オーディションに落ちて巨大な雷も落ちる
「ご苦労様でした」
その一言で、私・遠藤真理の今回の挑戦はまたしても、あっけなく終わった。
舞台「令和ニッポンにやってきた、王妃マリー・アントワネット」のオーディション。
実年齢も近いし、めちゃくちゃリサーチした王妃役、もしかしたら… とちょっと期待したが、今日のオーディションもあっけなく落ちた。
大好きな芝居でやっていきたくて養成所に通いつめ、オーディションを受け続けているが、
選ばれるのはダンスの上手い若い子ばかりだ。
時間を戻すわけにもいかない。そろそろ潮時かな。
最近そう思い始めてた。
(コールセンターのオペレーターバイトを本職にするしかないのかな…)
もちろん、あれだって立派な仕事だ。
でも、やっぱり、最後に一度でいいから舞台に立ってマリー・アントワネット役を演じてみたかった。
処刑までは描かず、もしも王妃が令和の東京にタイムスリップしたら?
という話題のファンタジーだ。
事務所がダメ元で送り出してくれたのはわかっていた。
でも、私はなぜか、何としてでもこの役が欲しくて、完璧な下調べをして臨んだ。
でも、端役にすら、かすりもしなかった。
「――今日は残念だったね、真理」
ライバルであり友人の麗奈が、歩きながらぽつりと言う。
ウェーブがかかった栗色の長い髪が素敵な、正統派美人である。
スタイルも抜群で、見た目的には彼女こそ王妃役にふさわしい。
その麗奈すら落ちたのだから、私が落ちるのも当然か。
「きっと最初から主役が決まっていたのよ。形だけのオーディションってやつ。
だから落ち込まないでおこう。次があるよ、次が! 今は配信ドラマもあるし、
可能性は広がってるんだから! めげてる暇なんてないからね!」
「…うん… そうだね。頑張ろう」
お互いにグータッチを交わして明るく別れた。
でも、一人になるとやはり足取りが重い。
とぼとぼと駅に向かって歩き始めると、ふと、足元で動く黒いものが目についた。
やたらと不自然にウロウロする蟻。
黒い塊のグループから少し離れて、一匹だけぐるぐると奇妙な円を描いている。
私は普段は虫が大嫌いで、虫よけスプレーをかけまくる。
でも、なぜか、迷子のようなこの蟻から目が離せない。
必死にあがく姿が自分に重なったのかも。
直に触るのは嫌なので、オーディション用の台本を丸め、その端でそっと歩道の方へと促した。
「そっちに行くと道路に出て轢かれちゃうよ。
もう少しまっすぐ行けば公園があるから、そこに行けば安心だよ」
そう呟いた。すると、次の瞬間。
蟻は目を見張るような動きをした。
まるでおじぎをするようにぴょこっと頭を下げた。
そして恐ろしいスピードで草むらに消えていった。
ちょっと待って。
私は今、大真面目に一匹の蟻に話しかけたの? そして、その蟻は…私に頭を下げた⁉
バカな。そう見えただけだ。
「はは… オーディション疲れでヤキが回ったかな」
乾いた笑いが漏れる。
やっぱり、ぼちぼち潮時なのかもしれない。
いつまでも夢を追いかけてばかりいられない。
そろそろ親を安心させてやる時期なんだろうな。
ショルダーバッグからスマホを取り出し、事務所のマネージャーに電話をする。
「あ、鈴木さん? 本日、オーディションに参加させていただいた遠藤真理です。
すみません。ダメでした」
「ああ、遠藤さん――」
ふと、見上げると、道路を走っていた大きなトラックが
いきなりセンターラインを越えて急速スピンをし、すごいスピードでこっちに回転してくる。
「…え? えっ⁉」
轢かれる!
でも、体が固まって動けない。
思わず目を閉じた。
ブオーッ!
その時、一台のオートバイがジェット機のようなスピードで割り込んできた。
ヘルメットの下から風に揺れるブロンドの長髪。
黒い革ジャン。ストレートジーンズの長い、長い脚。
トラックの運転手は、ハッとしたのか、必死にハンドルを操作してぎりぎりのところで方向転換し、
走っているべきレーンに戻った。
バイクに乗っていた男性は路肩で停車し、私のところに駆け寄ってさっと手を差し伸べる。
「大丈夫ですか?」
「あ… は、はい」
ヘルメットで顔がよく見えない。
外国人っぽい。
まるで映画俳優のようなルックスなのはわかる。いや、それ以上だ。
こんな超絶イケメン俳優、見たことがない。
差し出された手が温かく、冷え切った心にポッと火を灯す。
「ここは交通量が多いから気をつけて」
イケメンはさっと手を振り、バイクにまたがり去っていった。
「もしもし? 遠藤さん? 何かあったんですか?」
地面に落ちたスマホから鈴木さんの声。
「あ、すみません、今トラックとぶつかりそうになって。でも、大丈夫です。
オートバイに乗った人が助けてくれたので」
プツッ。
突然通話が切れた。
空がピカッ‼ と光った。
今まで見たことがないくらい強烈な光。
周りの木々や建物の輪郭すら見えなくなった。
辺りは真っ白。まるで雲の中にいるような感覚だ。
「遠藤真理さん」
誰かが私を呼ぶ。
「こっち、こっち。お足元」
下の方を見ると、極小サイズの黒いものが宙に浮いている。
「えっ? さっきの… 蟻?」
「はい、さっきの蟻でございます。アリアと申します。先程はご親切に、ありがとうございました。私のような蟻を助ける方は多くはありませんが、あなたは違った。お礼にあなたの願いを叶えて差し上げます。願いを一つ、おっしゃってください」
は? 私、夢を見ているのか?
そうに違いない。
蟻と会話するなんてね。
そりゃあ、願いが叶えられるのなら、あの役が欲しいに決まってる。
いや、待てよ。仮に役がもらえたとして、色々と不安もあるだろう。
いっそ本物の王妃になる方がよかったりして。
自分の身の振り方とか将来の不安とか何もなくて、贅沢三昧の貴族ライフ。
優雅に、ケーキを食べれば? なんてね。
ハハ。どうせ夢だもんね。
「決まりですね。承知いたしました」
「え?」
「あなたの考えはバッチリ聞こえました。
ごゆるりと貴族ライフをお楽しみください」
「は?」
青い稲妻が空を割り、鼓膜を裂くような巨大な雷が落ちた。




