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横取り女、地に堕ちる  作者: 吉田ルネ


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2/2


 戦況が変わった。

 戦線がじりじりと下がってくる。それに伴ってケガ人が増えてくる。重傷者も増えてくる。

 今や骨折や20針の縫合程度は軽傷だ。重傷は手足の欠損や、意識障害など。中には死を待つだけの者だっている。

 肉体的にも精神的にもひじょうにきつい。メンタルがすり減る。


 そこへもって、なんと王太子であるリチャード殿下が王国軍の特別顧問として着任することになった。

「うへぇー」

 こんな時に来なくても。看護婦たちの口から、ため息ともつかない、そんな声が出たとしても仕方がない。


 下がってくる戦線に比例して、下がってくる兵士たちの士気を上げるためのテコ入れとしてやって来るのだという。

 面倒でしかないな。「特別顧問」がなんなのか知らないけれども。

 ひとり張り切っているのはキャロラインである。


「リチャード殿下には一度ごあいさつを申し上げたことがあるのよ」

 自慢げにキャロラインが言う。

 へえ、そうですか。キャシーたち、田舎の娘たちにはおとぎ話だ。リチャード殿下なんて新聞でしか見たことがない。もはや架空の生き物。ドラゴンかユニコーンか。

 まあ、この悲惨な戦場にあって、いくらかのご褒美にはなるかもしれない。戦争が終わって何年かしたら、「あのとき王太子殿下にお目にかかったのよ」なんて自慢できるかも。




 それからしばらくしてやって来た王太子リチャード殿下は、戦場に似つかわしくない麗しさだった。

 殿下の周りだけがキラキラと光り輝いている。泥と血と火薬の匂いすらあっという間に消え去った。すごい。歩く活性炭。


 そして殿下は、最前線の兵士たちにも声を掛けたいと、出かけていってしまう。

 ……迷惑じゃないの? だってそのために、何十人かの兵士とお付きの人、現場の指揮官とかが付きっきりになるわけだし。

 キャシーは、そう思ったけれど口にはしなかった。一介の看護婦が言っていいことじゃないし。思っただけ。


 案の定、リチャード殿下はケガをして野戦病院に運び込まれて来た。

 担架に乗せられ「痛い痛い」と騒ぐ殿下。診察台に移された殿下を見れば、左の上腕に金属の破片が刺さっていた。近くに砲弾が着弾したのだ。

 手慣れた医者が、てきぱきと処置をしていく。裂けて血のついた上等な上着は、遠慮なくじょきじょきとはさみを入れる。シャツも同じようにじょきじょき。


「では、この破片を抜きますね」

 医者がそう言って手を掛けると、また「痛い痛い」と騒ぐ。

 堪え性がないな、王子。

 ちょっと引く。兵士たちはみんな我慢しているのに。


「キャシーさん、ちょっと押さえてくれるかな」

 医者の指示が出る。

「失礼しますね」

 一言言って、殿下に覆いかぶさるように、首と腹を押さえこんだ。暴れる患者対策だ。

「あっ? なにをする!」

 じたばたと暴れながら怒る殿下。無視する医者。

「痛あ――‼」

 医者が思い切りよく、ずぼっと破片を抜いた。


 20針縫合。軽傷じゃんか。ちょっとニヤつきながら、キャシーは縫合個所にガーゼを張った。あとは包帯を巻いておしまい。

 血のついたガーゼや消毒に使った脱脂綿をゴミ箱に入れて、自分の手についた血を拭っていると。

「まあ、リチャード殿下。なんておいたわしい」

 後ろで芝居がかった声がした。

 え? まさか?


 キャシーはそーっと振り返った。やっぱり。

 キャロラインが、殿下に包帯を巻いていたのだ。嘘。マジで? こんなときにまで?

 いや、こんなときだからか。

 王太子殿下を逃がすわけないもんな。うわー。


「リチャード殿下は勇敢ですわ。敵の攻撃なんかものともせず、立ち向かったのですもの」

 え? そうか? お付きの人たちが、殿下を庇ってケガをしていたぞ。キャシーはぎゅっと眉を寄せた。

「いや、王太子たるもの、この程度で引き下がりはしないよ」

 殿下が鼻をひくひくさせた。

 いやいや、引き下がってここに来ましたよね。

「まあ、さすがリチャード殿下ですわ。わたくし一国民として、誇りに思いますわ」

 おべんちゃらを言いながら、キャロラインはくるくると包帯を巻いていく。ここまできたら呆れも通り越して、感心すらする。


「きみは戦場に咲く大輪のバラのようだね。兵士たちもさぞや慰められるだろう」

「まあ、殿下ったら。わたくし、誰にでも誠意を尽くすわけじゃありませんわ」

「おや、そうなのかい?」

 意味深に見つめあう2人。


 なにをしているんだ、こいつらは。

 戦場だぞ。死にかけている人が、その辺にゴロゴロいるんですが。

 バカらしくなったキャシーは、2人を残して次に待っている患者の元へと向かったのだった。




 リチャード殿下は大事を取って、1週間ほど療養をすることになった。

 一般の兵士は野戦病院にいる。領主の館の広い敷地にずらりと並んだテントが野戦病院である。医者も看護婦も、そのテントのひとつで寝泊まりしているのだが、もちろん王太子殿下にそこに入ってもらうわけにはいかない。

 殿下には、館の客室が当てられた。

 そうしてキャロラインがリチャード殿下の専属看護婦として、付き添うことになった。


 それっきり、キャロラインがテントに戻ってくることはなかったし、リチャード殿下が兵士たちに顔を見せることもなかった。


 いったい、なにしに来たんだか。

 っていうか、殿下チョロくない?

 横取り女として、社交界で有名だったんじゃないの?

 殿下、ご存じないの?

 っていうか、王太子がこんなチョロくていいの? 

 ハニトラとかに簡単に引っかかるんじゃない? 


 こんな人が王様になるんですか。国民として不安ですが。


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