夜想曲
脱衣所を抜けるとは開放感溢れる『露天風呂』だった。岩場を繋ぐようにコンクリートで固められた湯船。そこには木製の湯口から絶えずお湯が流れ込まれている。脱衣所の壁側には洗い場があり、近代的なシャワーバス水栓が付いている。景観と利便性の両方を取ったのだろう。辺りは木々が閑散した平地だ。つまり覗き放題である。
うん。鍵の意味は限りなくないな。
覗かれて当たり前の構造だが、私有地なので問題ないのだろう。
俺は身体を洗う。公衆の場では、身体を洗ってから湯船に入るのはエチケットとして当然だ。ただし、本来の身体を綺麗にするという目的のためであれば逆が好ましい。先に湯船に入ると毛穴を開き老廃物が浮き出るため、その後に身体を洗うと細部の汚れが落ちやすくなるからだ。
以上から、家では先に湯船に入り、外では先に身体を洗うことにしている。
身体を洗い終わったので、湯で流す。
ふう。さっぱりした。
湯船から湯を掬い、身体にかけ流す。
湯船の温度は42℃くらいだろうか。若干熱いと言えなくもない。
湯に肩まで浸かる。
全身浴より半身浴の方が健康に良いと言われるが、肩まで浸かることにより良い効果もある。水圧が高い分、リンパや血液を上半身に流そうと反発する力が働き、静脈の血液の流れが良くなるのだ。半身浴に比べのぼせやすいので、長時間浸かれないのが一番の欠点だろう。また心臓への負担も半身浴よりは大きい。
「ふあーーーいい湯だ」
湯の熱さが気持ちよく、思わず声が出てしまう。
辺りを見ると、沢山の暖色系の灯りが『露天風呂』を囲んでおり、完全に陽が落ちているにも関わらずうっすらと周りが見えて開放的だ。
少し泳ぐか……
開放感に囚われたからだろうか、そんな阿呆な考えが頭に浮かぶ。
ガラガラガラ……
脱衣所の扉が開く音がする。俺は泳ぐのをやめた。泳ぎだす前で良かった。
米下刻男は無理として、他の3人は許されたのかも知れない。一人の風呂も良いが、他人と会話を交わすのも良いだろう。開放的な場所では、うっかり言葉が漏れることがある。重要な情報を得たことも一度や二度ではない。
そんなことを考えていたら、身体を洗い終わった人物は湯船に浸かり声を挙げる。
「痛っ……ああ。これは背中に痣が出来ているかも知れんな」
……聞き覚えのある女性の声だ。
それは、さっきまで刃を交えていた女性の声だった。
◇◇◇
「よう!」
狼牙風子は声をかけてくる。俺に近づきながら。
「……今は男性の入浴時間のはずですが?」
努めて冷静に胸の大きさを目測しながら、俺は疑問を口にする。
「わかってるって。お前と喧嘩してたから風呂に入ってねえからよ」
それは自分が入りたい理由であって、入って良い理由ではない。88cm。
「目のやり場に困りますね」
Perfect Shape!
それは、鎖骨上窩とTopとunderで説明できる。一つ、鎖骨上窩と2つのTopは正三角形が理想である。二つ、TopのY座標は、鎖骨上窩からunderまでを100%としたときの上部45%の位置が理想である。三つ、Topの角度は20°上方を向いているのが理想である。有識者は理想をPerfect Shapeと呼ぶ。
「いや。まあそんな立派な身体でもないしな」
立派だろ。そんなことを言うとAAに殺されるぞ。
狼牙風子は徐々に近づいてきて、俺のすぐ隣に座る。
「ふー。いい湯だな」
「ええ、いいお湯ですね」
そして、良い乳です。
しばらく、沈黙が続く。
彼女はこの風情を楽しんでいる様子ではない。髪先を忙しなく弄っている。何か言いたいことがあるが言い出せない子供のような仕草だ。
「あ。あのさ。さっきは悪かった」
「ああ……何のことかと思いましたよ」
何だと。無毛地帯だと……
いや、光の屈折で見えなかっただけかも知れない。
「許しましょうと言うところですが、安易に許すと他の方に同じことをやりそうですからね……2つほど条件を飲んでくれたら、水に流しましょう」
「ホントか? 何でも言ってくれ」
入りました。「何でも言ってくれ」が入りました。
「まず1つ目です。情報をいただきたい。誰と私を間違えたのでしょうか?」
「う……」
1つ目から狼牙風子は言い淀む。こんなことでは2つ目の願いは成し遂げられない。
「あなたの言動から幾つかの情報が得られたので、それを調べればわかると思います。ただ、あなたの口から聞きたいのです」
「……傍観者っていう通り名の気狂い……ここにいるって情報提供があった」
国際指名手配犯にそんな名前の奴がいた気がする。後で調べよう。
「傍観者……嫌な相手ですね」
「ああ……最悪だ。他人を精神的に追い込んで人を殺させる。そして、その死体を芸術扱いしている変態野郎だ」
適当なことを言った俺に追加の情報をくれる狼牙風子。やはり風呂は情報収集には良い場所だ。
「何故、そのバ「追っている理由とかは言わんぞ」」
言葉を被せられた。
嫌な思い出があるのかも知れない。
他に聞くとしたら「何故、俺と間違えたのか」「どこまで情報を掴んでいるのか」「お前はどこの所属なのか」ぐらいか……
1番目はゲームで卯月氏を追い詰める様から推定したのだろう。浅慮だ。2番目は情報がないから俺と目標を間違えている。3番目はあまり聞く意味がないな。日本の警察関係か国際警察の関係が濃厚だろう。だが、チームで動いていないから私怨に振り回され独断先行した可能性も高そうだ。
さて、では考えもまとまったので、2つ目のお願いをするか。
俺は隣に座っている狼牙風子を抱き寄せる。
彼女の目を真剣に見つめ、願いを告げる。
「俺はお前が欲しい」
夜想曲…つまりノクターン。この続きをノクターンで書くか考え中です。
ぶっちゃけ需要ないですよねー
名探偵のりおの次の話は、風呂上がり後の自室からです。




