第二十三話 魔術の塔
午後──
曇天。
空に雲が薄くかかり、冷たい風が馬車の上を吹き抜けていく。
ロバ達は突然歩みを止めて路傍の草に顔を近付けた。
遠くで童がはしゃぐ声が聞こえてくる。
長閑な田舎道、舗装されていた跡はあるが補修は中途半端、間に合っていないらしい。
しかしながら、周辺の交通量が多いおかげで地面は踏み固められていき、皮肉なことに領主が整備事業で中途半端にいじった時よりも通行し易くなっているようだ。
道すがら闇妖精の少年は人間族の相棒に闇魔女の使役魔が現れた事を告げた。
2台目の荷馬車に追い抜かれた辺りで、ハンクは御者席で手綱を振ってロバの尻を叩いた。
ロバは道草を食うのをやめてゆっくりと歩き始めた。
幌の中ではメドニアが休憩中で、微かな寝息を立てているようだ。
昨夜の見張り番で睡眠不足気味のメドニアに気を遣い、ふたりは少し声を抑えて会話を続けた。
「──魔女は『大魔術』を破った俺を放って置く気は無いんだろうな」
グリンは小箱に入れてある『不死者の眼』を取り出して状態を確認していた。
(こいつのせいで見つかった、って感じじゃないよな──)
キエンザの眼球が放っていた禍々しい邪気が厄介事を呼び込んでいるのではないかと疑ったが、おどろおどろしい雰囲気は消え失せ、石ころか玩具のように人畜無害の存在に思えた。
実際は無害になどなってはいない、むしろ有害度合いは格段に上がっていた。
この熟成途中の呪物は、外部へと漏れ続ける異界の焔を効率良く濃縮して蓄積する構造に変質──進化したのだ。異界との接点を持つ『臓器』から本格的に『呪物』への変質を完了した。そしてこれからは呪物としての格を上げていく段階に進んでいく。
グリンから大魔術の詳細を聞いたハンクは唸った。
「そんなに範囲が広くて大人数に効く幻術があるのか……」
ハンクは身震いした。
比較的、魔術に耐性のある闇妖精に効いたのであれば人間族への効果は絶大だろう──
「大魔術が成立する前触れや、予兆みたいなのはあったのか? たとえば数日前から何か様子のおかしなことがあったとか、事前に魔女や特殊な使役魔の出入りがあったりとか、そういう──」
「無かった。少なくとも俺が知る限りでは」
グリンはまるまる二日間、人間族の街に偵察任務に出ていた。その間にヴァーレで起きた変化については知る由もないが──二日間程度で大魔術の準備が済むはずは無い。
「しつこい魔女め、まだ俺を探してる。何の得にもならないだろうに……!」
「ん〜個人的な見解だが……魔女さんは本気で相棒を探してる風には思えないんだよな」
ハンクの顔からは先程の深刻さが消えつつあった。考えても無駄、という結論に達したのだろう。あっけらかんとしたもので、いつものにやけた表情に戻った。
「他人事だと思って……」
「いやいや、おまえさんもさ、なんとなく監視の度合いが『ゆるい』のはわかってるだろ? 一生懸命探してるんじゃなくて、片手間っていうか遠慮がちな感じがするんだよな」
「ううん……そうかなぁ」グリンは低く唸った。
「考えてもみろって。監視役がリス嬢ちゃん──アーシュラだぞ。本気でおまえさんを殺そうとか捕まえようとかしてる風には思えないんだよ」
ハンクは賑やかなリス獣人の女性を思い出した。
「おいアーシュラを馬鹿にするなよ」
「いやいや、馬鹿にはしてない。それでもさ、魔女が本気なら脚が速いだけの獣人族の女の子じゃなくて大金積んで本職の追跡者を差し向けるさ──何せおまえさんは闇妖精族の腕利き間諜、隠密の本職なんだからな」
ハンクはグリンの自尊心をくすぐる。
グリンは気を良くしたようにふふん、と失笑した。
「人間族の言葉、一理ある。続けなさい」
グリンは老妖精ロドム・ファイアフォージの声真似をする(グリンはふざけていない。頭の良い人物の真似をして思考力を高めようとしているのだ──)
「おおい……相棒?」苦笑いするハンク。
「いやふざけてないぞ──しかし、ヴァーレの男達を無差別に殺してたのにな。俺だけ生かしておく意味がわからない。殺したいんじゃないなら俺に何の用がある?」
グリンは魔女の真意をはかりかねて思い悩んでいたがハンクはもう考えるだけ無駄だと諦めたようだ。
「いやまあ、魔女の思考は誰にもわからんよ、直接聞けたとしてても理解できるかどうか」
ソロス王もフィンランディアも、露骨に魔女との接触を避けているし、妖精王も重要拠点のヴァーレを奪われたにもかかわらず魔女のやりたい放題を受け入れている。
個々人では魔女に対抗できなくとも、軍隊のような大きな組織ならば、その横暴を制限できるはずなのに。なんのための軍隊だ──グリンは段々と腹が立ってきた。
「魔女は確かに恐ろしいが、白妖精族や人間の軍勢だって強い。本気でやれば対処出来るはずだ。どうしてあんなわけがわからない魔女連中を放置するんだよ、昼の眷属の偉いさんはさ! 無責任だろ。俺達ヴァーレの住人だけ理不尽に殺されて馬鹿みたいだ」
愚痴る闇妖精の少年に対する人間の男の反応は冷めていた。
「いや、人間の立場から見ればヴァーレの政変なんてのは、夜の眷属の内輪もめで他人事だぞ。黒竜連珠の竜騎士団がうろつかなくなったぶんだけ平和になって喜ばしい、って言う奴も多いぐらいだ。それにな──ヴァーレの魔女達は若くて美人揃いで──良い事してくれるらしいしな」
うひひ、と口許をだらしなく開き弛緩した表情になるハンク。
「おまえも魔女を野放しにする気だな。何が調和だよまったく」
魔女の危険性について反論しようとしたが言葉にならない──グリンは考えがまとまらず両手を上げて降参した。
「あーもう! だから女はイヤなんだ、わけがわからない」
「ははは……魔女相手はもう、なるようにしかならん……俺達だけで思い悩んでも答えは出ない。神経質になるだけ損だぞ相棒。生命を狙われてる感じじゃないんだから」
諦めたように苦笑いするハンク、しかしグリンはまだ納得がいかない──邪魔な石ころをどかすみたいな理由で呆気無く殺されたヴァーレの男達が哀れでならない──グリンは改めて魔女に対しての憎悪を深めていった。
「なんだよ、俺は真剣に悩んでるのに! 俺はハンクみたいにお気楽に構えてなんかいられない。ミミズクに見られたし、自由民とかいう連中にも目を付けられた! まったく頭がおかしくなりそうだ」
遂にヒステリーを起こすグリン。ハンクは薄笑いを浮かべてため息を吐いた。
「ん〜……自由民ってのは、この間の馬鹿デカい地龍を喚んだ黒い闇妖精か……まあ俺からすりゃあ魔女よかアイツの方がヤバいな」
「ヤバいのは魔女の方だ」
グリンは腰を浮かせてハンクに食ってかかるように顔を近付けて強く反論した。
ハンクは突き出されたグリンの顔をがっしりと両手で掴むと真正面からしっかり見据えた。
「うっ……」
「なあ相棒、そうやって騒いでも何も解決しないぞ? 考えろ、おまえさんがこれからどうするかを。逃げるのか、立ち向かうのか」
真顔で問われたグリンは返答に詰まる。
ハンクの手から解放されたグリンは顔をさすりながら目を瞑って何事か思案を始めた。
「うむむ……」
「そうそう前向きにさ。具体的な行動の指針を定める段階だぜ?」
ううん、ううん、とグリンは身体を揺すりながら小さく唸り続けた。
その間にも馬車は軽やかに進む。
「……よし」
グリンはしばらく考えた後で意を決したように両膝を叩く。
「俺は──」
「ふむおまえさんはどうする? どうしたい?」ハンクは真剣な顔で年若い妖精の相棒の目を見据えた。
「俺は出来れば、ヴァーレに戻って……俺の育った街が、今どうなってるのかを確認したい」
「おお……それで、確認した後は?」ハンクは再び馬車を止め少年の相談に集中した。
「魔女を追い出す。ハラグ将軍が支配していた状態に戻すんだ」
少年は力強く拳を握ったがハンクは呆れ返った。
「はあ? おまえさんそりゃ〜双竜山脈で竜を退治するレベルの難易度だよ? もう少し地に足のついた計画を練りなさいよ、あなた」大袈裟に口を開けてグリンの大言壮語を非難する。
「わ、わかってるよ、そうなったらいいな、ってだけ。ハラグ将軍が動くのならその手助けになりたい──ってこと」
「ちょっと確認させてくれ」
「なんだよ」
「さっき昼の眷属に文句言ってたけど……魔女を追い出す軍隊は黒竜連珠じゃなくてソロス王の軍隊とか、ミシェット・ナグ達白妖精族の戦士団とかでもいいのか? その場合、魔女がいなくなった後のヴァーレは誰のものになる?」
「ええ? ん〜……」
グリンは頭をひねって悩んだ。
「それはもしかして──人間と白妖精が、ヴァーレを占領するって話か?」
「まあ、そう」
「うう……魔女よりはマシなのかな? いや、待て待て……それはちょっと」
真剣に悩んでるグリンを見てハンクは少し安心した。この目の前の異種族の少年が人間族に好意的なことをハンクは素直に喜ぶ。
「いや、無理無理……白妖精はヴァーレみたいな地下を管理する気がないから最悪、埋めてしまうかも。かと言って人間如きじゃミュルミドンを倒せないから門すらくぐれない」
「あ、そういう認識なのね……それにしてもミュルミドンてやっぱり強いのか。王国軍の騎士団を壊滅させたらしいけど」
「そうだぞ」
「そういやさっき弄ってた『キモ目玉』の持ち主はそのミュルミドンの隊長だったんだろ? 目玉引っこ抜いて大丈夫なのか」
「ふん、ハンクは物知りだが『不死者』について何も知らないみたいだな。そんな事ぐらいで弱くなったりするもんか」
「へえ。その隊長、まだ元気なら手伝ってもらえたりはしないのか。相棒を逃してくれたんならコッチの味方になってくれるかも、だろ? どうにかして彼と連絡を取れないか?」
「え? ──ん、ん〜ミュルミドンの連中の立場は、なんていうかこう──普通の闇妖精とは違っててさ。なんて言ったらいいのかな」
「ふうん?」
──ミュルミドンは元々、妖精王直属の部隊である。キエンザは随分と昔に妖精王から直々にヴァーレ大門の守護を命じられているだけで、誰の部下でも無かった。
「まあとにかく、魔女もよくわからんけど……キエンザもよくわからん奴なんだよ──積極的に手伝ってはくれないと思う」
「なんだい、おまえさんも『不死者』についてろくに知らないじゃないか……」
「うぐぐ……」
「まあそんな事より──相棒、俺の旅の目的はあらかた達したからな……今度は相棒のやりたい事にに付き合おうと思うんだ。それで均衡がとれる、ってもんよ。相棒の故郷がどう変わったか確かめたいって言うんなら、忍び込む準備ぐらい手伝わせてくれよ」
ハンクの言葉に勇気付けられたグリンは素直におぼろげに考えていたことを伝えてみた。
「そうかそれなら──ハンク、おまえの魔法道具の仕入先を紹介して欲しい」
「おっ、いいねえ!」
「あの時、黒鎧の闇妖精族をやっつけられたのは魔法薬のおかげだしな。魔女の黒魔術から身を守る何かがあるかも」
「よしよし、お安い御用だ。そうと決まれば行き先変更──」
よし来た、とハンクは指を鳴らすと手綱を引いて馬車の進行方向を変えた。
──────
魔術の塔
──────
数日後──
危険な獣人族の里や野盗の隠れ家がありそうな、未開発の辺鄙な森──
地下から何か蒸気が噴き出しているのか、妙に湿度が高く、引っ掛けると皮膚がかぶれそうな蔦や茨、吸い込むと生物に有害な胞子を撒き散らしそうなケバケバしい極彩色の菌糸類が無数に繁茂していて、およそ動物が棲むには適さない森だった。
街道からも離れているので、普段は誰も近寄らず気にも止めない死に地である。
魔力探知の術を付与した単眼鏡越しに森をのぞき見たグリンは、その中央にやや高い塔のような半透明の建物を発見した。薄紫色の煙に巻かれているのが確認できるだけなので本当の建物の色はわからない。
形状も特殊。およそ実用的ではない妙な装飾がそこら中に散りばめられていて、王国軍が建てた見張り塔には見えない
他種族的には怪しげな気配のする建造物に見えるだろうが、無意味そうな飾り付けを見たグリンはどこか懐かしかった。
心臓と流血、トゲが刺さった痛み、を連想させるようなおどろおどろしいモチーフを基にしたシンボルが彫刻された柱やタイル──
下層の吸血貴族や、見栄っ張りの闇妖精族貴族達(要するに『変わり者』達)が喜びそうな先鋭的な外観と言える。
「へえ〜、まあまあ良い趣味してるな」グリンの口角が上がる、少年はどこか嬉しそうだった。
「わ〜、どんなのが見えるんですか?」
メドニアは興味津々でグリンと森を交互に眺めた。
グリンは魔法薬をかけた単眼鏡をメドニアに渡した。
「ほら見てみろよ、面白いぞ」
「どれどれ……」
それはサンドルクで育ったメドニアの価値観とはまったく相容れない珍妙な装飾……メドニアは返答に詰まった。
「はあ……うん……なかなか奇抜ですね……」
メドニアは首を傾げつつハンクに眼鏡を返した。ハンクも苦笑いする。
「ふうん、シャードを思い出すな──あれ? まさかこれ闇妖精族が建てたヤツかな?」
「そうそう、その通り。かなり古い塔らしいぞ、当時は人間族と闇妖精の国境は曖昧だったようだから」
「ふーん……」
ハンクは馬車を停める。
「さあ着いた。ここからは歩きだぞ」
グリンがぬるり、と御者席から降りる。まったくの無音、無風だった。
対象的にメドニアが少し勢いをつけて馬車の上からジャンプすると、どかっ、と言う地を揺らす音と枯れ枝や背の低い草がひしゃげるパキパキと言う音、そして装備品の鱗鎧や腰に下げた武具の止め金がガシャ、と小さく鳴る。鳥のさえずりすら聞こえない薄暗い静寂の中を騒々しい音が駆けていく。
不意に──
前方で生き物の気配が多数──メドニアの発した音や地面を伝わる微細な振動に反応したらしい。サササ……とおよそ人間大の大きさの二足歩行の生物が数体、高速でグリン達から遠ざかっていく。塔の方へと向かっていったに違いない。
「…………」
グリンとメドニアは顔を見合わせる。一般人なら気付きもしなちだろうが、妖精族ふたりは見知らぬ気配を感じて身構えた。
「はは、ここは水飲み場だぜ、そりゃなんか居るさ。警戒しなくていい」ハンクはロバを引きながらふたりの背中を叩いて前進するよう促した。
「水?」
まるで霧が晴れるように前方が明るくなると、ひときわ大きな樹木の陰に馬車や馬を休ませるような、おあつらえ向きの馬のための水飲み場が整備してある。ハンクはそこの柵にロバを繋ぎ車輪止めを挟んだ。
ハンク達の前に先客も何人かいるらしく、鞍を付けた毛並みの良い馬が三頭ほど気ままに草を喰んでいた。馬達は驚きもせずハンク達を横目にくつろいでいた。
「こんなところに……」
グリンは水飲み場の柵に使われている縄の素材が地下洞穴で採取されるムラサキツルなのを確認するとハンクに尋ねた。
「なあ、今から会うのは闇妖精族の魔術師なのか?」
「いや、現在の主は人間の魔術師だ」
「そうか──良かった」
グリンは安堵した。同族より他種族の方が信用できる──というこの歪な価値観にグリンは慣れ始めていた。この少年の思考は他の闇妖精族とは大いに異なる。
鐘楼館の青の組、役立たずと言われたザライアといいグリンといい、同世代の『青』の組は特殊な子供でも集められていたのだろうか──
「ところで──入り口は何処に?」メドニアはきょろきょろと塔へと向かう道を探した。
「ま、まさかあのわっさわっさした葉っぱの中を掻き分けて行くんです?」
メドニアの指差した方向は枝がやや少なめ、踏み固められて草も生えていない。
げんなりとした表情で手斧を取り出すメドニア。
「なんだそれわざわざ切り拓く気か? 通れないほどびっしり生えてる感じでもない。ちょっと避ければ通れるだろ? おおげさだなぁ」
「え? グリンさんはあそこ通れるんですか?」
やいのやいのと騒いでいる妖精ふたり。
「まあまあ近付くとわかるからさ──メドニアさん、無闇に伐採しないでね? ここはもう他人の私有地、勝手な事すると罰金取られるから……」
ハンクが近付くと伸びていた蔦や枝葉がスルスルと引っ込んでいく。
『おやハンクあんたかい、お通りな──』
しわがれた老婆の声がどこからともなく聞こえてくる。
それと同時に閉じていた塔への道がゆっくりと一行の前に現れた。
「おお〜いいなこれ」
グリンはこの仕掛けを喜んだ。
「なんだか白妖精族の里っぽい薄気味悪い感じですね──」怪訝そうな顔で、縮こまった茂みや不自然に曲がった枝葉を眺めるメドニア、あまり喜んではいない。
「そうだな白妖精族の森はこんな感じだ、精霊術だな」
手近な木の幹を撫でるグリン。
「ん? あー……白妖精族の里にあるのは精霊そのもの──んで、こっちはそれっぽい作りの魔術。魔術回路が組まれてんだよ」ハンクが補足する。
「え? 今の精霊術じゃないのか?」グリンは首を傾げた。
「ああ」
「木が動いてたぞ」
ハンクは少し呆れ気味にため息を吐いた。
「ええとな、逆に聞きたいんだが。なんか精霊の気配とか感じたのかい、妖精族のグリン君は?」
「──え? まあそう言えば、そんな気はしなかったな」
グリンは生まれてこの方「なんとなくふんわりとした理解」で、魔術や精霊術と付き合ってきた。
祖霊からの助言で色々なんとかしてきただけで頭では理解していない。少年が偉そうに魔術や精霊術について何かを語る時、鐘楼館の教官が語っていた講義の受け売りである事が多い。
ハンクは基本的な違いについて軽く説明をした。
──さて、ここで様々な術の特性と種族の関わりについて触れておく──
魔術、とは異界(俗に言う魔界や地獄、などと称されている自由な行き来が制限された空間)から様々な特性を持つ『熱量』を、霊糸(元素とも言う)という糸状の構成単位に束ねて取り出し、術式通りに組み合わせて使う。その研究者達は民衆から尊敬を込めて魔術師と呼ばれる。
術士のアレンジ次第で様々な効果を得られ、編み物のように『紡ぐ』と表現したり、積み木のように回路を『組む』と表現したりする。
効率的な術式は先輩の魔術師達の弛まぬ精進の末、いじる余地もないほど洗練され文献に書き記された。もはやそれは一部の天才のための術ではなく、再現性の高い『学問』となったのだ。
現在、魔術を扱う者の数は爆発的に増えたが『魔術回路』の仕組みを理解しないまま、闇雲に乱用するだけなのに魔術師を自称する不届き者が増えている。
対象的に精霊術は先ず、身の回り(学者が定義するところの『現界』)に溢れる精霊とは、おぼろげな意識とわずかな知性を持つエネルギーのかたまり、人間族や妖精のような確固たる自我を持つ生命体になれなかった原初の存在だ──
そんな『精霊達』と契約を結んで、力を借りたり、使役したりする。大体は手近な精霊が動くが、近場の彼らでは手に負えない仕事の場合はより強い力を持つ精霊が遠くからわざわざ集められる場合もある。
集まった精霊達は術者の求めに応じて、自然現象を収束させてより大きく極端な形で再現する。燃焼、突風、雷、降雨──その効力は術者と精霊の交わした契約の重さと信頼の高低によって大きく変動する。
異界と現界を繋ぐような危険を冒さず、現界に満ち溢れる精霊達が制御を補助してくれるため、精霊術の成功率とその効果は総じて魔術より高く強力になる。
便利かつ強力だが、精霊達は働いた謝礼に術者から貴重な宝物──『生命力』(時に知性)を抜いていく。この生命力を『寿命』と考えると、やはり長寿の白妖精族が最も適した使い手なのだろう。(次点は霊的な存在と馴染み深い闇妖精族達)
『森精霊』は妖精族の中でも特に神性が高く浮世離れした希少種族で、精霊よりも高等な存在──現界に顕現した下級の『豊穣神』と言われている。彼らは契約無しに同胞達に直接語り掛け手助けを得る。この森精霊を聖なる存在として信奉する人間族の使い手達を特別に『精霊術士』と呼称する。
この『精霊術士』達は大体修行のため、自らが聖なる山と定めた山林の奥深くで禁欲的な生活を行う。
彼らが理想とするのは自然との一体化、森精霊のように契約無しで精霊術を行使することであり、契約で縛って高位精霊までも扱き使う白妖精族達を忌み嫌う。
逆に白妖精族達は、魔術を理解するほどの知能もなく、精霊術の契約を恐れる臆病者の集団、というイメージで『精霊術士』達を敬遠している。
次に死霊術。
『不死の法』を用いる、本来これは生命の根源に抵触する神々にのみ許された『神界』の力を引き出す技法である。
故に死霊術は禁忌とされ、少数の限られた者達である『不死族』が管理を任されている。
『神界』の力と技に触れ、永遠の命という破格の特権を得る代わりに、不死族は生殖能力を剥奪され、更には領地の拡大禁止、種族間交易の原則的禁止などなど、財産すら著しく制限されている。
ちなみに神気とはこの死霊術と表裏一体の存在で『神界』から生命の力を引っ張ってきて奇跡を起こす術である。そのため術式化は困難で発動条件や効果も曖昧で安定しない。
神気の産む効果は文字通りの『奇跡』なのだ。
神気は白妖精族や、神々の寵愛を受けた人間族が主に利用する。その発動はあまりにも不安定で、人間族の使い手の発動率は二割から三割割度、五割あれば優秀である。
森精霊の生まれ変わりと言われる『祝福されしエレノア』も『神界』から引き出した純粋で鮮烈な神気を扱う神の使徒である。
最後に、妖術師──
精霊に限らず、何かしらの霊的な存在の助力を得て霊糸を紡ぎ、直感的に魔術を行使できるような、そんな天賦の才を持つ者がいる。彼らはやや侮蔑混じりに妖術師と呼ばれる。
妖術師の大半は闇妖精族で占められている。祖霊との霊的な繋がりが、そのまま彼らを生まれながらの魔法使いにしているのだ。
また一部の獣人族や、人間族の中にも希に妖術師の素養を持つ者が存在する。
彼らは魔術師と違い、自らの得意魔術を魔道具などに落とし込んだり、誰かに教えたりする事を不得手としている。
────
「ふうん」
グリンとメドニアは感心してハンクの説明を聞いた。
「知らんかったのか、相棒」
「う、うん」
「おいおい妖精諸君……本来、君達の得意分野だと思うんだが。魔術と精霊術の違いぐらいはさすがにおぼえとけよ」
魔術と精霊術の違いについてよくわかってない妖精族ふたり。岩妖精はともかくとして、闇妖精族は魔術の扱いに長けた種族である。
「……に、似たようなもんだろ」
少し恥ずかしいのか、顔色を紫にして誤魔化すグリン。
「相棒、おまえさんは少し前、俺に対して『妖術師と精霊術師の違い』について偉そうに講釈垂れたの忘れたのか?」
「え? そんなこと言ったかな──そんな事より早く行こうぜ」
グリンは話を切り上げてハンクを急かした。
一行は魔術の塔へ向かう──




