の範囲から出て来ないのだ。
たまーに、たまーにだけど出てくるのが「はぐれ」ってヤツだね。何かの弾みで低階層に迷い出てきた別階層のモンスターのことだ。その中でもときどき強いのがいて、これも結構厄介なんだけど。大概が迷宮任務として処理される。まあゲームで言うユニークモンスターのことだね。
スクレが耳をピコピコ動かす。
「気を付けなきゃいけないのは?」
「僕は、やっぱ『呼び声の主』だと思うよ。すぐに人の声を真似するらしいし。チームだって先行してるときははぐれないようにするか、喋らないようにするかとかしてるみたいね」
「確かに、仲間の声で呼ばれたり、指示をされたりすると危険。アキラは絵とかは見たことない?」
「そういうのはないけど、話を聞く限りじゃ結構不気味な姿してるっぽいよ?」
ということは、だ。
「出会いたくないね」
「それだとここに来た意味ない」
「いやまあそうなんだけどね。ビジュアルが気持ち悪い敵はちょっとね……」
嫌だ。かっこよくて強いっていうのなら別に構わないんだけど、見た目でダイレクトアタックしてくるのはホントやめて欲しい。バトルに精神攻撃持ち込むのは卑劣だ卑劣。
「……うん。そろそろ『呼び声の主』の話はやめよう」
「どうして?」
「こうして話してると出てくるんだよ。フラグとか、噂をすれば影ってヤツ」
「知らない言い回し。でも『呼び声の主』の話はもういいかも。さっきから『呼び声の主』、『呼び声の主』って何度も言ってるし。私も『呼び声の主』って言うの飽きてきた。『|呼び声の主(ヴォイスチャージャ―)』……」
「あのさ!? 積極的に出そうとするのやめよう!? わざとやってるでしょ!?」
「バレた。でも、相手が強ければ強いほどいいのは確か」
「そりゃあね。自分よりも強い相手と戦わないと、決して強くはなれないってヤツね」
うむ。これは親戚のお兄ちゃんの格言である。お兄ちゃんのお仕事? パティシエさんだね。未だ見ぬ強敵(食材)や強敵と渡り合うため、世界中飛び回ってるよ。
「あと、奥は結構地形が特殊みたいね」
「高低差が激しいとは聞いている」
「崖っぽくなってるところとか、危険だよね」
浅いところは整備されてるからいいけど、奥はそのままTHE洞窟って感じらしいね。
「あと、極端に狭くなってるところにさえ行かなければ大丈夫だとは思うよ」
「そういうのは……また別の意味の探索になりそう」
「むしろそっちの方が冒険者らしい活動なのかもだけど」
でもこんな話してると、洞窟事故のよくある事例が思い出されるよ。わざわざ狭いところに入って行って、ハマって出られなくなってしまったとか、酸素がなかったとか、道に迷っちゃったとか、天井が崩落しただとか、あとは転落とか転落とか転落とかだ。
念のため、酸素濃度計を出しておくことにした。まあ、僕らは基本攻略されてる範囲までしか行かないから、その辺は問題ないんだろうけど。
気を付けつつ探索をしていると、やがて開けた場所に出た。
「結構広いね」
「広い。戦うにはちょうどいい」
上方には崖と入り口、削れて尖った部分がむき出しになった岩など、常に注意が必要な足場がいくつもある。天井に余裕があることだけはありがたい。
岩壁には、大きな像が何体か彫り込まれている。一定の広さの空間があれば、ここはどこもこんな感じなのかもしれない。
そして、もっとも気になる部分と言えば――
「真ん中の方、複数体」
「僕たちも戦いやすいけど、それは向こうも同じってことだね――って、げ……」
しかして僕が見つけたのは、恐るべき姿をしたモンスターだった。
肉色をしたくねり気味の人型の身体に、顔面がいくつも付いていて、それらが忙しなく表情を変えているというホラゲーのクリーチャーも斯くやというお姿をした奴がいた。
もうマジのガチでSANチェックまったなしだよ。
ここで不用意に目を瞑ろうものなら、目蓋の裏にGMが現れるだろうことは間違いないってくらいには、クリーチャークリーチャーしてる。
ここガンダキア迷宮、ときどき気持ち悪い&不気味なモンスが出て来るけど、それらに比肩するくらいヤベー見た目だ。
おそらくあの顔が声真似して喋るのだろうね。いやー、僕も今回初めて見るけど、こいつもホラー系のモンスですわ。いま僕サイ○ン的なゲームの中に入り込んでないかな?
やけに長細い触手のようなものも持ってるしさ。
そっちもウネウネしてて気持ち悪い。
スクレも「うげ……」って言ってるし。
「これ、スクレのせいだからね」
「少し軽率だった。反省もやむなし」
で、その周囲にはもさもさとしたモンスが取り巻きのように群がっているという状況だ。
『群隊小鬼』だ。
こいつらは、一言で言うと「毛むくじゃら」だ。踏まれない方のクリボーのまったく可愛くない版、といえばわかりやすいだろうか。闇の遊戯的なヤツ。毛で覆われた卵型のシルエットに、小さな丸い目がぎょろぎょろ無秩序に動いている。古代インドの武僧が編み出したっていう奥義(出典不明)を使ってるみたい。目が怖いね。妖怪っぽさあるよ。
なんだかんだ、向こうもこっちに気付いたようだ。
『呼び声の主』が動くと、それに合わせて『軍隊小鬼』も散開する。
……なんていうかこう見ると、『呼び声の主』は司令塔っぽい感じのポジションにいるように思う。まああいつの戦法を考えるとそうなんだろうけど、違うモンス同士で意思疎通できんのズルくない? って思っちゃうよね。
でもまあここは迷宮だ。不可解なことなんてよくある話だ。
「ひい、ふう、みい……全部で七体は結構な数だね」
「厄介。でも、望むところ」
「スクレ」
「なに?」
「『群隊小鬼』は、口がデカいから不用意に手を出すのは気を付けてって話だよ」
「わかった」
スクレが臨戦態勢を取る。
僕は彼女に汎用魔法をかけた。強身、堅身、超速の三つだ。
僕も普通のままではいけないだろう。
低階層とは言え、油断ならないモンスが複数なのだ。
すぐに意識を迷宮モードに切り替える。
――カチリ。
汎用魔法の専心をかけてから、思考に短く没頭する。
声真似をするような魔物は本来、人間をおびき寄せたり、不意打ちしたりするためにそのの力を使用する。その方が能力を十全に活かせるし、であればすでに姿が露見した状態では効果も半減しそうなものだが、油断はできない。
こちらの攻撃を読んで発声して、タイミングを外させたり、突発的に大声で指示を出して、こちらの動きを挫いてくるなんてこともやりかねないからだ。人間、突然指示を出されると、一瞬意識が持っていかれることがままある。隙を無理やり生み出して、その間に取り巻きに攻撃させるという手を使うということも考慮しておかなければならないだろう。
姑息な手だけど、効果的だ。
やはり気を付けるべきは、僕の詠唱だろう。声はなるべく最小限にする必要がある。真似られては、スクレに余計な気を遣わせかねない。
指示とかなら状況を見て無視できるだろうけど。それが魔法になると注意の度合いが格段に変わる。
……洞窟内では声が反射する。だから思いがけない場所から突然、『呼び声の主』の声が聞こえることだってあるだろう。こんな階層に出てくるの本当に嫌らしいと思うよ。
やがて『群隊小鬼』がぴょんぴょんと飛び跳ねながら迫って来る。
その跳ね方も無軌道で、突然横に飛んだり、その場で垂直飛びしたり、どうにも行動が読みにくい。目もあちこちに動いてるから、そっちから推測するのも困難だ。
「ヒュー、ヒュー」
まるで呼吸音みたいな鳴き声を出している。
「ヒュー、ヒュー」
不気味だ。岩壁によく反射している。
「まず、私が行く」
「りょーかい」
スクレが敵をかく乱するように動き始める。
左右にフェイントを入れながら接近しつつ。
尖って突き出た岩場を蹴る。
その後は壁を蹴って離脱。
しかし、『群隊小鬼』は気にも留めていない様子だ。
自由気ままに飛び跳ねている。
スクレが一体の『群隊小鬼』の横合いに回り込んだ。
しかして、スクレが一発打ち込もうとしたそのときだ。『群隊小鬼』が突然振り向いたと思うと、その身体が横一文字に割れた。口だ。突然のアモングアスである。ギザギザの乱杭歯がむき出しになる。見たところ、かなり鋭い。
「っ――!?」
スクレが咄嗟に手を引っ込めた。そのまま攻撃するのはマズいと判断したのだろう。
その隙を見計らったように、他の『群隊小鬼』も連鎖するように口を開き、そのまま飛び掛かるようにしてスクレに殺到する。
「っ、翻身水体!」
スクレが身を旋回させると同時に、彼女を中心にして、円周に強烈な水流が走る。
加護の力を強く発揮させたのだ。
『群隊小鬼』たちは、口の中に水を流し込まれたうえ、激しい勢いに呑まれたせいで、散らばるように吹き飛んだ。
そこですかさず、僕は前に出た。後ろに退くスクレと入れ替わるように前に出て、電撃を打ち込む。
二体ほど電撃を浴びたようだけど、動きが鈍る程度で倒し切るまでには至らなかった。
あの毛に邪魔されたのだろうか。散漫な攻撃ではあまり効果を出せないのかもしれない。
『群隊小鬼』たちが起き上がりこぼしのように起き上がった。
「翻??ァ繧体!」
「罘ァ繝水??!」
「翻しん水ィ体!」
奥の方で、『呼び声の主』がスクレの声真似をし始めた。発生をするたびに、段々と声質や口調が明瞭になってくる。まるでラジオのチューニング。スクレが後ろで「きもちわるい……」と呟いた。
スクレが後方に着地し、僕も即座に近くに移動する。
「やっぱ奥に行くとモンスも強くなるね。動きが速いし読みにくい。深度14だって舐めてかかってたら、足を掬われるねこれは」
「いやらしいし、いかがわしい」
低階層だからってあまり気にしてなかったけど、倒すの結構めんどそうだ。
やっぱ世の中って、簡単にうまく行くようには出来てないね。




