↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
横取り女、地に堕ちる  作者: 雨宮ルネ(吉田)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/8


 ここは野戦病院。そして戦場。

 キャシーはここで看護婦をしている。しかたなく、だ。


 今、大ケガを負って入院中の患者の処置中である。

 包帯とガーゼを取り、20針も縫った背中の傷を消毒して新しいガーゼに換えた。あとは包帯を巻いて終わり。


「キャシー。向こうで先生が呼んでいるわよ」

 そう話しかけてきたのはキャロラインだ。

「あとはわたくしがやっておくわ」

 キャロラインは、ふふっと笑ってキャシーの手から新しい包帯を取り上げた。

「あ、ああ。……お願いしますね」


 またか。

 キャシーはしかたなく、その場を後にした。背後で「キャロラインさん、いつもありがとうね」という患者の声が聞こえた。

「看護婦として当然のことですわ。お気になさらず」

 キャロラインが、そう言って笑った。

 いやいや、一番大事なところをやったのはわたしだし。なにをしれっと、自分がやったように言っているのだ。

 しかもキャロラインの包帯の巻き方は雑で、よれたりきつかったり。患者から文句が出て、巻きなおす羽目になる。二度手間だ。


 やだわー。

 また横取りされたわー。

 たぶん、先生は呼んでいない。キャロラインの嘘だ。それでも、もしかしたらと思って医者を探す。

「先生、お呼びだと聞きましたが」

 話しかけたら、案の定だった。医者は首をかしげて「いいや、呼んでいないよ?」と言ったのだった。

 ああ、やっぱり嘘だった。


 医者の横で、看護婦仲間のローラが「また?」と声には出さずに、口をパクパクさせた。

 そう、またやられたの。とキャシーは肩をすくめてみせた。


 横取りキャロライン。

 それが彼女の裏の名前。さっきみたいに、人の仕事を横から掻っ攫っていく。さもさも自分がしたように見せて、お礼や感謝の言葉を横取りしていくのだ。

 看護婦たちにはよく知られたことで、医者たちも今ではちゃんと気づいている。気づくまでには少々時間がかかったが。


 患者でも入院が長くなれば気づく。が、早いスパンで入れ替わる患者には、気づかないものも多い。

 結果、キャロラインは若くてかわいくて、仕事のできるいい看護婦。貴族のお嬢さまなのに、こんな戦場までやって来て、甲斐甲斐しくお世話をしてくれる。そう思われている。

 たしかにかわいい。小っちゃくて華奢で、ふわふわの金髪。澄んだブルーの瞳。野戦病院の看護婦なのに、白く滑らかな肌、一切の荒れのない手指。

 ちょっと考えればそんなはずないのに、なぜ男たちは簡単に騙されるのか。


 キャシーをはじめ看護婦たちはみんな、手肌のお手入れなんかする暇もなく、患者たちの間を駆けずり回っているというのに。看護婦の特権は、ワセリン使い放題。それくらい。そのワセリンでさえ、手にとどまっている時間は少ない。なにせ清潔第一。洗ってばかりだから。


 髪だってじゃまにならないように、きっちりと結ってナースキャップをかぶっているのに、キャロラインは結いもせず背中に流している。

「キャロラインさんの髪はきれいだね。目の保養だよ」

 騙された患者はそう言う。それは看護婦じゃない。女給だ。

 そんなにキャロラインがいいのなら、わたしたちじゃなくキャロラインの全部お願いすればいいじゃない。

 が、そんなことができるわけもなく、毎日毎日キャロラインに手柄を搾取される。


 キャロラインは王都に住む伯爵家の令嬢だ。戦時中でなければ、華やかな社交界で存分に着飾って、夜な夜な踊りあかしていたのだろう。

 ……いま、王都はどんな状況なんだろう?


 キャシーはこの地で生まれ育った。領主の親戚で、貴族とはいえ末端。ほぼ領民たちと同じような生活をしてきた。

 もちろん読み書きはできる。計算もできるから、経理の手伝いもしてきた。ピアノなんかも習わせてもらった。

 領民との違いは農作業をするかしないかだけで、幼いころは一緒になって野原を駆け回っていたのだ。


 広い畑に牧草地。実り豊かなこの地が戦場になったのは1年前。

 元々国境である。それが隣国との小競り合いをきっかけに、本格的な戦争へと発展してしまった。

 王都から大勢の軍隊がやって来て、緑豊かな大地は軍の野営地になってしまった。その一角に野戦病院がある。


 看護婦になってくれないか。伯父である領主に頼まれて、領地の娘たちが即席で看護技術を叩きこまれて、現場に送り出されたのだ。

 現場では、王都からやって来た本物の看護婦に「看護婦たるものは」ときびしく指導される。

「なんだかなぁ」

 てつだっているだけなのに。本気で看護婦になりたいわけじゃないのに。

 そう思っていたのははじめだけで、戦況が悪くなりケガ人が増えてくれば、そんなことも言っていられなくなる。否が応でもやらなくてはならなくなった。


 そんな中で、とつぜん王都からひとりやって来たキャロライン。

 絶対訳アリだ。

 みんながそう思った。


「ねえねえ、キャロラインさんて、男関係でやらかしたんだって」

 そういう噂にはみんなが飛びつく。

「人様の婚約者と関係を持ったり」

 したり顔で看護婦の1人が言う。

「か、関係⁉」

「そうよぉ! 関係よ。に、く、た、い関係!」

「ひ、ひえー」

 年頃とはいえ、大方がまだまだ初心な田舎の娘だ。

「都会のご令嬢は発展的ね」


「それが、1人や2人じゃないんですって」

 ひえーっ。全員がのけぞった。

「破談にした婚約もいくつもあって」

 はひはひ。みんな息も絶え絶えだ。国境の田舎で婚約の破談なんて、100年先まで語り継がれるスキャンダルなのだ。もちろん離婚なんてありえないし。

「と、都会ってすごいのね」


「それで看護婦として送り込まれて来たらしいわよ」

「それって、罰ってこと?」

「……性根を鍛え直せ、とか?」

 まったく直っていない気がするが。っていうか、そんな罰的に寄こされても迷惑なんだが。……え? 看護婦って罰なんですか? えー。


「はあ……」

 ため息しか出なかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。