第21話 証拠品はすべて四次元バッグへ! 聖女(?)による一点の曇りもない清らかな独占(強奪)計画
一方その頃、カイルのライブ会場ではクライマックスを迎えていた。
大歓声が響き渡り、会場の壁を震わせる。
次の瞬間、視界が反転するように夜空が広がった。
空間は瞬時に星空へと変わり、人々は星の海に呑み込まれていく。
その中でひときわ輝く金色の魔力を纏っているのはカイルだった。
「みんな!今度は夢の中でも会おうね!」
一番星の様な笑顔を浮かべて、カイルは流星のように光の粒子を残して消える。
――事前に共有された魔石通信により、オークションの開始時刻はカイルにも正確に伝わっていた。
「――ジーン、時間は」
舞台裏へ戻ったカイルの表情からはすでにアイドルの仮面が剥がれ落ちている。
「ちょうどオークションが始まった時間よ。銭ゲバちゃんが暴れ出すころかしら?」
カイルは一瞬も迷わず衣装を脱ぎ捨てると、用意された白い服へと着替えた。
どちらの服も、彼にとっては『任務のための仮面』に過ぎない。
「予定通りだ。行こう」
フードを目深に被り、歩を進めるカイルの背後には、同じ白い服を着た複数人の精鋭が控えていた。
ちょうどその頃、エルレアはオークション会場の扉に手をかけていた。
瞳を鋭く光らせてその扉を開けると、中から人間の欲望を煮詰めたような熱気が溢れて来る。
(……ああ、反吐が出るわ。有象無象が群がって、資源の無駄遣いもいいところね)
彼女はせせら笑いながら、喧騒の中を堂々と突き進む。
赤黒い絨毯を踏み締め、黄金で縁取られた壁を横目に、狂乱のど真ん中――最前列へと滑り込んだ。
天井から吊るされた魔導灯は、あえて薄暗く調整されている。その残照の中で、人々の瞳だけが獲物を狙う獣のような熱を帯びていた。
壇上に並ぶのは、法も倫理も踏みにじった「禁忌」の数々。
「さあ、次の出品物です! 魔塔より極秘裏に運び出された『人工夢香炉』、そして――伝説の聖魔獣、その翼の一部とされる『天使の羽』! まさに神話の切り売り、伝説級の逸品です!」
司会者の芝居がかった声に、会場の貴族たちが身を乗り出す。
「開始価格、金貨五百枚!」
「七百!」「千!」「千二百!」
怒号のような競り声が飛び交う。だが、その狂乱を、冷酷な一言が容赦なくぶち壊した。
「ひっひっひっ! ――金貨一万枚!」
最前列の女――エルレアが、扇子を広げたまま高笑いする。
「その薄汚いガラクタ、全部私が買い取ってあげるわ!」
会場の視線が、一点に収束した。
「なっ……一万だと!? 貴様、どこの家の――」
「家柄? そんな安っぽいもの、この会場に必要かしら?」
エルレアは優雅に、傲慢に首を傾げた。
「必要なのは『価値』よ。そう、私という最強の査定人が認める、圧倒的な『金』の力」
彼女がバラ撒いた宝石に魔力が注がれた瞬間、まばゆい光とともに、周囲の空気がズシリと重くなった。ただの宝石が、彼女の力によって部屋全体を圧迫する「凶器」へと変貌したのだ。
己の力と財の前に、さっきまで吠えていた有象無象が恐怖で喉を鳴らす。
その情けない音に、彼女は目を細めた。
――その裏側。薄暗い通路を、一筋の影が滑るように動いていた。
「……やれやれ。エルレアの演技、ちょっと熱が入りすぎじゃない?」
ネムは、倒れた警備員の体を踏み越えながら、淡々と呟く。
「遠くの“白いお人形”にまで、その欲が届いちゃうよ」
指先が空気を撫で、警備員たちは魂を刈り取られたように静かに崩れ落ちる。
ネムは重厚な魔石貯蔵庫の扉の前に立ち、通信魔石を軽く叩いた。
『エルレア、こっちは開けたよ。準備は?』
その瞬間、会場の壇上。
エルレアの首筋が、脈打つ心臓のように強く跳ねた。刻印が銀色の輝きを放ち、遠くの『エクス』が、恋人を呼ぶように震えた予感が走る。
(……来てるのね。上等じゃない)
彼女はその予感を丸ごと飲み込み、さらに邪悪に笑みを深めた。
壇上の司会者が、一万枚のコールに震える手で木槌を振り下ろそうとした、刹那。
「――さあ、精算の時間よ!」
最前列で優雅に扇子を広げていたエルレアが、野卑な笑みを浮かべて立ち上がった。
「ひっひっひっ! そこまでよ、強欲な豚共。その汚いガラクタも、倉庫の魔石も、全部まとめて私が『査定(強奪)』してあげるわ!」
エルレアが指先でクズ魔石の欠片を弾き、両手の魔術刻印が淡く輝く。
それは、凄まじい「拒絶」のエネルギーを伴った光の奔流へと変質し――オークション会場の熱狂を、文字通り爆発させた。
轟音と共に、会場を支えていた豪奢なシャンデリアが爆ぜ、結界の術式がガラス細工のように粉砕される。
暗転した視界の中で、エルレアの首筋の聖痕だけが、冷徹な銀色の光を放っていた。
「な、なんだ!? 警備員、この女を捕らえろ! これは不当な暴力だぞ!」
悲鳴を上げる貴族たちを、エルレアは扇子の隙間から蔑むように見下ろした。
「暴力? 心外ね。これは正義の執行なんかじゃない。……不当な独占に対する、正当な『差押え』よ!」
混乱に乗じ、エルレアは震え上がる商会会長の胸ぐらをつかみ、壁際へと叩きつけた。
「さあ、吐きなさい。この魔石の出処と、魔塔との繋がりを。……それから、あの『夢香炉』の司祭はどこに消えたのかしら?」
「ひ、ひぃっ……! 天使様……天使様が……!」
会長の瞳は、エルレアの問いに答える代わり、虚空を見つめて灰銀色に濁っていた。
「魔石を、もっと捧げれば……ボクを、ボクだけを救ってくれると、そう仰ったんだぁっ!」
その歪んだ恍惚の表情を見て、エルレアの背筋に冷たい戦慄が走った。
(……間違いない。あいつが、エクスがここにいた。この男の精神を狂わせて、魔石を献上させるための家畜に書き換えたんだわ)
その時、会場の重厚な扉が外側から魔力で吹き飛ばされた。
「動くな! 国王直属異端執行官だ! 全員、その場に跪け!」
よく通る声が響く。白いマントを翻し、王宮の精鋭がなだれ込む。
フードの奥に見える気配は――カイルだった。
エルレアは忌々しげに舌打ちし、いつの間にか影から隣に戻っていたネムと視線を交わす。
「お堅い役人のお出ましだわ。思ったより早いけど、後は任せましょ」
「了解。……『掃除』のついでに、お土産も全部持っていこうか」
エルレアは倉庫の深部へ突入し、腰の四次元バッグを展開する。
彼女が自作したその魔道具は、空間そのものを“価値として圧縮する装置”だ。
「これは『証拠品』としての押収よ。……一点の曇りもない、清らかな独占なんだから!」
禁制魔石、歴史級の記憶魔石、そして溢れんばかりの金塊。
それらが次々と虚空へと『消える』。王宮執行官が倉庫に踏み込んだ時、そこにはすでに埃一つ残っていなかった。
「……いない! 逃げたぞ!」
罵声が響く中、エルレアはネムと共に夜の海へ飛び出す。
バッグの重み。奪い取った『価値』の重さだけが、今の彼女にとっての現実だった。
「ひっひっひっ! 今日はボロ儲けね、ネム!」
彼女は高笑いする。
だが、その首筋の刻印だけは、海風を浴びてもなお熱を失っていなかった。
まるで、まだ“何か”がこちらを見ているように。




