Don't jump to conclusions
「早とちりをするな」を英語で何というかご存知だろうか?
答えはDon't jump to conclusions.
日本語に直訳すると、結論に跳ぼうとするなとなる。
「とっとと殺れ。今更、俺の命など惜しみはしない」
「え? 犯れって……もう少しムードが欲しいところですね。あと貞操をそう安々と手放すのはどうかと思いますが……」
「巫山戯るな。貴様の整えた殺人遊戯でなど御免だ。今直ぐここで殺れ」
「寝台は嫌なのですか……青姦ですか……」
かなり特殊な趣味のようだ。顔は美人。引き締まった身体は女性らしさをとても強調している。性格が若干残念なのが玉に傷だが、今まで会った抱きたい女性の上位に入るのは間違えない。
……よし、やろう!
俺が決意を込めて近づくと、彼女は目を瞑る。かなり強く瞑っている。緊張しているのだろう。
俺はしゃがみ、彼女の頬に手を当てる。
そして口づけを交わした。
優しく。何度も。ただ唇に触れるだけの口づけを。
左手で彼女の頭を軽く撫でる。
優しく。優しく。
もう片手を彼女の背に回す。
……そして徐々に、徐々に抱き寄せる。彼女の弾力を胸に感じる。
その間、何度も啄むように、触れるように、口づけを交わす。
「ん……んぁ……」
彼女の吐息が漏れる。
そのタイミングで、俺は舌を彼女の中へ侵入させる。
彼女はビクッと震える。
彼女の口内はとても熱い……
背に回した手で優しく撫でる。
舌は、歯茎に、彼女の熱い舌に軽く触れるか触れないかという状態を何度も繰り返す。
「んん……ん……」
そして、時間をかけてゆっくり、じっくり舌を絡める時間を長くしていく。
「ん……ちゅ……んぁ……」
彼女の喘ぎ声と2人の口づけの音が漏れる。
彼女の口からは、俺のものと彼女のものとが混じった唾液が垂れる。
彼女は積極的に求めてきた。
俺の口内に侵入してくる熱い舌を歓迎し、唇で吸ったり、歯で軽く甘噛したりして刺激させる。
「ん……んん……ちゅ…ん…ちゅ…」
絡める。何度も何度も。
口と口が繋がって一つの生き物になったかのような錯覚を受ける。
熱い。
俺は唇を離す。
彼女は口づけを続けたかったのか、名残惜しそうに顎を前に出す。
2人の口の間には、絡み合った唾液が糸を引いた。
彼女の目を見る。
トロンとしており、潤んだ瞳だ。こんな瞳の彼女は見たことがない。
「やはり続きは部屋でしませんか? あなたを独り占めしたいのです。虫や小動物にだってあなたの美しく乱れた身体を見せたくない」
俺がそう言うと、彼女の瞳は正気の色に変わる。
「……えっと、お前って探偵?」
「……ええ。……探偵です。自己紹介しましたよね?」
「ゲームで成金を追い込んで遊んでたのは何故?」
「ルール通りにゲームをしていただけですが」
「あんな風に追い込んでいたことについて聞いている」
「あまりに田中女史を馬鹿にしていたので、お灸を据えただけですよ」
「最近の探偵は皆強いの?」
「さあ? 私の知っている探偵の中では、私より強いのは一人だけです」
雲行きが怪しい。
俺の熱り立った息子の逝く宛がなくなる可能性が脳裏に浮かぶ。
「ははは……はははは……」
彼女は笑い出す。
俺は長年の経験から、結末を悟った。
セクロスする雰囲気じゃねえ……
「後で話がある……さて俺は覗き魔どもを捕まえてくるか」
彼女はそう言い去っていく。
俺はしばらく呆然とした後、タリスカーや着替えを持って『部屋』へ戻る。
先ほどと同じ「ザ・タリスカー」の瓶を持っているのに、心情は全然違う。
虚しさで一杯だ。
俺は一人部屋で反省する。
あの場面では、青姦すべきだった……
二度と、二度とこのような失態は犯さん。
強く探偵の誇りに誓う。
時計の針を見る。
時刻は既に20時00分になっていた。
据え膳を御預けされた後なので、奇跡に対するモチベーションは限りなく低い。
ゆっくりとした足取りで『露天風呂』へ向かう。
途中、『とんスキの間』で顔に痣のできた4人の男が正座していた。
4人……神風卯月氏と米下刻男、ネクサス氏、胃辺利己豚男は泣いていた。
よく見ると、「私たちは覗きをしました」という看板を首にかけていた。
更に卯月氏は前髪が不自然に斜めに短くなっている。
米下は腿から血を流していた。
「理不尽だ」
「行けと言ったのはあいつなのに」
「日本人頭おかしい」
「池谷さん、良い乳してた……」
「「「ああ。いい乳してた」」」
「だが、田中さんの小ぶりな尻も私は好きですよ」
「馬鹿言うな。尻は大きい方が良いに決まってるだろうが」
悲しみの呟きが聞こえる。おそらく、狼牙風子女史にボコボコにされたのだろう。覗きに行けと場所を教えられ、実行したら教えた本人にボコボコにされる。俺もびっくりの罠だ。
悲しみに浸る4人を素通りして『サロン』に足を進める。
『サロン』では風呂上がりの女性陣が集まっていた。
田中佳子女史は紫のネグリジェだ。扇情的すぎる。メイクが落ちたその顔も美しい。
池谷美香女史は桃色の下地に牛柄のパジャマ。似合ってる。彼女は元々あまり化粧をしていないようだ。変化が少ない。
そして、見慣れない水色のパジャマの美女がいる。誰だ? まさか華月花女史か?
「露天風呂は如何でしたか?」
俺は話を謎の人物に繋げるために婉曲的に話しかける。
「露天風呂は最高でしたよ。露天風呂は」
「聞いてよ。あいつら覗きに来たのよ。最低よ」
「良いお風呂でしたよ」
二番目に答えたのが、謎の美女だ。記憶にある華月花女史の口調と一致する。
「華月さんはお化粧を取ると印象が変わりますね」
「あー。そういうこと言うかな。女の子に対して」
「いえ。素顔の方がお美しいと思いました」
「え? やん。まさか口説いてる?」
「そのつもりはありませんでしたが、お三方とも頭を下げて口説きたいと思うほどの女性ですよ。もっとも私などではお食事も同行させてもらえるか怪しいですが」
俺がそういったところで、3人共満更でもない顔をする。
まじか。まじで華月女史か……
俺は頭の中の困惑を必死に理性で制御する。
「では、私も露天風呂を楽しんできます。おやすみなさい。」
「「「おやすみ(なさい)」」」
女性陣と挨拶を交わし、俺は『露天風呂』へと向かう。
狼牙風子女史との後でお話……そのお話に向けて隅々まで綺麗にするために。




