2章-2 守りたい、場所
「ふへ・・・もう、たべられな・・・」
「・・・・・サエル」
「はい」
「そのバカを起こせ!!」
「王子、仮にもお客人ですが」
「・・・・ん・・・」
あ・・・。
私、そうだ寝ちゃって・・・起きなきゃ。
でも、瞼が開かない・・・
「いい。関係ない。早く、起こせ!」
この声・・ケナン?とサエルか・・・
耳元でうるさ・・
「王子、仮にも女性ですが」
「ん?」
「そいつが女性なら、そんな気品の欠片もない女は見たことがない。
いいから、早く、起こせ!!!!」
・・・・・・・。
バッシーン!!!!
数秒後、綺麗な薔薇の部屋には似つかわしくない音が響いた。
「ちょっと、いつまで拗ねてるのよ」
「王子、ハンカチ取り替えますか?」
「いい」
目を覚ました途端に聞こえたケナンの発言に、うっかり平手打ちをお見舞いしてしまった私。
少し赤くなった頬を抑え、しばし呆然としたケナンはそのあと私の部屋を出て行ってしまった。
その様子を見て、罪悪感が募り謝ろうと思って追いかけて来た先は先ほどの執務室。
さっきまでいたローザ姫とクリスさんはもう帰った後みたいで、執務室にはいなかった。
ケナンは執務室のソファに掛けると、サエルが持ってきた濡らしたハンカチを頬に当ててそっぽを向いてる。
『ケナン、あの、ごめんね?』
『・・・・・・』
『ケナンってば・・』
『・・・・・・・』
っていうようなやりとりが、何回か続いて、さすがの私も頭にきた。
拗ねたいのは、こっちだっつーの!
目の前の王子は、明後日の方向を向いていた。
話しかけても引き続き無視。
サエルの言葉にしか返事しない。
「ケナン。叩いちゃったのは悪いわ。反省してる」
「・・・」
あ、チラっとこっち見た。
「でも!ケナンだって悪いでしょ?!」
「何がだ」
「なっ?!・・・・もう、いいわ」
「・・・・」
「こんな、お子様王子相手にしてたって時間の無駄だわ。話にならない」
「華澄殿・・・」
立ち上がって、扉に向かう私にサエルが困った顔してる。
てか、サエルもサエルよ。
こういうときこそ、きちんと注意するべきじゃない?
なんなの。
何様?王子様だからってこの態度?
てか、私、コイツのためにこの国救いに来たの?なんか、わけわからなくなってきた。
こっちだって、こんな態度取られてもヘコヘコしてるほどできた人間じゃないのよ。
「・・・どこへ行く」
「・・・帰るのよ」
「なっ?!」
「もう、嫌。私、あんたみたいな王子と話すだけで疲れる」
「お前、待て!俺の国がどうなってもいいのか?!」
「私には、自分の国があるもの!!」
「それは、どうでもいいってことだな?!」
「・・・っ・・・何で、こんなことになってんのよ」
「華澄?」
「ケナンが来いって言ったんでしょ?
安心しろって言ったじゃない。この国に来たら、全力で守ってやるって。
安心して来いって言ったじゃない!!!」
「華・・澄・・」
「なのに・・・・初っ端からこんな状態で、わけわかんないし。安心というよりも不安でいっぱいよ!
かなり、覚悟決めて私はチェレリアに来たんだよ?それなのに・・」
「分かった。分かったよ、華澄」
「何が、分かって・・・」
「悪かった」
「・・・っ」
「不安なのは、お前が一番不安だよな。知らない国に来て、救えって言われて・・・不安で仕方ないだろう」
いつの間にか、私の後ろにケナンがいた。
びっくりして、振り返ろうとしたらそっと背中を包まれ胸の前に腕が回される。
「ケ・・・ケナン」
「お前が嫌で、こんな態度を取ったわけじゃないんだ。なんて言うか・・・・お前の前では俺が、殿下でも王子でもなく、ケナンでいられるんだ。だから、つい・・・」
「・・・・」
「帰るなよ。帰るな、華澄。お願いだ、力を貸してほしい」
どくん。
心臓が・・・。
ずるいよ、こういうギャップいらないよ。
ケナンが心の底から頭にくる人だったら、もっと簡単だったかな?
だって調子狂うじゃん。
あぁ・・・もう。
「まったく、とんでもない王子様だわ」
言いながら、私はそっとケナンの腕を外す。
「華澄?」
振り返り、ケナンを見ると少し戸惑っているのか瞳が揺れている。
「あーなんか、喉かわいちゃった。ね、お茶を飲もうよ!
飲みながら聞かせてよ、チェレリアの詳しいことと今後のこと」
そう言ったら、ケナンの顔がみるみる明るくなって笑顔になった。
「サエル!お茶だ。お茶を用意しろ」
我がままで、俺様で、子供っぽい王子様。
おとぎ話の王子様像からはかけ離れてるけど・・・でも。
それでも一国の王子様だもん。素敵なとこもいっぱい・・・
ないかもしれない。
「救世主だから、何かできるだろ」
何、この普通何かできて当たり前な言い方。
確かに、異世界に来て救世主でーす!ってなれば何かオプションがついててもいいかもしれないけど!
「お生憎様、私は何もできないんです!」
「なんだ、お前、ちゃんと救う気あるのか?」
「はぁ?!」
「相手は、闇の女王だぞ?」
「そんなの知らないわよ!」
さっき、私が提案したとおりサエルが持ってきたお茶を飲みながら執務室にて、チェレリアについての話が始まった。
だが、売り言葉に買い言葉で何かとこの王子の言葉に反応してしまって話が進まない。
ダメよ。私がもっと大人になればいいのよ。
はぁ・・落ち着け、華澄。
「知らないなら、教えてやる。来い、華澄」
「え?」
突然、ケナンは立ち上がるとバルコニーのほうへ歩いていった。
ケナンの後に私も続く。
バルコニーからは景色が一望できるくらい見晴がいい。
「わっ・・・凄い・・」
「綺麗だろう?ここが俺の国だ」
私の好きなヨーロッパ風のレンガ造りの家が並び、のどかな丘や田園風景、風車やお花畑まで見える。
石造りの橋がところどころかかっていて、小さな家の煙突からは白い煙が出ていた。
「綺麗・・・」
「気に入ったか?」
「うん・・・・」
「俺が、守りたいのはこの風景、ここに住む人たち」
ケナンは遠くを見つめると、手を下したままギュッとこぶしを握る。
「やっと手に入れた平和なんだ。チェレリアは小さな小さな国だけど、俺たちチェレリア一族が守ってきた宝だ」
「ケナン・・・」
「100年に一度、闇の女王が目覚めチェレリア国に災いをもたらすと言っただろう?」
「あ、うん・・・」
「その100年が後、半年後の建国記念日に訪れる」
「え」
「チェレリア国が創建されて、初めての100年目だ。だから、実際その闇の女王を見た者も災いが何かも知るやつはいない。
そんなの、ただの物語だって言うやつもいる。俺も最初はそう思った。初代国王のオペラの中で触れられる話題だ。
誰もその当時のことを知らないんだ。それが事実か物語か分からないだろう?」
「・・・うん」
「だが・・・」
国を一望していたケナンの目が閉じられ、悔しそうに声を荒げた。
「先日、一つの村がなくなった・・・・・」
「え?」
「一夜にして、跡型もなくなくなったんだ。まるで村などなかったように・・・」
「どう・・して?」
「分からない。だが、確かに最近街にモンスターが現れたり、今までと違う何かが起きている」
「偶然だと思うか?村が消えるのと、モンスターが現れるのと・・・」
「・・・・」
「闇の女王の目覚めが始まろうとしている・・・そう噂は広まり、街や人々は怯えきっているよ」
「ケナン・・・」
「こんなときに、国王である父上もいない。次期国王候補の俺が今、この国をなんとかしなきゃいけないんだ」
ここから見るチェレリアはとてものどかで綺麗な場所。
そんな、村がなくなったとか・・・モンスターがいるようにはとても見えなかった。
「もう、会議で毎日現状をどうしようかという話し合いをしている場合じゃないんだ。
行動を起こさなければ、現状は変えられない。だが、俺は何もできない。大臣やサエルには落ち着けと促されるだけだ。
分かるんだ。父上がいない今、俺までも城を留守にできないことも。だが!!」
ガン!!
「ひゃっ?!」
サエルが力強く、バルコニーの欄干を叩いた音だった。
「っ・・・悪い。・・・だが、現状をこの目で知り、何が起こっているのか調べたいんだ。
この国を愛しているんだ」
「ケナン・・・」
こんなに、弱い部分もあるのかといつものケナンを見ていたら分からないかもしれない。
俯くケナンを励ますように、私はケナンの肩に手を置き、顔を覗き込んだ。
「そのために、私がいるんでしょ?」
「華澄・・」
「救世主様だもん!ふふ、私はケナンの味方だよ。力になるよ」
「・・あぁ」
「私が行くよ!!その消えた村に」
「お前が?」
「うん!!行って、痕跡とか何か証拠とかないか調べてくる」
「いや、待て。だがお前何もできないだろう?」
「・・・・・うーん・・・」
「だから言っただろ。救世主なのに、何もできないんじゃ意味がないだろって」
「そこまで言ってなかったわよ!」
「村には近々兵を派遣して俺も行くつもりだった。大丈夫だ、心配するな」
「でも、それじゃあ私は?」
「お前にできることを、俺が探しといてやる。今日はもう、休め」
気づいたら、チェレリアの海に夕日が沈もうとしていた。
さっきまで、あんなに日が出ていたのに。
踵を返し前を歩くケナンの背中が心なしか弱く見えた。
__ねぇ、おばあちゃん。
この国に来たのはいいけれど、私、何もできないよ。
救世主だって言ったて、剣すら握ったことがない私は何ができるの?
与えられた部屋に戻った私は、そっと窓を開けて部屋のバルコニーに出る。
執務室とはまた違った形で見えるチェレリアの景色。
胸元に下げた鍵をそっと握り、空を見上げた。
漆黒の空にキラキラ輝く星たちはここが異世界だということを忘れてしまうほどだった。




