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第16話 王子様流・銭ゲバ魔導士を飼い慣らすための予算削減(コストカット)

 


 エルレアは受付のサーシャに目配せし、ギルドの打ち合わせ室を確保した。

簡素なテーブルと椅子が並ぶだけの、実務的な殺風景な部屋だ。


「あぁ……ソファが、ない……。クッション性のない場所では僕の生存戦略が……」


「アンタがそのまま永眠しないようにこの部屋を選んだのよ。さ、座って」


 打ちひしがれるネムを冷酷に椅子へ追い込んでいると、カイルが言いにくそうな顔で口を開いた。


「……ところで、エルレア。今更だけど、その……彼とはどういう関係なんだい?」


「電池」


「電……池?」


 理解不能だと顔を引き攣らせるカイルをスルーして、エルレアは本題を促す。


「で、魔石について何が分かったの?」


 カイルはハッと正気に戻り、声を潜めた。思考を放棄したようだ。


「実は、黒銀商会が運営する豪華客船『レヴィアタン号』で、近々大規模な闇オークションが開かれる。そこには、市場から消えた魔石の在庫が山積みになっているらしい」


「何ですって!? 私の魔石がそこに拉致されているのね!?」


「いや、君のじゃないでしょ」


「おだまり、電池。続けて、カイル」


「……あ、ああ。さらにその船では、信者を集めた『昇天の儀』というイベントが行われる予定だ。新型の『夢香炉』を使って、現実を忘れさせるほどの快楽を見せるという触れ込みでね。……王室としても、これ以上の国力低下――国民の廃人化は見過ごせない」


 エルレアは、無機質なテーブルの端を規則正しく指先で叩きながら、脳内の算盤を弾いた。


「……なるほど。王室から潜入捜査を命じられた。でも人手が足りない。そこで、私に泣きついた。違うかしら?」


 エルレアは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、カイルの瞳を覗き込む。


「ご明察。実は、アイドル魔導士として船上イベントに招かれているから、乗船自体は難しくない。ただ、現場で動ける実力のある魔導士が足りないんだ。それも……魔塔の手が及んでいない、身の軽い者がね」


 カイルの調べによれば、『夢香炉』の技術には魔塔が深く関与している疑いがあるという。


 公式に魔塔へ応援を頼めない以上、野良の元魔導士であるエルレアは、彼にとって唯一の「優良物件」だった。


「協力してあげてもいいわよ? もちろん、捜査協力金次第だけれど。ああ、言っておくけれど前払いよ。現金以外は信じない主義なの」


 エルレアは、春の陽だまりのような満面の笑みを浮かべ、あらかじめ用意していた「特注の見積書」をカイルの鼻先に突きつけた。


「……ずいぶん、愉快な桁が並んでいるじゃないか」

 見積書を一瞥したカイルの口角が、ぴくりと引き攣った。


「あら、妥当な金額よ。王室の威信と国民の安眠を守るための『国防費』だと考えれば、破格のボランティア価格だわ」


「それは計算違いだね。……ほら、ここ。機材費の項目に予備の魔石が三倍乗っているし、食費に至っては宮廷晩餐会でも開くつもりかい? ここは削らせてもらうよ。王族の僕が言うんだから間違いない」


 カイルは、ファンを失神させる「アイドルスマイル」

 ――もとい、エルレアにとっては胃をキリキリさせる「小姑スマイル」を浮かべ、アイドルのサインを書くような淀みのない流麗さで、冷酷に見積書の予算を斬り捨てていく。


「この間は『君のためならいくらでも出す』なんて、甘ったるい台詞を吐いてたじゃない」


「公私混同はしない主義なんだ。国民の血税を私物化するのは、君の元上司、グレイだけで十分だよ。これでも私は、王族の端くれだからね」


 いつの間にか、カイルの一人称が「僕」から「私」へと変わっている。王族として公務をこなす際に見せる、鉄壁の拒絶。


 エルレアは歯噛みした。この男、魔塔時代に「予算削減担当」として自分を追い詰めていた時より、格段に小姑レベルが上がっている。


「じ、じゃあ、前払いの額を譲歩する代わりに、回収した魔石の五割を私に譲渡しなさい。これが私のデッドラインよ」


「うーん、それは『捜査協力』ではなく『略奪』の定義に分類されるな。一割、だね。あとこの項目、魔塔時代の研究費請求書の書き方にそっくりだ。……あの時も君、予備の魔石を『五倍』で請求して、グレイに領収書を破り捨てられていたっけ」


 カイルは、魔塔時代の「会計監査担当」だった頃の、冷徹な微笑みを浮かべた。

 アイドルの爽やかさは皆無。それは、不正を絶対に許さない、地獄の監査官の笑みだった。


「な、何のことかしら。過去のことは忘れたわ」


「僕は忘れていないよ。……エルレア、君の『癖』はよく知っている。この見積書をこのまま王室に提出したら、君、今度こそ公金横領で手配書が回るよ? ……それでもいいのかな?」


 カイルは、見積書の「過剰請求部分」をペン先でトントンと叩きながら、声だけはアイドルのように爽やかに、しかし内容は完全に脅迫という、この上なく悪趣味な笑みを浮かべた。


「どうせ君は現場で余計な『在庫』を抱え込むんだろう? その分もあらかじめ差し引いておいたよ」


 エルレアは、かつて魔塔で予算を削られ続けたトラウマが蘇り、顔面を蒼白にしながら音を立てて崩れ落ちる。


「くぅっ! だったら魔石は三割! これ以上は一歩も引かないわ。引くくらいなら、この場でハンガーストライキを決行して、あんたのアイドルの評判を地の底まで叩き落としてやる!」


「……やれやれ。降参だよ。わかった、三割で手を打とう」


 カイルが溜息とともにペンを置き、いくつかの魔道具を机に並べた。


「とりあえず、通信用魔石を渡しておくよ。闇オークションの場所は隠されている。見つけたら連絡してくれ」


 熾烈な交渉を終えたエルレアは、通信用魔石と、戦勝記念品(修正済みの契約書)をひったくるように受け取った。


(カイルめ! 昔より面倒になってるわ……!)


 ネムはテーブルにだらしなく突っ伏して、高みの見物をしながら、面白そうに拍手をしている。


 そして、エルレアにだけ聞こえるような、酷く愉悦に満ちた声で囁いた。


「王子様、君を一生貧乏にして自分の財布いらいがないと生きていけない体にしたいみたいだよ。夢魔の僕でも引くくらいの執着だねぇ」


 カイルはそれを確かに聞き届けておきながら、一瞬たりとも笑みを崩さなかった。


「ふふ、何の事かな? ……それで、君たちの招待状なんだけど、僕のツテで用意しようか?」


「んー、それはこっちで何とかするわ。王家との繋がりを勘ぐられるのは不本意だし、何より……『タダ』で手に入れる算段があるもの」



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