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第6話 アイドル王子の裏の顔と結界をすり抜ける影

 


「――いいね!カイル!今度はもっと誘うように!」


 魔法仕掛けのフラッシュを浴びて、カイルが完璧な角度でウィンクを飛ばす。

 大勢のスタッフからの熱い視線を一身に浴びながら、やがて撮影は終了した。


「お疲れ様!最高のポスターになりそうだよ!」


 カメラマンは興奮した顔でカイルを労った。


「こちらこそ、いつも素敵に撮ってくれてありがとう」


 カイルが爽やかに笑うと、カメラマンが、今のも撮りたかったー!と嘆く。


「カイルちゃん、次の仕事が迫ってるから、そろそろ、ね」


「はい。お疲れ様でした!」


 マネージャーのジーンが声をかけると、カイルは笑顔で挨拶をしながら足早に控室へ戻った。



 控室の扉が閉まった、その瞬間。


「はぁ……」


 カイルの表情から、すべての「演技」が剥がれ落ちた。


 鏡に映る自分を、蛇のような冷ややかな視線で見据え、彼は首元の窮屈なタイを乱暴に引きちぎる。

 先ほどまでの慈愛に満ちた瞳は、一瞬で、冷徹な魔導士のそれに塗り替えられていた。


「……はあ、疲れた。あんな薄い魔力の中にいると、思考が鈍る……まるで濁った水の中で呼吸しているみたいだ」


 カイルは椅子に沈み込み、乱暴に髪をかき上げた。

 彼にとってアイドル活動は、「情報と影響力を手に入れるための、最も効率のいい潜入手段」に過ぎない。

 実際、今日の撮影でも――貴族スポンサーの動向はすべて頭に入っている。


 椅子に座り、喉を潤そうと手を伸ばした先で、彼はぴたりと動きを止めた。


「……水筒が、ない」


 カイルが普段使っているアクセサリーや、着替えの一部もなくなっていた。


 その時、ノックが響き、ジーンが控室へ入って来た。

 ジーンはカイル専属・敏腕マネージャー兼、魔塔広報部ディレクター(男)だ。


 常に最新流行の服を着こなし、派手なスカーフを巻いていた。香水の香りを漂わせ、指にはジャラジャラと宝石をはめている。ちなみに宝石はすべて通信用の魔道具だ。


「ジーン、またやられた。今度は水筒だ」


「え!?うそ、やだ、また!?ちゃんと結界まで張ってたのに!?」


 ジーンが派手な宝石の指輪をジャラジャラ鳴らしながら、控室の四隅をチェックする。


「物理的な侵入痕はゼロ。……気持ち悪いわね、まるで最初からそこになかったみたいに消えるなんて」


 カイルの瞳が鋭く細まる。上級魔導士である自分の結界を、文字通り「なかったこと」にされる屈辱は、彼のプライドに静かな火をつけていた。


 ここしばらく、カイルの周りをつけ狙う何者かがいた。

 最初は仕事の後に、後ろからついてくる気配だけだったが、次第に大胆になり、嫌がらせをされたり、ついには私物が紛失するようになってしまった。


「ねぇ、いい加減、ギルドに調査依頼しましょうよ。みんな心配してるのよ?」


 ジーンが聞き分けのない子供を諭すような顔でカイルに目線を合わせる。


「……ギルド、ね。悪いけど、僕だって上級魔導士だよ?こんな時でも自衛出来るからアイドル魔導士にさせたんでしょ?」


 カイルは冷たい声で、張り付いたような微笑を浮かべた。


「……無茶はダメよ、カイルちゃん」


 ジーンの声から、いつもの芝居がかった陽気さが消えた。


「アンタ、『あの娘』のためなら、自分の身体すら切り売りしかねないんだから」


 宝石がジャラジャラと鳴る音さえ止まる、一瞬の静寂。ジーンはカイルの肩に置いた手に、少しだけ力を込めた。

 肩に置かれたジーンの指先から、湿った熱が伝わってくる。カイルはその重みを受け止めきれないように、わずかに視線を伏せた。鏡の中の自分と目が合うのを、拒むように。


 ジーンはカイルの危うい所に気付いていた。今も、無意識に引きちぎったタイを、指の関節が白く浮き上がるほどの力で握りしめていることも。

 そして、その手がかつて、何を守ろうとして届かなかったのかも。


「カイルちゃんが実力者なのは分かってるわ。でも、これ以上『商品』に傷がつくのは私のポリシーが許さないわヨ」


 ジーンはカイルの肩に手を置いたまま、鏡越しに彼を見据えた。


「ね、最近ギルドに、面白い魔導士が流れてきたの。『死神さえ金貨で買収する』って噂の、とびきり強欲な女。実力だけなら、魔塔の連中の鼻を明かせるレベルらしいわよ?」


 カイルの脳裏に、かつて魔塔の静謐な会議室で、五大老たちの顰蹙を買いながら算盤を弾いていた不敵な女の顔が浮かんだ。


『この術式、維持費の銀貨5枚は削れるわね。――ひっひっひっ、浮いた分は私の取り分よ!』


 冷たく凍りついていたカイルの瞳に、小さな灯が灯る。皮肉げに、けれど蕩けるような甘さを孕んで跳ね上がったその口角は、ジーンですら見たことのないほど人間臭い体温を持っていた。


「……どう?興味、ある?」


 ジーンはカイルの表情の劇的な変化を、宝石をジャラジャラと鳴らしながら、獲物を仕留めた名プロデューサーの瞳で楽しげに観察した。


「……ジーン。その依頼、僕の名前は伏せて出して」


 カイルは、引きちぎったタイを無造作に机に放り出した。


「……どうせ彼女は、僕の顔なんて見ていない。……彼女を突き動かすのは、いつだって『報酬の桁』だけなんだから」



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