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【夏のホラー2026 音】カーテンコール  作者: けもこ


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16/16

最終話 カーテンコールのあとで

「事務員として新しくこちらに来ました。上島真理(うえしままり)です。よろしくお願いします」


ぱちぱちぱちぱち


拍手が響く朝礼で、新しく入ってきた女性の自己紹介を聞きながら、

古川はちょうど一年前にこの会社にいた、相沢未琴を思い出していた。


入社した当初から、うまく職場に馴染めず、気になる女性だった。


簡単な事務仕事も、社会経験の乏しさがわかるほどの手際の悪さで、イライラとさせられることも多かった。


それでも、その真面目な姿勢からは、彼女の不器用な律義さが見えて、一生懸命さは伝わっていた。


そんな彼女が変わったのは、仕事を始めて1か月ほどした頃。


非正規雇用の事務職の女性たちから、嫌味なことを言われているのは知っていた。


それでも、彼女は試用期間後には正規雇用になるはずで、そうなればそうした声も減るだろうと思っていた。


彼女も腹を立てるでもなく黙々と仕事をしているので、わかっていながら静観していたのだ。


ある日、相沢は、整った目鼻立ちを際立たせるようなメイクをして、

それまでとは、まるで別人のように背筋を伸ばして、顔を上げて出社してきた。


ずっと背中を丸めて、言わされているかのような返事だったのに、

顔を上げ笑みを浮かべて人当たりの良い返事をするようになった。


何か、吹っ切れたのか。


前向きな変化自体はいいことなので、これで給湯室での陰口も無くなるだろうと、ちょっとほっとしていた。


しかし、その変化から数日。


自信に満ちた笑みとは対照的に、彼女の目元には隈が増えた。

もともと細かった体が、ますます細くなっていることに気づく。


もしかしたら、例の意地悪な言葉に、思いのほか参っているのかもしれない。


心配になり「大丈夫?」と声をかけた。


しかし、彼女は、こちらの気遣いに『大丈夫です』と答えるばかり。


本人が言わないのならと、あまり突っ込んで聞くこともできずにいた。


しかし、日増しに彼女の行動は奇異になっていく。


誰もいないコピー機の向こうに笑顔を向ける。

帰宅の際にはフロアの出口で仰々しく腰を折ってお辞儀をする。

作成された書類に、時折、意味不明の言葉がつづられている。


課長に相談して、会社に来たカウンセラーから健康相談を受けてもらった。


「ストレスによる抑うつ症状がみられる」


そう診断され、週明けまで自宅で休んでもらうことに。


そして週明け、何の連絡もなく彼女は出社をしなかった。


何度かけても電話に出ない。


――彼女の身に何かあったのかも


そんな、嫌な想像がどんどん膨らみ、午後には上司に許可をもらって、相沢の家を訪ねた。


インターホンを鳴らすが反応は無い。


最悪の事態を想像して、慌てて不動産屋の篠原に連絡を入れた。


篠原は、部屋の鍵を持ってすぐに来てくれた。


「こういうのって、毎回、すごく緊張する」


そういう彼女の後ろに立って、内心『変なフラグを立てないで』と泣きそうになった。


古いタイプのノブについた鍵が開き、篠原がゆっくりと扉を開けた。


古川は、彼女の後ろから、カーテンの閉まった部屋の中を覗き込んだ。


夏のまっ昼間だというのに、ひどく薄暗くて、玄関先に冷たい空気が流れ出てくる。


綺麗に整理された玄関を抜けると、廊下に面した小さなキッチンがあり、換気扇は回ったまま。


「良かった、って言っていいかわからないけど、とりあえず、留守みたいね」


トイレのついたユニットバス、多くはない衣類のかかったクローゼットなどを開けながら篠原がそう言う。


「でも、部屋にバッグも携帯も置いて、どこかに出かけてる感じじゃないのに……」


古川のつぶやきに、窓を開けて外を覗きながら篠原が軽い調子で返す。


「体調が悪くて寝てたけど、近くのコンビニに飲み物でも買いに出たんじゃない?」


彼女が帰ってくるかもしれないから、といったん部屋から出て、玄関扉の前で階段の下を覗いてみた。


「私は仕事に戻るけど、古川さんは、もう少し彼女の帰りを待ってみる?」


駆け付けてくれた篠原に、お礼とお詫びを繰り返し伝え「今度、ご飯をおごるから」と約束した。


そのあとも小一時間ほど待ってみた。

でも、結局、彼女は帰って来なかった。


彼女が出社しないままさらに二週間がたち、会社から保証人である家族に連絡が入った。

その後、家族が上京し、再び部屋を確認して、行方不明の届けを出すに至る。


その経緯は、ずっと後になって篠原と食事に行った時に聞いた。


「あの日。古川さんと部屋の中に入ったじゃない? ずっと、あのままだった」


篠原によると、畳の上のカバンには、財布も入っていて、長く家を空けるとは考えられない状態だったとか。


「一緒に行った日に、警察に通報していたら、何か、もっと早くわかったのかしらね」


そう篠原がため息をつく。


彼女は、警察の見分(けんぶん)に立ち会ったらしい。


だが、部屋の中は、何かが起こったような様子も無く、事件性があるのかどうかも、はっきりとしなかった。


半年後、相沢の所在はわからないまま、部屋は解約され、家族が荷物を引き取って行ったそうだ。


事務員たちが、若い新入社員に「よろしくねー」などと挨拶をしている。


それを横目に見ながら、古川は、相沢がどこかで元気にしていたらいい、と自分を慰めるようにそう思った。


◇◇◇


「篠原さん。メッセージ、エグいほど来ますね」


不動産会社の営業マン2年目の明智は、メッセージが来るたびに小さく「ヒャッホー」と鳴る、充電器に置かれた先輩事務員の社用携帯を見てそう話しかけた。


「お盆が近いとねー。オーナーさんからものすごく連絡来るのよ」


「夏なのに。そんなことあるんすね」


「うち、こう見えて企業顧客と太いオーナーが多いからね。とはいえ、こだわりだらけの、大喰らいのオーナー多くてさ。はーめんどくさい」


「大喰らいのオーナー……面倒なおっさん相手とか嫌ですもんね。事務所仕事って大変っすね」


「暑い中、あちこち回ってる営業さんほどじゃないわよ。感謝してます」


手を合わせてみせる篠原に笑いかけながら、首にタオルを引っかけた明智は、「んじゃ、行ってきまーす」と言って事務所を後にした。


一人になった事務所で、篠原は、浮かれた音でメッセージの着信を告げる携帯を手に取った。


『つぎのにゅうきょしゃは だんせいでまるいほうがいい ざいたくきんむがおおいひときぼう』


そのメッセージに、篠原は眉間に皺を寄せた。


「そんな、毎度毎度、好みに合う入居者がいるかっつーのよ」


画面をしばし睨みつけたあと、ふと思い立ってPCの履歴をさぐる。


<スタジオクルセイダーズ 入居希望社員 単身 男性 WiFi完備 社宅利用予定>


「入居者が丸いかどうかはわかんないけど、この会社、確か在宅もあったはず」


篠原は、手際よく、顧客へ住宅の紹介と、同時にCCで担当営業にも連絡を入れた。


そして、携帯の返信を打つ。


『2,3日のうちに内覧があると思います。よろしくお願いいたします』


すぐに返信が来た。


『たのしみにしています ほかのへやもよろしくおねがいします』


「他の部屋もって。贅沢言うなっての」


ぶつぶつと小言を言いながら、再び携帯を充電器に置きながら、篠原は顧客の資料を営業にメールする準備をし始めた。


充電器に置いた画面に、ふたたびメッセージの着信が浮く。


『いつもありがとうございます  よいなき』

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― 新着の感想 ―
うわぁぁあ!!! 面白かったです!! ラスト!ラストよ!!! 一気にヒトコワ (◉ω◉`)おまえかーー!!!!
なになに何ですか!? 篠原さん!(>_<) ラストの急展開、すごいですね! 心霊的なものから人怖へ、みたいな。 いやぁ、怖いけれどもそれ以上に考えさせられてしまうお話し。 楽しませていただきまし…
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