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NULL WORLD ―世界の外側―  作者: 雛
REAL ―二つの世界―
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16/16

10、崩壊

 世界が、裏返った。


 空と地面。


 光と闇。


 現実と仮想。


 すべての境界が意味を失っていく。


「俺たち自身を……反転させた?」


 カイが呟く。


 レンは答えなかった。


 答えられなかった。


 戻ってきた記憶が、あまりにも矛盾している。


 自分が作った世界。


 自分が壊した世界。


 自分が救った世界。


 そのどれもが、完全には正しくない。


 そして。


 一つだけ確かなことがあった。


「俺たちは……」


 レンは自分の手を見る。


「最初から、同じ世界に存在してなかった」


 ユナが目を伏せる。


「……そう」


「知ってたのか?」


「全部じゃない」


 ユナは答えた。


「でも、五年前からずっと思ってた」


「私たちは何かを間違えてるって」


 その時。


 巨大な音が響いた。


 ――ゴォォォン。


 研究施設の天井が消える。


 その向こうにあったのは、空ではなかった。


 無数の世界。


 無数の街。


 無数の「現実」。


 それらが崩れながら落ちてくる。


「まずい!」


 アオイが叫ぶ。


「境界が完全に壊れ始めてる!」


 ミサキが端末を見る。


「データが……全部混ざってる!」


 人。


 建物。


 記憶。


 時間。


 能力。


 あらゆるデータが、一つの場所に流れ込んでいる。


 そして。


 その中心にいるのはZEROだった。


「……始まった」


 ZEROが静かに言う。


「何が?」


 レンが問いかける。


「崩壊だよ」


 ZEROは空を見上げる。


「Edenだけじゃない」


「この世界と接続されている、すべての世界が消えていく」


「止める方法は?」


「ある」


「だったら――」


「でも、君にはできない」


 ZEROがレンを見る。


「まだね」


 レンの右目に表示が浮かぶ。


《NULL》


《ABILITY:UNKNOWN》


《WORLD AUTHORITY:3%》


「……3%?」


 レンが目を細める。


 今まで《反転》だと思っていた力。


 その正体。


 《NULL》。


 それは能力の名前ではなかった。


 能力者としての分類でもない。


 レン自身に与えられた――。


 特殊な存在権限。


「NULLって……」


 アオイが呟く。


「能力じゃなかったの?」


 ZEROが答える。


「そう」


「NULLは、能力の名前じゃない」


「この世界における――」


 一瞬だけZEROの声が止まる。


「レンの存在そのものだ」


 レンは黙った。


「つまり?」


「君は、世界の中にいる存在じゃない」


「世界を構成するデータから外れている」


「だから、世界のルールを反転できる」


「……」


 レンは自分の右手を見る。


 これまで《反転》だと思っていた能力。


 方向を逆にする。


 速度を逆にする。


 命令を逆にする。


 法則を逆にする。


 そのすべては。


「反転じゃなかった……」


 レンが呟く。


「俺が、世界の外側にいるから……」


 ZEROが頷く。


「そう」


 その瞬間。


 巨大な衝撃が走った。


「レン!」


 ユナが叫ぶ。


 黒い波が施設を飲み込んでいく。


 レンは咄嗟に右手を前へ出した。


「《反転》!」


 波の進行方向が変わる。


 しかし。


 止まらない。


「くっ……!」


 黒い波が二つに分かれ、さらに三つ、四つと増えていく。


「レン!」


 カイが叫ぶ。


「一人じゃ無理だ!」


 レンは振り返る。


 そこには。


 ユナ。


 カイ。


 ミサキ。


 アオイ。


 そして。


 五年前に存在した七人のデータ。


「……七人」


 レンは呟いた。


「七人なら……」


 ZEROが笑う。


「そう」


「《SEVEN LINK》を使う」


 研究施設の中央に、巨大な円形装置が現れた。


 七つの席。


 しかし。


 そこにいるのは五人だけだった。


「あと二人……」


 ミサキが呟く。


「能力者05と06」


「裏切った二人か」


 カイが構える。


「そいつらはどこにいる?」


 ZEROが答える。


「もうすぐ来る」


「……え?」


 その瞬間。


 遠くから二つの光が飛んできた。


 一つは青。


 一つは黒。


 光が人の形になる。


 そこに立っていたのは――。


 二人の能力者。


 だが。


「……違う」


 レンが呟いた。


「こいつらじゃない」


 二人の姿は、五年前の記憶とは違っていた。


 全身がデータのノイズに覆われている。


「何だ、こいつら……」


 カイが一歩下がる。


 青い方が口を開く。


『僕たちは能力者じゃない』


 黒い方が続ける。


『能力者から切り離された――』


 二人の声が重なる。


『残骸だ』


 レンの目が見開かれる。


「……残骸?」


『五年前』


『君が記憶を反転させた時』


『僕たちの能力も分離された』


『だから、本体だけが残った』


 ミサキが震える。


「じゃあ……」


『そう』


『君たちは五年前から――』


『七人じゃなかった』


 その瞬間。


 レンの記憶がさらに書き換わる。


 七人。


 ではない。


 最初から。


 九人いた。


 九人でNULL PROJECTを始めた。


 そして。


 その中から二人が選ばれた。


 「世界の外側」に残るために。


 レンは頭を抱えた。


「違う……」


「俺は……そんなこと……」


 ユナがレンの肩に手を置く。


「レン」


「俺が選んだ……?」


「違う」


「じゃあ誰が?」


 ユナは答えない。


 ZEROが静かに口を開く。


「僕だよ」


 レンが顔を上げる。


「……お前?」


「君は世界を作ることに集中していた」


「だから、僕が選んだ」


「誰を残すか」


「誰を消すか」


「誰の記憶を守るか」


「全部、僕が決めた」


 レンの目が鋭くなる。


「……だったら」


 一歩。


「全部お前のせいじゃないか」


 ZEROは笑わなかった。


「そうだね」


「僕が間違えた」


「でも――」


 ZEROの姿が少しずつ崩れ始める。


「間違えたのは、僕だけじゃない」


 ZEROがレンを見る。


「君もだ」


 その瞬間。


 世界が完全に崩れた。


 地面が消える。


 施設が消える。


 空間そのものがなくなる。


 レンたちは、真っ暗な場所に浮かんでいた。


「ここは……?」


 アオイが呟く。


 ZEROが答える。


「世界と世界の間」


「Edenが作られる前の場所」


「何も存在しない場所」


 レンは周囲を見る。


 何もない。


 なのに。


 どこからか声が聞こえる。


『レン』


 母親の声。


「……!」


『レン、起きて』


 学校の先生の声。


『黒瀬くん』


 友達の声。


『レン』


 ユナの声。


 そして。


 最後に。


『――世界を作ろう』


 五年前の、自分の声。


「……やめろ」


 レンは耳を塞ぐ。


「もう……聞きたくない」


 すると。


 目の前に一つの扉が現れた。


 白い扉。


 その中央には文字が刻まれている。


《REAL》


「……現実?」


 カイが呟く。


 レンは扉を見る。


 扉の向こうから。


 光が漏れている。


「これを開ければ……」


 ユナが言う。


「現実世界に戻れる」


「本当に?」


「……分からない」


 レンは扉に手を伸ばす。


 だが。


 その手が触れる直前。


 ZEROが叫んだ。


「待って!」


 全員が振り返る。


「その扉を開けたら――」


 ZEROの声が初めて震えた。


「全部、元には戻せない」


「どういう意味だ?」


「この先にあるのは『現実』じゃない」


 ZEROが言う。


「五年前に、君が消した世界だ」


 レンの手が止まる。


「……消した?」


「そう」


「君は世界を反転させた」


「そして、その世界をここに閉じ込めた」


「つまり――」


 ZEROが扉を見る。


「その扉の向こうには」


 一拍。


「五年前の世界が、そのまま残っている」


 レンは息を呑んだ。


「……俺たちの、本当の現実が?」


「そう」


 その時。


 扉の向こうから、誰かがノックした。


 ――コン。


 全員が固まる。


 もう一度。


 ――コン。


 そして。


 扉の向こうから声がした。


「……レン?」


 レンの顔が凍りつく。


 その声は。


 五年前に失ったはずの――。


「母さん……?」


 ユナが驚く。


「レン……?」


 扉の向こうから、もう一度声がする。


「レン、そこにいるの?」


 レンは震える手で、扉に触れた。


 そして。


 ゆっくりと――。


 ドアノブを握った。


 その瞬間。


《REAL WORLD》


 表示が赤く点滅する。


《ACCESS PERMITTED》


 扉が開き始めた。


 白い光が、全員を包み込む。


 ZEROだけが、その場に残っていた。


「……行って」


 レンが振り返る。


「ZERO?」


「僕は、ここに残る」


「どうして?」


 ZEROは少し笑った。


「誰かが、世界の境界を閉じなきゃいけないから」


「待て!」


 レンが手を伸ばす。


 しかし。


 光が二人を分ける。


 ZEROの姿が遠ざかっていく。


「レン!」


 最後に聞こえたのは。


「――今度こそ、自分で世界を選んで」


 その言葉だった。


 そして。


 世界が白く染まった。


 レンたちは消えた。


 Edenも。


 境界線も。


 ZEROも。


 すべてが。


 その瞬間――。


 巨大なシステム表示が現れた。


《NULL PROJECT》


《PHASE 1:COMPLETE》


《PHASE 2:START》


 そして最後に。


《WELCOME BACK》


《REAL WORLD》


 ――五年ぶりに。


 レンは、本当の「現実」へ戻った。


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