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3/3

令和の王妃殿のお世話係、鈴木マネージャー

俺は遠藤真理という人物をよくは知らない。


だが、マネージャーとして、

うちの事務所、

そして我が養成所のホープの情報は

そこそこインプットしてある。


遠藤は、若い研修生が多い中、

一人だけ30を過ぎている。

ナレーション経験や

ドラマのエキストラ出演経験もそこそこある。

稽古場は事務所に隣接していて

よく会うので挨拶くらいは交わす。


感じのいい子だ。

だから顔は知っているのだが、

接点はそれくらいだ。


「しかし、ハリウッド映画のエキストラ役で

アドリブをかましたという逸話を聞いた時は

驚きましたけど、

まさかマリー・アントワネット役を勝ち取るとは…

素晴らしいです」

バックミラー越しに言うが、

さっきから無反応だ。


数時間前、彼女から電話をもらって

オーディションに落ちたと報告を受けた時は、

まあ、突拍子もない競争率のだしね、と思った。


そこで突然通話が切れたのだが、

その後、敏腕プロデューサーの大森氏から

連絡が入って卒倒しそうになった。


帰り道にたまたま遠藤と会い、

そこでマリー・アントワネット役の

熱演を見せつけられ、

彼女以外の適任はいないと確信したと言う。

そんなウルトラCをやってのけるとは。


大急ぎで車を出して彼女を迎えに来て、

話をまとめ、契約書に判を押した。


うちの社長に連絡を入れると、

大声の万歳コールがスマホから鳴り響いた。

彼が言うように、

我が社にとっては画期的なニュースだ。


ただ、当の遠藤真理の様子が変なのだ。


役が抜ける様子がまったくない。


まるで憑りつかれたかのように

王妃を演じ続けている。


車の窓から見える都内のビル群を、

化け物でも見るような目で怯えて

見つめている。


さすがにちょっとやりすぎだろ?


「遠藤さん?」


再度バックミラーを見ると、

じろりと睨み返された。


「いや、女王陛下」


さっきから頑として

自分はマリー・アントワネットだと言い張る。


まあ、徹底して演じたいという気持ちは

尊重すべきだろうけど、

まるで本物の王妃であるかのように

いちいち俺の言葉遣いを注意してくる。


助手席に乗るように勧めたときだってそうだ。


「こいつ、使用人の分際で、

一国の王妃に自分の隣に座れとは、

何てことを言うんだ⁉」

そんな顔をしていた。別にいいけど。


俳優のマネージャー業に転職して10年経つが、

ここまで役に没頭する役者を見たことがない。


新しいタイプなのかもしれない。

自分にそう言い聞かせ、

調子を合わせてやることにした。


しかし、いくら何でも、

自分の自宅の住所も思い出せないとはねえ。


会社のタレント名簿を確認しつつ事務所に相談すると、

何と、彼女を預かるよう岡田社長に命じられた。

おいおい、一応男と女だぞ?


社長いわく、

「君を全面的に信頼しているから言うんだよ。

このドラマが上手くいけば

事務所のステータスは爆上がりだ。

うちの命運がかかっているんだ!」


いや、そんなことは言われんでも分かっている。


「王妃様になりきりたいというのなら、

なりきらせてやってくれ。

彼女の身の回りのことは全面的に頼んだよ」


「えーっ⁉」

「その代わり、君は彼女の専任だ。

他の子たちはしばらく他の人間に担当させる。

だから、な?頼んだよ。ボーナス弾むから!」


大学の先輩でもある社長の頼みを断る理由もなく、

渋々受け入れた。


稽古場に連れていくべきか、

どこかの病院で診てもらった方がいいのか

迷うほどの迫真の演技だが、

そろそろ日が落ちてきた。


先ずは遠藤の自宅に行って着替えや洗面、

メイク道具などを取ってきて、

うちに着いたら寝床の用意だ。


たまたま昨日、掃除・洗濯をしておいてよかった。

だが、料理まではちょっとね。

そんな余裕、どこにある?


夕食と明日の朝飯はコンビニに決定した。



自宅近くのコンビニの駐車場に停めて、

女王陛下のために後部座席のドアを開けると

突然、彼女のバッグの中の携帯が鳴った。

遠藤… じゃなかった、

女王陛下は恐怖に慄いている。


「出ないんですか?」

「え?」

「スマホ」

「すまほ?」


大した徹底ぶりだ。


それとも役に没頭するあまり、

本当に自分の現実を忘れてしまったとでも?


行進曲の着メロが鳴り響き、

周囲に迷惑をかけても何なので仕方なく、

そのバッグからスマホを取り出して電話に出た。


「もしもし?」

「…あれ?これ、

遠藤さんの携帯番号じゃないんですか?」

「ああ、失礼しました。

はい、遠藤真理の携帯で間違いありません。

私は遠藤のマネージャーの鈴木と申します。

申し訳ありません、

彼女は… 今ちょっと出られないんです」


向こうで息を呑む音が聞こえた。


「遠藤さんに何かあったんですか?」


「あ、いや、何でもないんです、ご安心ください。

少々取り込み中でして。何かあるようでしたら伝えます」

「そうですか、よかったです。

いえね、私、遠藤さんが働いてくださっている

コールセンターの主任の鎌田と申します」


そういえばほぼ毎日、

稽古以外の時間はバイトに当てていると

どこかに書いてあった。


「明日なんですけど、

急に都合がつかなくなったスタッフがおりまして、

代わりに遠藤さんに入っていただけないかと

お電話したんです」


答えは明白だ。


「大変申し訳ありません。

実は、本日彼女が参加したオーディションで

主役が決まったんです」


「えっ⁉ ホントですか⁉

それはおめでとうございます!」


「ありがとうございます。

で、その関係で、明日――いえ、当分、

かかりきりになりますので、

そちらのお仕事には入れなくなってしまいました。

ついさっき決まったばかりで

ご連絡が遅れてしまって大変申し訳ありません」


「いやあ、彼女が役者さんであることは

聞いています。いつも応援しているんですよ」


「恐縮です。急なことで誠に申し訳ないのですが、

明日からしばらく――そうですね、

一か月くらいお休みをいただきたいのですが、

可能でしょうか?」


「正直、痛いですけど、

遠藤さんの女優デビューであれば、

喜んで協力させていただきます!」


話の通じる相手でよかった。


丁重に礼を言って通話を終え、

当の本人に説明しようと振り向くと、

コンビニの正面に向かって

真っ青な顔で立ち尽くしている。


「どうしたの?…ですか?」


「そこの扉が… 誰も触ってすらいないその扉が…

勝手に開いたのです!」


やれやれ。


でも、あの顔。

あれが演技だというなら、アカデミー賞は確定だね。


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