第24話 王子様の重すぎる独占欲が、ヒロインの『一生銭ゲバ宣言』に完全敗北した件
「そもそも、カイル。あんたどうやってこの部屋に入ったのよ!?」
エルレアがボサボサの頭を抱えながら叫ぶと、心外だとばかりにカイルは首を傾げた。
「受付嬢に鍵を借りただけだよ」
「借りたぁ!? 他人の部屋の鍵を!?」
「『どうしても急用なんだ』って、笑顔で頼んだら快く」
カイルが完璧なアイドル王子スマイルで、背景にキラキラと無駄な星を飛ばして見せる。
「その顔面を犯罪に悪用するな!!」
エルレアは飛んできた星を物理的に叩き落とす勢いで憤慨する。
「君に言われる筋合いはないな。だいたい、僕がちょっと目を離した隙に、こんなふしだらで不健康な生活に身を落としているなんて……嘆かわしい!」
「ちっがう! 誤解だって言ってるでしょ!!」
カイルは小言を並べながらも、手際よくエルレアの寝癖を直し、世話を焼き始める。
だが、その直後に振り返った彼の動作は、いつもよりずっと強引だった。流れるような動作で、机の上に築かれた「書類の山」を容赦なく解体し始める。
「……ま、まさか! ああ、やっぱり! 勝手に片付けないでよ! どこに何があるか分からなくなる!」
「いいや、これは君を救済するための聖戦だ。……エルレア。君はあんなに美しく数式を記述していたのに。魔塔の未来と謳われ、真っ白な白衣を翻していたあの頃の君は、一体どこへ消えたんだい?」
「……今のほうが、現金が確実に手元に残るからいいの。魔塔の研究は予算申請やら稟議書の作成やら、無駄なペーパーワークが多すぎるのよ」
不貞腐れたエルレアは、差し出されたサンドイッチをリスのように口に押し込んだ。
「むぐ……で、カイルは何だって急に来たのよ? 暇なの?」
「ああ。実は、妙な噂話を聞いてね。確認して……おこうかと……」
先程までの勢いが嘘のように消え、カイルは急に神妙な、どこか怯えるような顔を見せた。
いつも余裕に満ちた男とは思えないほど、その瞳には焦りの色が浮かんでいる。
ただの噂だと一蹴できないほど、彼は何かに追い詰められているようだった。
「何よ? 気になるじゃない。結婚話でも……」
「なっ! 本当に結婚するのか!?」
「は?」
「……エルレア、君、結婚するの?」
――絶望の淵に立たされた、悲劇のヒロインのようなカイル。
――状況が一切理解できず、口にパンを詰め込んだままのエルレア。
――床に転がったまま、面白い見世物を見つけたように口角を上げるネム。
カイルのあまりの剣幕に、二人の動きがピタリと止まる。
『……え?』
エルレアと、床のネムの声が綺麗にハモった。
訪れた一瞬の静寂。カイルは居心地悪そうに一度咳払いをしてから、慎重に言葉を選んで語り出した。
「先日参加した夜会に、アストレイン子爵が来ていてね。偶然、漏れ聞こえてしまったんだ。……エルレアに、家格の釣り合う婚約者が決まった、と」
エルレア=アストレイン。
その忌々しい姓を冠して呼ばれるのは、一体何年ぶりだろうか。
耳にしただけで、喉の奥に古い埃がへばり付くような不快感が込み上げる。エルレアは隠すことなく、露骨に眉を寄せた。
「はぁ……今さらアストレインなんてカビの生えた名を名乗るつもりはないわよ。そもそも、あんな掃き溜めに帰る気なんて、クズ魔石一つの価値もないわ」
アストレイン家。家格こそ低いが、かつては高名な魔導士を輩出してきた名門だった。
しかし、その血筋を引く一人娘――エルレアの実母が亡くなってからは、魔法の才など欠片もない婿養子の父が、子爵の椅子にふんぞり返っている。
現在は後妻とその連れ子の娘が我が物顔で振る舞うその屋敷は、エルレアにとって最初から居場所などなかった。
幸い、エルレアには母譲りの天賦の才があった。父の再婚と同時に、未練ひとつ残さず魔塔へ移り住んでから、はや十年。実家の敷居は一度たりとも跨いでいない。
「だいたい、結婚なんていう維持費ばかりかかってリターンの見込めない非効率な契約、誰が結ぶもんですか! お金様こそが我が人生、唯一の伴侶よ!」
「おぉ……一生銭ゲバ宣言。いっそ清々しいね、お嬢様」
床に転がったまま、ネムが感心したように拍手を送る。
「……そうか。うん、そうだよね。僕の聞き間違いか、あの男の妄言ならいいんだ。うん、うん」
胸を撫で下ろし、何度も深く自分に言い聞かせるように頷くカイル。
その表情に浮かんだあからさまな安堵と、どこか自嘲めいた暗い色の瞳。……彼自身、己の底にある醜い独占欲に慄いているかのようだった。
「さあ! 湿気た話は終わり! 今日も秒単位で稼ぐわよ! いざ、ギルドへ!」
エルレアは最後の一口のサンドイッチを口に押し込むと、実家の影が差しかけた重い空気を振り払うように、勢いよく立ち上がった。
エルレアの瞳が、ギラリと輝いた。その執念に満ちた背中を見て、カイルは苦笑し、ネムは愉悦に目を細め、三人は騒がしく街へと繰り出した。




