2章-3 救世主として
目が覚めたのは、夜の闇からほんの少し顔を出した光が一日の始まりを告げようとしている時間帯。
そっとカーテン越しに外の様子を伺うと、まだ森も村も静まり返っていた。
私は普段よりも数倍も早い自分の起床に驚きつつ、身支度を整える。
まだ、脳内のどこかが緊張しているのかこんなに早い時間に目が覚めても、思考回路はクリアで
昨日の続きを考えていた。
『救世主なのに、何もできないんじゃ意味がない』
ケナンの言葉が頭の中をぐるぐるとする。
期待した分、崩れ去った希望に落胆したような諦めたような・・・言葉だった。
きっと、ケナンは救世主として来た私に特別な力があると信じていたんだよね。
だからあんなに、ここに呼びたがって・・・
そして救いを求めた。
私が来れば、きっとすぐにでも、打開策が見つかると思っていた。
けれど私が『何もできない』と知ったあの時、ほんの少しケナンの瞳が悲しく揺れた気がした。
・・・・というか、そんなにすぐに一国を救えるか。って思わなくもないけど。
話、終わっちゃうじゃん。
そもそも、早急すぎるのよ あの王子は。
それとも、私が他国の第三者の立場だからこそ落ち着いていられるのか・・・。
身支度が整え終わり、少し散歩をしようと部屋の外へ出ると。
長く続く回廊の先からトン・・・と音が聞こえてくる。
周りが静かな分、普段だったら聞き逃しそうな音もよく通る。
小刻みに聞こえるその音は決して不快な音ではなく、むしろ心地がいい。
誘われるように、その音のする方へと回廊を進んでいった。
何だろう?
どこかで、聞いたことのあるような音なんだよね・・・
回廊を進むと、次第に開けた場所に出た。
訓練場?
朝早い兵士たちが、思い思いに素振りをしているのが目に留まる。
すると、先ほどよりも少し大きな音でまたトン・・・と聞こえた。
その音のする方へ視線を移すと、そこは弓場となっていた。
「あ・・・」
トンと音を奏でているのは、的に当たった矢の音。
聞き覚えがあると思ったのは、大学の友達が弓道部で・・・よく練習を見に行っていたから。
弓を引く姿や的を射る音が凛々しくて、好きだった。
それを友達に話したら『音が好きって初めて言われた』って言われた。
まぁ、私よく人とズレてるって言われるからそんな感想なんてザラだったけど。
そんな風に現代へと想いを馳せていたら、弓場から一人の少女が出てきた。
え?
あの子が弓を引いてたの?
視線を少女から弓場へと戻しても、弓場には誰も見当たらない。
え・・・嘘。すごい。
尊敬と驚きの眼差しで、彼女を凝視しすぎていたのか。
目の前で戸惑った表情を浮かべながら少女が止まった。
「あ・・・あの?」
「はっ!!あ、ごめんね。凄かったから・・・つい」
「え?」
「その、弓」
「あ、ありがとうございます。その、弓だけが特技で・・・」
「いや、弓が特技って凄いよ」
「ありがとう・・・。あの・・・あなたは?」
「あ!私は乙川 華澄」
「オトカワ・・・・」
「あ、こっちだと名前から名乗るんだっけ?えっとね・・・」
「あなたが、プリンセスオトカワの・・・?」
「え?」
「救世主様・・・」
「あ、え?知ってるの?」
「はい。この国では有名ですから。それに、お兄様がお呼びになったと聞きました」
「・・・お兄様?」
「はい。この国の次期国王、ケナン・ホープ・チェレリアです」
「・・・・・・えっ?!えぇぇっ?!」
「あ、あの・・・」
「あぁ・・・ごめん。じゃあ、えっと、あなたは・・・もしやお姫様?」
「あ、はい。アリア・ローズ・チェレリアと申します」
その後、お姫様に対しての口のきき方を詫びると、ふわりとした笑顔で『気にしないで』と言われ。
むしろ、お姉さんができたみたいで嬉しいからと・・・呼び捨て、タメ口を許された私。
本当にケナンと兄弟かと思えるくらい可愛いアリアに数分で懐かれた私は、一緒に朝食を済ませることになり、ダイニングへやってきた。
といっても普通のダイニングじゃない。
キラキラ輝く装飾品が模様を作り、高そうな調度品が置いてあるだだっ広い部屋で、
その真ん中に大理石でできているながーい机。
周りには何人かの給仕の方が立っていて、食べ終わればすぐに新しい食べ物が出てくる。
朝食だけで、一種のコース料理みたいな・・・
ぜ、贅沢だ・・・
「華澄・・・」
ふいに、目の前で食事をするアリアが申し訳なさそうな顔をして、私の名前を呼ぶ。
「え、どうしたの?」
「あの・・・お兄様・・・迷惑かけてない?」
「え?」
「その、お父様が失踪してからのお兄様は、必死で・・・
性格的にも少し強引なところもあるし・・・」
「・・・・・・」
さすがは妹!よく分かってる!
しかも兄の非礼を妹が詫びるだなんてっ!
兄があんなだと、妹は正反対に育つのね!
反面教師ってやつかしら?
なんてしっかりしてて、いい子なのっ?!
「え、え?華澄?」
なんか、この国に来て、初めて優しさに触れた気がして涙が出てきちゃったわ。
「ううん。何でもない。大丈夫よ、アリアが心配するようなことはないわ」
「良かった・・・」
「うん!」
「・・・お兄様は、本当は優しくて頼りがいのある人なんです。でも、最近・・・
国が衰退し始めて、混乱してるだけなんです。
とても、責任感が強い人だから・・・」
「アリア・・・」
「だから、どうか、この国に・・・お兄様に力を貸してください」
アリアが突然立ち上がり、頭を下げる。
「え?!ちょっ・・・アリア!」
周りにいた給仕の人たちも、姫にそんな恰好をさせるわけにいかないと慌ててアリアを止めに入る。
終いには、私が睨まれた。
・・・ですよね。
「顔、上げて?あの、大丈夫だから。
私、ちゃんとお兄さんに協力するから」
「華澄・・・」
「まだ、救世主として未熟だけれど、でも・・・何か方法を見つける!
ちゃんと、使命を果たすから」
顔を上げたアリアに、にこりと微笑むと。
アリアはそのひだまりのような笑顔を私に返してくれた。
この国に来たときから、覚悟を決めていた。
アリアに頼み込まれたからじゃない。
背負った使命を今更投げ出すなんてできない。
というか、ここで『やっぱり、やーめた』って帰ったって後味悪すぎるし。
しっかりやることやって、清々しい気持ちで元の生活に戻りたい。
「うん、よし!」
考え事がしっかり整理されて、ストンと収まった。
最後の紅茶を飲んで、私はダイニングを後にした。
「はぁ?!駄目だ」
私の発言に、ケナンは呆れ混じりの声をあげる。
「何でよ」
駄目。否定されるのが気に食わず、すぐに私は抗議の声を返す。
「危険に決まってる」
そう。
朝食を食べ終えて、部屋にいるとケナンが訪ねてきた。
訪ねてきたケナンは防具に身を包んでいて、凛とした雰囲気を漂わせていた。
私が聞くまでもなく、ケナンは【失われた村へ調査に行く】と告げた。
だから、私は城で大人しくしていろ。と・・・
けどダイニングで決意新たにした私には、大人しく待っているなんて真似できない。
ましてや、これは私がこの国を知る絶好のチャンス。
この機会を逃してたまるものか!と声高らかに・・・
【私も行く!】
って言ったら、先ほどの呆れ混じりの声が返ってきた。
「だとしても、行く」
「なら、危険が迫った時に誰がお前を守るって言うんだ」
「ケナン」
「お前なぁ!!」
「あれ?おかしいなぁ?」
「何だ」
「はい、この日記の37ページ目参照ー!」
「・・・?」
そう言って、私はケナンとやりとりしていた日記の37ページをケナンの目の前に広げる。
そして、指でなぞりながらその一文を音読した。
『この国に来たら、俺が全力でお前を守ってやる。怖い思いもさせないさ。
だから安心してチェレリアに来るんだ』
「!!なっ?!」
「以上が、私の抗議内容ですがいいかがですか?」
「っ・・・」
真っ赤な顔して、声にならない声をあげているケナンを見るのは楽しい。
SかMかなんて考えたことなかったけど、ちょっとだけ私のS心が顔を覗かせた。
自分でも分かるくらい、顔がにやける。
それを見たケナンはますます顔を赤くして、踵を返し足早に部屋の扉へと向かう。
そして、
「・・・足手まといになるなよな!」
早口でそう告げたかと思うと、カツカツと靴音を立てて行ってしまった。
「・・・バカ王子」
その様子にさっきとは違う笑みがこぼれて、日記を抱えたまま部屋を飛び出した。
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「お前、こんなところで何してるんだ?」
「待っているのよ」
「待っている?」
「うん、この国が光となるか闇になるかをね」
「は?」
「ふふ。楽しみだわ」
女性は青く澄み渡った空を仰ぐ。
「きっと、どちらになっても、綺麗なんだろうけれど」
その視線の先、一匹のコンドルが雄大に羽ばたいていた。
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