31 黒き三本鳥居
ザッザッ
藤倉が先頭を歩き始めた。剣奈は女性姿に変化した玉藻と手を繋いで藤倉の後を追った。白蛇は剣奈のリュックに入り込んだ。来国光は剣奈の術式によって顕現し、リュックに入れられた。
(久継闇原村。本当に実在するのか?はたしてそれはどんな……)
藤倉らは山道を進んでいった。あたりはうっそうとした森に変わっていた。人工物は何もなく、昔から何も変わっていないかのような風景だった。
藤倉は慎重に歩を進めた。鬱蒼とした山道だった。あたりはいつの間にか、霧がかかったような靄に覆われていた。藤倉は思った。闇坂村を訪れた時と同じ匂いがする……と。
森の奥へ進むごとに、空気がしっとりと濃くなっていった。陽射しは次第に木の葉に遮られ、山道の先が霞んでいた。いつしか虫や鳥の声も遠ざかり、草を分け、土を踏む彼らの足音だけが響いた。あたりに薄い霧が流れていた。
『位相が重なっておるようじゃの』
来国光が警告した。その時だった。
ヒュウ
風が吹いた。そして、
ユラリ
山の木々が二重にぶれた。森の輪郭がずれて見えた。そんな気がした。その時である。
「なにか見える」
剣奈が風景の変化に気づいた。その声に藤倉は注意深くあたりを見回した。そして藤倉は見た。木々の間から遠く、建物のようなナニカがぼんやりしているのを。
「行こう。静かに、ゆっくりと」
ザッザッ
一行はゆっくりと歩を進めた。やがて、鬱蒼とした森の先に、風にゆれる作物が見えた。畑だった。苔むした石垣が向こうに見えた。木立の陰に木造の古い家屋が見えた。草に埋もれた小道はその村に続いていた。空気がどんよりと淀んでいるようだった。
「村?」
「そうだね、黒闇神、つまり闇神様信仰の村の伝承が正しければ、ここは久継闇原村……」
「あまりよろしくない雰囲気ですわね」
玉藻が言った。
「そうだね。どうしようか?」
藤倉が答えた。
「あらぁ?邪神を崇拝する村でしょ?一気に殲滅してはどうかしら?」
玉藻が物騒なことを言い出した。
「ダメだよ!今の世でそれをやったら、大量殺人事件だよ。きゅうちゃ、めっ!」
「うふふ。冗談ですわよ」
そう、安土桃山時代にタイムリープして玉藻が無双した闇坂村とは異なる。ここは現代の村なのである。村人たちが敵対してきたとしても、むやみに騒動を起こすことは、藤倉たちは避けたかった。
「さて、どうやって隠密裏に物事を運ぶか…… というか、そもそもここは現世なのか?」
藤倉が頭を悩ませた。その様子を見た白蛇が、ニヤリと笑ってドヤ顔を見せた。
「かっかっかっ。妾の出番なのじゃ」
ヒュン
白蛇は言うや否や、姿を消した。空間を越える闇渡りを行ったのである。
「うっ」
「あああぁ」
ドサッ
剣奈たちからは見えなかったが、村人が次々と倒れていった。白蛇が次々と村人の足元に現れたのである。空間を静かに斬り裂いて。
空間から頭を出した白蛇が村人らの足に次々と噛みついていった。村人は何も気づかない。彼らは噛まれるとすぐ、朦朧となり、意識を手放していった。
白蛇が村人たちに使った毒、それは睡眠毒だった。意識を手放す前後の記憶が混濁するような作用もあった。白蛇の毒牙はあっという間に全ての村人を昏睡状態に陥れた。
「終わったのじゃ。翌朝にはみな目覚めておるのじゃ。睡眠だけでなく、回復も付けておいたのじゃ。やつらはすっきりさわやかに目覚めるはずなのじゃ」
白蛇がやり遂げた顔で言った。ドヤ顔だった!
「わぁ!さすがしろちゃ。ありがとう!」
「ありがとうございます。白さん」
「うむ、うむ」
剣奈、藤倉が白蛇をほめたたえた。白蛇はますますふんぞり返った。
「やりますわね」
「見直したかえ?」
「ええ」
苦手意識を持っている玉藻からも見直された白蛇である。平静を装いながら、その尻尾は左右に振られていた!犬か!得意満面の白蛇であった。
こうして一行は、誰にも見とがめられることなく歩を進めた。藤倉らは、村の中へ足を踏み入れた。小さな隠れ村は自給自足の集落で、住民は総勢二十名ほどだった。藤倉はふと思った。
(彼ら……戸籍はあるんだろうか?)
建物は年月を感じさせる木の造りだった。それらは苔むし、長い年月の重みを感じさせた。村は木々に覆われ、道は細く曲がりくねっていた。村全体が隠れるように、ひっそりと息を潜めていた。
空気がどんよりと重かった。白蛇は微かに異様な臭いを嗅ぎ取るように、周囲を見回した。歩を進めるにつれ、肌にまとわりつくような蠱惑の気が強まっていった……
一行は足元に気を付けながら、さらに村の奥へと歩を進めた。土は湿っていた。やがて…… 苔むした石仏が道端に見えた。木々の隙間からこぼれる光で、石仏は明るく照らされていた。
(この雰囲気……)
藤倉たちはさらに歩を進めた。やがて…… 苔に覆われた小さな鳥居と石段が現れた。鳥居は不自然に黒かった。そしてその鳥居は……
三本足だった……
「あった」
藤倉がつぶやいた。
「ですわね」
玉藻も同調した。
苔むした石仏、黒い三本鳥居、石段…… 玲奈が異界に囚われた、闇坂村跡地の神社の廃墟にそっくりだった。
藤倉がうなずいた。玉藻は気を引き締めた。一行は一段一段、石段を登り始めた。やがて陽は陰り、黒く重い雲が垂れ込めてきた。雲の切れ間からのぞくか細い光は、いまにも黒い雲に隠され、途切れそうに見えた。
それはあたかも…… 囚われた玲奈から伸びるか細い魂の紐のようにも思えた……
玲奈、今行く……




